So-net無料ブログ作成

◎中国の対日大接近は「強国路線」の一環

◎中国の対日大接近は「強国路線」の一環
 米中は「新冷戦時代」突入
  日本は“ラジエーター役”も
 単なる貿易戦争と言うより米中二大超大国の覇権争いが始まったとみるべきだろう。中国は米国との冷戦状態に入ったが、日本とは関係改善に動くなど二股柔軟路線だ。加えて今年は日中平和友好条約締結40周年の節目の年であり、首相・安倍晋三訪中の極東安定に果たした役割は大きい。背景には米中貿易戦争が、中国の態度に変化を促したことがあるのは確かだろう。中国が日本との関係を強化しようとするのはパワーバランス上の狙いがあるからであり、喜んでばかりはいられない。日本は米中のはざまで、ただでさえ流動化している極東情勢が波乱の激動期に突入しないようラジエーター役を好むと好まざるとにかかわらず求められるからだ。
 日中関係は安倍訪中により戦後まれに見る良好な関係へと入りつつある。安倍との会談で習近平は「この歴史的なチャンスをつかみ中日関係発展の歴史的な指針とすべきだ」と強調した。さらに加えて習は「日本訪問を真剣に検討する」と来年の訪日を確約した。過去には日本など眼中にないとばかりに、安倍と会っても何かくさい臭いでも嗅いだかのような表情をしていたが、こういった態度をがらりと変えたのだ。これに先立ち下準備のために来日した首相李克強も関係改善の必要を説いており、中国の対日大接近は習政権挙げての大方針として固まっていたことが明白だ。首脳会談で安倍が「競争から協調へ、日中関係を新たな時代へと導いて行きたい」と応じたのは、まさに日中蜜月時代の到来を予測させるものであった。
 世界も安倍訪中を固唾をのんで見守っており、仏の国営ラジオ放送局RFI(ラジオ・フランス・アンテルナショナル)は27日、中国語版サイトで、日中関係について「米中の関係悪化により日中は対抗状態から抜け出す」とする記事を掲載した。記事は、「米国と中国との間の貿易戦争が、世界の『長男』である米国と『次男』中国との関係を全面的に悪化させた。一方で『次男』の中国と『三男』の日本が手を差し伸べ合うことを促し、日中関係を7年間に及ぶ低迷期から抜け出させた」と明快に分析している。
 日中関係は1972年の国交正常化で極めて良好な関係に入ったが、以来、絶えず起伏があった。とりわけ、2012年から13年にかけては、尖閣問題や歴史問題で最悪の状態にまで冷え込んだ。安倍は今回経済界リーダー500人を率いて訪中し、500件を超える協定に署名し、「その価値は計26億ドル(約2900億円)に達する」とした。
  中国の態度激変の背景には、米中貿易戦争のエスカレートがある。貿易戦争の結果経済は悪化しており、安全保障の分野にまで対立の構図ができつつあり、長期化する様相を見せている。筆者がかねてから指摘しているように中国と米国は、「新冷戦時代」に突入しているのだ。こうした背景を見れば対日接近が、経済的利益につながると同時に対米牽制の狙いがあることは明白であろう。日米関係にくさびを打ち込もうという狙いが透けて見えるのだ。
 この超大国の覇権争いに多かれ少なかれ日本は巻き込まれるだろう。地政学上から言っても、それが宿命だ。だが、日米同盟の絆はいささかも揺るがしてはならない。中国ばかりでなくロシアのプーチンまでが喜ぶことになりかねないからでもある。米中貿易戦争は始まったばかりであり、米国は矛先を緩める状態にはない。
 対中関係を過剰に緊密化すれば、良好なる安倍・トランプ関係にも影響が生じかねない要素である。その線上で、日米関係が悪化すれば習近平の思うつぼにはまることになる。安倍は日米同盟関係を維持しながら、対中関係改善で経済的利益を最大化するという、サーカスでの“空中ブランコ”を演じなければならないのである。時には習近平の「強国強軍路線」という「新覇権主義」に手を広げて「まった」をかける必要も出てこよう。国連の場などを通じて世界世論に働きかける手段なども必要となろう。
◎俳談
【歌謡曲俳句】
 俳句が出来ないなどと首をひねっていないで、歌謡曲を聴くことだ。例えば五木ひろしの「浜昼顔」。寺山修司作詞、古賀政男作曲とくれば感情の宝庫のような歌だ。
1 家のない子のする恋はたとえば背戸(せと)の赤とんぼ ねぐらさがせば陽が沈む 泣きたくないか日ぐれ径(みち)日ぐれ径
2 たった一度の恋なのと泣いてた君は人の妻 ぼくは空行くちぎれ雲ここはさい涯(は)て北の町北の町 
3 ひとり旅立つ思い出に旅行鞄(かばん)につめてきた 浜昼顔よいつまでも枯れるなぼくの愛の花愛の花
とくれば涙腺は刺激され、感情が高まり俳句はいくらでも湧いて出る。俳句を作る感情中枢を歌謡曲が見事に刺激するのだ。
まず、歌を大きくとらえて
浜昼顔身の振り方を如何にせむ 産経俳壇入選
と作る。
つぎに歌は日暮の哀感を歌って秀逸だ。浜昼顔と夕日が響き合う。
浜昼顔泣きたくなれば日暮れ道    杉の子
そして旅の果てには浜昼顔があるのだ。
旅果つる浜昼顔と海を見て        杉の子
そして浜昼顔は浜木綿に変わる。連想ゲームだ
浜木綿の花盛りなる海女の墓 日経俳壇入選
浜昼顔は浜菊となり、ついには墓地まで買ってしまう
浜菊や波音聞きて墓地決めむ 日経俳壇入選
こうして名歌があれば俳句が出来るのだ。連想ゲームなのだ。

◎サウジの米、トルコとの軋轢深刻化

◎サウジの米、トルコとの軋轢深刻化
  トランプは二律背反状態
 なんともはやアラビアンナイトの千夜一夜物語を読むような凄惨さである。サウジ人記者ジャマル・カショギ殺害事件は、サウジ皇太子ムハンマド・ビン・サルマンの意向と深い関係なしでは考えられない。本人は「下の者がやった」と日本のヤクザの弁明のような発言をしているが、信ずる者はいまい。目撃者も多く真相はやがて確実に日の光を見るだろう。当然国連でも採り上げるべき問題だろう。サウジは最も重要な同盟国である米国、および中東で有数の軍事力を誇るトルコ双方との間で大きな軋轢を抱えることとなった。米国はサウジとの同盟関係を維持しつつ、皇太子の暴挙を批判しなければならない二律背反状態に陥っている。
 サウジ側の声明ではカショギが「けんかと口論の末殺された」としているが、59歳の分別あるジャーナリストが、多勢に無勢のけんかを本当にしたのか。トルコ当局によると「殺害されその場で死体はバラバラにされた」としているが、死体の解体によって隠ぺいできるという判断自体が幼稚で度しがたい。実行犯は15人でそのうち5人が皇太子の護衛であったという。護衛と言えば戦闘訓練を積んだプロであり、素人の殺人事件とは性格を異にする。
 外相アデル・ジュペイルは「皇太子はもちろん情報機関の幹部も感知していない」と関与を頭から否定しているが、信ずる者はいない。カショギは従来から皇太子の独裁的な手法を非難してきており、殺害はその報復と見て取れるからだ。ムハンマドも「自分は事件とは関係なく、下のレベルで行われた」と述べているがこの発言も語るに落ちた。「下のレベル」とは部下だからだ。
  大使館内とはいえ国内で事件を起こされたトルコの大統領エルドアンは「情報機関や治安機関に責任を負わせるのでは誰も納得しない」と、サウジ側の発表に強い不満を表明している。加えてエルドアンは「殺害は偶然ではなく、計画的なものだ。我々は動かぬ証拠を握っている」とも発言している。
 米大統領トランプも「目下のところ現地では皇太子が取り仕切っている。上層部の誰が関与したかと言えば彼だろう。史上最悪の隠ぺいを行った」と述べていたがその姿勢は揺れに揺れてる。関係者のビザ取り消しなど厳しい対応を示唆したかと思うと、サウジへの武器輸出は推進。しまいには「下の者がやったと皇太子は言っていた」皇太子を擁護までした。まさに右往左往の醜態を示した。米CIA(中央情報局)は、まさに活躍の場を得たとばかりに、膨大な情報をホワイトハウスに送り込んでいるに違いない。トランプは皇太子の発言を信ずるかCIAを信ずるかと言えば、いうまでもなくCIAだ。一方米議会からは「米国の基本的な価値観は自由を守り民主主義を維持することであり、マスコミ関係者を殺害するという行為を認めるわけにはいかない」とのスジ論が巻き起こっている。
 米国にもジレンマがある。もし制裁で武器輸出を禁止した場合には、喜ぶのはプーチンと習近平だからだ。サウジをロシアや中国からの武器輸入に追いやることはなんとしても避けなければならないのだ。なぜなら中東安定の構図にマイナスの要素が入り込むからだ。しかし、米国内世論は圧倒的に皇太子への何らかの制裁を求める空気が濃厚であり、トランプは中間選挙を目前にして苦しい選択を強いられる状況だろう。 
 ムハンマド皇太子は24日、国際社会から激しい批判を浴びる中、サウジ政府として、犯人を裁く考えを示した。皇太子は、「忌まわしい出来事で、正当化されるものではない」と語っているが、今後国連などでのサウジ批判噴出は避けられず、皇太子は外交面で困難な状況に直面した。
◎俳談
【動物を詠む】
身近の動物を詠めば材料には困らない。ただし観察と驚きの心が必要である。
冬越せし金魚大きくなつてをり      日経俳壇入選
庭のかめに入れた金魚が一冬越したら二倍になっていた。その驚きを率直に表現した。
 昔山登りしていた頃、杣道(そまみち)で羚羊(かもしか)と遭遇した。羚羊は暫く私を見た後、森に消えた。一瞬神が現れたかのように思った。
神のごと羚羊驟雨の中に消え 東京俳壇入選
 公園で軽鴨の親子を見た。数を数えると何と9羽も連れていた。
軽鴨の九羽育ててをりにけり 毎日俳壇入選
啓蟄(啓蟄)の日に庭に出ると本当に蝦蟇(がま)がでてきた。ぶったっまげてそのまま作った。
啓蟄やほんとに蝦蟇の現れる 読売俳壇入選
 猫もこんな風に作ると詩的になる。
猫の鈴水仙の花起こしゆく 東京俳壇入選
 祭りで金魚掬いをやったはいいが金魚鉢がない。とりあえず洗面器に入れた。
とりあえず金魚入れたる洗面器 東京俳壇入選

今朝のカワセミ。

今朝のカワセミ。DSCN2118.jpgDSCN2247.jpg

◎首相は為政者の義務感から決断ー消費税10%

◎首相は為政者の義務感から決断ー消費税10%
   オリンピックで景気持ち直しか
 残る任期3年を前にして最大級の決断である。為政者は誰も国民に嫌われる増税などしたくはあるまい。首相・安倍晋三の消費増税10%の決断には為政者としての義務感が濃厚に存在する。タイミングとしても絶妙であった。リーマンショック級の事態がない限り、実施は確実だ。来春の統一地方選挙や夏の参院選挙への影響を最小限に食い止めるにはこの時期を選ぶしかあるまい。
 来年10月の引き上げを1年前に公表する狙いについて、選挙への影響を最小限にとどめることを挙げる論調が多い。しかし、ことはそう簡単ではあるまい。新聞や民放はおそらく参院選を来年秋の増税に向けての選択選挙と位置づけ、絶好の反自民キャンペーンを張るだろう。従ってボーダーラインの自民党候補は落選の危機にあるとみるのが正しいだろう。野党にとっては久しぶりの追い風となる。参院選は“負け”をどこまで食い止めるかの選挙となろう。
 安倍の決断について新聞は「財務省に押し切られた」との見方が強い。確かに、財務省には来年引き上げる以上、来年度予算案の準備のためにも首相の早期表明が不可欠との見方が強かった。消費税は景気に左右されにくく、年5・6兆円の税収増は大きい。ただ一省庁の思惑で一国の首相が不人気の源となる大きな政治決断をするだろうか。これは、疑問である。むしろ、冒頭指摘したように為政者としての義務感がそうさせたのであろう。もともと2017年の総選挙の公約は「保育・幼児教育の無償化」であり、当時からそのための財源には消費税を充てるしかないと指摘されていた。
 消費税の税率10%への引き上げについては、過去2回延期してきている。当初は15年10月に引き上げられる予定を1年半延ばした。次に17年4月に予定されていたが、2年半先送りされた。今回は3度目の正直ということになる。
 景気への影響については、今後駆け込み需要が生じるが、先が1年間と長いため分散傾向を見せるだろう。19年の税率アップで景気は一時的には下降するが、2020年の東京オリンピックは持ち直しのきっかけとなることが予想される。おそらく政府も経済界も暗雲を断ち切るためにオリンピックという明るい舞台をフルに活用することになろう。もちろんオリンピックが終われば不況感が漂う可能性も否定出来まい。五輪特需の終了で雇用が減り、建築・不動産バブルが弾け、五輪までに目いっぱい売った商品が市場にあふれて飽和状態になる恐れがあるからだ。官房長官・菅義偉は「リーマンショックのようなものがない限り引き上げる」と不退転の決意を表明している。経済危機が来ない限り引き上げはうごかないだろう。
 各党は公明党が事実上賛成の立場だ。1日の首相との会談で代表山口那津男は増税を支持する姿勢を示し、安倍も「必ず実行する」と約束した経緯がある。その他の野党はおおむね反対で。与野党対決ムードは高まろう。
◎俳談
【女の色気を詠む】
 女のしぐさをうまく詠むと色っぽい俳句ができる。下手に詠むとたちまちにして下卑た俳句となるから気をつけなければならない。
花冷えの女ののんどうごきけり   岸田稚魚
女ののどがうごくという自然現象をとらえたのだが、どのようにして観察したのかと想像が働く。そこに様々な連想が生じて色気を感ずるのだ。
 桂信子に
すすき野に肌あつきわれ昏(く)れむとす
がある。これを「札幌ススキノに居るのか」とか、「風邪で熱があるのか」などとか思っては俳句鑑賞落第だ。美女が夕暮れのすすきの野に肌を熱くして立っているのだ。何事かが起こる予感が空想の翼を広げるのだ。
桂信子には女であることの「特権」を生かして、人の、とりわけ男の「気を引く」俳句が多い。
湯上りの肌の匂へり夕ざくら  
ふところに乳房ある憂さ梅雨ながき
窓の雪女体にて湯をあふれしむ
などがそれだ。下手に詠むと下品になるが、すれすれの官能美を醸しだしていて、男は魅了されてしまうのだ。
それにくらべると橋本多佳子の
七夕や髪ぬれしまゝ人に逢う   
や、杉田久女の
花衣ぬぐやまつわる紐いろいろ   
は桂信子ほど言わない品の良さがある。しかし狙いは同じ官能美だ。杉田久女の狙いも「思わせぶり」である。
これらの官能俳句に比べると、藤田津義子の俳句はなまめかしい。
爪深く立てても女夏みかん
は、女の非力さを詠んで、滲み出る色気を感じさせている。男の背中に爪を立てている姿と読めなくもないが、こればかりは本人に聞くしかない。

◎ピントが問題の小泉小じゅうと発言

◎ピントが問題の小泉小じゅうと発言
  「原発ゼロ」で立ちゆく国はない
 元首相小泉純一郎の発言がピントを外れており、理解に苦しむ。76歳で小生より一つ下だからまだぼける年でもあるまいにピントがぼけてもいる。まず来年の参院選挙について小泉は「野党が統一候補を出して、原発ゼロを掲げて選挙の争点にすれば、自民党は危うい」と警鐘を鳴らすが、すでに国政選挙のテーマになって自民党が圧勝している。昨年の9月の総選挙は紛れもなく野党の掲げる「原発ゼロ」の是非が問われたのであり、自民党の圧勝は「原発ゼロ」の完全否定にほかならない。火事でもないのに鐘を叩く者は、「ちょっと変わっている」どころではない。政治家が重要ポイントを忘却の彼方では、どうしようもない。
  さらに小泉は「総理が『原発をゼロにしよう』と言えば、野党も協力できる、国民も支持する。自然エネルギーを活用して日本を発展させる方針を立てるべきなのに、なんで立てないのか。できることをやらない。」と息巻くが、野党の協力の必要性はあるのか。風力や太陽光など自然エネルギーを活用した発電などは、現実には大きな力とはなり得ない。小泉は、エネルギー政策の基礎を知らない。世界の工業国の原発使用状況を見ると、運転中の合計出力は3年連続で過去最高を更新しているのだ。2018年 1月1日現在、世界の営業運転中の原子力発電所は443基、4億937万5,000kWで、これも3年連続で過去最高の合計出力の記録を更新している。にもかかわらず、日本だけが原発を放棄すればエネルギーの高騰を招き競争力が激減して、それこそ亡国へとつながりかねない状況なのだ。「原発ゼロ」などと唱える政治家は日本くらいにしか存在しまい。それに原子力エネルギーを放棄すれば地球温暖化との戦いに敗れたのも同然と言うのが世界の常識なのだ。
 政治家にとって欠かせない見通しもいささか危うげである。小泉は、4月に森友・加計学園問題を批判して「3選が危うくなってきた」と述べたが3選は実現、見通しを間違った。かと思うと8月には安倍とゴルフ。そして今回の批判である。ブレが激しい。天下のご意見番大久保忠教(通称彦左衛門)はユーモアがあって庶民に親しまれたが、小泉の発言はとげとげしく、小じゅうとのように足を引っ張る。人間の幅の問題かもしれない。
  どうも小泉にとっては、安倍政権が長期化すること自体が面白くないようでもある。去る5月に安倍政権は小泉の1981日を抜き、9月の3選達成で、来年2月に吉田茂の2248日、20年8月に大叔父佐藤栄作の2798日を抜く。第一次内閣の366日を足した場合には来年11月には桂太郎を抜いて、史上最長の政権となる。バブル崩壊後は短命政権が続いたが、安倍の場合政権を全否定するような批判は生じていない。とりわけ外交において、長期政権がプラスの作用をもたらしていると思う。国民は安定を求めており、平地に波乱を小泉が求めても無理だ。
◎俳談
【小津調俳句の世界】     
 「小津調」と称される独特の映像世界で優れた作品を次々に生み出した映画監督・小津安二郎。代表作にあげられる『東京物語』をはじめ、女優の原節子と組んだ作品群が特に高く評価されている。『彼岸花』『浮草』『小早川家の秋』とヒットを続け『秋刀魚の味』が最後の作品となった。いずれも懐かしさあふれる昭和を歌い上げた映画である。「小津調」とは、小津がつくりあげた独自の映像世界・映像美をさす。その主な特徴として、ロー・ポジションで撮ること、カメラを固定してショット内の構図を変えないことなどがある。
 とりわけ東京物語は笠智衆、東山千栄子、原節子などの名優を見事に使いこなして、老夫婦の哀感を描き出している。この「小津調」は実に俳句になりやすい。普段の生活をそのまま詠めば「小津調」になるのだ。まず名句から紹介すれば
森澄雄の
妻がゐて夜長を言へりさふ思ふ
居間で妻が「日の暮れるのが早くなりましたねぇ」と言えば、夫は「そうだねぇ」と答える。カメラはロー・ポジションで映すが、俳句も雰囲気を見事に描写する。
 拙句の場合母である。
秋灯下言葉はいらぬ母とゐる 毎日俳壇入選
 母は言葉不要の人なのだ。今度は別の情景で、妻が毛糸を編んでいる。「少し小遣い貸してくれないか」と夫が言う。妻は「しょうがないわねぇ」と財布からお金を出す。これを俳句はロー・アングルから描写する。
毛糸編む妻に臍繰(へそくり)頂きぬ 毎日俳談入選
雪の夜は静まり返っている。そこにぼんぼん時計が時を知らせる。「もうこんな時間か」と布団を敷く。
雪の夜のぼんぼん時計響くかな 毎日俳壇1席
といった具合だ。茶の間や居間の描写が小津調俳句の真骨頂だ。
最後に
笠智衆ばかり集ひて新茶汲む 東京俳壇月間賞

◎改憲へ大きくシフトー第4次改造内閣

◎改憲へ大きくシフトー第4次改造内閣
  時期を見て中央突破の可能性も
 与野党対決ムード強まる
 第4次安倍改造内閣で明らかに改憲シフトは達成され、来年の参院選への体制作りも完了した。首相・安倍晋三としては自民党の改憲案を直近の臨時国会に提出して、自民党結党以来の宿願達成に動き出す。佐藤内閣の安保改正に匹敵する政治課題を安倍政権は抱えることになり、戦後まれに見る与野党対決ムードは一段と高まりをみせるだろう。しかし、安倍は明らかに中央突破路線を推し進める方向であり、改憲は曲折をたどりながらも実現へと動くだろう。
 まず最初の突破口が党役員・閣僚人事で開かれた。一番顕著なのは総務会長に竹下派ながら安倍に近い加藤勝信を据え、党内の改憲シフトを印象づけた。一方内閣には法相に石破派の山下貴司を当選三回生にもかかわらず抜擢した。改憲を進めるに当たり答弁能力や知識を買ったが、「一本釣り」の印象は否めまい。党内野党色を強める石破への牽制球という側面もある。
 加えて憲法改正の「旗振り役」となる自民党憲法改正推進本部長に元文部科学相下村博文を起用した。これら改憲シフトは安倍の本気度を示すものであり、ルビコン川を渡ってローマへ進軍するシーザーではないが「サイは投げられた」のである。いち早く3選支持を表明して流れを作った幹事長・二階俊博は留任。安倍政権へのあからさまな批判を繰り返した筆頭副幹事長小泉進次郎は交代の可能性が強いようだ。その反面政調会長・岸田文男を続投させたのは、ポスト安倍の候補として認定した側面がある。女性登用は片山さつき1人にとどまったが、原因は女性の人材難だろう。
 憲法改正のために必要な手続きは、衆議院で100人以上、あるいは参議院で50人以上の賛成により、改正原案を発議できる。衆議院で発議された場合には、本会議で総議員数の三分の二以上の賛成を得ると参議院に送られる。参院本会議で総議員数の三分の二以上の賛成を獲得できた時点で、国会として憲法改正案を発議したことになる。その後に、国民投票による承認が求められる。国民投票で過半数の賛成が得られると憲法改正が実現する。
 安倍は「自民党としての憲法改正案を次の国会に提出できるよう、 とりまとめを加速する。憲法改正には、衆参両院で3分の2を得て発議し、国民投票で過半数の賛成を得るという極めて高いハードルを乗り越える必要がある。」 と強調した。また安倍は改憲への取り組みを「全員野球内閣でやる」と延べるとともに、「幅広い合意を目指す」として、改憲勢力を糾合して実現を目指す考えを明らかにした。
 自民党が目指す改憲案は①9条を維持した上で自衛隊の根拠規定を加える②大規模災害条項を加える③教育の無償化をうたう④参院選合区の解消ーなどだ。与野党は9条改定で激しく対立する可能性があるが、その他の条項では必ずしも反対ではない内容もあり、対応はまちまちだ。自民党内も石破茂が慎重論だ。「国民の理解なき9条改正をスケジュールありきでやるべきではない」と強調している。9条への「自衛隊明記」案を前面に改憲を急ぐ首相に対し、石破は「あわててやる必要はない」と対立を鮮明にしている。若手の入閣で派を切り崩されたという不満が残った。与党内も現行の改正案では公明党が難色を示しており、なお調整が必要なようだ。事を性急に進めず、国民に対する説明を丁寧に行いつつ、進める必要があろう。
 一方野党も内閣改造について、共産党書記局長小池晃が「閉店セール内閣」と批判、日本維新の会の片山虎之助共同代表も「自民党総裁選の論功行賞や滞貨一掃の感じが拭えない」とこき下ろした。これらの批判は、言葉が躍るばかりで説得力に欠ける批判だ。「閉店」までにはまだ3年もあるうえに「滞貨」の人材はまだ山ほど居て、「一掃」にはほど遠い。
 もっとも安倍が性急に事を運べば、国論を二分させ、息も絶え絶えの立憲民主党や国民民主党が国政選挙で揺り戻す可能性も否定出来ない。加えて長期政権の与党はとかく弛みや驕りが目立つ側面があるが、引き締めを図る必要があろう。
◎俳談
【虚仮(こけ)の一心】
 近所の森でカワセミを捕りだしてから30年近くになるが、虚仮の一心でそこいらの玄人写真家でも撮れないような写真約8000枚がパソコン数台につまっている。パソコンが壊れた場合に備えて、クラウドにも置いてあるし、ハードディスクにもためてある。
  人生、仕事ばかりしていると思考に余裕を失う。休みを取って頭脳をリセットしないと、平衡の感覚を保てなくなる。とりわけ4千字の政治評論とエッセイを書くという、“超絶技巧”維持のためには、時々頭を空っぽにする必要がある。人それぞれリセットの方法があるが、小生の場合はカワセミ撮影だ。夏休みはカワセミ撮影に専念した。それも毎朝4時に起きて、4時半には現場に着く。9時頃までカワセミをあちこち追いかける。重い写真機材を担いでの移動だから、かなりの重労働だ。汗だくになる。おかげで1日の運動量は十分だ。
 長年撮っていると、次の行動が予測できる。政局と同じだ。飛び物はどちらに飛ぶか分かっているかいないかで、撮れるか撮れないかか決まる。ホバリングする時も事前に予測できるかできないかで、数秒なホバが撮れるかどうかが決まる。
 知恵を出すのも必要だ。水中写真はクリスタルのグラスに小魚を入れて飛び込ませて撮影した。近ごろ思いついたのはカワセミが来たら、求愛の鳴き声をテープで流すことだ。ウグイス笛でウグイスを呼ぶのと同じだ。鳴き声は野鳥の声を集めた大図鑑のCDに録音されている。これを小型のレコーダーに移して流す。驚いてカワセミは小生を凝視する。あちこち動いたりもするが、以前のようにすぐに離れない。以後カワセミが小生を見る目が、「秋波」に変わったように感ずる。結構近づいても逃げない。「愛人」いや「愛鳥」扱いされているのかも知れない。やり過ぎては生態系を乱すから2、3度でやめた。
翡翠の阿修羅の如く狩りにけり NHKカシャッと俳句特選