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◎党首討論は存在意義を問われる、抜本改革を

◎党首討論は存在意義を問われる、抜本改革を
  枝野は「演説」する場面ではない
 与野党党首が党首討論の歴史的使命が終わったと言うのだから、本当に終わったに違いない。党首討論は英国の議会を参考にして自民党幹事長の小沢一郎が主導、大局的見地から質疑をしようと2000年に始まったものだ。しかし、最初から指摘されていたが討論時間が45分間と短く、ほとんどの党首が自らの主張を繰り返すにとどまり、一問一答型の紳士的な質疑応答によって、国政に新風を吹き込むという構想からは、ほど遠い形となってしまった。各党の思惑が空回りするばかりで、存在意義が問われる事態だ。
  そもそも党首討論のあり方を否定したのは立憲民主党・枝野幸男が最初だ。前回5月の討論後、枝野は、首相の答弁が長いことを理由に「今の党首討論はほとんど歴史的使命を終えた」と語った。これを27日の討論で取り上げた首相・安倍晋三は「枝野さんの質問というか演説で感じたが、前回党首討論が終わった後、枝野さんは『党首討論の歴史的な使命は終わった』と言った。まさに今のやりとりを聞いて、本当に歴史的な使命が終わってしまったなと思った」と述べた。枝野は「安倍政権の問題点を7つ列挙したい」として、短い15分の質問の7分を使って森友・加計学園問題の問題点を延々と並べ、「演説」を行った。これでは大所高所からの討論ではなく野党の演説会になってしまうのだ。枝野が党首討論をマスコミ受けに“活用”しようとしたのは言うまでもない。
 こうした討論のやり方には疑問がある。第一に挙げられるのは討論時間の短さだ。首相の答弁を含めて45分間では、1日に7時間から8時間も質疑を行う予算委員会の集中審議と比べても短すぎる。各党首の質問も数問で終わってしまう。加えてイギリスの質疑は紳士的な傾向が強いが、日本の場合は政権を陥れるような質問が繰り返される。27日も共産党委員長・志位和夫の暴言が目立った。志位は「愛媛県と今治市で加計学園への補助金は50億円から93億円に膨れあがった。首相の『腹心の友』加計孝太郎理事長が経営する学園が首相の名をたびたび使い、巨額の税金をかすめ取っていたのではないか」と発言した。「かすめ取る」とは下卑極まる表現だが、安倍は 「補助金は県と市が主体的に判断することだ。私はあずかり知らない」と全面否定した。事程左様に理性に欠ける質問に、応答をするわけだから、とてもイギリス議会を手本にした紳士的討論とはほど遠くなるのである。枝野や志位に比べて国民民主党共同代表の大塚耕平が、外国人労働者問題を取り上げたのは建設的であった。外国人労働者の受け入れ拡大は、国の政策の大転換であり、安倍からも外国人労働者受け入れに前向きな答弁を引き出した。
 だいたい自民党執行部の感覚も疑う。極東情勢を見れば北朝鮮をめぐってトランプと金正恩の動きが活発化し、日本はまごまごすると潮流に乗り遅れかねない側面がある。にもかかわらず野党の提案に乗って1年半も論議して、何の疑惑も政権を直撃していないモリカケ問題を取り上げることに応じてしまったのである。ここは、大きく極東の安全保障の構図を変えかねない北朝鮮問題やトランプ外交への対応など、国家の命運に関わる外交安保問題を取り上げるべきであった。
   党首討論も確かに現在のやり方では、予算委質疑へのプラスアルファ的な側面ばかりが目立つ。質疑時間といい、内容といい、真に与野党が対話を通じて国の政治を切磋琢磨する場に変貌させる必要があることは言うまでもない。たっぷり時間を取って首相が野党に質問しても良いではないか。抜本的な党首討論改革に与野党とも取り組むべきだ。

◎俳談
【昼ビール万歳】
落花生両手で砕きビール汲む 杉の子
 藤沢という街は湘南ムードもあって明るくて洒落た街だ。駅前の地下街に日本一うまい中華そば屋がある。「古久屋」という名前だが、なぜ日本一かというと、特に理由はない。他にうまいところを知らんからだ。江ノ島水族館でクラゲの写真を撮ったあとは必ずこの店に寄る。クラゲの撮影を10時45分で切り上げると、ちょうど開店の11時に間に合う。なぜ知ったかというと娘が高校時代しょっちゅう通って「特焼きそばにお酢をどばっとかけるとおいしい」と言っていたからだ。
 この店で気付いたのは湘南というのは昼からビールを飲むことだ。私のような上品な白髪の老人が、一人手酌で焼きそばを前に一杯飲んでいるかと思えば、老夫婦が湯麺を啜りながら一杯飲んでいる。昼ビールのうまさは格別なことを知っているから、一度真似してみたいと思っていたが、気が弱いから一年ばかりちゅうちょ。昨日思い切って決断した。決断だから注文の仕方も並大抵ではない。つい「ちょっと、ビール」とかん高い声を出してしまうのだ。店員は何で興奮しているのか分からないから、怪訝な客だと思っても顔に出さずに「はい」と受け止める。こうして決死の覚悟の昼ビールがのどをごっくんと通過したのだ。現役時代に一所懸命に働いて、今は自由の身。「世間よざまあみろ」と内心思うのだ。そして小粋なる湘南っ子の顔を装って、大和市のイモ爺さんが、またとくとくとくとビールを注ぐのだった。
ひたすらにビールを思ひ庭仕事 杉の子
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「 ロボットとの恋愛!」

投 稿 ・・・ 大学1年生(工学部) 
「 ロボットとの恋愛!」

入学早々、担当教授から、ロボットと人間は交際し、恋愛し、結婚することができるかどうか「ロボットとの交際問題」について300字以内で書け!という課題が出されました。300字ではとても無理なので、私に限って2,000字とさせていただきました。

 まず、このテーマを論ずるにあたって、そもそも恋人とは何かについて定義を考えなければならない。少し下卑た話になるが、男女間の友情と恋人との違いは文字通り下心があるかどうかだと思う。この人との子孫を残したいという生物学的な当然の想い、これが「恋」である。そして、人が異性に惹かれ、恋に落ちる要因はさまざまある。容姿、性格、立ち振る舞い、声などあげたらキリがない。そう考えると、人間がロボットに恋をするのは何ら不思議ではないように思える。なぜなら、ロボットは容姿も性格も声も立ち振る舞いも使用者(ユーザー)によって、自分好みにプログラムできるからだ。それが虚しいと感じるのならば数万におよぶ人間のパーソナルデータを収集し、アトランダムに形成すればいい。それがロボット、ひいてはAIの良いところだと私は思う。さらに言えばオプションとして、ips細胞などを利用した人工卵子や精子などを付ければ子供ができて、恋人に留まらず立派な家族にもなれるのではないだろうか。
 
 ロボットを恋人として持たない理由の中に、人間と違って心が無いからと答える人が多いかもしれない。これは、私からみると、とても滑稽な話だと思う。確かにロボットに心は無い。いくら科学が進歩し、技術が進んでも、心を造ることは未来永劫できないだろう。
笑顔や涙、怒りや嫉妬、そういった表情や感情にしてもプログラミングされたものに過ぎない。しかし、人間も同じなのではないだろうか? 機械には心が無いという人、その人は本当に愛する人の心の内を完全に理解しているのだろうか? 自分の頬を伝わった、その涙が本当に心によるものだという確証があるのだろうか? 実際、クビを縦に強く振れる人はそう多くないはずだ。前述したとおり、ロボットの感情はプログラムだ。ところが、ロボットはそれによって涙も流せるし、笑顔にもなれる。そこに人間とどれほどの差があるというのだろうか? もともと心というものは完全には理解できない、酷(ひど)く抽象的なものだ。だから、人間同士が完全にお互いを理解し合うのは困難だ。プログラミングされたロボットなら完全に相手のことを理解し、欲していることばをかけてくれる。誰も傷つかない行動を取ってくれる。私にはそう思えて仕方がない。
 
 心の有無以外にもうひとつ、ロボットを恋人に持つことに障害となってくるものがある。世間からの視線だ。自分の理想通りの異性が現れた時、人はその人を愛せずにはいられない。しかし、自分の居場所がある人、社会的地位が高い人ほど社会の目という人生を一変させてしまう怪物を恐れるにちがいない。その理性という名の枷(かせ)によりロボットとの交際に踏み切れない人が出てくるのは想像に難くない。だが、それは時間が解決してくれるのではないだろうか。
 
 良い例がジャンクフードだ。今でこそ改良されて生活の一部となっているが、昔はあんな得体のしれない化学薬品まみれの食べ物は口にはできないと世間から思われていたことをテレビや新聞、雑誌でよく見かける。人間は順応性が高く、“慣れ”という属性を持った唯一の生き物だといわれている。そして、これは人間が必ずしも悪いというわけではなく、社会における独特な慣習や風潮によると考えられる。善悪は多少どうであれ、大多数の人がしていることを正常、少数の人がしていることを異常と判断してしまう。つまり、ロボット文明が進み、人間と交際できるようになった初期こそ社会から奇異な変わり者と冷たい目で見られるけれども、時代と共に少しずつ受け入れられ、次第に厳しい視線が和らいでいく。やがてロボットを伴侶に迎え始める時代が訪れるにちがいない。さらに人々の思いと技術が進化し、人間との見分けがつかなくなるにつれて、益々ロボットを恋人に持つ人が増えていく。ロボットの増加と人間との差異が無くなれば、自分が人間かロボットかさえわからなくなってくるかもしれない。ロボットとの結婚や交際の反対運動をしていた団体のリーダーが、実はロボットだったなんてオチがトップ・ニュースになって人々が苦笑する。ロボットとの大多数の交際が正常であり、こんどは逆に人間同士が付き合っているのが奇異に映るようにならないとも限らない。
 
 以上は、私の完全な妄想ではあるが、人間と交際しているロボットは、人間のあまりの精神的な醜さに嫌気がさして、恋愛対象から人間を外してロボットに限定するかもしれない。そして、ロボット交際問題がおきてから長い月日をかけた結果、人間は人間と、ロボットはロボットと、極く少数の人間とロボットの交際が改めて話題となる、そんなディストピアめいた世界が私たちの未来に待っていると想像するだけでも胸が躍る。< おわり! >

◎自民総裁選は安倍独走の形勢

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◎自民総裁選は安倍独走の形勢
  尖る石破・野田、岸田は禅譲狙いか
 英語のdead angle を語源とする死角が自民党総裁選挙にあるだろうか。まずない。首相・安倍晋三は圧倒的にリードしていて、死角を探してもない。自民党内を見渡したところ虎視眈々とその安倍にチャレンジしようとしているのが元幹事長・石破茂だ。大勢は首相・安倍晋三3選支持の流れであり、石破は孤立気味だ。石破は昔、佐藤栄作の長期政権を阻止しようとした三木武夫を思い起こす。「男は1回勝負する」とチャレンジしたが、敗北。その後ロッキード事件が幸いして首相になったものの、党内の支持は得られず、すぐに潰れた。しかし、立候補者がいないと自民党内は活気が出ない。石破に限らず、野田聖子など例え売名でもオリンピック精神で出馬すればよい。
 総裁候補としては事実上安倍が独走している。森友・加計問題はまるで朝日と民放と野党の独壇場だったが、贈収賄疑惑があるわけでなし、予算委の終了と共に影を潜めた。攻め手がなく、今後も忘れた頃にぽっとか細く火が付く程度のものだろう。内閣支持率もモリカケがなくなって回復しはじめている。読売の調査では45%で支持が不支持を逆転した。朝日や産経、民放の支持率も同様の上昇ぶりを示している。長期政権は一時的な高支持率より、30から40%を安定して維持することが大切だ。佐藤内閣がそうであった。
 これを反映して6月10日の新潟知事選では、事前の世論調査では、接戦との見方が多かったが、開票結果は花角英世54万6670票に対して池田千賀子50万9568票と、3万7000票余りの差を付けた。与党系は「快勝」であり、政局で安倍にプラスの結果となった。
 こうした中で、総裁候補とされる面々は,動くに動けない情勢である。国会会期は7月22日まで延長されるが、この間は表立った動きをすれば世論の反発を受けるし、国会終了後総裁選まで2か月しかない。短期決戦を余儀なくされるが、安倍の独走を阻止できる候補は存在しない。
 政調会長・岸田文男も、早々に旗を巻きそうな気配だ。4月16日に安倍と会談したのに続き、去る18日にも2時間半にわたって会食している。岸田は記者団に「北朝鮮、終盤国会、(自民党)総裁選の話をした」と語ったが、内容については「ノーコメント」とした。岸田の狙いは秋の総裁選で奪い取るのではなく、安倍の3選を認めて3年我慢をして禅譲を狙うところにあるのかもしれない。昔池田勇人にオリンピック花道論があった。池田は癌であることをひた隠しに隠して、任期を残して退陣する演出を行った。東京オリンピック閉会式翌日の10月25日に退陣を表明、自民党内での後継総裁選びの調整を見守った上で11月9日の議員総会で佐藤栄作を後継総裁として指名したのだ。佐藤は「待ちの佐藤」といわれたが、岸田も「待ちの岸田」として、昔のインスタントラーメンではないが「3年待つのだぞ」が、今考えられる最高の戦術だろう。
 総裁選への流れは、安倍が楽勝のように見えるが、油断は出来ない。問題は党員らの投票による地方票の動向も作用する。12年総裁選では、石破が党員らの投票による地方票で安倍を上回っだのだ。決選投票で議員票を固めた安倍に敗れたが、決選投票に地方票を加えた現行制度なら、石破が当選していたといわれる。閣僚を離れた石破は、活発に地方行脚を繰り返している。しかし、石破にとっての致命傷は派閥の人数が少ない点だ。国会議員の人望がないから数が集まらない。衆参合わせて20人で6番目では、なかなか突破口を開くのは難しいだろう。安倍は5年の在任の結果、地方票がかなり集まる状況にあり、油断しなければ、石破はそれほど獲得出来ないかも知れない。
  総務相野田聖子も、発言を先鋭化させている。15日に日本記者クラブで記者会見し、選択的夫婦別姓の導入などを総裁選の主要政策に掲げる考えを示した。安倍との対立軸を明確にする狙いがあるが、支持の広がりには全く欠けているのが実情だ。空回りな発言も目立ち、20人の推薦人確保ができるかどうかも不透明だ。
 安倍は意気軒昂だ。16日の読売テレビでは「まだまだやるべきことがたくさんある。北朝鮮の問題、拉致問題、これはやはり私自身の責任で解決をしなければならないという強い使命感も持っている」と政権維持に強い意欲を表明している。そして最終決断の時期については味な発言をした。「東京近辺のセミの声がうるさいと感じられるようになってきたら」だそうだ。もっとも、考えてみればこの発言は事実上の出馬表明にほかならない。
◎俳談
【鳰(にお)の浮巣】
鳰の消え浮き名の一つ残りけり 杉の子
鳰(カイツブリ)が水中に消えて本当は水輪が残るのだが、それにかけて浮き名とした。 鳰は冬の季語。どこの公園にでもいるあの可愛いやつである。鳩よりやや小さく、水中に巧みに潜って魚を獲(と)る。数日前水中を泳ぐ写真が撮れたが、水面ではずんぐりしているのに、水中ではまるで矢だ。細長く体を伸ばして一直線に進む。フィリリリなどと鳴く声は美しい。
芭蕉は
五月雨に鳰の浮巣を見にゆかん
と詠んだが、「見に行かん」と言ってもこの場合江戸にいて、琵琶湖の浮巣を見に行くというのだから風流も極まれりだ。もっともこの時は別に用事があってのことだが。
 そのかわいらしい鳰が、ある朝森に行くと張ってある網に引っかかって、がんじがらめになり、断末魔の表情でもがいていた。余りのむごさに公園の係員に言って外させたが、一晩中もがいていたと見えてぐったりとなっていた。網は魚類調査のものだというが、池は鳰がしょっちゅう潜っている。そこに思いが行かなかった管理者は無能としか言いようがない。

◎ トランプの「軍事演習中止」発言の浅薄さ

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◎ トランプの「軍事演習中止」発言の浅薄さ
 「カネ節約」と商売人根性丸出し
 安倍は日朝首脳会談も視野に
   群盲象をなでるというか、百家争鳴というか。トランプと金正恩の会談をめぐって議論が百出している。その理由はトランプが「詰め」を怠った結果だ。アバウトで危うい「合意」が、混乱や困惑を世界中にまき散らしていることをトランプ自身も分かっているのだろうか。首相・安倍晋三も金正恩との首脳会談を実現し、極東の安全保障を確立させるための直接対話を実現させるべきだが、それには拉致問題の成果もある程度見通せるようになる必要がある。日米は非核化で北朝鮮から大きな譲歩を引き出せない限り、軍事的な圧力を弱めるべきでないことは言うまでもない。
 トランプの高揚感は、自己顕示欲もともなってすさまじい。会談後「金委員長と私はたった今、共同声明に署名した。彼はその中で『朝鮮半島の完全な非核化への揺るぎない決意』を再確認した」と、記者会見で“成果”を強調した。「われわれはまた、合意実現のためできるだけ早期にしっかりした交渉を行うことで一致した。彼(正恩氏)がそれを望んでいるのだ。今回は過去とは違う。一度もスタートすることなく、それゆえやり遂げることもなかった政権とは違う」と述べた。どうもトランプは過去の政権との比較を臆面もなく持ち出す傾向が強いが、オバマをはじめ歴代大統領なら、現状に合わせた対応は当然している。トランプこそ唯我独尊の露呈を戒めるべきだ。
 トランプと金正恩が決めた合意文書自体は「朝鮮半島の平和と繁栄に貢献する」ことを約束し、「トランプ大統領は(北朝鮮に)安全の保証を提供することを約束した」となっている。極めて大まかな合意である。金正恩の述べた「朝鮮半島の完全な非核化への揺るぎない決意」は立派だが、その非核化の時期や方法、具体的な対象についての細部は文書に存在しない。トランプは記者会見でこれを「時間がなかった」せいにした。だが、極めて重要な意味を持つのはその細部なのだ。というのも過去に米政権が細部を詰めなかった結果、北朝鮮は何度も約束をほごにしてきた。北の「やらずぶったくり」路線は、毎回成功してきたのだ。合意文書には、正恩がトランプの主張する内容を確実に実行することを示す部分はほとんどない。
 会談での譲歩に加えて、トランプは米韓軍事演習を「ウォーゲーム」と軽視するかのような発言をして、交渉が順調に進んでいる間は中止する意向を表明した。北が「極めて挑発的」と非難を繰り返してきた演習は、裏を返せば効果があるのであり、独断で中止してしまえるようなことではあるまい。「会談後最初の重大かつ一方的な譲歩」(ウオールストリートジャーナル)を行ったのだ。
 非核化の道筋すらおぼろげなのに、クリヤーカットに軍事演習中止の「見返り」を与えてしまうとは恐れ入った。欧米メディアは非核化の具体的な手法や期限が決められなかったことについて懸念する見方が多い。トランプは「ウオーゲームの中止で、カネを大幅に節約できる。ウオーゲームは挑発的だ」と述べている。ここでカネの節約を言うとは商売人根性丸出しで、安全保障の重要性を理解していない。まるでベニスの商人のごとく、方向性を間違っている。米韓軍事演習は北朝鮮に対する圧力のシンボルであり、これが実施され、米軍の装備が白日の下に照らされるからこそ、北が南進を思いとどまってきている現実を分かっていない。
  日本に関係の深い拉致問題については国務長官ポンペオが「大統領は複数回にわたって取り上げた。拉致家族の帰国のための北朝鮮の義務を明確に伝えた」と言明した。トランプに対して金正恩は「分かった」と述べたと言われる。しかし金正恩が具体的な反応をした形跡はない。トランプは安倍との電話協議で「金委員長は日朝会談にオープンだ」という趣旨の説明をしたという。
  政府は北朝鮮の動向を慎重に見極めながら交渉の機会を模索する方針であり、政府部内には早ければ7月か8月の首脳会談もありうるとの見方がある。夏がない場合、9月にロシア・ウラジオストクで開かれる「東方経済フォーラム」に金正恩が出席すれば、安倍との会談を実現させる構想もあるようだ。実現すれば2004年の小泉純一郎訪朝以来となるが、安倍は金正恩との会談について「ただ話しをすれば良いのではなく、問題解決につながる形で実現しなければならない」と、慎重な姿勢であり、情勢を見極める構えだ。拉致問題は被害者家族にとっては極めて重要だが、まずは極東安保という大事を最優先させ、その結果として拉致問題の解決につなげることが重要だろう。安倍が発言したように日本は拉致問題に関しては「主体的」に対応するしかない。
 ◎俳談
【俳句と笑い】                   
あの子規が
山の花下より見れば花の山 
という句を作っていたかと思うとほほ笑ましい。言葉遊びのように見えるが一度読んだら忘れない句はいい句だ。一茶は笑いとペーソスの俳人だ。まるでチャップリンのようである。
故郷は蠅まで人を刺しにけり
古里の冷たさをばっさりと切っている。筆者も負けてはいない。
湯湯婆(ゆたんぽ)と書けば笑へるなあ婆さん 読売俳壇1席
は、自慢ではないが、俳句史上に残してもらいたいユーモア句だ。
まだある
合格子上がり框で転びけり 産経俳壇入選
「合格したよ」と言ってづっこけた。
遠足やパンパかパーンと弁当開け 読売俳壇1席
パンパカパーンは横山ノックの専売特許ではない。
クソ暑い夏。
これきしはジュラ紀の冬と炎天下 読売俳壇3席
ジュラ紀は知らんが相当暑かったらしい。頑固じじいが炎天下を歩いている。

◎大山鳴動ネズミ一匹の米朝未完会談


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 非核化時期、検証、工程未定のまま
 日本はおいそれと「経済カード」を切ることはない
  トランプは口癖の「素晴らしい」を繰り返すが、どこが素晴らしいのか。会談したこと自体が素晴らしいのか。それにしては、「北の壁」ばかりが目立つた未完の会談であった。金正恩は米朝共同声明で「完全な非核化」を約束したが、具体的な非核化の範囲や工程や期限への言及はなかった。これでは、歴代北朝鮮トップによる「約束反故の歴史」を誰もが思い起こさざるをえないだろう。トランプは会談の“成果”に胸を張るが、その内容は会談したこと自体に意義がある程度にとどまりそうだ。要するに北朝鮮の核兵器廃棄への工程はほとんど示されず、非核化のタイミングや検証方法は今後の交渉に委ねられることになった。
 会談を受けてトランプは北朝鮮への経済的支援については、「米国が支出すべきだとは思わない」と主張し、「遠く離れている米国ではなく、日本や中国、韓国が助けるだろう」と、経済援助をたらい回ししたい口ぶりだが、会談結果から見る限り日本はおいそれと「経済カード」を切れる状態でもあるまい。
 まず米朝合意文書に書かれた文言は、4月に開催された韓国と北朝鮮の南北首脳会談で署名された内容をコピーしたかのようであり、北朝鮮による核・ミサイル実験の凍結に関しても明文化されなかった。米国が6カ国協議を通じて主張してきた非核化の原則である「完全かつ検証可能で不可逆的な非核化(CVID)」の文言がない。休戦から65年にわたる敵対関係と20年あまりにわたる核武装路線に終わりを告げる文言が、合意に至らなかったことを意味する。北が核武装を放棄する意思がないことを物語っている。トランプはCVIDが合意に至らなかったことを記者団から突っ込まれて「時間がなかった」と弁明したが、焦点の問題を時間のせいにするのはおかしい。合意文書は「朝鮮半島の完全な非核化」と表現しただけで、北朝鮮の非核化をいかにしていつまでに成し遂げるのかという、首脳会談最大のテーマは、盛り込まれなかった。非核化の時期と検証方法も不明のままだ。検証可能と不可逆的という言葉なしに、北の核武装に歯止めをかけようとしても無理がある。
 さらにトランプの主張の核心であった「朝鮮戦争終結」の宣言も合意文書にはない。朝鮮戦争で米朝が戦火を交えて以来のトップ会談であり、宣言には事実上終結している戦争を再確認する意味合いがあるが、盛り込まれなかった。さらに北朝鮮による核・ミサイル実験の中止の明文化もなかった。核・ミサイル実験場の閉鎖にも言及していない。多くの課題が、先送りされ、具体性に欠けた会談であったことを物語る。要するに大山鳴動してネズミ一匹の感が濃厚なのである。トランプにしてみれば秋の中間選挙へのプラス効果が出れば良いのだ。
 一方金正恩は、会談から多くのポイントを稼いだ。合意文書では金正恩体制をトランプはギャランティーという表現で保証した。特異な社会主義体制を敷く金王朝を、自由主義の雄であるはずの米国が体制保証するという奇妙な会談となった。今後金正恩が体制の正当性を世界に喧伝し、国際的な孤立から離脱する材料に使うことは言うまでもない。加えて米韓軍事演習の見直しや在韓米軍の削減にトランプが言及したことは、金正恩にとって大きな成果であった。
 しかし、ことは極東の安全保障に関する問題である。重要な同盟国である日本にろくろく相談もなく、安全保障に関する問題を軽々に発言するトランプのセンスを疑う。拉致被害者の問題については、首相安倍晋三の要望に応じて、トランプが金正恩との会談で言及したが、単なる言及にとどまったようである。もともと拉致問題は日本政府が解決すべき問題であり、安倍が「日本の責任であり、日朝間で交渉する」と述べている通りである。
 日本外交の真価が問われるのはこれからであるが、かくなる上は北との関係正常化を推し進め将来的には、国交正常化を視野に入れるべきであろう。正常化して、経済的な結びつきを強めることにより、北の暴発は抑えられる可能性が高い。拉致、核、ミサイルが国交正常化の前提条件だが、棒を飲んだような姿勢でなく、緩急自在の姿勢で日朝首脳会談の開催を視野に入れるべき時だろう。
 トランプはまた、国務長官マイク・ポンペオと大統領補佐官ジョン・ボルトンが来週、合意の「詳細を検討する」ため北朝鮮当局者と協議する予定だと述べている。またトランプ自身も「また会う、何度もだ」と延べ、金正恩をホワイトハウスに招待する意向も示した。「恐らく再度の首脳会談が必要になる」と語った。トランプ自身も会談の不十分さに気付いているのかも知れない。
 ◎俳談
 俳人中村草田男が
降る雪や明治は遠くなりにけり
と詠んだのは、明治が終わって21年を経た後である。早くも平成は30年、昭和も遠くなったものである。私は懐かしさもあって昭和をよく詠む。最初に入選したのが朝日俳壇で
恐ろしき昭和を見たり昼寝醒(ざめ)  朝日俳壇1席
であった。昼寝で昭和の夢を見たことにして「恐ろしき昭和」と形容したのが当たった。戦争と混乱に明け暮れした昭和であった。戦後は一時期までわらじを履いていた。通学にもわらじの子がほとんどであった。
わら草履はける昭和よ冬の星 東京俳壇月間賞
 竹の子生活と言って竹の子をはぐように、母親の着物が次々に売られた。親たちは深夜まで働いた。
丸眼鏡かけて昭和の夜なべかな 毎日俳壇1席
 上野の地下道では親を亡くした浮浪児が靴磨きをして頑張っていた。
鰯雲昭和の少年靴磨く 東京俳壇入選
 昭和の女は母親を見ても健気で一生懸命であった。
鳳仙花昭和の女健気なる 産経俳壇入選
 そして
丈夫なり妻と昭和の扇風機  毎日俳壇年間大賞
として今日に至る。実に丈夫なのである。

◎シンガポール会談はプロセスの出発点


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◎シンガポール会談はプロセスの出発点
「戦争終結宣言」のあとは日本の支援が焦点
 12日の米朝首脳会談で最優先となるのは、安全保障と引き換えに、北朝鮮の朝鮮労働党委員長金正恩に核兵器開発を放棄する用意があるという確約をとりつけることだろう。事態は戦争勃発以来70年ぶりの「朝鮮戦争の終結宣言」に向かう。拉致問題はトランプが取り上げる方向だが環境整備にとどまるだろう。安倍自身が金正恩との直接会談で話し合うしかない。トランプはシンガポール会談を、「複数の首脳会談へのプロセスの出発点」と位置づけており、解決は長期化するだろう。
 シンガポール会談では終戦宣言を発出することで一致するだろう。しかし、具体的には当事国が米朝に加えて中国、韓国の4か国による調印となる必要があるから、早くても秋以降となる可能性が高い。トランプも「シンガポールでは戦争終結に関する合意で署名できる」と述べている。1950年に始まった朝鮮戦争は53年に米国と北朝鮮、中国によって休戦協定が結ばれたが、平和協定が締結されていないため、現在も法的には戦争が継続状態となっている。
 4月27日の韓国と北との板門店宣言では「今年中に終戦を宣言、休戦協定を平和協定に転換して恒久的で堅固な平和体制の構築に向けた南北米の3者または南北米中の四者会談を開催する」方針が確認されている。北の非核化で米国が理想とするのは南アフリカの例だ。南アは1989年のF・W・デクラーク大統領の就任後、自主的に6つの核兵器を解体。核不拡散条約(NPT)に加盟し、自国施設に国際原子力機関(IAEA)の査察団を受け入れた。 
 北朝鮮の場合には、兵器や技術が隠されている可能性があり、北が申告した施設だけでなく大々的な査察が必要になる。ただ金正恩は「段階的かつ同時的」アプローチを呼び掛けており、そこに北のトリックがあるという見方もある。北朝鮮が核兵器放棄を正直に進めるのか、可能な限り非核化を先延ばしする“策略”なのかは分からないからだ。過去の例から見れば信用出来ない最たるものなのだ。
 トランプは秋の米中間選挙に北朝鮮問題を結びつけようとしていることが歴然としており、そのための象徴となるのが「朝鮮戦争の終結宣言」となることは間違いない。まさにこれといった成果のないトランプにとって、北朝鮮問題はアピールするにうってつけの材料だが、事実上終結している戦争終結を改めて宣言しても、米国のマスコミが成果として認めるか疑問だ。 
 日本にとって核問題と並んで重要なのは拉致問題だが、トランプと金正恩との会談での優先順位はどうしても非核化に置かれるだろう。おそらく金正恩もそれを見抜いており、従来の「解決済み」との方針から離脱するのは難しいかも知れない。4月29日に韓国大統領文在寅は安倍に電話で「金正恩委員長は日本と対話の用意がある」と伝えてきたが、北との融和の過程としての日朝首脳会談は極めて重要なものとなることは確かだ。なぜならトランプがたとえ拉致問題を取り上げても、それは「交渉」にはなりにくいからだ。交渉はあくまで日朝間で行うことになる。トランプは「拉致問題が解決すれば日朝関係が劇的に変わる」と述べているが、これは3人の米国人の解放と米国の変化を重ね合わせたものだろう。安倍もその辺は認識しており、「最終的には金正恩委員長との間で解決しなければならないと決意している」と述べている。
 一方経済問題が密接な関わり合いを持つが、国務長官ポンペオは、「経済支援は北朝鮮が真の行動と変化を起こすまであり得ない。日本による経済支援も同じだ」と述べており、一挙に経済支援に結びつける方針は示していない。安倍も「国交正常化の上で経済協力を行う用意がある」とクギを刺している。しかし、最終的には日本の経済支援を、北朝鮮ばかりか米国も当てにしていることは間違いないことだ。総書記金正日が日本人拉致を認めた2002年には、首相小泉純一郎が、北朝鮮に100億ドルを支払う構想があったが、実現していない。気をつけなければならないのは北による“やらずぶったくり” であろう。
◎俳談
【忙しいと遊びが楽しい】
 老の過ごし方は「忙しいと楽しい」の原則を守ることだ。それはどういうことかと言えば、必死になって何か“仕事”をすれば、その最中に「明日あれして遊ぼ、これして遊ぼ」という思いがめぐるということだ。筆者の場合深夜の原稿書きが自らに課した仕事で、きつい時には、その最中に「遊び」を脳裏に浮かべて、自らを慰める。だから人生には遊びが欠かせないのだ。人間「遊びせんとや生まれける」なのだ。 
 筆者の場合、遊びとは30年やっている超望遠カメラでの野鳥撮影だ。とりわけ近ごろは、カメラが進歩して1秒に12枚撮影が可能だ。飛んでいる野鳥を撮影できる。野鳥にレンズの焦点が合うと食いついて離さないのだ。接近しようと離れていこうと焦点が合い続けるのだ。飛ぶ鳥を見事に“射止めた”時ほど、スカッとすることはない。
トレーラー降りしは女黄鶺鴒(きせきれい) 俳句朝日入選
 翡翠(かわせみ)の写真を撮っていたら、公園工事のトレーラーの運転席からGパン姿の目の覚めるような美女が降りてきた。カメラを向ける勇気はなかったが、びっくりして一句作った。

◎北と文在寅の“術中”にはまる危険ートランプ


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◎北と文在寅の“術中”にはまる危険ートランプ
  7日の日米会談でCVID堅持確認を
  今朝の朝日の森友文書の扱いにはあきれた。一面から5面までを使って狂ったように報道している。なんとしてでも政局化して、倒閣に結びつけたい思惑を露骨に見せる異常さだ。極東情勢が緊迫化していることなどまるで眼中にない。平衡の感覚があるジャーナリストは朝日にはいないのだろうか。政府・与党はバランスを欠いた朝日の術中にはまってはならない。
 同じ術中でも、12日の米朝会談に向けてトランプが北朝鮮の術中にはまりそうな気配を見せ始めている。焦点の非核化をめぐって1回目の会談だけでは説得が困難との見地から、トランプは「12日が素晴らしいスタートになる」などと発言しはじめたのだ。韓国大統領文在寅も唱える北の段階的な核廃棄の対応に応じそうなのである。米大統領が最初から妥協に傾斜し、腰折れ気味ではその先が案じられる状態だ。そもそも米大統領が金正恩と度々会談するなどと言うことは、自らを安売りすることにほかならない。首相・安倍晋三は7日の日米首脳会談で、北朝鮮問題の現状をトランプに再認知させる必要が出てきた。
 米朝会談の焦点は日米が既に確認している「完全かつ検証可能で不可逆的な核廃棄」(CVID)へ、金正恩を説得出来るかどうかにかかっている。トランプは当初からこの方針維持を基本としてきたが、文在寅との会談から方針があやふやになりつつある。文在寅は金正恩との二度にわたる会談を通じて、北の「段階的な措置で合意すべきだ」との立場を受け入れている。段階的措置とは、非核化を一挙に進めず、いつでも核・ミサイル実験が可能な状態を維持することにほかならない。文在寅はもともと左派の大統領であり、加えて北と同一民族としての感情に流され、極東安保情勢という大局を見失っているのだ。
 文に吹き込まれたトランプも「段階的な措置」とは、北が米国との会談に向けて仕組んだ“罠”であることを知るべきなのだが、トランプはそれが分かっていないかのように唯々諾々と北の戦術を受け入れ兼ねない危うさがある。米大統領がだまされるとすればまさに3度目となる。米国は既に1990年代と2000年代の交渉で北から同様の提案を受け、これに応じたが、金一族は臆面もなく合意を反故にして裏で核・ミサイル開発を推し進め、ついに大陸間弾道弾とこれに積載する核爆弾の開発に成功しつつあるのだ。それに歯止めをかけなくてはならない時に、トランプは米国に届く核ミサイルだけにストップをかけ、日本を狙う200発の中距離ミサイル・ノドンについては言及しないままだ。トランプは国連による北朝鮮制裁決議が機能する前に、制裁の影響力を弱めてしまっているのが実情だ。
 金正恩が自らの体制が崩壊することを一番恐れている事は言うまでもない。体制維持のためには何でもするのが基本方針であり、その体制維持に不可欠なのは核ミサイルなのだ。核ミサイルがあってこそ、大国と肩を並べられるという小国の誇大妄想が、一貫して北の政策には流れているのだ。金正恩は、非核化を小出しにして、見返りの経済援助を得ようとしているのが実態だ。文在寅はこれにまんまとはめられているのだ。
 一方、もともと北を「緩衝国家」と位置づけている中国は、金正恩を“鼓舞激励”こそすれ、ブレーキをかけることなどしない。国際的にはきれい事を言っても、その実態は深層でつながっているのだ。ロシアも中国に同調している。南アフリカを訪れた中国の王毅、ロシアのラブロフ両外相は3日の会談で、朝鮮半島情勢をめぐり「引き続き協調を強化する」ことで一致している。中露は「段階的な非核化」など北朝鮮の主張をバックアップしており、北問題で結束を固めた。こうしたトランプの浅慮と中露の思惑を最大限活用して北は、三度(みたび)国際社会を欺こうとしていると受け取るべきだろう。こうした中でCVIDへの適切なる対応が何と言っても焦点となる。CVIDへの対応が不十分なままであれば北朝鮮が外交上の有利なポジションを得てしまう。CVIDは全面的な制裁実施が困難な事態を避けるための唯一の方法でもある。
 これに対して安倍政権の対応は、クリアーカットで適切である。安倍は「核武装した北朝鮮を日本は容認するわけにはいかない。圧力を高めて抜け道を許さない」と言明。官房長官菅義偉も「拉致、核、ミサイルといった諸懸案の包括的な解決なしに、北朝鮮との国交を正常化することはあり得ないし、経済協力も行わない」と断言している。安倍はこうした姿勢をトランプとの会談で繰り返し強調し、CVID堅持を中心にトランプの事態への認識を確たるものとさせねばならない。トランプは安倍とは盟友関係にあり、安倍の友情ある説得には耳を傾けるだろう。
 またトランプが、北が説得に応じた場合の見返りとなる経済援助について「韓国と日本には北への支援を準備すべきだと伝えた。支援は隣国の日中韓3か国が行うべき」と、ばか丸出しの論法を展開しているが、ことはそう簡単ではない。日本には拉致問題という重要課題が未解決のまま残っており、これを残したままの援助など極めて困難だ。トランプにはこのイロハを教えておく必要がある。国連を中心に援助をする状態が生ずれば米国も参加すべきことは言うまでもない。金を出さずに口を出すのはいただけない。 
◎俳談
【孤独を詠む】
囀(さえずり)を聴きて一人と気付くかな 毎日俳壇入選
孤独を詠むのは老人の特権だ。老人というのは時間が余る。時間が余るから孤独を感ずるひまがある。筆者のように自分で勝手に仕事を作って、勝手に忙しがっている者はまれだろう。その急がしがっている筆者ですら孤独を感ずるのだから、フツーの老人はもっと孤独だろう。そして孤独と気付くときはどんなときかと言えば、様々なる事象を共感する人がいないと気付いたときであろう。「小鳥が鳴いてるよ」と伝える相手がいないときだ。そして、せっかく孤独感が生じたのだから俳句にしなければ損だとばかりに俳句にする。転んでもただ起きないのが孤独な俳句老人なのだ。
烏瓜見つけ一人と気付きたり 産経俳壇入選
何でも一人と気付いてしまうのだ。そして俳句にしてしまうのだ。だから孤独はありがたい。材料をくれるからだ。
孤独を詠んだ名句は尾崎放哉の
こんなよい月をひとりで見て寝る
せきをしてもひとり
ころりと横になる今日が終って居る
いずれも深い孤独を詠んで秀逸だ。