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◎金正恩は“国宝”核ミサイルを手放さない

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◎金正恩は“国宝”核ミサイルを手放さない
  「ICBM発射凍結」の欺瞞(ぎまん)性
 韓国大統領文在寅の対北融和姿勢がもたらすものは、はっきり言って金正恩による“やらずぶったくり” に遭遇するだけだろう。国連の経済制裁が効き始めたのか金正恩は、苦し紛れに南北首脳会談という呼び水をまいて、9月の建国70周年に向けて、核・ミサイルの完成を喧伝、経済の悪化を回避したいのだ。まさに北の手の内で踊らされているのが文在寅だ。一方で米国が文のペースに乗って、大陸間弾道弾(ICBM)実験凍結と引き換えに妥協路線に移行すれば、ノドン200発を向けられている日本は置いてけぼりを食らう可能性がある。日本を離反させて米極東戦略は成り立たない。金正恩みずからが苦し紛れに重要な戦略的な転換をしようとしているかに見えるが、その実は父親と同様にいつか来た道、すなわち国際社会を欺く路線を歩むだけだろう。
 しかし、米国がそこを読んでいないはずはない。トランプの長女イバンカは文在寅との晩餐会の席上、融和ムードにクギを刺している。「朝鮮半島が非核化されるまで最大限の圧力をかけ続けることを改めて確認したい」と文に迫ったのだ。文は「非核化と南北対話を別々に進めることはない。二つの対話は並行して進めなければならない」と約束した。どうも文という人物は両方に“いい顔”をする癖が抜けないようだが、その真の狙いは南北首脳会談の実現にあり、北のペースにはまりかねない姿勢と言える。
 北の外交は一見巧みに見えるが、常に馬脚が現れる。妹金与正を派遣したことは、肉親を外交に使わなければならない切羽詰まった状況を反映したものだろう。なぜなら、北は文に“本気度”を示す必要に迫られたからだ。与正のほほえみ外交の影に“氷のような微笑”を感ずるのは筆者だけではあるまい。文を手玉に取った与正は帰国して金正恩に報告。金正恩は、南北関係をさらに発展させるための具体的な方途を指示したとみられている。
 その内容の一つが「ICBM発射凍結」のカードだ。日本上空を飛ぶICBM実験を中止して、国際社会の関心を呼び、アメリカを乗せようとしているのだ。もちろん国内向けにはミサイル開発を放棄しないし、開発はどんどん進めることができる。こうした北の“疑似”緊張緩和攻勢の背景には国連による制裁決議の影響が徐々に生じ始めている実情がある。政府は、東シナ海の公海上で北朝鮮船籍のタンカーとドミニカ船籍のタンカーによる積み荷の受け渡し「瀬取り」を確認している。苦し紛れに抜け道の対応が始まっているのであり、国連決議の影響は今年後半にはもっと鮮鋭に生じることが予想される。
 しかし金正恩は、この影響をなんとしてでも回避したいのだ。最重要行事である9月9日の建国70周年に向けて、経済の困窮は、自身の権威維持の上で最も得策でないことなのだ。このためのとっかかりが文の融和姿勢にあるのだ。おそらく北の狙いは70周年に先だって、南北首脳会談を実現して、経済支援を取り付けたいのであろう。最終的には米朝接触を実現するところにあるのは言うまでもない。すでに韓国は統一省報道官が「適切な機会に北朝鮮と米国が建設的な話し合いに入ることを期待する」と、なりふり構わず米朝対話を推進しようとしている。日米はこの金正恩が掘った蟻地獄に文在寅がはまりつつあることを、傍観することは出来まい。
 北朝鮮との交渉は歴史的に見て、ワンパターンである。約束をして経済援助を獲得すれば、臆面もなく反故にする。2012年に、米朝間で合意した核兵器と長距離弾道ミサイルの実験の凍結、国際監視下での寧辺(ヨンビョン)核関連施設におけるウラン濃縮の一時停止という約束はとっくに反故にされており、何かの一つ覚えのごとく同じ手口を今回も通用させようとしているかに見える。
 全ての問題は北が核ミサイル開発を放棄するかどうかに絞られる。放棄しなければ極東情勢は“気違いに刃物”の状況にさらされ続ける。しかし、北がこの核ミサイル開発を放棄することはあり得ないだろう。従って米朝会談が実現しても、妥協の構図は描けないのが実情だ。妥協どころか物別れの連続となるのは必至だろう。なぜなら金正恩にとって核ミサイルは、珠玉の“国宝”そのものであり、手放せばそれこそ体制崩壊につながりかねないからである。文在寅が開けられた日米韓連携弱体化の穴を、日米が協調して塞ぐ方向へ持って行かなければなるまい。
◎俳談
【俳句は一点豪華主義】
俳句は色々言い過ぎないことが肝心だ。初心者は17文字のうちで2つも3つも言おうと欲張るが、それ故に失敗する。一点豪華主義で行きたい。悪句を挙げれば<苔むせる御堂の階段緑濃し>だ。苔むしているのだから緑濃しなどとは言う必要は無い。
蜆汁目玉映して啜るかな 毎日俳談3席
うまい蜆汁を一生懸命啜っている姿をひたすら描いた。余計なことは一切言っていない。
どんど焼き火の針となる松葉かな 東京俳壇1席
松葉が火の針になることだけに集中している。
孑孑(ぼうふら)を食べる仕事の金魚かな 読売俳壇3席
拙宅の場合金魚を庭の鉢で飼っているのは孑孑を食べてもらうためだけであり、そのことだけを「食べる仕事」と表現して強調した。このように一点豪華主義の俳句は2つ以上の事象を取り合わせる「取り合わせの句」に対して「一物仕立ての句」というケースが多い。一つのテーマで言い切ってしまうのだ。最近の句界の風潮は一物仕立てで言い切るのが流行っている。
団栗の己が落葉に埋れけり  渡辺水巴
 

◎俳談

 
【市を詠む】
 句会で「写楽顔」がありふれているとけなされた俳句を、新聞に投句したら入選した。
ぬぬぬぬと写楽顔出るべつたら市 日経俳談入選
である。俳句を作るには、各地で立つ市ほど材料が豊富なものは無い。東京には市が多い。べつたら市、世田谷ぼろ市、年の市、羽子板市などと続く。いずれも季語でもあるし、実際に現場を踏むと材料には事欠かない。俳句は現場ですぐ造る場合と、熟成させて造る場合があるが、私は熟成させるケースの方が圧倒的に多い。
亡き父をべつたら市で見かけしが 産経俳壇入選
は、父親そっくりの年寄りの後ろ姿を見かけて造った。はっとしたものは熟成して後で俳句になるのだ。
 世田谷のぼろ市も面白い。12月と1月の2回開かれる。
ぼろ市や本物らしき物のあり 杉の子
と言った具合だ。有馬朗人は、学者の心境であろうか
世に合わぬ歯車一つ襤褸(ぼろ)市に
と詠んでいる。
12月の半ばから大晦日にかけて各地の社寺で開かれる年の市も風情がある。暮れの寂しさのようなものを詠むと成功する。
年の市街の孤独を拾ひたり 杉の子
新潟の朝市で情景そのままを詠んだ。
釣銭の凍り付きたる朝の市 杉の子

◎平昌舞台に“脂粉外交”の攻防

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◎平昌舞台に“脂粉外交”の攻防
 米、イバンカ派遣で巻き返し狙う
 平昌五輪を舞台にした外交で華々しい成果を上げたのは何と言っても金正恩の妹金与正だ。与正の肩書きは中央委員会第1副部長だが、事実上の金正恩の代理として訪韓し、9日から11日まで2泊3日で滞在、韓国との関係改善の突破口を明けた。一方で米国は大統領トランプの長女で補佐官イバンカを23日から3泊4日で派遣して、文在寅と会談させる。まさに平昌を舞台に“脂粉外交” が展開される。厳しい極東情勢を反映して、米朝の女の戦いが展開される形だ。文在寅は両方にいい顔をするコウモリ外交を強いられることになり、喜んでばかりはいられない。
 金与正は妊娠7か月だという。韓国政府は金与正が妊娠していることを昨年暮れから知っていたといわれるが、まさか金正恩が身重の妹を派遣するとは予想していなかった。国連の制裁決議が真綿のように金正恩の首を締め付ける中で、北は“瀬取り”と言われる沖合での荷渡しをするなど苦しい対応を迫られているのが実情だ。包囲網打開への一手として苦し紛れに打った手段が、妹の派遣による文の籠絡だ。局面打開に“ほほ笑み外交”を選んだのだ。
 その意図については日本の新聞より米国の報道の方が的を射ている。ワシントンポストは金与正を、外交舞台で影響力を行使しているイバンカ・トランプになぞらえて、「北朝鮮のイバンカ・トランプ」と大きく紹介した。同紙は、金正恩の妹でありながら富や権力を誇示しなかったことを予想外だと評価し、「金与正は薄化粧に地味な装いで“謎めいた”微笑だけを見せている」と描写した。一方、CNNは、「独裁者金正恩の妹が平昌冬季五輪の関心を一人占めしている」と報道、「金与正の韓国訪問が平昌冬季五輪閉会式に参加する予定のイバンカを意識して高度に計算されたものだ」と分析している。一方で米国内では厳しい見方もあり、元中央情報局(CIA)韓国担当研究員のスミ・テリーは「政治家の家族としてつながっているという点や、説得力あるセールス能力を要求されているという点で北朝鮮のイバンカだ」と評すると同時に「人間の顔を持った全体主義だ。彼女は善意を持てない国から来た善意を持つ大使のように行動している」と断定した。
 こうした中でオリンピックで先延ばしになっていた米韓合同軍事演習がパラリンピック終了後に予定通り開かれるかが焦点だ。韓国国防部長官宋永武は20日、合同軍事演習について、「パラリンピックが終了する3月18日から4月前に韓米両国の長官が発表するだろう」と述べた。もっとも宋は「どうするかは、肯定も否定もしない」とも述べており、あいまいだ。文在寅は合同演習が北との“ほほ笑み外交”に影響を及ぼすことを極度に恐れていると言われ、何かと理由をつけて先延ばしにする可能性も否定出来ない。その最大の理由として、金正恩とのトップ会談の交渉が進展していることを挙げる可能性がある。
 金正恩は与正の成果を褒め称えて「平和と対話の良いムードをさらに昇華させ、素晴らしい結果を生むことが重要」と発言している。金正恩の狙いは韓国を国連制裁の枠から引き離し、経済的な利益をもたらす関係へと引き戻すところにある。紛れもなく文在寅の“甘さ”につけ込もうとしているのだ。こうした文在寅の優柔不断さに対して、米国はおそらくパラリンピック終了前後に強いけん制玉を投げるに違いあるまい。しかし左翼の文在寅は確信犯的に北に傾いており、一筋縄ではいかないだろう。

◎俳談

 ◎俳談
【働く姿】
  人間の一番美しい姿は何と言っても働く姿だろう。写真でも女性のポートレートも美しいが、作業服姿のおばさんや漁師が網を引く姿により一層引かれる。これを俳句にしない手はない。新聞俳壇のよいところは、各種各様の職業の人から投句があり、その仕事の様が分かる事であろう。例えば朝日俳壇には山間僻地の人からの
人と水こころかよはせ紙を漉く   
といった俳句が採用される。紙を漉くは冬の季語だ。
 昔、近所の工場で冬は早朝の操業開始前に、ブリキ缶に木っ端を突っ込んで焚火をするのが恒例であった。雑談をしながら焚火に当たって体を温める。そうすると、体全体がやわらかくなり、不慮の事故を起こさないのだという。その焚火からまず工場長が離れるのだ。やがて部下たちも三々五々焚火を離れる。一日の労働の始まりだ。次の句はその場面をとらえて作ったものだ。
焚火より工場長のまず離る 産経俳壇入選
 早朝の新潟行きの羽越本線で魚を大きな缶にいれたおばちゃん軍団と乗り合わせた。これを担いで新潟市内を一日売り回るのだという。重労働だが、元気いっぱいであった。しかし早朝とあって、やはり眠いと見えてやがて皆仮眠を取り始めた。そこで一句。
行商の眠る吹雪の車中かな 東京俳壇入選
冬山に登ったとき、電気工事の架線工が鉄塔に登っているのが見えた。
架線工豆粒になる寒夕焼  杉の子
攻め炊きの窯の脇なる西瓜かな 杉の子
作句のこつは人間の姿を肯定的にとらえ、単なる描写を避け、感情と共感を入れて作ることだ。

◎日本への核持ち込み論に現実味

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◎日本への核持ち込み論に現実味
  北のどう喝は核保有論すら台頭させる
 日本に右傾化の兆候
 かつて枢密院議長の平沼騏一郎は、「複雑怪奇」との声明を残して内閣総辞職をしたが、朝鮮半島をめぐる情勢はまさに「複雑怪奇」を地でゆく様相だ。北朝鮮は日米韓の結束分断にオリンピックを使い、韓国大統領文在寅は、金正恩の妹金与正に手玉に取られて日米から離反もしかねない様相だ。対北政策の経験がわずか1年と浅い米政権は、軸足がブレ、対話はしないと言いながら「予備的対話」をほのめかす。日米韓首脳で毅然として対北圧力維持路線を維持しているのは首相・安倍晋三だけであり、安倍はここで日米韓結束の核として体制再構築に乗り出す必要がある。折から国内には核持ち込み論や核保有論が台頭してきており、北の存在は大きく日本を右傾化させる流れを作り出している。
 文在寅の対北大接近は、文が9年ぶりの革新政権であり、もともと選挙公約の看板政策が北との融和であった。責任はそういう大統領を選出してしまった韓国民の浅慮にある。文在寅の立場はまず南北統一が第一であり、核問題はその次の課題というところにある。この構想が荒唐無稽なのは金正恩の存在基盤が核ミサイル保持にあることを理解していない点であろう。統一が韓国ペースで進み、北が「核を放棄するから統一してくれ」と言う場面のみを想定していなければ成り立たない論理だ。そんな馬鹿げた判断の上に立って交渉を進める文は、まさに愚の骨頂であり、正気に返らすのは日米が働きかけを強化するしかない。
 文政権になって以来。米韓には明らかに隙間風が吹いている。金正恩が新年の演説で、平昌冬季五輪参加の可能性に含みを持たせると、文とその側近はすぐさま友好的な対応を示した。ところが驚いたことに文は米当局者へは事前の打ち合わせを全くせず、米国側に通知があったのは、韓国が北朝鮮に南北対話の提案を行う数時間前だったという。文の融和姿勢は米韓関係に緊張をもたらしてるのは確かだ。五輪後に米国から文に対して相当な圧力が加えられるという説が強い。その最大のものは、文が渋るかに見える米韓軍事演習の実施だ。遅くとも4月には実施の方向で対韓圧力を強めるだろう。文は対北外交を理由に演習先延ばしに動く可能性がある。
 こうした中で、米国には対北戦略で事実上の対日最後通牒となった「ハル・ノート」並みの発言が生じている。国家情報長官コーツの発言だ。米上院で「軍事的選択肢を含めて決断の時が近づいている。北朝鮮は交渉によって核開発を放棄するつもりはない」と言明したのだ。背景には北の核ICBMの完成が近づいており、先制攻撃でこれを阻止するしかないと言う判断である。いわばトランプに「時間切れだ。決断してくれ」と促しているかのようだ。文が聞いたらぶったまげて腰をぬかすような動きだ。
 一方で、米国内には対北話し合い路線を主張する空気も根強い。13日国務省報道官ナウアートは、「非核化を議題とした対話を行うためには予備的な話し合いが必要かも知れない」と発言した。米紙ニューヨーク・タイムズも「米政府は北が非核化に向けた行動をしない限り対話をしないという従来の姿勢から、予備的対話には応ずるとの軌道修正に踏み切った」と報道した。同紙は「韓国との亀裂を避ける判断であり、韓国の勝利だ」と韓国を褒め称えた。しかし、同紙の判断には致命的な誤りがある。対話で何を達成するかの論拠がないのだ。対話して、北の核を取り除くことができるのか。それならば価値があるが、対話のための対話では全く意味がない。同紙独特の浅薄なる左傾化論理が露呈している。
 こうした米国内の軸足のブレを心配したのだろう、安倍はトランプと1時間10分にわたって話し合い、米国の真意を確かめた。内容は詳しく公表されていないが「北朝鮮の非核化をどう実現するのか話し合った」とし、日米同盟は決して揺るがないことを確認したという。日本は従来から核兵器に関して「持たず、作らず、持ち込ませず」の非核3原則を維持してきたが、政治家も国民も北に狂気の指導者が出現し、日本列島を越えてミサイルを飛ばし、核実験をしている現状を直視していないものが多いことが問題だ。非核3原則は 1967年 12月に首相佐藤栄作が国会答弁で述べたのが最初だが、米ソ冷戦時代と現在とでは極東情勢は月とすっぽんほどの違いがある。ソ連が核で日本をどう喝したことはないが、北朝鮮は堂々と日本を名指しで核ミサイル攻撃すると公言しているのだ。
 政治家もマスコミも平和は天から降ってくるというあなた任せの論理が通用しなくなった現状をどうすべきか考える時ではないか。元幹事長石破茂が、「米国の核で守ってもらうと言いながら、日本国内に核を置かないというのは本当に正しいのか」と疑問を呈しているが、もっともだ。北大西洋条約機構(NATO)のドイツには米軍の核爆弾が10発から20発配備されている。専門家は「米国ですら信用出来ない場合がある」と指摘する。米国と北が交渉によって核搭載のICBMの製造は断念させることができた場合、それは米国への核攻撃がないことを意味するが、日本に対しては何ら問題の解決にはならない。200発あるノドンに核を搭載したら、日本は核攻撃の対象となる可能性がある。そうなれば日本は、敵基地攻撃能力の保持はもちろん、独自の核ミサイルを開発せざるを得なくなるのが、国際的な軍事常識なのである。日本が核保持に踏み切れば、極東軍事情勢は一挙に逆転する可能性を秘めている。米国にとっては最悪の事態となる。金正恩の「黒電話の受話器頭」ではそこまでの鳥瞰図を描けないだろうが、それほど極東情勢は流動性を秘めているのだ。

◎俳談

◎俳談
【柿食えば】
うめ婆の柿は黙って取ってよし 毎日俳談2席
 戦後の甘味料の乏しい時代に育った子供は、柿の季節の到来をころや遅しと待っていたものだ。熟す前から竹竿で狙いを付けた柿を落とす。よその家の柿だから見つかると「こらー」と怒鳴られる。それでもうめ婆さんの柿だけは、いつ行って取っても怒られない。「そうかいそうかい」とにこやかに頷いているだけだ。それに比べて近ごろは柿を取るいたずら坊主など全く見られない。どこの家も実をつけっぱなしだ。熟して落ちるまで見放されている柿もある。もう一つ取られなくなったものにコイがある。まるまると太って大きくなって我が物顔で川にいる。昔だったらあっという間にとられて、こいこくにされたものだ。柿はうまい。柿を食べると日本の秋を感ずる。
しかしその柿も最近では
思ひ出すやうに柿買う独りかな 産経俳壇入選
という感じになってしまった。柿を食らうと子規を思い出す。
柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺
日本人で知らぬ者のいない名句だ。
柿食らひこの日を子規の日と思ふ 杉の子

◎度しがたい文在寅の対北融和姿勢

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◎度しがたい文在寅の対北融和姿勢
  日米韓の連携に亀裂の危険
 米朝対話は当分困難
 オリンピックを舞台に展開された日米韓首脳や北朝鮮代表らとの接触は、厳しい極東情勢を反映して微妙な展開を見せた。一つの流れは韓国と北朝鮮による一見融和に見える動きだ。これはとりもなおさず朝鮮労働党委員長金正恩が韓国大統領文在寅を日米と離反させる事に成功しつつあるかのように見える。金正恩は国連制裁決議が目指す北朝鮮包囲網に突破口を明けつつあるように見える。一方で米国は、副大統領ペンスが、あらゆる北との接触をさけ、近くさらなる制裁を打ち出す構えだ。米朝対話はそう簡単には実現しまい。文在寅を挟んで日米対北朝鮮のせめぎ合いが今後さらに展開して、情勢は流動性を秘めることになる。
 まず、文の“度しがたさ”はまるで日本の民主党政権のルーピー首相と勝るとも劣らない姿を鮮明にさせているかのようである。首相・安倍晋三が「米韓合同演習ををさらに延期する段階ではない。予定通り実施することが重要だ」とクギを刺したのに対して、文は、なんと「これは我々の主権、内政に関する問題だ。首相が取り上げても困る」と切り返したのだ。この発言は朝鮮半島問題を近視眼的にしか見られない文の外交・安保観の限界をいみじくも露呈させた。朝鮮半島問題はすぐれて極東安保情勢の枠内の問題であり、半島有事の際には日本の米軍基地が活用されることは、先の朝鮮戦争の例から見ても明白である。また極端な例を挙げれば、北に追い詰められた場合、韓国政府や国民の逃げ場は日本列島しかない。日本は地政学的に言って対岸の火災視出来ないのに、火元の韓国が「内政問題」というのは、聞いてあきれる判断力の欠如だ。
 さらに文は半島情勢を見誤って、米朝対話のアレンジをしようとして失敗した。文はあらゆる機会を通じてペンスと金正恩の実妹の金与正との会談を実現しようと試みた。南北対話を米朝対話に直結させようとしたのだ。しかし、ペンスは訪韓前の安倍との会談や米政府内での事前打ち合わせの結果、北側とは一切接触しないとの決意を固めていた。その結果ペンスは開会式に先立つレセプションで最高人民会議常任委員長金永南との同席を拒否、また、開会式でも金与正との同列での着席を拒否した。拒否したばかりかレセプションでは着席もせずに、5分で会場を離れた。胸がすくように、ことごとく接触を拒否したのであり、この米国の方針を知らないか、知らされていない文だけが砂上の楼閣作りに専念したことになる。
 米国は北朝鮮と対話しないという立場表明と同時に韓国に対しても強い警告を送ったと読み取ることができる。「独走を戒める」警告を送ったのだ。そもそも文は北朝鮮から非核化に関するいかなる妥協策も聞いていないにもかかわらず、北と米国の接触を意図的に演出しようとしたのだ。核心の問題に対する文の浅慮に対して、ペンスは行動で不快感を表明したのだ。南北の和解と対話や北朝鮮の非核化問題は、韓米が確実な協力の中で推進する場合に限り効力を発揮する構図である。このことへの文の理解度はゼロに等しいことが鮮明となった。ペンスの警告を文が理解したかどうかは不明だ。どうも文在寅には同一民族だから北は核ミサイルを韓国に対しては使わないし、核は米国と日本向けだという考えが根底にあるような気がする。これが北への融和路線の根底となっているようだ。ペンスは「北朝鮮が話をしたいのなら話をする」と帰国後ワシントンポスト紙に語ったが、同時に「非核化に向けた意味ある行動」も求めており、そう簡単には米朝対話は実現しまい。
 金正恩が国連の経済制裁によって、相当こたえていることは、状況証拠が示すとおりだ。洋上での荷渡しで、しのごうとしているのがその顕著な現れだ。海上自衛隊のP3C哨戒機が1月20日、中国・上海沖の東シナ海の公海上で、国連安全保障理事会の制裁対象になっている北朝鮮船籍のタンカーとドミニカ船籍のタンカーによる積み荷の受け渡しを確認している。ひしひしと国際包囲網が狭まるのを感じているからこそ、金正恩は、オリンピックを好機ととらえ、“甘ちゃん”の文をあの手この手で籠絡して、包囲網の一角を崩す戦術を展開したのだ。これを証明するかのように北の労働新聞は「内外の期待と関心を呼んだ今回の訪問は、北南関係を改善し、朝鮮半島の平和的環境を整える上で、有意義な契機になった」と代表団を褒め称えた。 
 さらに金正恩は金与正を通じて、「早い時期に面会する用意がある。都合の良い時期に訪朝してほしい」と、南北首脳会談の考えを口頭で文在寅に伝えた。要請は、2007年10月以来3度目となる会談の開催を求めたものだが、文は唯々諾々とこれに乗りそうだ。金正恩にしてみれば文の訪朝を実現させれば、国際包囲網のみならず、日米韓の連携にもひびを入れさせることが出来る絶好のチャンスとなる。さらに米国の限定攻撃などを避けることも狙っているのだろう。訪朝要請は具体的な時期を示さず、口頭での要請にとどまった。国際社会の制裁への一時しのぎとして、対話に前向きな文在寅への大きな仕掛けをしたのだ。
  こうみてくると、まるで文在寅は、あの“ルーピー鳩山”をほうふつとさせる。“ルーピー文”はまったく極東情勢をどこに持って行くか分からない危険性がある。韓国政府内部には首相李洛淵のように「われわれは決して(北朝鮮の)非核化を除いて対話をすることはあり得ない。まさに非核化のために対話はあるのだ」と訪韓した自民党幹部に説明する向きもいる。しかし、これも甘い。核・ミサイル路線の追及はまさに金正恩の存在理由・レゾンデートルである。“核あるが故に我あり”の路線で、軍部を引っ張っているのであり、非核化などは北に政変が起きでもしない限りあり得ない幻想なのだ。

◎俳談

 ◎俳談
【命の象徴白い息】
白息を吐きてもの言ふ使の子 毎日俳談1席
 「白息」「息白し」は冬の季語。真冬になると早朝ランナーが機関車のように白息を吐いて走る。私は白息を命の象徴、人生の謳歌としてとらえ俳句を作る。掲句も使いの子が一生懸命駆けてきて、白息を吐きながら伝言する様を描写した。同様に生き生きした子供の姿を描写しようとして
白息を吾に届けに子の走る    日経俳壇入選
飛び付きて白息かけてくるる子よ 日経俳壇入選
を作った。子供と白息は実にマッチしており、何句作ったか知れない。ところが年寄りにも白息を使用できる。NHKフォト575の特選となった
今朝もまた命貰ひて息白し
である。昔田中角栄が「60越えて朝目覚めて息をしていたらありがたいと思わなければいけない」と言っていたのを思い出して作った。ところがNHKの選者は余命幾ばくもない老人の作と判断して、特選にしてくれたようだ。本人はぴんぴんしているのに、悪いことをした。 俳人の句は深みがある。後藤夜半の
息白くやさしきことを言ひにけり
は恋愛の句であろう。加藤楸邨の
ある夜わが吐く息白く裏切らる
は秀句だ。人間関係の深淵を表現した。 


◎日米、文の北朝鮮傾斜にクギ

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◎日米、文の北朝鮮傾斜にクギ
   金正恩に五輪活用でナチスの影響
 北朝鮮の金正恩がオリンピックをまるで“茶番ピック”にしようとしているかのようである。スポーツの祭典であるオリンピックの精神をはき違えて、金正恩は、ちゃらちゃらした“美女軍団”なる楽隊や応援団を大量に送り込み、衆目を集めて国威を発揚しようとしている。これにはまって、朝から晩まで一挙手一投足を報道しているのは日本の民放テレビと韓国のテレビだけだ。
 オリンピックの精神は、いかなる差別をも伴うことなく、友情、連帯、フェアプレーの精神をもって相互に理解しあう、平和でよりよい世界をつくることにある。ところが金正恩は、開会式前日8日に自国で行う軍事パレードも含めて、オリンピックを活用して、自らの存在感を世界に誇示しようとしている。韓国大統領文在寅は、完全に北朝鮮ペースにはめられ、オリンピックを北のプロパガンダの場として差し出すという愚挙に出た。首相・安倍晋三と米副大統領ペンスが文在寅の融和路線に警鐘を鳴らし、引き戻そうとしているのはもっともだ。
 オリンピックの政治利用は、どの主催国も多かれ少なかれあるものだが、その突出した例が1936年ナチス政権下のベルリンオリンピックだ。ナチス政権は、オリンピックを利用して、平和的で寛容なドイツのイメージを作りだし、多数の外国人観客や報道記者を惑わせた。2週間の夏季オリンピック大会の開催中、アドルフ・ヒトラーはその人種差別主義、軍国主義の特性を隠蔽し、大半の観光客や報道陣はナチス政権が反ユダヤ人の看板を一時的に除去したことに気づかずにいた。ところがその本質は「優秀なドイツ市民がアーリア人文化の正当な継承者である」というナチスの人種的神話を推進するものであった。
 そのヒトラーの「わが闘争」を愛読して幹部に配った金正恩が、国内で確立した全体主義的な統治の輪を、朝鮮半島全体に広げる野望を持っていることは言うまでもない。36年オリンピックはヒトラーを増長させ、終了後にユダヤ人迫害を直ちに進め、第二次世界大戦へとつながった。金正恩が何を考えているのかは不明だが、冬季五輪を最大限活用して自らの存在感を高めようとしていることは間違いない。日米韓による北朝鮮包囲網の突破がまず最大の課題であろうが、その一角は文から崩され兼ねない情勢である。まず北朝鮮制裁で韓国が独自に課している出入国の制限が崩された。なにも板門店を経由してバスで選手村に入ればよいものを、北朝鮮はわざわざ仰々しく陸路、空路、海路を活用して選手団・応援団を送った。海路を万景峰号を派遣してこじ開けたのだ。さらに7日午後、北朝鮮側は、金正恩の妹で朝鮮労働党中央委員会第1副部長の金与正(キム・ヨジョン)も五輪に出席させる方針を明らかにした。金与正は事実上のナンバー2で、あきらかに南北融和ムードを盛り上げて、日米韓の結束を崩す狙いがうかがえる。最高人民会議常任委員長の金永南(キム・ヨンナム)とともに、文在寅との会談などなんらかの首脳間の接触を試みようとする可能性がある。ペンスへの接触も狙う可能性もある。トランプの長女イバンカがオリンピック開会式に出席することから、金与正が接触する可能性もある。融和ムードを演出するためだ。
 こうした北のペースにはまりつつあるかに見える左傾化大統領文在寅に対して、ブレーキをかけたのが安倍・ペンス会談だ。両者は7日、文の微笑み外交批判で一致した。両者は、北朝鮮に核開発などを放棄させるため最大限の圧力をかけていくことを確認した。日米には文が、オリンピックを突破口にして日米韓の分断を図ろうとする金正恩の意図を理解していないとの懸念と不信感がある。また両者は北朝鮮が非核化に向けた真摯(しんし)な意思と具体的な行動を示さないかぎり、意味のある対話は期待できないという認識で一致した。ペンスは、「アメリカは、最大かつ最も強力な内容の独自制裁措置をちかぢか発表する」と述べるとともに、北朝鮮を「地球上でもっとも独裁的で残虐な国」と表現、軍事行動を排除しない姿勢を示した。
 こうして、金正恩のみえすいた融和戦略は、日米首脳によってその本質が見抜かれ、「ほほ笑み外交」に惑わされつつある文をけん制し、日米対北朝鮮で“文抱き込み合戦”が展開されている形となっている。
焦点は北がオリンピック終了以降までほほ笑み続けるかどうかだが、過去の例から言えば、一過性とみるべきだろう。やがて、金正恩の太った顔が青ざめるときが来る。
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◎片えくぼ、俳壇

◎片えくぼ
どうしてNHKの朝、7時からの一時間は、あんなにくらいニュースばかりを掘り下げるのだろうか。毎朝出かけるサラリーマンを暗い気持ちにさせるのが使命とでも考えているのだろうか。くらい報道になるとカチャッと明るい民放に変える。
◎俳談
【俳句とユーモア】
小春日や妻返事なく烏鳴く 毎日俳談2席
 昔から俳句にはユーモアが欠かせない。切々と詩情を語る俳句もあれば、ユーモアたっぷりの俳句もある。俳句ではユーモアとは諧謔味(かいぎゃくみ)といって昔から重視されてきた。諧謔といっても難しく考えることはない。ユーモアたっぷりの句のことである。夫婦げんかでもいいし仲むつまじい句でもいい。掲句は長閑な小春日の情景を詠んだものだ。「お~い」と呼んだら、妻の返事の代わりにカラスが「カァ」と鳴いたというただそれだけのことだが、我ながらユーモアがある。たびたび例に挙げるが
湯湯婆(ゆたんぽ)と書けば笑へるなあ婆さん 読売俳壇1席
も、友人が「思わず吹き出した」とメールをくれた。
相槌を打ちゐるだけや懐手(ふところで) 毎日俳壇入選
不精者が和服の胸元に両手を差し入れている姿を懐手という。冬の季語だ。おもに職を退いた年寄りを指すケースが多い。どこにも顔を出すが「おう、おう」と、相づちしか打たないご隠居の姿を、からかったものだ。

◎核戦力見直しで「極東新冷戦時代」へ

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◎核戦力見直しで「極東新冷戦時代」へ
 しかし、小型核であっても使用困難
 「核なき世界」を掲げた前大統領オバマの方針は砂上の楼閣のごとく崩れた。もともとオバマ戦略はロシアと中国との合意なしに発表されたもので、脆弱性を秘めていた。逆に中露はオバマ戦略を“活用”して8年間にわたり核開発に精を出し、米国の裏をかいた。パワーゲームの現実を知らぬオバマのツケをトランプは払わされる結果となったのだ。したがって、米国が「核戦力体制見直し(NPR)」で、核抑止の再強化に乗り出したのは歴史の必然とも言える。
 中国は明らかにしないがロシアの保有する小型戦術核は4000発に達しており、米国は760発だ。朝日新聞は例によって社説で「歴史に逆行する愚行」と口を極めて米政府の方針を批判しているが、それでは中国とロシアの核はよいのか。昔から左翼の論法に中露など社会主義国の核は「よい核」で、米国の核は「悪い核」というものがあったが、いまだに同じ感覚を持っているとは驚いた。朝日は、世界は過去のいかなる時代より多種多様な核の脅威に直面している現実を、勉強し直した方がよい。
 トランプの発表した「核戦力体制見直し」は新型の小型核兵器と核巡航ミサイルを導入して潜水艦などに配備するものだ。NPRは核の使用は「極限の事態に限る」としながらも核以外の通常兵器による攻撃にも使う方針を明記した。局地的な戦闘を想定して潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の一部の核弾頭を、爆発力を大幅に抑えた小型核に切り替える。都市に壊滅的な打撃を与える戦略核とは異なり、小型核は局地的な攻撃に使用される。その一方で艦船や潜水艦用の核巡航ミサイルの再配備に向けた開発も始める。これは小型核を、各地域に柔軟に展開できる利点がある
 小型核の第一の対象はロシアである。ついで中国、北朝鮮の順となる。中露は朝鮮半島の非核化を口では唱えながら、北朝鮮の核開発や核爆弾の材料の搬入に目をつむり、極東における戦略的な優位を構築しようとしてきた。狡猾なる中露の意図を掌握しないオバマの大失策は、米国や日本など同盟国が多様なる核の脅威にさらされる現実を直視しないで、ありもしない理想郷を追い求めた点であろう。
 米国防情報局の調査によるとロシアは、短距離弾道ミサイルや中距離爆撃機で運搬可能な重力爆弾や水中爆雷に搭載される戦術核だけで2千発を保有すると言われている。この戦術核の先制使用をちらつかせて周辺諸国を威嚇するのがロシアであり、米国はやはり戦術核による報復で圧力をかけざるを得ないのが実情だろう。一方北朝鮮に対してNPRは「後数か月で米国を核弾頭搭載のミサイルで攻撃できるようになる」と予測し、同時に「北朝鮮が米国を核攻撃すれば北の体制は終わる」と、報復により金王朝が壊滅する方向を明示している。NPRは「国際的安全保障環境は、大幅に悪化、世界はより危険な状態に陥った」と警告した。その上で小型核使用のケースとしては、サイバー攻撃を念頭に「インフラや国民が非核攻撃を受けた場合も含む」とした。
 このトランプの方針は世界の核軍拡を招く恐れがあるが、中国とロシアは今のところNPRに即応する軍備を増強する気配はない。しかし、両国が、トランプの世界戦略に唯々諾々と従う事はあり得ない。両国はNPRに対抗する技術開発をいずれは打ち出すだろう。そうなれば、世界とりわけ極東は「新冷戦時代」とも言える状況に突入し、日本は好むと好まざるとにかかわらず軍備増強を迫られる。
 それでは、米国の小型核の開発で果たして「使える核」がより現実のものとなるだろうか。技術はすぐに移転し、模倣されるから北朝鮮やイランなどが製造の研究を始め、核の野望を抱く国々が増加する可能性は否定出来ない。もっとも「使える核」が現実のものとはなりにくいと思う。なぜなら、大国間の戦争はいったん戦端を開くと歴史的に見ても極限状態に至ってはじめて収まるのが常だからだ。だから、小型核を使用すえば堰を切ったように中型核、大型核使用への流れへと発展する。核戦争により世界が破滅する事態だ。従って小型核の使用は大型核の使用とどっちみち同じであり、普通の政治家なら抑制を利かせざるを得ないのだ。 
 外相河野太郎がトランプのNPRについて「我が国を含む同盟国に対する拡大抑止へのコミットメントを明確にした。高く評価する」と反応したのは当然であろう。拡大抑止とは同盟国への攻撃を自国に対する攻撃と見なして報復する意図を示し、第三国 に攻撃をためらわせて同盟国の安全を確保する考え方だ。世界唯一の核保有していない大国である日本は拡大抑止に頼らざるを得ない。 
◎片えくぼ
どうしてNHKの朝、7時からの一時間は、あんなにくらいニュースばかりを掘り下げるのだろうか。毎朝出かけるサラリーマンを暗い気持ちにさせるのが使命とでも考えているのだろうか。くらい報道になるとカチャッと明るい民放に変える。

◎片えくぼ

◎片えくぼ
  それにしても今人気のNHK大河ドラマ「西郷どん」は、演出過剰でテレビから主役の唾が飛んでくる、抑えてもらいたい。国会論争もモリカケは食い飽きた。ラーメンが食いたい。「昭恵出てこい」も聞き飽きた。篤姫役の北川景子様「出てこい」の方がいい。

◎俳談

◎俳談
【俳句の視線】
妻も書く吾ももの書く寒夜かな 東京俳壇入選
 「夜寒」は秋の季語だが「寒夜」は冬の季語だ。そのイメージは総じて寒い外から帰宅して、暖かい部屋で家族団らんしている雰囲気がある。家族が互いにその存在に気を遣いながら、別々の趣味や仕事に浸る季節でもある。掲句は炬燵で夫婦が物書きに専念している姿だ。この場合パソコンよりも万年筆の方が似合いそうだが、近ごろは携帯やiPadが幅を利かせている。こうした茶の間の雰囲気への眼差しは俳句をつくる好材料となる。例えば
毛糸編む妻に臍繰(へそくり)頂きぬ  毎日俳壇入選
などと言うことになればば誠にありがたい。
湯湯婆(ゆたんぽ)と書けば笑へるなあ婆さん 読売俳壇1席
とからかったりして。しかしプロの俳句はそうした甘さを越えた厳しさがある。江戸時代の俳人桜井梅室は
ふゆの夜や針うしなうておそろしき
と詠んだ。寒々しく恐ろしい感情を冬の夜になくなった針に例えたのだ。

◎名護市長選は「翁長王国」崩壊の前触れか

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◎名護市長選は「翁長王国」崩壊の前触れか
  沖縄に“基地論争疲れ”の傾向
 悔し紛れに沖縄県知事・翁長雄志が「オスプレーが100機飛び交って経済振興が出来るのか」と開き直ったが、時既に遅し。名護市民の選択は自公推薦の渡具知武豊であった。朝日を始め、琉球新報などの事前報道は渡具知の敗北感が濃厚であったが逆転だ。背景には沖縄有権者の“基地論争疲れ”があるような気がする。翁長の指摘とは逆に、基地論争より経済振興の選択が3400票という大差をもたらしたのだ。100機飛び交っても、政府の支援もあり経済振興は可能だ。移設推進の安倍晋三が全面支援した無所属新人の渡具知が初当選したことは、12月に任期満了を迎える沖縄県知事選に大きな影響を及ぼす可能性が高い。
   4年前委に稲嶺進が再選された市長選以来名護市民は、知事選や2度にわたる衆参両院選挙で「移設反対派候補」を当選させてきた。しかし安倍政権の辺野古移設の意思は硬く、普天間移設工事は日々進展している。安倍は「辺野古移設が普天間問題の唯一の解決策」と繰り返した。しかし安倍自身も市長選には勝てるとは思ってなかったようであり、当選後「破るのは難しいと思っていたが、勝ててよかった」と漏らしている。 
 琉球新報は“敗戦の弁”で「渡具知氏の当選は、新基地建設を市民が容認したと受け止めるのは早計だ。渡具知氏は建設を明言せず、国と対話する姿勢を示しただけ」と悔し紛れの論調を展開している。しかしこの論調には致命的な欠陥がある。それは危険極まりない普天間が明け渡されることを度外視していることだ。普天間に比べて辺野古は一種の海上基地であり、危険度は格段に低い。有権者の変化を認めたくないのであろうか。
 確かに自民党の選挙戦略は“基地問題隠し”とも言えるほど巧妙であった。応援した、官房長官・菅義偉や自民党幹事長・二階俊博、副幹事長・小泉進次郎らは、基地問題への言及を避け、名護東道路の工事加速など経済振興一点張りであった。とりわけ現職稲嶺の経済政策の失敗を繰り返し強調した。もちろん渡具知の辺野古言及は選挙期間中ゼロであった。渡具知は、1998年の沖縄県知事選で新人の稲嶺惠一が現職の大田昌秀を破り初当選を果たした際に、「県政不況」で追い込んだように、「市政不況」を稲嶺進にぶつけたのも訴求力があった。
 さらに安倍は沖縄の特殊事情を考慮して、党幹部は発言に慎重を期すよう指示した。にもかかわらず内閣府副大臣松本文明が二十六日、衆院本会議での代表質問の際、沖縄県で相次いだ米軍ヘリコプターの不時着を巡って「それで何人死んだんだ」と、馬鹿丸出しのやじを飛ばしたことは、政府・与党首脳を慄然とさせた。間違いなく選挙に直結すると判断した安倍は、直ちに辞表を提出させ、受理した。野党は慌てて追及したが、時既に遅しの状況であり、結果的に逃げ切られた。辞任しなかった場合は尾を引き、確実に敗北につながったであろう。とりわけ国政選挙で効を奏した“小泉効果”も、沖縄で通用することが分かった。小泉は告示後に2度訪沖しているが、聴衆の集まりぐあいは最高であった。これに公明党がこれまでの様子見から転じて、渡具知を推薦したことも大きく作用した。もともと政治理念のない政党だから、何か得があると踏んだのだろう。
 昨年行われた県内の市長選では、自民系候補が3連勝しており、市長選の天王山に位置づけられた名護市長選で翁長に近い稲嶺を破ったことは、秋の県知事選に弾みがつくことを意味する。自民党幹部は「今年は連勝して沖縄世論を転換する年にする」と強調している。翁長はまだ知事選への対応を明らかにしていないが、まさか自公候補が勝つとは思わなかったと見えて、内心じくじたる思いであろう。