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◎ピントが問題の小泉小じゅうと発言

◎ピントが問題の小泉小じゅうと発言
  「原発ゼロ」で立ちゆく国はない
 元首相小泉純一郎の発言がピントを外れており、理解に苦しむ。76歳で小生より一つ下だからまだぼける年でもあるまいにピントがぼけてもいる。まず来年の参院選挙について小泉は「野党が統一候補を出して、原発ゼロを掲げて選挙の争点にすれば、自民党は危うい」と警鐘を鳴らすが、すでに国政選挙のテーマになって自民党が圧勝している。昨年の9月の総選挙は紛れもなく野党の掲げる「原発ゼロ」の是非が問われたのであり、自民党の圧勝は「原発ゼロ」の完全否定にほかならない。火事でもないのに鐘を叩く者は、「ちょっと変わっている」どころではない。政治家が重要ポイントを忘却の彼方では、どうしようもない。
  さらに小泉は「総理が『原発をゼロにしよう』と言えば、野党も協力できる、国民も支持する。自然エネルギーを活用して日本を発展させる方針を立てるべきなのに、なんで立てないのか。できることをやらない。」と息巻くが、野党の協力の必要性はあるのか。風力や太陽光など自然エネルギーを活用した発電などは、現実には大きな力とはなり得ない。小泉は、エネルギー政策の基礎を知らない。世界の工業国の原発使用状況を見ると、運転中の合計出力は3年連続で過去最高を更新しているのだ。2018年 1月1日現在、世界の営業運転中の原子力発電所は443基、4億937万5,000kWで、これも3年連続で過去最高の合計出力の記録を更新している。にもかかわらず、日本だけが原発を放棄すればエネルギーの高騰を招き競争力が激減して、それこそ亡国へとつながりかねない状況なのだ。「原発ゼロ」などと唱える政治家は日本くらいにしか存在しまい。それに原子力エネルギーを放棄すれば地球温暖化との戦いに敗れたのも同然と言うのが世界の常識なのだ。
 政治家にとって欠かせない見通しもいささか危うげである。小泉は、4月に森友・加計学園問題を批判して「3選が危うくなってきた」と述べたが3選は実現、見通しを間違った。かと思うと8月には安倍とゴルフ。そして今回の批判である。ブレが激しい。天下のご意見番大久保忠教(通称彦左衛門)はユーモアがあって庶民に親しまれたが、小泉の発言はとげとげしく、小じゅうとのように足を引っ張る。人間の幅の問題かもしれない。
  どうも小泉にとっては、安倍政権が長期化すること自体が面白くないようでもある。去る5月に安倍政権は小泉の1981日を抜き、9月の3選達成で、来年2月に吉田茂の2248日、20年8月に大叔父佐藤栄作の2798日を抜く。第一次内閣の366日を足した場合には来年11月には桂太郎を抜いて、史上最長の政権となる。バブル崩壊後は短命政権が続いたが、安倍の場合政権を全否定するような批判は生じていない。とりわけ外交において、長期政権がプラスの作用をもたらしていると思う。国民は安定を求めており、平地に波乱を小泉が求めても無理だ。
◎俳談
【小津調俳句の世界】     
 「小津調」と称される独特の映像世界で優れた作品を次々に生み出した映画監督・小津安二郎。代表作にあげられる『東京物語』をはじめ、女優の原節子と組んだ作品群が特に高く評価されている。『彼岸花』『浮草』『小早川家の秋』とヒットを続け『秋刀魚の味』が最後の作品となった。いずれも懐かしさあふれる昭和を歌い上げた映画である。「小津調」とは、小津がつくりあげた独自の映像世界・映像美をさす。その主な特徴として、ロー・ポジションで撮ること、カメラを固定してショット内の構図を変えないことなどがある。
 とりわけ東京物語は笠智衆、東山千栄子、原節子などの名優を見事に使いこなして、老夫婦の哀感を描き出している。この「小津調」は実に俳句になりやすい。普段の生活をそのまま詠めば「小津調」になるのだ。まず名句から紹介すれば
森澄雄の
妻がゐて夜長を言へりさふ思ふ
居間で妻が「日の暮れるのが早くなりましたねぇ」と言えば、夫は「そうだねぇ」と答える。カメラはロー・ポジションで映すが、俳句も雰囲気を見事に描写する。
 拙句の場合母である。
秋灯下言葉はいらぬ母とゐる 毎日俳壇入選
 母は言葉不要の人なのだ。今度は別の情景で、妻が毛糸を編んでいる。「少し小遣い貸してくれないか」と夫が言う。妻は「しょうがないわねぇ」と財布からお金を出す。これを俳句はロー・アングルから描写する。
毛糸編む妻に臍繰(へそくり)頂きぬ 毎日俳談入選
雪の夜は静まり返っている。そこにぼんぼん時計が時を知らせる。「もうこんな時間か」と布団を敷く。
雪の夜のぼんぼん時計響くかな 毎日俳壇1席
といった具合だ。茶の間や居間の描写が小津調俳句の真骨頂だ。
最後に
笠智衆ばかり集ひて新茶汲む 東京俳壇月間賞