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◎安倍一強にないないづくしの候補ら

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◎安倍一強にないないづくしの候補ら
 石破も打つ手なしのの苦衷
 宮本武蔵の決闘伝説のようで、初めから勝負が分かっている果たし合いが行われようとしている。9月の自民党総裁選である。どこか首相・安倍晋三に隙がないかと鵜の目鷹の目で探してみるが、はっきり言って兎の毛で突くほどの隙もない。だからときの声を上げる元幹事長・石破茂や総務相・野田聖子も、横綱にふんどし担ぎが群がるような感じであり、岸田文雄に至っては土俵に上がるのさえちゅうちょしている。はっきりいって50数年政局一筋で観察してきて、これほど簡単に見通せる総裁選も珍しい。だから面白くないが、筆者としては正直に書くしかない。
 豪雨被害優先は当然で、政局は休戦の状態だが、反安倍に凝り固まったような民放テレビ出演などでホットなのは石破だ。8日のTBS「時事放談」では、昔の親分の渡辺美智雄の言葉を引用して、出馬の弁をまくし立てた。石破によれば渡辺は「政治とは勇気と真心を持って真実を語ること」と述べていたそうで、石破はこれを踏襲するのだそうだ。踏襲すれば「国民に分かったもらえる」のだそうだ。この発言から分かることは石破は「国民」に照準を合わせているのであって、国会議員は二の次なのである。石破戦略は、今後党員票獲得に向けて発言を強め、その“効果”を背景に、国会議員票を動かそうとしているかのようである。
 石破のこの戦略は12年の自民党総裁選で石破が地方票で勝って、安倍の心胆を寒からしめたことが経験則として根強く存在する。しかし、12年の総裁選は安倍が首相になる前であり、今回の総裁選で同様の地方票が出るかというと甘くない。首相になった安倍を地方組織といえども敵に回せばどうなるかは自明の理であり、安倍側に油断のない限り、勝てっこない石破に投ずる地方票は激減することは確実だ。
 それでは国会議員票はどうか。まず国会議員の心理を読めば、3選確実の現職首相をさておいて、誰がみても敗北する石破に自らの“身命”をなげうって投票するケースが大量に生ずるだろうか。石破支持は、今後3年間の“冷や飯”につながりかねないのである。議員は陳情などで選挙区とつながっているのであり、陳情の効果がない議員からは票が逃げるのが実情だ。加えて、石破派なるものの実態がどうも弱々しいのだ。2015年に旗揚げしたときは、石破を含めて20人であったが、それ以来増えていないのである。立候補するには本人を除いて20人の推薦人が必要だが、誰か派閥以外から引っ張り込まないと立候補できない。その注目の「誰か」のなまえがなかなか出てこないのである。
 自民党幹部は「石破さんのないないづくしはきりがない」と揶揄しているが、そのないないづくしとは「カネがない。面倒をみない。閣僚や党役員のポストを取ってこない」のだそうだ。石破のただ一つの期待は筆頭副幹事長小泉進次郎の支持だ。小泉はこのところ反安倍色を強めており、その発言も民放テレビで頻繁に取り上げられている。新潟知事選で党本部が応援を依頼しても、独自路線を行く小泉は応じなかった。石破派は、この小泉を抱き込んで気勢を上げたいのだ。これを察知した安倍陣営は、官房長官・菅義偉が小泉と会談、言動に気をつけた方がよいと忠告している。
 一方、野田聖子も口だけはやる気十分だが、立候補できるかどうかも危うい。危ういと言うよりできない公算の方が強い。とても推薦人20人が集まるような雰囲気ではないのだ。本人は「安倍さんとの約束は大臣の職を務め上げることだ」と言うかと思えば「独自の政策を7月の終わりか8月には発表する」と立候補に意欲を見せたり、大きくぶれている。どうも器ではないような気がする。
 岸田は主戦論者から「いつまでハムレットをやっているのか」とじれる声が出始めているが、まだ悩んでいるようだ。岸田はかつて「熟柿が落ちるのを待っていられるほど世の中は甘くはない。ただ戦う以上は勝たねばならない」と“名言”を述べている。その“ハムレット路線”を打ち消すために「派閥のメンバーの意見を聞かせてもらいつつ最後は私が判断する」と言明しているが、このような優柔不断の背景には、安倍からの禅譲を期待する心理状況が垣間見える。所属する池田勇人以来の名門派閥宏池会は、2000年の「加藤の乱」でみそを付けて分裂。以来首相を輩出することなく、今日に至っている。ただ3年後のポスト安倍を見渡したところ、やっと“本命”の呼び声がかかりそうな気配となって来ている。ここは安倍に協力して立候補せず、次を狙うのが常道であるかのように見える。 
◎俳談
【一茶のリフレイン】
 一茶はリフレインの名手である。ただでさえ短い俳句の中で言葉を繰り返すのだから無駄のように見えるが、当たるとリフレインほど訴求力のある俳句はなくなる。一茶はかなりの確率で当てているのである。まず人口に膾炙(かいしゃ)した句は
やれ打つな蝿が手をする足をする
雀の子そこのけそこのけお馬が通る
の二句であろう。「する」を重ねることでハエの情景がクローズアップで見えてくる。「そこのけ」の繰り返しは、威張っている武士階級を茶化して見事だ。
一つ蚊のだまってしくりしくりかな
もちろん蚊は刺しますと言って刺さない。黙って刺すが、しくりしくりであちこち刺された様子が浮かぶ。
千の蟻一匹頭痛の蟻がいる 東京俳壇入選
庭で蟻を見ていて直感であの蟻は頭痛に違いないと思った。
鳧(けり)の子のけりつと鳴ける日暮かな 東京俳壇入選
本当に鳧は「けりっ」と鳴くのだ。だから鳧という名が付いたに違いない。
ときめきてすぐあきらめて石鹼玉 読売俳壇1席
日の落ちてとっぷり暮れて十三夜 産経俳壇入選
リフレインではないが「て」という助詞を二度利かせることによってリフレイン効果とリズム感を出した。これも一種のリフレインだろう。