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◎自民総裁選は安倍独走の形勢

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◎自民総裁選は安倍独走の形勢
  尖る石破・野田、岸田は禅譲狙いか
 英語のdead angle を語源とする死角が自民党総裁選挙にあるだろうか。まずない。首相・安倍晋三は圧倒的にリードしていて、死角を探してもない。自民党内を見渡したところ虎視眈々とその安倍にチャレンジしようとしているのが元幹事長・石破茂だ。大勢は首相・安倍晋三3選支持の流れであり、石破は孤立気味だ。石破は昔、佐藤栄作の長期政権を阻止しようとした三木武夫を思い起こす。「男は1回勝負する」とチャレンジしたが、敗北。その後ロッキード事件が幸いして首相になったものの、党内の支持は得られず、すぐに潰れた。しかし、立候補者がいないと自民党内は活気が出ない。石破に限らず、野田聖子など例え売名でもオリンピック精神で出馬すればよい。
 総裁候補としては事実上安倍が独走している。森友・加計問題はまるで朝日と民放と野党の独壇場だったが、贈収賄疑惑があるわけでなし、予算委の終了と共に影を潜めた。攻め手がなく、今後も忘れた頃にぽっとか細く火が付く程度のものだろう。内閣支持率もモリカケがなくなって回復しはじめている。読売の調査では45%で支持が不支持を逆転した。朝日や産経、民放の支持率も同様の上昇ぶりを示している。長期政権は一時的な高支持率より、30から40%を安定して維持することが大切だ。佐藤内閣がそうであった。
 これを反映して6月10日の新潟知事選では、事前の世論調査では、接戦との見方が多かったが、開票結果は花角英世54万6670票に対して池田千賀子50万9568票と、3万7000票余りの差を付けた。与党系は「快勝」であり、政局で安倍にプラスの結果となった。
 こうした中で、総裁候補とされる面々は,動くに動けない情勢である。国会会期は7月22日まで延長されるが、この間は表立った動きをすれば世論の反発を受けるし、国会終了後総裁選まで2か月しかない。短期決戦を余儀なくされるが、安倍の独走を阻止できる候補は存在しない。
 政調会長・岸田文男も、早々に旗を巻きそうな気配だ。4月16日に安倍と会談したのに続き、去る18日にも2時間半にわたって会食している。岸田は記者団に「北朝鮮、終盤国会、(自民党)総裁選の話をした」と語ったが、内容については「ノーコメント」とした。岸田の狙いは秋の総裁選で奪い取るのではなく、安倍の3選を認めて3年我慢をして禅譲を狙うところにあるのかもしれない。昔池田勇人にオリンピック花道論があった。池田は癌であることをひた隠しに隠して、任期を残して退陣する演出を行った。東京オリンピック閉会式翌日の10月25日に退陣を表明、自民党内での後継総裁選びの調整を見守った上で11月9日の議員総会で佐藤栄作を後継総裁として指名したのだ。佐藤は「待ちの佐藤」といわれたが、岸田も「待ちの岸田」として、昔のインスタントラーメンではないが「3年待つのだぞ」が、今考えられる最高の戦術だろう。
 総裁選への流れは、安倍が楽勝のように見えるが、油断は出来ない。問題は党員らの投票による地方票の動向も作用する。12年総裁選では、石破が党員らの投票による地方票で安倍を上回っだのだ。決選投票で議員票を固めた安倍に敗れたが、決選投票に地方票を加えた現行制度なら、石破が当選していたといわれる。閣僚を離れた石破は、活発に地方行脚を繰り返している。しかし、石破にとっての致命傷は派閥の人数が少ない点だ。国会議員の人望がないから数が集まらない。衆参合わせて20人で6番目では、なかなか突破口を開くのは難しいだろう。安倍は5年の在任の結果、地方票がかなり集まる状況にあり、油断しなければ、石破はそれほど獲得出来ないかも知れない。
  総務相野田聖子も、発言を先鋭化させている。15日に日本記者クラブで記者会見し、選択的夫婦別姓の導入などを総裁選の主要政策に掲げる考えを示した。安倍との対立軸を明確にする狙いがあるが、支持の広がりには全く欠けているのが実情だ。空回りな発言も目立ち、20人の推薦人確保ができるかどうかも不透明だ。
 安倍は意気軒昂だ。16日の読売テレビでは「まだまだやるべきことがたくさんある。北朝鮮の問題、拉致問題、これはやはり私自身の責任で解決をしなければならないという強い使命感も持っている」と政権維持に強い意欲を表明している。そして最終決断の時期については味な発言をした。「東京近辺のセミの声がうるさいと感じられるようになってきたら」だそうだ。もっとも、考えてみればこの発言は事実上の出馬表明にほかならない。
◎俳談
【鳰(にお)の浮巣】
鳰の消え浮き名の一つ残りけり 杉の子
鳰(カイツブリ)が水中に消えて本当は水輪が残るのだが、それにかけて浮き名とした。 鳰は冬の季語。どこの公園にでもいるあの可愛いやつである。鳩よりやや小さく、水中に巧みに潜って魚を獲(と)る。数日前水中を泳ぐ写真が撮れたが、水面ではずんぐりしているのに、水中ではまるで矢だ。細長く体を伸ばして一直線に進む。フィリリリなどと鳴く声は美しい。
芭蕉は
五月雨に鳰の浮巣を見にゆかん
と詠んだが、「見に行かん」と言ってもこの場合江戸にいて、琵琶湖の浮巣を見に行くというのだから風流も極まれりだ。もっともこの時は別に用事があってのことだが。
 そのかわいらしい鳰が、ある朝森に行くと張ってある網に引っかかって、がんじがらめになり、断末魔の表情でもがいていた。余りのむごさに公園の係員に言って外させたが、一晩中もがいていたと見えてぐったりとなっていた。網は魚類調査のものだというが、池は鳰がしょっちゅう潜っている。そこに思いが行かなかった管理者は無能としか言いようがない。