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連写力

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D500の連写力はすごい。

10枚撮って10枚にピントが来た 


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DSC_0047(1).jpg すごい性能である


必殺鳥撮カメラゲット

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◎俳談

【燕】
 今日森で「初燕」を見た。池に触れては舞上がる行為を繰り返していた。飛びながら水を飲んだり水浴びをする。冬の間暖かい東南アジアの島々やオーストラリア北部で過ごしたツバメは、春になると生まれ故郷の日本に帰ってくる。海面すれすれを何千キロも集団でなく1羽で渡るという。しかしカワセミは予測が可能だから飛んでいるところを撮影できるが、燕の飛翔の撮影ほど難しいものは無い。予測不能でしかもスピードは時速五十キロだ。いまだによいものは撮れていない。
燕の代表句は何と言っても細見綾子の
つばめつばめ泥が好きなる燕かな
であろう。巣作りのための「泥が好き」と言い切ったところに、意表を突く巧みさがある。
近所の帽子店にも毎年燕が巣を作る。
燕来る翁が守る帽子店 毎日俳壇一席
選者は「こんな帽子店に行ってみたい」と評価した。
昔、悪いことをしているわけではないが、先生が遠くに姿を現すと「あっ、先公だ逃げろ」と一斉に逃げ出したものだ。
先生の顔見て逃げし軒燕 産経俳壇入選
とにかく燕は清々しい。
初燕空のカーテン開けにけり 杉の子

◎日中韓が“反トランプ”で3国同盟?

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◎日中韓が“反トランプ”で3国同盟?
   ヘイトスピーチに不満が募る
 とかくいさかいを起こしがちな日中韓3国だが、最近ただ一点で共通項が出来てきた。米共和党のトランプ候補への反感の高まりである。元祖・ヘイトスピーチともいうべきトランプの差別扇動発言が極東に向いてきたからだ。最初は笑って聞き過ごしてきた3国も、ひょっとするとひょっとすると思い始めたのかも知れない。とりわけ中韓両国からは強い反論が出始めており、“トランプ大統領”になったら“反トランプ3国同盟”が出来そうだというジョークまである。トランプ流に暴言を吐くなら「3国同盟を作ってアメリカを潰してしまう」ということになる。大衆催眠術にかかっている米国有権者は気をつけた方がいい。早く目覚めるべきだ。
 最近、流行っている論考が、トランプになっても大丈夫説だ。レーガンは大統領選挙中に、「中国と断交して、台湾と国交を持つ」と公言していたが、就任後中国との良好な関係を構築したという見方だ。だからトランプも政権に就けば変わるというのだが、ちょっと違うような気がする。レーガンは俳優出身だが、もともとバランス感覚は抜群であり、狂犬病の“かみつき犬”のようなトランプとは根本的に違う。米政治学者・ジェラルド・カーティスは「共和党はトランプが本選に進出したら外交専門家をつけるだろう。プロのスタッフも送り込む」とテレビで述べているが、果たして効果が出るだろうか。
 かみつき犬はかみつき犬であり、スタッフの隙を見てかみつくのだ。ホワイトハウスは何をするか分からない大統領を、8年間24時間見張っていなければならないことになる。核兵器のボタンを押す大統領が、狂ってボタンを押したらすべてはおしまいだ。そのかみつかれ先は最近極東3国だが、日韓に対しては安保ただ乗り論と、核武装の勧めだ。韓国の核武装について朝鮮日報は次期在韓米軍司令官・ビンセント・ブルックスによる上院軍事委員会での証言を掲載した。「米国の核の傘がなくなれば韓国は自国の安全と独立を守る為に核武装しなければならなくなる」との発言だ。コラムでは「衝撃的なほど無知な外交政策」と酷評している。
 またブルックは安保ただ乗り論について韓国が人件費だけで890億円負担していることを明らかにして「韓国に駐留しているのと同じ規模の軍隊が米国に駐屯したらより多くの費用が必要となる」と言明した。いわば安保ただ乗り論を裏返せば「米軍による経費ただ乗り論」であり、日本でも全く通用する話だ。日本の負担は「思いやり予算」として今後5年間に9465億円を払う約束をしている。年間1848億円であるが、それとは別に基地周辺対策費、施設の借料、土地の賃料などを加えると年間なんと6710億円の支払いとなる。ちょっとアバウトだが、トランプでも分かるように四捨五入すれば年間1兆円だ。米軍が世界一の規模を維持出来るのは、この「経費ただ乗り」があるからに他ならない。まさにトランプは安保でも「衝撃的な無知」を地でいっているのだ。
 カーチスは「トランプが大統領になっても対日政策は変更させないが、中国の方が大変だ」とのべているが、その中国はというと確かに大変だ。トランプは「北朝鮮問題を解決しなければ中国を潰してしまえ」と発言したが、環球時報は「トランプ氏の当選は大規模テロに匹敵する」と酷評した。読者は「頭のおかしいヤツに大統領になって欲しい。米国への罰だ」と反応している。さらにトランプは「大統領に就任した初日に中国を為替操作国に認定する」「中国製品に45%の関税をかける」などと致命的な経済制裁に言及した。これに対しては財政相・楼継がトランプを「非理性的なタイプ」と批判し「米中は相互に依存していることを認識すべきだ。両国の景気サイクルはつながっている」と警告した。環球時報は「世界経済の毒針だ」とうまい表現を使った。
 日本の経済攻勢批判に到ってはまさに時代錯誤の極みだ。年を取ってぼけてくると若い頃うけた強烈な印象で物を言う癖がつくが、日本のバブル時代にトランプは自ら狙いをつけたニューヨークの数々の不動産を、日本企業に横取りされた原体験が忘れられないと見える。日米貿易摩擦時代の視点で物事を見ている。1970年代から90年代にいたる日米摩擦を今語っているのだ。今や日本車は米国内生産だ。3国ともヒラリーが大統領に当選して欲しいという空気でも共通している。
 こうした中で米国で絶えないのがそのヒラリーがトランプを擁立したという途方もない臆測だ。タブロイド版ではなくワシントンポストやBBC、CNNなど大手マスコミが昨年からことあるごとにこの陰謀説を報じている。もともとトランプはクリントン夫妻とも親交を重ねてきており、ビル・クリントンとはゴルフを共にする仲だ。そこからクリントンがトランプをおだて上げ、共和党から出馬させて、同党を大混乱に落とし入れるという説がまことしやかに語られている。いわばクリントンがトランプをトロイの木馬に仕立て上げたという説だ。よくできた話だが、ことは筋書き通りに運んでいるから面白い。
 結局民主党はクリントンが候補になることが確定的となった。共和党はトランプ優位であるものの、指名獲得に必要な全米の代議員過半数1237人に到達するには、テッド・クルーズとの接戦が予想される5月3日のインディアナ州予備選などでの勝利が必要とされている。とにかくこんなに面白くてスリルのある大統領選はかつて見たことがないが、結局は米国の良識が勝つだろう。本選挙の動向予測の世論調査では依然としてクリントンの方がトランプより強い。


◎俳談

◎俳談
【翡翠を詠む】
 翡翠の写真にのめり込んで三十年。撮った写真は二万枚余りとなった。翡翠の生態で撮らないものは無い。最近ではカメラを持たずに池に行っても、「カシャッ」と言えば網膜にクローズアップで姿が残る域にまで到達した。翡翠名人の域だ。
 なぜ惹(ひ)かれるかといえば、仕事が厳しいからである。現役時代の記者稼業の厳しさ、ストレスの大きさは並大抵ではない。何とか持ち堪えたのは翡翠撮影があったからだ。翡翠撮影は魚釣りと全く同じで、“待ち”にある。待つ間は、まだかまだかとひたすら思っている。その異次元の目的意識が仕事のストレスを減殺するのだ。
 いまも自らに四千字の原稿を課して毎日書いているから、翡翠のご厄介になる。そのカワセミ写真がNHKのフォト五七五で特選に選ばれた。「俳句といい写真といい強く環境問題を訴えて秀逸」と褒められたケースもある。
翡翠の一筆(ひとふで)書きや水の星  NHKフォト575特選
 真珠湾での零戦の急降下を思って作ったのが
翡翠の急降下せり開戦日 東京俳壇入選
である。そしてかわせみの名句と言えば
翡翠の影こんこんと溯(さかのぼ)り 川端茅舎
だろう。夏の朝の澄んだ空気感を醸し出している。

◎北外相による“対話の模索”は失敗

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◎北外相による“対話の模索”は失敗
  労働党大会向けにさらなる核実験準備
 近ごろ訝(いぶか)しいのは北朝鮮外相・李洙墉(リスヨン)の訪米だ。どうでもよい国連の署名式出席を“口実”に米国に滞在していたが、帰国の途についた。李は米朝対話模索の動きを垣間見せたのか、単なる対話へのアリバイ作りだったか不明だが、訪米が対話へと前進することはなかった。北は帰国を待ちかねたかのように核実験や中距離弾道ミサイル・ムスダンの発射へと威嚇のレベルを上げようとしている。来月上旬の労働党大会にむけて金正恩の身分不相応の“大見得”が佳境に入ろうとしている。
 筆者のように古いジャーナリストは米国による「置いてけぼり」外交に警戒心を抱く癖がついている。なぜなら米中頭越し外交によって1972年の首脳会談を出し抜かれた苦い経験があるからだ。ニクソンの特別補佐官キッシンジャーは隠密外交で日本無視の米中国交回復を実現した。韓国メディアも同様であり、今回の李の訪米を“警戒する”論調が見られた。米国は大戦略があればそれを優先させるために何をするか分からない国だ。
 確かにこのところ北と米国双方に微妙な発言が相次いでいた。北の国防委員会報道官は4月4日に「軍事的圧力より交渉の準備が根本的な解決策」と米国との対話の可能性をほのめかした。一方米国務長官・ケリーも11日広島で「北朝鮮が核を議論すれば相互不可侵条約を含む平和協定の議論が可能だ」と述べていた。李もAP通信のインタビューに応じて「アメリカが韓国と合同で行っている軍事演習をやめれば核実験を中止する用意がある」と言明した。李の訪米中唯一の重要発言であり、李はこれを言うために訪米したと言っても過言ではあるまい。しかしこれに対してオバマはドイツで「真剣に受け止めていない」と、にべもなく拒絶した。逆に警戒感をあらわにする発言をした。北の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の発射実験について「発射実験は失敗しているとはいえ、北朝鮮は確実に知識を蓄えている。我々は北の挑発に懸念している」と述べたのだ。そもそも北の核保有など米国が認めるわけがない。認めれば日韓の離反を招きかねない。それどころか日韓の核武装を招きかねない。朝鮮半島の核廃絶は米国の基本戦略なのだ。
  こうして李の訪米の目的はもろくも崩れたが、もしオバマが応じていたらどうなっていたかである。北は核実験が取引材料になると誤解して、36年ぶりの労働党大会で金正恩は「米国は我が国の核ミサイルに屈服した」と胸を張るだろう。オバマがその手に乗るわけはないのだ。そもそも北朝鮮は中国の核保有の歴史に学んでいる公算が大きい。中国は1964年に原爆実験、67年に水爆実験、70年に人工衛星を打ち上げ、大陸間弾道弾も製造可能となった。これに慌てた米国は上記のキッシンジャーによる隠密外交を展開、中国は米国公認で核大国への道を歩み始めたのだ。筆者は1963年当時外交部長だった陳毅が「中国はたとえズボンをはかなくとも、完成された核兵器を製造するであろう」と発言したことを覚えている。さしずめ北朝鮮には「ズロース」と言いたいが「下品」と言われるから「着た切り雀になっても」核・ミサイルを手放さないだろうということだ。米国と対等で交渉することを本気で夢見ている異常な国なのである。
 SLBMもその一貫だ。通常「貧者の核」は毒ガスなどを指すが、かつてパキスタンの原爆実験が「乞食の実験」と評されたように、似たり寄ったりである。しかし貧者であれ乞食であれ、こけの一念は恐ろしい。SLBMは30キロしか飛ばないから失敗とされているが、日本の北朝鮮評論家たちのネタ源であるジョンズ・ホプキンス大学の北朝鮮サイト「38ノース」は、もともと30キロ分しか固形燃料を登載していなかったと報じている。10トンや20トンもの燃料を登載したら頭上に落下するというのだ。べこべこのブリキ細工のような新浦級潜水艦から発射されたとみられているが、発射装置はロシアから輸入されたと言われている。ミサイルは、旧ソ連のゴルフ級潜水艦に搭載したSN-6-Nミサイルと類似しているといわれる。「38ノース」は北朝鮮が固形燃料を使った潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)を2020年までに実戦配備する可能性があるとの見方を明らかにしている。
 国民の生活など「知ったこっちゃない」とばかりに金正恩は狂ったように核実験、ミサイル実験を繰り返す。李が帰国すれば労働党大会に向けて5回目の核実験をするだろう。極東情勢は、過去最大の北朝鮮制裁も痛痒を感じないがごとく、北の暴発に次ぐ暴発が継続する。労働党大会で気勢を上げる金正恩は、「支持しなければ死刑になるから大会の圧倒的な支持」を受けて気をよくして、ますます増長する。


◎俳談

◎俳談
【昔の恋人を詠む】
「みよちゃん」「かよちゃん」「みこちゃん」はいずれも昔の恋人だ。といっても幼稚園から小学校低学年にかけてだから、女たらしではない。それでもきれいな子をみるとすぐに目移りがした。みこちゃんは帰り道でいたずら小僧にいじめられていたのを、得意の往復びんたで助けてあげて、「親公認の仲」となった。しかしすぐに引っ越しで永の別れとなった。
そんな昔を回顧しながら俳句を作るのも楽しい。
かよちやんのひもつき手袋まぶしかり  杉の子
みこちゃんと蛍狩に言った。かわいいゆかたを着ていた。
みこちやんも捕つて袂(たもと)が蛍籠  杉の子
みんな60年以上前の思い出だ。思い出を醸成発酵させて作ると次のような俳句となる。
鳩追ってみよちやん春をつかまえる  杉の子
我ながら発想がいい。

◎北方領土問題をサミットで協議せよ

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◎北方領土問題をサミットで協議せよ
 「力による現状変更」反対の声明を
 来日したロシアのラブロフ外相の発言から見ると、北方領土問題でのロシアの姿勢はかたくなであり、日本は一見外交上のアドバンテージをを持っていないかに見える。しかし、首相・安倍晋三との会談におけるロシア大統領・プーチンの出方によっては、ロシアはますます孤立化の様相を呈するのが今後1か月の外交展望だ。有り体に言って首相・安倍晋三にはサミット議長国として、国際社会の世論に大きな影響を及ぼす事が可能であり、米欧の対露強硬姿勢に火をつけることもできないわけではない。議長声明で北方領土に強く言及するチャンスでもある。したがって5月6日の日露首脳会談は5分と5分の渡り合いになる。
 比較すれば首相・安倍晋三の対露外交姿勢には“善意”が見られるが、プーチンのそれにはロシア外交独特の“策略”が感じられて不快感が先行しがちだ。安倍との会談についてプーチンは記者団に「米国を中心とする圧力にもかかわらず、日本は対露関係を維持しようとしている」と発言したが、これは早くもG7分断に出たかと感じさせるものだ。安倍は北方領土の進展に積極的であり、度重なる会談を通じてプーチンにその熱意は伝わっている。相手の力を利用するのが柔道の基本だが、プーチンはその手を使ってG7を分断して、自らの置かれた窮地から脱出しようとしているかに見える。まさに「溺れる者はわらをもつかむ」が如き姿勢が読み取れる。
 クリミア併合で達成した爆発的な支持率を維持したいプーチンの本音を読み解けば、いま返還の「への字」すら言えないときであろう。領土は支持率に直結すると思い込んでしまっているのだ。支持率は最近の国内経済の悪化を反映して80%から10ポイント下落したが、それでも歴代大統領と比較すれば雲泥の差がある。それほどクリミア併合はロシア国民のナショナリズムを刺激したのである。したがって、北方領土で安倍に「甘い言葉」は出すに出せないのが現状であろう。
 それではなぜ安倍がソチに行くかであるが、世界情勢を大局的に見ているからであろう。極東は大国化した中国の東・南シナ海への進出、北朝鮮の核ミサイルによる威嚇によって極めて厳しい環境に置かれている。辛うじて対露関係だけは安倍・プーチンの個人的関係によってそれほどのあつれきは生じていない。もし対露関係が悪化して、北方からの軍事脅威まで発生すれば自衛力は分断され、日本の安全保障情勢は最悪の状態に陥る。安倍はそこを見て対露関係を維持しようとしているのであり、これはとりもなおさず中露分断にもつながる大きな効力を持つ。北方領土も大切だが、現在の状況はまず極東の緊張緩和が何より必用なことであろう。これに米国が反対する理由もないのである。
 北方領土は先に来日した外相・ラブロフの発言から見て大きな進展は難しい。外相・岸田文男がラブロフとの会談後「交渉に弾みを与える前向きな議論が行えるようになった」と発言したが、またまた日本の政治家が陥る罠(わな)にはまったかのように見える。北方領土交渉の歴史は外相・三木武夫が首相・コスイギンから「中間的な措置」を約束してもらったと騒いで、ぬか喜びに終わった事が象徴するように、ロシア側が振りまく“幻想外交”に振り回されてきた。安倍は抜かりはないと思うがこの“幻想外交”の罠にはまってはなるまい。プーチンの「引き分け」発言も幻想めいている。むしろロシア側にシベリア開発の“幻想”をほのめかすくらいの対応が、鈍感なロシアの熊を分からせるのには必用かも知れない。
 翻って、国際情勢の大局を見れば、合い言葉は「力による現状変更」である。世界は中国の東・南シナ海への進出、とりわけ南シナ海の埋め立てと軍事基地化、北の核ミサイル開発、そしてロシアのクリミア併合と武力を前提にした現状変更の時代に突入している。ラブロフがいみじくも北方領土に関して「第2次大戦の結果、北方四島は戦勝国ソ連のものになった。敗戦国日本には、口を出す権利はない」と発言しているのは“元祖力による現状変更”をイケシャアシャアと言っているに過ぎない。語るに落ちているのだ。
 したがって5月26、27日のサミット議長として安倍はここに目をつけるべきであろう。世界が守るべき大原則に言及するのだ。ウクライナ危機でロシアが踏み込んだ「力による現状変更」は西欧諸国のみならず、日本としても決して容認できないし、北方領土も、中国の東・南シナ海進出も全く同様である。議長声明でG7の総意としてこれらの問題を力による現状変更として指弾するのだ。既に過去のサミットは北方領土問題を話し合っている。1990年のヒューストン・サミットの議長声明では「日ソ関係正常化の上で不可欠な措置としての北方領土問題の早期解決を支持する」と言及。1991年 ロンドン・サミットも議長声明で北方領土問題の解決が望まれる旨が強調された。1992年ミュンヘン・サミットでも北方領土問題がグローバルな重要性をもつG7全体の共通の関心事項であることを確認した。海部俊樹と宮沢喜一が残した数少ない成果の一つであった。サミット議長国はこうした力をより強力に発揮できるのであり、GDP世界10位の“大国”ロシアに強いけん制球を投げる姿勢が不可欠なのであろう。オバマが大喜びすることは間違いない。


◎俳談

◎俳談
【清涼感】
目には青葉山ほととぎす初鰹
は人口に膾炙(かいしゃ)したこの時期の俳句。江戸中期の俳人・山口素堂の作。季語だけでなく、句全体に清涼感がただよっている。清涼感のある季語の筆頭と言えば何と言ってもこの「初鰹」だろう。江戸っ子は挨拶代わりに「鰹食ったかい」と言ったそうだが、「初鰹は女房子供を質に置いてでも食え」は大げさだ。質草になるような女房など簡単にはいない。
 しかし江戸っ子が鰹を好きだったのは確かだ。鎌倉あたりの漁場で捕れたものを大八車に積んで、「あらよっ」と江戸まで運んだ。だから芭蕉も次のような一句を残している。
鎌倉を生きて出けむ初鰹
 この新鮮な鰹は鎌倉では生きていたに違いないというのだ。初夏には清涼感のある俳句を詠みたい。
飛び魚の又も左舷となりしかな 毎日俳壇2席
 昔釣り船に乗ったところ飛び魚の群れの中に入ったことがあった。街中でも清涼感はある。夏の季語「打水」だ。料理屋の前に打水がしてあると、ついつい入りたくなる。
打水の最初の客となりにけり 読売俳壇入選
 「涼し」も夏の季語だ。朝涼(あさすず) 夕涼(ゆうすず)晩涼(ばんりょう) 夜涼(やりょう)なども関連季語だ。
晩涼を抱くがごとく稚(やや)立ちぬ 産経俳壇入選

◎タックスヘイブンがサミットの焦点に

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◎タックスヘイブンがサミットの焦点に
  大胆で実効性のある対策が不可欠
  世界的な「パナマ文書疑惑」が来月26,27日のサミットに向けて最高潮に盛り上がる流れを見せている。プーチン、習近平、キャメロンら政治家のみならず、租税回避地に設立された約21万4000社の会社名や株主、役員などの企業データベースを国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)が5月前半に公表する方針だからだ。これまでもサミットは事務当局レベルで租税回避問題を取り上げてきたが、今回は首脳レベルの議論と意見集約に“昇格”せざるを得まい。効果の伴う国際的な課税逃れ対策に向けて議長役の首相・安倍晋三の手腕が問われる事態となってきた。大胆で実効性のある方針をいかに打ち出すかが焦点だ。
 パナマ文書をめぐる報道でいつも思うのだが、世界を直撃して、資本主義の根幹を揺さぶる文書がどのような経路で南ドイツ新聞に廻ったのかが全く不明な点だ。筆者がすぐに思い浮かぶのはロッキード事件の発端となった「誤配事件」である。ロッキード社にとっては絶対、部外者には見せられない極秘書類の小包が、なぜこともあろうに多国籍企業のお目付け役である米上院外交委多国籍企業小委員会(チャーチ委員長)事務所に届けられたのだろうか。現在でも不明だ。筆者は田中角栄と仲が悪い国務長官・キッシンジャーがCIAを使って行った陰謀であったと思うが、証拠はない。アメリカはそうした細工を極めて巧妙にやる国である。
 パナマ文書もCIA説がある。なぜなら米国や同盟国日本の政治家名は一切出さずに専ら中国、ロシアの指導層を狙っているように見えるからだ。キャメロンや辞任したアイスランド首相はお飾り程度の意味しかない。怒り心頭に発したプーチンは「政権への不信感を社会に植え付けて、ロシアを内部から揺さぶる試みだ」と述べているが、親しい友人ばかりの名前が挙がっていることが不思議だ。クロだと思う。慌てふためいたのは習近平だ。自ら先頭を切って腐敗撲滅運動と称する政敵撲滅を推進してきた張本人習の義兄が引っかかってはどうしようもない。タックスヘイブンの場合親戚とか友人とかの名前が出るが皆本人とみた方が分かりやすい。実際に本人の代わりにやっている事であろうからだ。習近平はお得意の言論統制に出た。NHKの報道はシャットダウンされるし、ネットの検索も不可能だ。姉の夫が関与しているから、中国語の義兄である「姐夫」での検索も不可能だ。中国の場合は富裕層が海外に資産を移して、将来政治状況が変われば逃亡しようとしているという社会的構造があり、「義兄」は氷山の一角に過ぎない。プーチンも習近平も民主主義国であったら致命的なスキャンダルであっただろう。
 G7に関連してくるのはキャメロンだ。国民の間に亡父のファンドに投資して利益を上げたことを認めたキャメロンへの辞任要求の声は高く、満身創痍(そうい)でのサミット出席である。ただ本人が法的責任を問われる可能性は少なく、辞任に到る確率も低い。キャメロンはタックスヘイブン問題では企業の情報開示の推進など課税逃れ対策を強化しようとしている。結局パナマ文書が提起した問題は議長・安倍がオバマとタッグを組んで推進するべき問題であろう。いくらキャメロンが引っかかっているからと言って、手を抜くようなことがあれば世界中の目がその動向に集中しているときである。いいかげんな対応ではサミットの存在感を問われる結果となりかねない。いかにストライクのボールを投げるかが問われている。
 既に主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議は15日、タックスヘイブンを使った課税逃れ対策を共同声明で、①国際的な情報交換の仕組みにすべての関係国が遅延なく取り組む②銀行口座などの情報を交換し合う枠組みに参加するすべての国が、2017年のG20首脳会合までに一定の導入水準を満たすー事などを求めている。G7はG20の動きを支持すると共に、金融口座の情報を自動的に交換する協定の締結を目指して一致した行動をとる流れとなりそうである。各首脳の発言も極めて注目されるところであろう。問題は新たな規制策が打ち出されれば、金融マフィアはその裏をかくといういたちごっこがこれまで繰り返されてきたし、これにどう歯止めをかけるかがキーポイントとなりそうである。いかにして大胆で実効性のある方針を打ち出すかが焦点だ。
 翻って日本との関わり合いが5月の発表でどの程度出るかメディアは固唾をのんで注目している。地方創生相・石破茂はテレビで政治家などの名前が出ないことについて「5000万円を超える所得を海外に持つ人は確定申告書に添付する必要があり、これが利いている」と述べている。しかしタックスヘイブンを活用している企業名や役員の名前が公表されれば、当然政治家への献金が問題となり道徳的にも指弾される可能性はある。また北朝鮮との関係が問われる企業名が出される公算が強く、これも問題化しよう。


◎俳談

◎俳談
【老いらくの恋】
女房がいるから恋をしてはいけないが、恋する感情を俳句にしても怒られない。実際にはなかったことでも、あったことにして作れるから俳句は便利だ。(*^▽^*)。それに年を取ったからといって、恋情が湧かないものでもあるまい。しかしこんな感じになる。
ときめきてすぐあきらめて石鹼玉 読売俳壇一席
友達でも図々しい奴はすぐにはあきらめないが、ときめいても「おれも年だからなぁ」と普通はあきらめる。なぜあきらめるかというと、人生経験を積むと先の先の愁嘆場まで読めてしまうからだ。読めない馬鹿が老いらくの恋などをする。
それでも
春宵の泣くなと言へばなほ泣いて 産経俳壇一席
などと映画の一場面のような俳句を作る。結構選者の受けがいい。しまいには「命短き恋せよ乙女」のゴンドラの歌から「ここには誰も来ぬものを」を「森繁さんごめん」と言って拝借する。
冬麗の二人ここには誰も来ぬ 産経俳壇入選
でな具合いだ。じじいも年取ると悪知恵が出る。

◎「ダブル選挙なし」のスクープの裏側

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◎「ダブル選挙なし」のスクープの裏側
 地震で「奇道」の選択不可能に
 政治状況をいち早く掌握、洞察して伝えることは政治報道の基本だが、今回筆者が先陣を切った政局原稿「会期末解散・同日選挙は事実上不可能に 熊本地震で政治日程も地核変動」は、乾坤一擲(けんこんいってき)の大勝負であった。100%自前の「1人通信社」でも、解散の判断で間違っては、政治報道の真価が問われるからだ。筆者の原稿は他のサイトでも無料で自由に使わせており、無礼にも無断で使っているサイトを含めれば推定では毎朝10万人を超える読者がいると思われる。サイトによっては見出しの強烈さにちゅうちょしたのか、当たり障りのない見出しに差し替えると言う判断をしたケースも出てきたほどだ。筆者の場合官邸にも政党にも情報源はあるが、ほとんど必要ない。表面化した情報を一日がかりで集めて、分析して、洞察して、払暁までに1人判断して書くのが基本だ。
 筆者の判断は、全国紙が後追いして正しさが立証されるのが常だ。今回も本格的な政局原稿としては、産経が20日朝刊トップで「首相、同日選見送りへ」、日経が21日朝刊で「首相、衆参同日選見送り 震災復旧・景気テコ入れ優先」と報じ、通信社も共同が20日午後1時に「政府、与党内で同日選見送り論」と追いかけ、時事も午後10時過ぎ「衆参同日選、見送りで調整」と書いた。朝日は抜かれて恥ずかしいのか4面で「同日選慎重論に傾く」。読売も4面で「同日選与党から回避論」と書きながら「首相サイドは両にらみ」と未練たらたらの記事だ。
 これまで、筆者もマスコミ各社も「ダブル選挙あり」を前提に政局原稿を組み立ててきた。首相官邸からの発信が常にダブルに向かっているように見えたからだ。新年早々に首相・安倍晋三も夏の参院選について、自民、公明両党だけでなく、おおさか維新の会など一部野党も含めた改憲勢力で、憲法改正の国会発議に必要な参院の3分の2議席を目指すとの考えを示している。これが意味することは通常の参院単独選挙でなく、ダブル選挙を狙っている事を意味する。選挙情勢を分析すれば参院単独では達成が不可能な議席であり、衆院の3分の2を維持したうえで参院の3分の2を確保するには、相乗効果が可能となるダブル選挙しかあり得ないからだ。とりわけ2月25日に筆者だけが発信した安倍の「世界経済の大幅な収縮」発言を「消費増税先送りへの新条件」ととらえ、解散に結びつけた見方は、全紙が2日遅れで追いかけて政界に定着した。
 こうしてダブル選挙への流れはよほどの天変地異でも生じない限り不可避と見られる状況に到った。ところが熊本大震災である。天変地異が発生してしまったのである。こればかりは天の裁量としか思えない事態である。筆者は10万人が避難生活という事態を前にして、まずダブルは不可能になったと直感した。東日本大震災の時は被災地での統一地方選挙ですら延期となった。それに塗炭の苦しみに国民が置かれているのに、党利党略の権化のようなダブル選挙を実施する為政者はまずいないと判断した。しかし滔滔(とうとう)として続くダブルへの流れは止められるだろうかとも思った。その時、かつて田中角栄から教わった重要なる教訓を思い出した。「政治のすべては一般庶民のためにある。杉浦君も国民目線で政局を判断しなさい」と述べた言葉だ。
 そうだこれだと思って書いたのが「震災後1か月半で国会を解散するのは憲政の常道から言っても不可能の類いである。震災の粉じんも治まらず、塗炭の苦しみに国民が置かれている状況下で、政権与党の優位のみを目指して解散することは、困難であるうえに、国民の間に怨嗟の声が湧き起こる可能性が大きい」の文章である。これを「同日選不可能」の判断の根幹に据えた。憲政の常道とは政治の常識を意味する。ダブル選挙は「奇道」であり、通常の政治状況なら許されるが、この事態では「お天道様が許さねぇ」の事態となるのである。こうして潮流に真逆に棹(さお)さす1人通信社の大スクープが誕生したのだ。「ダブル」でも先行、「ダブルなし」でも先行したのだ。1人通信社だから特ダネ賞は出ない。1人悦に入るだけだ。
 安倍政権は奇道を選ばずに常道に戻った。会期を参院の任期7月25日まで延長すれば、粉じんも治まりダブルの復活もあり得たが、延長せずが大勢となった。安倍が中曽根康弘の真似をして死んだふりをして会期末に解散することもあり得ない。前から指摘しているとおり、北海道5区の衆院補選の動向など、全く政局を左右する要素にはならない。翻って考えれば安倍には何と言っても衆院291議席がある。圧倒的多数であり、今後の国政選挙は衆参とも単独選挙が基本となる。安倍は衆院の議席を大切に守って長期政権を維持する流れとなろう。


◎俳談

◎俳談
【擬音語と擬態語の俳句】
 物が発する音や声を真似て字句で描写した語句を擬音語という。羊の鳴き声を「メーメー」と言ったり、豚が「ぶーぶー」と鳴くが如しである。擬態語に比べ得ると擬音語の俳句は少ないが、一茶に
ここここと雌鳥(めんどり)呼ぶや下すずみ
がある。一方擬態語は心情など、音のしないものを音によって表す言葉で、「じろじろ」「こっそり」「ニヤニヤ」などがある。
俳人が喜んで使うのは擬態語の方だが、日本語では擬音語と擬態語を合わせて「擬声語」と呼ぶことがあり、これを称してオノマトベという。オノマトベの俳句は本が一冊出来るほどある。一茶に
けろりくわんとして柳と烏かな        
があるが、これはピカソの絵と同じで理屈で理解しようとしても無理だ。一句全体を“感じる”しかない。面白いと感ずればそれでよいのだ。
ひらひらと月光降りぬ貝割菜          川端茅舎
月光がひらひらと降りるというのであるから、まぎれもなく詩の世界である。坪内捻転の句に傑作がおおい。
 三月の甘納豆のうふふふふ
が代表作だ。思わず笑いたくなる。問題は稔典の
たんぽぽのぽぽのあたりが火事ですよ
である。これは花ではなく「ぽぽのあたりが火事」と詠んで性を象徴的に表現をしたかったのではないかと思う。しかし女陰を「ぽぽ」と呼ぶ地域は日本中にない。「ぼぼ」ならざらにある。もう少し調べてみると中国長江下流の寧波一帯が「ぽぽ」と呼ぶことがわかった。稔典にその意図があるのかないのか。案外誰も知らないと思って稔典先生は「うふふのふ」と笑っているのかもしれない。従って我が説が一番面白い。

◎オスプレイは熊本地震にどんどん活用せよ

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◎オスプレイは熊本地震にどんどん活用せよ
 新聞・野党が災害時まで反米イデオロギー
  半世紀以上報道に携わっているが熊本大震災に際して朝日、毎日両紙と民進、共産両党が展開しているオスプレイ反対論ほど異質なものを知らない。異質というのは10万人が避難生活を送り、一刻も早い支援を待っている今この時に、救出の“手段”にまで反米のイデオロギーを持ち出すのかということだ。同じ日本人かと思う異質さだ。まるで救急車が危険だから大八車を使えという議論だ。これこそ国民の生命の危機を政治利用していることになる。政府・与党は堂々と反論すべきであり、米軍の“オスプレイ支援”をちゅうちょなく受け入れ、継続させるべきだ。
 まず朝日は19日の朝刊で「被災地にオスプレイ」の見出しに「必要性疑問の声」「政治的な効果」という中見出しで疑問を提起。共産党の書記局長・小池晃をけしかけて「オスプレイに対する国民の恐怖感をなくすために慣れてもらおうということで、こういう機会を利用しているとすれば、けしからんことだ」と語らせている。一方毎日も同日の紙面で「熊本地震、オスプレイ物資搬送『政治利用』の声も」との見出しで「オスプレイの風圧で2015年のネパール大地震で住宅の屋根が破損したとの報道もあった」などと批判的記事を展開している。
 さらに朝日は民進党常任幹事会議長・原口一博の「オスプレイはハワイの事故で、砂を吸い込んで落ちている。防衛省の資料を見ると、我が国の航空機がヘリコプターを含めたくさん活躍している。わざわざオスプレイをもってきて、避難している皆さんも非常に不安に思われている。砂を吸い込んで落ちるものが、噴煙に対して大丈夫なのだろうか」という談話を掲載。一方共産党の畠山和也は国会で、「懸念されるのはオスプレイを活用されること。廃棄熱での火災や民家の屋根が吹き飛んだとの報告もある。二次災害の危険性はないのか」と反対論を展開している。まずいのはこれがデマゴーグとして日本中に流布されていることだ。
 これら左傾化メディアと左翼政党の反対論は戦後の反米イデオロギーに根ざしたものであり、オスプレイの米軍導入に対する反対闘争をこともあろうに大震災の粉じんが収まらない中でぶり返そうとしている姿勢がありありと見える。だいいちに原口の言うように被災者からオスプレイに懸念の声が本当にあがっているのか疑わしい。朝日と毎日の記者は恐らく防衛省詰めの社会部記者だろうが、あきれるのは防衛省側が反対論調を助長するような“ミスリード”をしていることだ。その証拠を挙げれば、朝日によれば、防衛省関係者が「米軍オスプレイの支援は必ずしも必用ではないが、政治的な効果が期待できるからだ」と述べたという。毎日も「省内でオスプレイを政治的に見せつける作戦との冷ややかな見方も出ている」と報じている。あ然とするような防衛省の広報ぶりであり、両社記者に“おもねる”防衛官僚の姿を露呈している。防衛省は大丈夫かと言いたい。
 こうした論調が間違いなのはオスプレーの実績から見れば明白だ。
まず2013年11月に超大型台風がフィリピンを襲った際も、米軍が普天間基地からオスプレイを派遣、大活躍した。救出した被災者は2万人近くにも及ぶという。共産党が取り上げたのは2015年のネパール大地震で住宅の屋根が破損したことだろうが、一体どんな屋根か。もともと地震で破損しているブリキ屋根ではないのか。小さな事を主張して大きな方向を見誤ることを「木を見て森を見ない」と言うがまさに左翼の論調はそれだ。
 オスプレイは時速500キロと普通のヘリの2倍以上のスピードがあり、航続距離は3900キロだ。朝日は、「ほかにヘリコプターがある」と指摘しているが、災害救済能力には格段の差がある。東日本大震災に投入されたヘリは空自のCH-47、陸自のUH-60、海自のSH-60などで人命救助に大活躍したが、惜しいのは燃料切れが早く、涙をのんで基地に引き返さざるを得なかったケースが多く出た。オスプレイは空中給油も可能で、全国何処にでも急派できる。長時間に渡る救援活動が可能であり、東日本大震災の前に運用が始まっていれば、多くの人命が救えたことは間違いない。専門家も「被災地上空を飛び回るマスコミのヘリより安全だと」指摘している。
 朝日、毎日が、政府によるオスプレイの「政治利用」を指摘しているが、防衛省のミスリードはともかくとして、事の本質はオスプレイ反対の編集方針にある。編集方針は勝手であり、報道は自由だ。愛読する読者がいるから書くだけだが、両社にはこういった記事を書く記者が良い記者であるという独特の雰囲気があるに違いない。結果的に見れば、「災害の政治利用」をしているのは両社と左翼政党であり、大災害時においても人命よりイデオロギーを先行させる姿勢にはあきれ返るとしか言いようがない。関東大震災や南海地震への備えもあって政府はオスプレイを18年度に17機調達するが、もっと数を増やして大都市周辺に展開させておくべきだ。


◎俳談

◎俳談
【自由律俳句】
五七五にとらわれない俳句を自由律俳句という。
例えば種田山頭火と並んで漂泊の詩人と言われた尾崎放哉の
せきをしてもひとり
せきを・しても・ひとりで五七五でなく三三三である。
風邪を引いて寝込もうがせきをしようが誰も居ない。「真の孤独とはこのことだ」と作者は叫びたいような気持ちであったに違いない。
一日物云はず蝶の影さす
こんなよい月を一人で見て寝る
などの名句も自由律だ。
 一方で種田山頭火も自由律の達人だ。
うしろすがたのしぐれてゆくか
三四四三であり、五七五にはほど遠い。
分け入っても分け入っても青い山
いずれもリズム感はあるし、言わんとするところはよく分かる。これらの句は余計な理屈を付けずに観賞した方がいい。「分け入っても」の句の場合、「俳句の道の険しさを言った」などという後講釈は無意味だ。景色をそのまま思い浮かべた方が感動する。しかし、自由律句が新聞俳壇で成功した例を知らない。自由律俳句の名句は、俳句の神髄・エキスのようなものが凝縮されているから、それを観賞するだけでよい。観賞が出来れば上達する。初心者が真似するものではさらさらない。

◎会期末解散・同日選挙は事実上不可能に

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◎会期末解散・同日選挙は事実上不可能に
  熊本地震で政治日程も地核変動
 熊本を襲った大震災は、会期末解散・衆参同日選挙など首相の重要政治日程を組み替えざるを得ない状況に直面させている。また消費増税の再延期または凍結も不可避となった。さらに大震災に対応する2016年度補正予算案も喫緊の課題となり、通常国会会期内で成立を図るか、延長国会で成立させるかも検討課題となっている。会期は参院議員半数の任期である7月25日まではぎりぎりまで延長することも不可能ではないが、高度の政治判断を要する問題となっている。
 首相が通常国会を1月4日召集で閉会を6月1日としたことは、会期末解散、7月10日同日選挙を意識したものと解釈されてきた。しかし4・14熊本大震災の発生は、大局から見て政局展望をがらりと変えざるを得ないものとした。政局も地殻変動である。同日選挙もいわば党利党略であり、通常の政治状況ならあり得る戦略であったが、震災後1か月半で国会を解散するのは憲政の常道から言っても不可能の類いである。震災の粉じんも治まらず、塗炭の苦しみに国民が置かれている状況下で、政権与党の優位のみを目指して解散することは、困難であるうえに、国民の間に怨嗟の声が湧き起こる可能性が大きい。
 政府の熊本大震災への対応は1995年の阪神・淡路大震災、2011年の東日本大震災の経験をもとに、手抜かりのないものであり、自衛隊員2万5000人の投入など立ち上がりは迅速であった。首相・安倍晋三以下首相官邸の対応も落ち着いており、菅直人の原発事故でのうろたえぶりと比較すれば民主党政権とは雲泥の差がある。しかし地震対策の正念場はこれからであり、会期末までの政治日程は極めて立て込んでいる。G7サミットが5月26、27両日開催される予定であり、そこへ向けて首相の連休中の欧州、ロシア訪問などが予定されている。サミットの延期は困難と見られるし、予定通りの実現は可能だ。しかし外遊日程そのものは流動性を帯びるかもしれない。外相など代理の派遣でしのごうとしても、サミット諸国は突発事態を考慮して了解するだろう。しかしロシア訪問は北方領土問題で極めて重要な位置づけとなっており、結局予定通り首相は訪欧日程をこなすことになりそうだ。
 ここに来て重要なのは災害対策の補正予算案である。首相・安倍晋三は18日の国会答弁で「補正予算も必要では」との問いに、「あらゆる手段は講じていきたい」と述べ、補正予算案の編成検討に含みを持たせた。3・11東日本大震災の時は第1次災害対策補正予算4兆153億円を4月22日に閣議決定、同28日に国会提出、5月2日に成立させている。2か月弱で成立にこぎ着けた。今回もその段取りで行けば会期末ぎりぎりか、延長国会での成立を目指すことになる。
 政治日程はサミットを挟んで極めてタイトであり、環太平洋連携協定(TPP)などの成否にも影響が生じる会期延長をどうするかが問題となる。自民党幹事長・谷垣禎一は15日の記者会見で、6月1日までの会期を延長する可能性について「ないとは言っていない。日程は非常にタイトだとは繰り返し申し上げてきた」と含みを持たせている。谷垣が「タイト」と言うのは参院選があるからだ。参院選挙の年は通常会期の延長は行わない。公選法32条1項で参院選は任期の終わる日の前30日以内に行うとなっているからだ。しかし同2項では任期切れが会期中となった場合の日程を定めている。したがって今回は参院議員の任期満了が7月25日となっており、それを越えて国会を延長することは出来ないが、同日までの延長は不可能ではない。しかし政府としては地震対策に忙殺されるうえにサミットなど山積する外交課題がある。これに国会対策が加われば、政治力を分散されることになり、官邸には延長に慎重論が強い。
 一方で延長すれば最大で約2か月の余裕をもたせることが出来、その場合の参院選は8月下旬となりそうだ。しかし平成に入ってからの参院選は会期を延長した場合なぜか自民党が敗退している。89年は宇野宗佑が女性問題で惨敗。社会党委員長・土井たか子を「山が動いた」と喜ばせた。98年には橋本内閣が惨敗、退陣に直結している。07年には第1次安倍内閣で歴史的惨敗となり、参院自民党は民主党に第1党の座を譲った。仮に安倍が7月25日までの延長を断行した場合、いったん断念したダブル選挙が再浮上しないとは言えない。その意味からも政治日程上の選択肢は広がることになる。
 加えて政策面では来年4月の消費増税が極めて困難となった。安倍は18日「リーマン・ショック級、大震災級の事態にならなければ、予定通り引き上げていく」と従来の答弁を繰り返したが、もうその段階ではない。「大震災級の事態」は、今そこに発生しているのである。大震災に増税の追い打ちをかける政治はあり得ない。14日に開かれた20か国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議も各国が金融政策、財政出動などを動員して成長を目指す方向で一致しており、サミット議長の安倍としてもこの潮流を踏襲せざるを得まい。したがって消費増税は延期か凍結の流れがいよいよ強まった。


◎俳談

◎俳談
【戦争を詠む】
 戦争を詠むといっても、もう圧倒的に戦争を知らない世代が多数を占める。戦後70年にわたり銃弾一つ撃った事のない国は、大国として極めてめづらしい。しかし、膨張主義的な周辺国の出現でそれを今後も維持できるかどうかは全く予断を許さない。
戦争を語らひ注連縄作るかな 読売俳壇入選
注連縄は我が国最大級の出雲大社の注連縄から自宅で飾るものまで大小さまざまだが、掲句は田舎の神社のために年寄りが集まって作る様子を描写した。かつての兵役従事者を中心に話が弾んだ場面だ。
陽炎の反戦世代冷酒酌む 東京俳壇入選
同じく反戦世代も全学連と同様に死語になりつつある。学生時代安保反対で気勢を上げた面々が冷酒を汲んで語り合う。中には神田の生まれも居て、威勢がいい。
反戦で神田の生まれ唐辛子 産経俳壇一席
一見何も関係がない言葉を連ねて読者の様々な感興をもたらす句を取り合わせの句という。開戦日と缶切り不要の缶詰を取り合わせるとこうなる。
ぱつかんと開く缶詰開戦日 東京俳壇入選
そして
恐ろしき昭和を見たり昼寝醒(ざめ) 朝日俳談1席
戦争、原爆、戦後の混乱。まさに恐ろしき昭和であった。

◎朴は「反日カード」を切らないだろう

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◎朴は「反日カード」を切らないだろう
 日米韓安保は維持、慰安婦履行は足踏み続く 
 韓国の総選挙で与党過半数割れの大番狂わせがあったから、日韓慰安婦合意の挫折など日韓関係に大きな影響が出るという見方が生じているが、果たしてそうだろうか。物事はそう短絡的に見ない方が良い。大統領・朴槿恵は政権担当4年目に入っても依然4割台の高支持率を維持しており、基盤の弱体化は当面支持率で補って行くだろう。韓国を取り巻く情勢は北朝鮮の核・ミサイル実験で緊迫化の一途をたどっており、3月31日の日米韓トップ会談での安保連携合意の構図の重要性に変化はない。朴がこれを停滞させることはないだろう。しかし韓国側が努力を約束した大使館前の慰安婦像撤去など慰安婦合意の具体化には影を落とさざるを得まい。
 総選挙の展望について大統領府は、完全に読み間違えていたようだ。朴側近の中にはセヌリ党が300議席の過半数割れの143-145議席になると予想する向きがいたようだが、マイナス25議席の122議席まで落ちるとは予想していなかった。セヌリ党幹部に到っては180議席を予想、全く時流の変化を読めていなかった。結果を左右したものは若年層の票であった。大学を出ても職はなく若者の就職率は極めて低い。貧富の差は開く一方だ。この不満が野党への投票行動につながったのだ。韓国国会は野党の「共に民主党」が123議席で第1党に躍り出たものの過半数には達せず、「国民の党」が38議席でキャスチングボートを握った形となった。大統領府は複雑な議会対策を余儀なくされるだろう。
 対日関係で好都合なのは、朴も日本政府も慰安婦問題が総選挙の争点化することを避け、刺激的な言動を控えたことであった。この結果慰安婦合意に野党は反対であるものの、公約に書いて戦うまでに到らなかったのだ。しかし朴が対議会対策においてはレイムダック化の様相を色濃くしてゆくことは避けられまい。韓国では任期が1年を余す段階に入ってレイムダック化するのが普通であるが1年8か月を残してレイムダック化は珍しい。レイムダック化した大統領は過去に反日カードを切って、しのぐという動きに出るケースが多かった。李明博のように竹島上陸というパフォーマンスをするのだ。政権末期の反日がお家芸の国である。
 しかし朴が反日に戻るかと言えばそうとも言えない。なぜなら就任以来3年という長期にわたる「告げ口外交」がもたらしたものは、対日経済関係の悪化と、目を覆わんばかりの不況であった。昨年12月の慰安婦合意は対中関係を第一義に据えていた朴が、日米韓の関係重視に戻ったことを意味する。歴史認識に固執した“代償”は極めて甚大であったことは間違いない。これは自ら選んだ大転換であり、容易に反転できる構図にはない。安倍と朴はおりにふれ電話会談するに到り、その関係良好化の頂点が、対北朝鮮をめぐって日米韓首脳会談で確認した極東安保で協調強化の合意である。今後北はそれこそ何をするか分からない異常な指導者の下で緊張感をあおり続ける事が予想され、軍事協力の必要は増加しこそすれ減退する流れにない。
 逆に言えばこの極東安保の構図が慰安婦問題を律している側面があるのだ。したがって議会が過半数を割ったからといって、朴がそれではすぐ反日というわけにはいかないのだ。しかし現実問題として慰安婦問題での象徴である慰安婦像の撤去が促進されるかというとそう簡単ではない。安倍が撤去なしに慰安婦支援の団体に10億円を拠出することも考えられまい。したがって朴政権による慰安婦団体への説得工作の可非が依然として焦点となる。合意の具体化が長期化することは避けられないものとみられる。朴は自分の任期中に合意を達成する努力を重ねるものとみられる。 
 一方で、日韓安保関係では北朝鮮の核・ミサイルなどについて機密情報を共有できる軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の締結などが課題だが、現在生じている促進の機運を双方とも維持発展させなければなるまい。基本的には信頼関係の構築を図りつつガラス細工のような日韓関係を発展させてゆく必要があるのだ。
 朴のレームダック化は次期大統領選への動きを公然化させる可能性が強い。ここで問題なのが、日本にとってばかりか韓国国民にとっても最悪の候補・国連事務総長潘基文の登場だ。今年末の任期切れをいいことに早くも事前運動に精を出している。先の朴訪米に際しては4日間で7回も朴と会談や接触をしている。セヌリ党に有力候補がいないことをよいことに、露骨な「後継」への売り込みだ。しかし潘基文の国連事務総長としての評判は掛け値なしで史上最悪だ。米上院外交委員長コーカーは13日、公聴会で国連が平和維持活動(PKO)の要員らによる性的暴力が多発している問題に対処できていないとして、「いかにして国連の無能な指導者に我慢するかが問題なのだ」と酷評。
 国連内部の人事も韓国人ばかりを重用、国連職員組合が「親類縁者や友人を頼った求職」を批判する文書を採択する事態まで生じた。ところが韓国民はこれらの愚行を知らない。むしろ英雄視しており、実家は観光コースになっている。次期大統領候補としては最高の21%の支持率だ。狡猾にも韓国内の評判を狙って対日関係でも反日すれすれの国連外交を繰り返している。公平であるべき事務総長としてあるまじき行為だ。このような人物が大統領になった場合に極東情勢に与える影響は極めて憂慮されるところだろう。


◎俳談

◎俳談
【夜桜】
 夜桜と言えばあの艶なる坂本冬美だ。歌った「夜桜お七」は桜を詠んだ演歌の中でも傑作中の傑作。これまで演歌の作詞をしたことがなかった歌人・林あまりの作である。お七とは八百屋お七のことである。
さくらさくらいつまで待っても来ぬ人と
死んだひととはおなじこと
さくらさくらはな吹雪
燃えて燃やした肌より白い花
浴びてわたしは夜桜お七
さくらさくら弥生の空に
さくらさくらはな吹雪
 何と言っても夜桜が好きだ。政治部記者の頃は毎年かならず千鳥ヶ淵の夜桜見物と洒落込んだ。ある晩は土砂降りだったが決行した。決断の人の政治部長であった。皆傘を差して鍋をつついた。人っ子一人居ない千鳥ヶ淵の篠突く雨の中の桜は、網膜にこびりついて忘れられない。
まさに
たましひが先に近づく桜かな 産経俳壇入選
であった。高野素十の句に
夜桜の一枝(ひとえだ)長き水の上
があるが、千鳥ヶ淵の夜桜そのままの姿である。
 夜桜に月がかかったりすれば妖艶なる情景となる。
夜桜やうらわかき月本郷に 石田波郷
が見事である。

◎補選ごときがダブルを左右するという噴飯論議

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◎補選ごときがダブルを左右するという噴飯論議
  オバマ広島訪問など好材料は山ほどある
 確かに政治に大きな影響を与えた補選が過去に2度ある。いずれも政権が打ち出した消費増税が原因だ。まずは何と言っても岩手参院補選ショックだ。87年3月前年のダブル選挙圧勝に勢いづいた中曽根康弘が打ち出した売上税に対する反対運動が盛り上がる中で、補選が行われ、反対を掲げた社会党候補が圧勝した。89年2月の参院福岡補選では、有権者が当時の竹下登が進めていた「消費税導入」に嫌気して、社会党候補が自民党候補に完勝した。中曽根も竹下も程なく退陣している。たしかに補選が政治に影響を与えるケースは多いが、今回の北海道5区の衆院補選が、一部新聞の書き立てるほどの影響を持つかと言うと、ちょっと違うような気がする。今回は補選が大局を左右することは少ないと思う。
 とかく政治記者は短絡的に政局の動向を断ずる傾向がある。駆け出しほどそうだ。駆け出しは、読みが出来ないから、記事より自己顕示欲が先行して、考えないで突っ走る。今回も補選に勝てばダブル選挙、負ければ参院シングル選挙という判断が、一部政治部の弱い報道機関から出されているが、強いところはさすがにそう断じてはいない。読売も朝日も決定的な表現を避けている。そもそも「解散様」は一番偉いのであり、補選が如きに左右されてはならないのだ。地方の一選挙区が中央政治のすべてを左右する構図はいけないのだ。だいいち誰も分かっていないが、5区で万一自民党が破れても、大接戦だ。ダブルを断行すれば相乗効果で3か月で議席を奪還できる。もっとも補選に負ければ新聞の論調を首相・安倍晋三が逆に“活用”して、いったんダブルのムードを抑える可能性はある。そうしておいて、サミット後に解散断行を宣言するのだ。中曽根がやった「死んだふり解散・ダブル選挙」だ。アナウンスメント効果を狙うならこれだ。憎らしいことに中曽根は後で「定数是正の周知期間があるから解散は無理だと思わせた。死んだふりをした」と得意満面で語ったものだ。
 補選に負ける話ばかりをしているが、接戦でせり勝つという分析もある。安倍は補選候補を勢いづかせるために、消費税延期か凍結の判断を先送りせずに、いま行ってしまう選択もある。方向は定まっているのであり、断言でなくても事実上延期の感じでもいい。安倍がこれを打ち出せば、追い風になることは間違いない。しかし中途半端な表現でなく、新聞のトップを狙う表現でなければならない。20日に予定されている党首討論あたりの“活用”がいいかもしれない。
 勝った場合はダブルへの流れは決定的になってゆくだろう。負けた場合でも政治状況を展望すれば、これを補える要素は腐るほどある。だいいちに安倍の支持率が50%前後と驚異的に高い。竹下の場合は89年には3%まで下がった。中曽根も売上税で下がったが、断念して上昇した。さらに、消費増税延期・凍結を歓迎しない国民はいない。野党は民進党が“ハムレットの悩み”でもたもたしており、絶好の選挙用の材料だ。加えて外交だ。ここに来て“神風”が吹き出した。それはオバマの広島訪問が一段と現実味を帯びる流れとなってきていることだ。実現すればプラハの核兵器廃絶演説に勝るとも劣らない演説をしようとしているに決まっている。これは歴代自民党政権が維持し、いまや国是となっている「もたず、つくらず、もちこませず」の非核3原則にもマッチする。日米首脳協調の核廃絶宣言は、ダブル選に向けて野党の顔色を失わせる絶好の材料となる。
 加えてサミットでは景気対策が主眼となる。大きな世界的な潮流は中国など新興国の不振をG7が一致して財政出動することにより回復しようという方向であり、議長国として安倍はこの方向に棹さすわけにはいかない。既に実施に移った予算の前倒しに加えて、消費税延期・凍結と10兆円規模の補正を秋に実現する流れを作れば景気に大きなプラスとなるだろう。ただでさえアベノミクスを契機に事実上の完全雇用が達成され、企業の収益大好調の状況がある。補選に負けようが勝とうが、小さい小さい。大状況は安倍にとって有利なものばかりだ。
 こうした潮流に警戒の色を隠さないのが野党だ。共産党書記局長・小池晃は正直にも本心を吐露している。「衆参同日選挙なんてあまりにも邪道過ぎる。今回の補選の結果がこうした無謀な企てを止めさせる方に動く結果となる」のだそうだ。民共選挙協力を分断されるダブルが「怖い怖い」と言っているのだ。また民進党も幹部が「衆参ダブル選挙になれば野党の協力は分断される。補選に勝ちダブルを阻止したい」とこれまた正直に述べている。いずれもダブルだけはしないでくれと嘆願しているようでもある。嘆願されても安倍は許さないことが大事だ。


◎俳談

◎俳談
【タワーを詠む】
 現代建築の粋がスカイツリーだが、東京タワーも街に馴染んできて親しみを感じる。東京タワーは通っていた原宿の中学校の窓からだんだん高くなってゆくのを見ていたから、一層感慨深い。学生の頃は真下のホテルのプールでガールフレンドらと泳いだものだ。当時でプール代が千円したから、学生の身としてはきつかったが何とか工面した。五十円で渋谷で三本立て映画が見られた時代だ。
 建造物の場合建物だけを詠むことは難しい。むしろ本題に添える演出効果と考えた方がよい。
ふぐちりや東京タワーを遠望す 東京俳壇二席
東京タワーが見えるホテル最上階の和食レストランでふぐちりを食べたことを思い出して詠んだものだ。
スカイツリーも建築中から詠んだ。浅草の路地から見たツリーだ。
いつの間に生えし鉄塔月の路地 毎日俳談二席
選者からは「生えしがよい」と褒められた。
峠よりスカイツリーが土筆(つくし)ほど 東京俳壇入選
高速道路の峠越えでスカイツリーが見えた。土筆のようであった。

◎「ポスト安倍は安倍」だが、岸田も善戦

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◎「ポスト安倍は安倍」だが、岸田も善戦
   万一の場合はダークホースで菅もあり得る
 産経と日経が広島でのG7外相会合の成功で外相・岸田文男が「ポスト安倍」 に向けて存在感が高まったと報じているが、果たしてそうか。確かに「一強多弱」の政治構図のなかで「多弱」の中から頭一つ抜きん出た感じはある。目立ったからである。しかし産経と日経の論法で言うならば本番サミットで首相・安倍晋三がリーダーシップを発揮すれば「ポスト安倍は安倍」ということになってしまう。安倍がダブルに踏み切って衆参で絶対安定多数を維持すれば、ますます「一強」ぶりは高まる。焦点は外交と言うより夏の“政治決戦”の動向にあるのだろう。
 確かに自民党内が、政局に向けて今ほど「寂(せき)として声なし」の状況は珍しい。長期政権で最長の7年6か月2,798日を達成した佐藤栄作の場合を例に挙げれば、実に4回にわたり総裁選を繰り返している。つまり党内抗争を繰り返した上での厳しい政権維持であったが、安倍の場合は昨年の総裁選に候補者が立たず無投票で2018年9月まで3年の任期を確保している。無競争で6年が維持される例は自民党史上希有のことである。場合によっては任期を延長してオリンピックも安倍という事もないではない。この安定の原因は何処にあるかだが、何と言っても選挙に強い首相であることだ。過去3回の国政選挙で与党を圧勝させた首相が依然として支持率50%前後を維持しているのでは、文句の出ようもない。衆参議員は自分の当選が何より大切なのであって、支持率が高いリーダーが自分の為にも必要不可欠なのだ。
 これには小選挙区制という選挙制度が強く作用している。佐藤の場合は中選挙区制であり、同一選挙区内で自民党各派が戦う構図である。勢い党内もぎすぎすして、総裁選をめぐって怨念の戦いが繰り広げられることになる。その最大の構図が田中角栄対三木武夫、田中角栄対福田赳夫の戦いであった。小選挙区制では敵は野党であり、党内には敵が生じにくいのだ。加えて安倍の巧みなる党内操縦術がある。将来候補になりそうな岸田文雄、石破茂、石原伸晃を閣内に取り込み、谷垣禎一を幹事長に据えて挙党態勢を形作っているのだ。
 これでは、誰も手を出そうとしないし、手を出せば狙い撃ちされるのがオチだ。筆者は週に一度くらい多摩動物園にタカの写真を撮りに行くが、岸田の場合は鷹の大ケージに入ったハトのようなものだ。出来るだけ目立たないようにしていなければ、一発でタカに食われてしまう。その他はスズメでありケージには出入りするが、タカが来ればすぐにケージの外に出てしまう。こうした中で冒頭書いたように頭一つ出たのが岸田だろう。田中角栄は首相候補の条件として、「幹事長、蔵相、外相の経験があることが必用だ」としたが、自分は外相経験はなかった。
 確かに歴代首相を見れば吉田茂に始まって岸信介、佐藤栄作、三木武夫、大平正芳などそうそうたる首相が「外務省出身」である。しかし宇野宗佑から羽田孜、小渕恵三、麻生太郎となるとがくんとレベルが落ちる。岸田は外務省が久しぶりに手にしたエースであり、官僚は先を読むから最大限頭を絞ってG7外相会議を成功に導こうとする。その御輿の上に乗って岸田は、頭角を現したのだ。昨年末の日韓慰安婦合意もG7に勝るとも劣らない成果であろう。対照的に冴えないのが地方創生相・石破茂だ。紛れもなく伴食大臣の椅子をあてがわれたが、その存在感の無さは格別である。田中角栄とは真逆の対応である。田中は佐藤から幹事長を外されたとき、冷や飯に甘んじるような男ではなかった。党内に都市政策調査会を作って日本列島改造構想を打ち出し、政権獲得の支柱にした。ところが石破からは「地方創生」で、何ら斬新的な構想を聞けないままである。若手に小泉進次郎がいるが、まだ10年早い。麻生太郎の復帰などは論外だ。女性政治家は、昨年の総裁選で推薦人も確保出来なかった野田聖子にせよ、高転びに転んだ民進党政調会長・山尾志桜里といいこのところ無能力さが露呈されている。委員会で携帯をいじくり大あくびする元法相・松島みどりなどを見れば、日本の女は政治家には適さないのだろうとつくづく思う。
 しかしいくら強い首相でも、万一のケースがないとは言えない。病気で倒れたり、不慮の出来事に遭遇したりする可能性は否定出来ない。その場合だれがなるかだが、衆目の一致するところは谷垣であろう。人格といい、党内に敵を作らない姿勢といい常識的にはあり得る。しかし官房長官・菅義偉というダークホースが存在することを忘れてはなるまい。石原慎太郎は“雑文”「天才」を書いても田中角栄の敵だったから知るまいが、かつて大平が急逝したとき、キングメーカー田中は一時官房長官・伊東正義に視線が及んだことがあった。伊東が固辞したため鈴木善幸になったが、結局「暗愚帝王」と呼ばれて政権を投げ出した。伊東は大平の緊急入院で内閣総理大臣臨時代理を務めたが、周囲からいくら勧められても首相執務室には入らずに官房長官執務室で仕事を続けた。田中は「伊東があったんだ」と漏らしていた。その伊東に勝るとも劣らない能力を発揮して内閣を支えているのが菅であろう。絶妙のバランス感覚があり、官邸は菅がいるから持っているようなものだ。万一と言うことがあれば菅への禅譲もあり得ると見る。


◎俳談

◎俳談
【「心」は使わない】
俳句は自分の心の中を書く短詩だ。従って「心」の文字は使わない。
心を表現するために俳句があるのであって、わざわざ心という必要も無い。経験から言って「心」が入った投句はまず使われない。
七夕のをんな心を文字にせず  杉の子
この場合心は慕情だから<七夕のをんなかの名を文字にせず>くらいにしておいた方がよい。
定位置に戻らぬ心春の水  杉の子
これも心は取って<そわそわと定めなき身や春の水>がよいだろう。
しかし物事には例外はつきもの。
春の星滑車のごとく心汲む 産経俳壇二席
この場合の「心」は「汲む」と密接不可分であり、置き換えが不可能である。従って許されたのだと思う。とにかく直接「吾が心」など大げさに詠まないことだ。

◎「謝罪なし」でオバマの広島訪問実現の公算

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◎「謝罪なし」でオバマの広島訪問実現の公算
 ケリーの「ゴー」サインが方向付け
 歴史問題は、どこかの国のように「謝れ」一点張りでは物事は進展しない。本当の意味での忍耐を「ならぬ堪忍するが堪忍」と言うではないか。米国務長官・ケリーに継いで大統領オバマが原爆死没者慰霊碑に献花をすれば、それが謝罪でなくて何であろうか。言葉は使わなくてもボディーランゲージを読めば明らかに謝罪である。ケリーの米閣僚初訪問自体が安倍政権による外交の成果であり、これにオバマと続けば大成果と言えるものだろう。ここは半ば実現しかかっているオバマの広島訪問を、万難を廃して実現させるべき時だ。夏の国政選挙に向けてプラスに作用することは間違いない。
 それにしてもホワイトハウスは大統領選挙の最中という極めて微妙なときに広島訪問の可能性をよくリークしたものである。折から共和党候補のトランプが日韓両国の核保有論を唱えて、核問題が大統領選の争点として浮上している最中である。民主党寄りのニューヨークタイムズも「大統領が日本への謝罪を示す言動は大きな政治問題となる」と“忠告”しているほどである。それではなぜホワイトハウスがワシントンポストにリークしたかと言えば、トランプ発言を逆手に取れば逆攻勢となりうると判断した可能性が高い。トランプは広島訪問が実現すれば口を極めてオバマ非難に転じて「大統領は懺悔と謝罪の旅に出た」などと批判することは目に見えている。
 トランプ発言に対しては既にホワイトハウスは大統領副補佐官ローズが「戦後70年堅持してきた核の分野における外交政策の前提は、核兵器の拡散防止だ。どの政党が政権を握ってもこの立場に変わりはなかった」と説明、「既存保有国以外への拡散容認は悲惨な結果をもたらす」と痛烈に批判している。オバマがこの核拡散防止路線の維持を広島で発言すれば、大きなクリントン支援となるだろう。ポストへのリークで米政府高官は「プラハで核なき世界を訴えた時のような演説をする可能性がある」と述べて、オバマが核なき世界を訴えたプラハ演説の“完結”としての演説をする可能性を示唆している。8年前の演説後オバマはノーベル平和賞を受賞しているが、その後ウクライナをめぐる米ロ対立で核兵器削減は思うように進まず、北朝鮮への拡散など“核危機”はかえって増大している。
 加えてオバマ自身の広島、長崎への「思い」がある。2009年の首相・鳩山由紀夫との会談後の記者会見でも、「将来、(広島、長崎)両市を訪問することは当然光栄なことであり、非常に意義深いことだ」と語っていた。6年半ぶりにやっと宿題を果たすことになる。この流れを促進しているのが駐日大使・キャロライン・ケネディであるといわれる。ケネディは自ら「原爆の日」の平和記念式典に出席、折を見てオバマも訪問するようアドバイスしている。
 ホワイトハウスは「大統領選の年に広島を訪問することで外交上の批判が生ずる可能性を十分認識している。ケリー長官の広島訪問を大統領訪問の前哨戦として注視している」とも述べ、ケリーの広島訪問をオバマ訪問の最終判断をする上でのテストケースと位置づけている。恐らくケリーは帰国後オバマから見解を求められることになるが、ケリーの発言を分析すればオバマに対しては「ゴー」のサインを送るに違いない。ケリーが広島訪問で見ていたのは、日本政府だけでなく国民やメディアの反応であっただろう。まず日本政府はこれまで主張してきた「核兵器の非人道性」の表現を「広島宣言」から取り下げた。もちろん背景にはオバマ訪問実現への深謀遠慮があった。また核廃絶に関しても広島宣言は「現実的で漸進的なやり方でなければ達成できない」と主張した。これは国連に台頭している非核保有国の急進的な核兵器禁止の動きと一線を画し、米、英、仏など核保有国の主張に寄り添ったものである。さらにケリーが注目していたのは「謝罪」の要求が国民の間にどれほどあるか、またマスメディアがどう反応するかであった。謝罪することは、米国の世論調査で依然として「日本への原爆投下は正当化される」という答えが56%と半数を超え、原爆の投下を肯定的にとらえる評価が強いこともあって、事実上困難である。
 ケリーも謝罪はしなかったがその発言は謝罪の意味を含むものといえる内容であった。例えば資料館の感想で「衝撃的な展示で胸をえぐられる思いだ」と述べているのはその例だ。ぎりぎりの表現で日本国民に分かってもらおうとしている。芳名帳には、「世界中の人々がこの資料館を見て、その力を感じるべきだ」と記した。記者会見では「いつか大統領もそのひとりとなってほしい」と発言した。これらの発言を総合すれば、ケリーの“露払い”は、オバマ訪問への道を開いたと受け取れる。
 日本としては核保有は論外であるにしても、核兵器を振りかざし、今にも使用しそうな発言を繰り返す狂気の指導者が北朝鮮に存在する限り、米国の抑止力としての核は不可欠である。オバマの言う「核なき世界」の実現は容易ではないが、広島でオバマがこの信条を繰り返す可能性は強く、この路線は総じて歓迎されるべきものであろう。要するに歴史問題は未来志向を優先させるべきだ。「謝罪」の言葉にこだわり続ければ民族の度量が疑われることになる。


◎俳談

◎俳談
【母の句】
 後期高齢者になって「母恋の句」でもあるまいがと思うかもしれないが、母への思いは年を経るごとに募るくらいだ。それも甘い思い出ばかりだから不思議だ。新聞の選者も母の句は好きと見えてよく採ってくれる。検索すると入選1000句の内15句が母の句だった。母の句で良いのは思い出で作ることができる点だ。
 3歳で母を亡くした一茶ですら母の句を詠んでいる。
しぶいとこ母がくひけり山の柿
幼心によほど、母の愛が嬉しかったのだろうか。それとも他人の母をうらやましくて詠んだのだろうか。
秋の灯にひらがなばかり母の文         倉田絋文
ワシントンにいるときによく母から手紙をもらったが、一字一字石に刻むように書いている様子がうかがえた。
居間に一緒に居ても言葉が不要な人は母のみであった。
秋灯下言葉はいらぬ母とゐる 毎日俳壇入選
しょちゅう裁縫をしていた。
亡き母は端裂(はぎれ)が好きよ秋の風 日経俳壇入選
母は元気なままで逝った。
毛糸編む用意ができて母逝けり 日経俳壇入選
他人はもちろん家人にも迷惑をかけない人だった。
ワイシャツのボタンを見ても母が付けたことを思い出した。
更衣(ころもがえ)母のつけたる貝釦(ぼたん) 産経俳壇入選
冬の明け方母の夢を見る。
湯たんぽの冷めるころ見る母の夢 毎日俳談1席
穏やかに晴れ渡る冬の日を冬麗(とうれい)という。
冬麗の母のごとくにありしかな 産経俳壇入選

◎山尾を担いだ“飯島人事”で大失敗

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◎山尾を担いだ“飯島人事”で大失敗
  「民進再生」の切り札が「民進死ね」に
 いつも政局を読み間違える内閣“参与”飯島勲が、今度は民進党を誤導した。週刊文春3月24日号で山尾志桜里を褒めちぎり、「新党の政調会長に抜てきすべき」とアドバイス。これまたしょっちゅう読み違える代表・岡田克也がまる乗りして、山尾を民進再生の最後の切り札とばかりに政調会長に抜擢。ところが地球5週分のガソリン代を政治資金収支報告に計上していたことがばれて、山尾は高転びに転んで脳振とう状態。民進党は7日政調会長続投にお墨付きを与えて、かばったが、この問題は選挙次元で尾を引く。北海道5区の衆院補選や夏の国政選挙への影響は限りなく大きい。
 飯島の文春コラム・激辛インテリジェンスの「民主“救いの女神”山尾志桜里」は罪深い。飯島が仕掛けた“わな”かと思いたくなるほど見事に山尾を持ち上げている。持ち上げて、人事で抜擢させ、逆さ落としに落とすわなではないかと思いたくなるほどなのだ。コラムは「いやー、パリのルーブル美術館で観たあの名画が思い浮かぶぜ。十九世紀フランスの画家ドラクロワが、1830年の七月革命を描いた大作『民衆を導く自由の女神』を知ってるかな」に始まって、「落ちるところまで落ちた野党陣営に射したたった一筋の光明、救いの女神ってわけだよ。」と山尾を持ち上げている。しまいには「お前マゾか」といいたくなる表現まである。「オレも一度、追及されてみたいくらいよ」だそうだぜ。そして最後に「民主党も国民に全く理解されない維新の党との合併だの、党名変更だのゴタゴタしている暇があるなら、山尾議員を新党の政調会長に抜てきすべきよ。国会のあらゆる委員会で質問の先頭に立たせれば、支持率の急上昇は請け合いだぜ」と締めくくっている。
 しかし飯島に政治家を見る眼がないのは“美貌?”に目がくらんだのだろうか。本質を突いていないとしか思えないのだぜ。飯島が褒めちぎった山尾の国会質問は、筆者が1月15日に“いちゃもん質問”と断じた部分を、逆に褒めあげているのだ。飯島は「首相が架空の安倍家の家計に例えて説明しただけの『仮にパートタイムで月収二十五万円だとして』の言葉尻を捕まえて『二十五万円のパートがどこにあるんですかっ!』と切り込んだ」と褒めあげた。加えて「首相も『そんな枝葉末節の議論ばかりだから、民主党の支持率は上がらない』とやり返したけど、『枝葉末節の女性議員』は引き下がらないからスゴイぜ」なのだそうだ。野党質問を褒めあげ、首相答弁をやっつける内閣参与も珍しいぜよ。したがって、やっぱりわなではあるまいぜ。本気でそう思っているようだぜ。
 そもそも飯島が「女神」とあがめる山尾にそのカリスマがあるかだ。1989年の参院選でマドンナブームを作り上げて社会党を圧勝に導いた土井たか子と比較すれば天と地の開きがある。おたかさんこそ社会党にとって「女神」であったのだ。おたかさんは庶民性があったが、山尾はつんつんとしていて、エリート根性丸出しだ。弁明も「蓋然性があった」とか「その事案は」などと検事の口調丸出しで安っぽい。引かれ者の小唄ではないが、引かれ者が検事の口調で弁明しても説得力はない。おたかさんはふくよかで人を引きつける魅力があったが、山尾は魔女風冷血女のように見える。能面のようで表情がない。おたかさんは女性にしては太めの声だったが、山尾の声は声変わりしない中学校の女生徒のようで、キンキンとうるさい。だからもともとブームなど起きるわけがないのだ。
 そのうるさい声で弁明しても誰もが納得しない。かつて自分が政権側を追及した言葉がブーメランとして返ってくるからだ。その一番良い例を挙げれば前経済再生担当相・甘利明を追及したときの発言だ。山尾は「知らなかったで済まされる問題じゃないです。政治収支報告書に目を通さない議員なんか民主党にはいません。私ももちろん把握してます。秘書が知らなかったと言えば秘書が犯罪や泥棒をしてても雇い主の議員が知らなければ責任取らないでいいんですかって話ですよ。例え、甘利議員が知らなかったとしても秘書の犯罪、もしくは犯罪に準ずる行為があったならば、雇い主として議員辞職もしかるべきだと思います」と追及しているのだ。まさに「民主党にはいない収支報告に目を通さない議員」が本人であったことになる。検事のプロなら一目見て1000万円の上限超えなどは分かる。それとも自分の能力に嫌気がさして「やめ検」になったのだろうか。「責任取らなくていいんですか」は、国民みんなが山尾に対して思っていることだ。まさに「議員辞職もしかるべき」であろう。
 民進党内には山尾を代表に担ぎあげて、ダブル選挙を戦うべきだという「岡田降ろし」まで始まろうとしていたようであるが、表面化する前に山尾がつぶれて良かったと思う今日この頃のようだ。それにしても、岡田は自分で掘った穴に落ちるようではどうしようもない。「山尾落ちた民進党死ね」にならないことをひたすら祈るぜよ。


◎俳談

◎俳談
【郷愁の俳句】
 郷愁、ノスタルジアは他郷にあって故郷を懐かしく思う気持ちや、過去のものや遠い昔にひかれる気持ちを指す。一茶は
実ざくろや妻とはべつの昔あり
と詠んだ。しょせんは夫婦たるもの連れ合いの知らぬ「昔」を背負って生きているのだ。現代人の感覚にも通ずる。
 郷愁は作句の宝庫でもある。古里を思い、古き良き昔を思う。これはそのまま俳句になる。
九九の声春の小川と混ざるかな 産経俳壇入選
小学生の頃九九を暗唱していると、隣の教室では唱歌の時間であった。
かぎろへる猫乗せ舟の出でにけり 産経俳壇入選
矢切の渡しの実景である。昔の渡しは馬や牛も乗せた。
「船頭さん」の二番は
雨の降る日も 岸から岸へ
ぬれて舟こぐ おじいさん
けさもかわいい 子馬を二匹
向こう牧場へ 乗せてった
ソレ ギッチラ ギッチラ ギッチラコ
と歌う。
今は柿を採る子はいないが、昔は柿は大変なおやつだ。
うめ婆の柿は黙って取ってよし 毎日俳壇2席
縁日の烏賊焼く匂い春惜しむ    杉の子
郷愁の俳句はまさに谷内六郎の世界だ。 

◎財務省が増税延期で条件闘争か

DSC_2520.jpg◎財務省が増税延期で条件闘争か
   またも1年半延期説が台頭
 自分は増税延期だが首相・安倍晋三は延期したら総辞職せよとは驚いた。民進党代表・岡田克也の主張は天地があべこべだ。そもそも民進党は野田政権がリードして3党合意で10%増税を決め、公約として掲げたのであり、延期すれば公約違反の最たるものは自らの党ではないか。曲がった牛の角をまっすぐにするために叩いたり引っぱったりすると、牛は弱って死んでしまうことを「角を矯めて牛を殺す」というが、その最たるものが公明党代表・山口那津男だ。自分の「手柄」としている軽減税率にこだわるあまり、増税延期反対論を声高に発言している。これは選挙母体である創価学会の大勢とはマッチしない。学会の大半を占める低所得層は増税そのものに反対なのであり、増税がなければ軽減税率もない方が有り難いのは当然だ。そしてここに来て、身の危険を感じ始めたのか、財務官僚が“条件闘争”に転じ始めたようだ。
 世の中矛盾撞着はつきものだが、消費増税再延期が「アベノミクスの破たんである」という論調は、民進党と朝日・毎日の安倍攻撃の中核となっている。これは、国政を政争の具とする愚論の典型であり、アベノミクスは安倍が旗を掲げ続ける限り破たんしないことが分かっていない。すべてはスティグリッツが官邸の会合で「大低迷」と形容した世界経済の収縮に原因があり、その原因をアベノミクスが作ったわけではない。中国経済の低迷、石油価格の下落は他律的な要因であり、今後世界経済の低迷は3年は続く。それに対応して政策を柔軟に転換させることができるのは自民党政権であり、状況変化に対応出来ずにつぶれたのは民主党政権だ。そもそも企業収益が史上最高となり、事実上の完全雇用を国民が謳歌(おうか)できるのはアベノミクスがあるからだ。保育児童問題も完全雇用からの派生問題であり、安倍政権批判は的外れだ。
 確かに安倍は、14年11月18日、消費増税の延期を公表した記者会見で「再び延期することはない。はっきりと断言します。景気判断条項も付すことなく確実に実施する。3年後に消費税引き上げの状況を作り出すことができる」と発言した。しかし政治は状況の変化に応じて臨機応変の対応をすべきであり、その判断基準は国民大多数の安寧にある。「何が何でも増税するから庶民は死んでください」というのは政治ではなく独裁だ。
 岡田はNHKで「首相はリーマン・ショックのようなことがない限り、必ず来年4月に消費税を上げると言って解散した。先延ばしは、重大な公約違反だ。内閣総辞職に値する」と発言したが、肝心の増税延期については「苦渋の選択だが先延ばしも一つの選択肢になる」と述べた。冒頭述べたように自分は延期してもいいが安倍はいけないという小学生でも唱えない論理矛盾を公の場で展開するようでは、“出戻り新党”も先が見えた。民進党にとってジャンヌダルクかと思われた政調会長・山尾志桜里も、自らが代表を務める政党支部の政治資金収支報告書に多額のガソリン代を計上していたことがばれて高転びに転んだ。検事が脱法行為を働いてはいけない。保育所問題で政権を追及する前に、自分の頭のハエを追うことが先決だろう。焦点の北海道5区の衆院補選に応援で使える状況ではとてもなくなった。どこまでついていない政党なんだろうかとつくづく思う。やはり3年3か月にわたる政権党としての大失政の連続が天罰を下しているのだろう。
 公明党の山口も遠吠えが度を過ぎている。「簡単に消費税率の引き上げを先送りすべきではないと思う」と延期反対論を展開しているが、これも群を率いるリーダーとして素質を問われる。先には同日選に反対しながら、安倍との会談後に賛成に転じたが、臆面もなく“転ぶ”人のイメージが定着している。消費増税延期支持は読売の調査で65%に達しており、おそらく創価学会員は大多数が延期支持ではないか。支持母体の真の意向を確かめてから発言した方が良い。
 そしてここに来て注目の財務省が転向し始めたという話が永田町に伝わっている。同省は「歯止め付きの延期」という条件闘争に変わってきているというのだ。財務省は大蔵省の昔から官邸に対峙して、第2官邸の“権勢”を意のままにしてきたが、安倍官邸の強靱さに折れざるを得ないと判断しつつあるというのだ。場合によっては官邸から人事で仕返しをくらいかねない状況になってきているのが、恐怖感を生じさせているのだ。その条件闘争とはまたまた1年半延ばすというものだという。1年半の延期で17年4月実施を18年10月実施にする、という説だが、安倍の任期は延長がなければ18年9月だから、安倍がいなければもう延期はないと判断しているというのだ。まるで政局を知らない官僚らしい対応だ。
 財務省は法律に時期を明記して歯止めにするというが、今回の例を見ても法改正されればおしまいだ。官邸サイドからは消費増税凍結論や、何と減税論まで出ている。8%を7%にするとか、5%に戻すなどという説が出ているがこれは財務省へのけん制だろう。いくら何でも減税はないだろうと思う。社会福祉予算を減らすと財務省が言い出せばおしまいだ。凍結があるかどうかだが、2回にわたる延期が物語るものは、デフレ期の増税は成り立たないということである。18年はオリンピック景気が頂点に達しつつある時期だが、オリンピックが終われば不況がすぐに来る。延期を繰り返すよりいっそ当分凍結した方が効果的ではないだろうか。

生き仏の講話:最終回 Name:浅野勝人

生き仏の講話:最終回 Name:浅野勝人 NEW! Date:2016/04/06(水) 08:34 
 
『親鸞』と『酒井友哉』
生き仏の講話:シリーズ ⑧ ― 酒井友哉
安保政策研究会理事長 浅野勝人

犬以外にうちには狼だっているんですヨ。オオカミ。この頃、近付いていくと、首をこうやってさすってくれって来る。さすってやると手をペロッとなめたりする。本当になついちゃって、信頼してんだ。
自分を助けてくれた人とか、保護してくれる人、世話をしてくれる人、餌をくれる人、散歩してくれる人にはものすごく慕っちゃう。
たとえば、檻の前で友達と話してて、その友達が、「それじゃ、あんたまた後でネ」なんて、ポーンと肩叩いた途端、いままでおとなしくしていたオオカミが、自分の飼い主がいじめられてると思って、檻のなかでウォーと吠える。そうゆうものを持ってるんですネ。

それが今の人間には欠けちゃってるの。だから「絆」って言葉が昔の辞書を見なくちゃ分からないようなことになっちゃってる。また、もとのように日常用語になるよう皆んなが心の平安をずっと伸ばしていく必要があるんだネ。
もう一度、家族とか、友達とかいうものを勉強し直して、いろんなものを人類のために活用出来るように努力する考え方を育てていくことが大切だよネ。そうすれば都会は都会としての、田舎は田舎らしい
すばらしい世界が生まれて来るんではないかと思います。

どうも、長いこと、つまらない話しばっかりしちまったけれども、だいたいネ。本で覚えたことなんかひとつもありゃしない。山を歩きながら死に損ないが自然のうちに知るっていうか、感じ、覚えたことばかりです。
皆さん方もネ。またもう一度昔に戻る。昔っていっても1億2,000年前か、宇宙がはじまった頃の人類にいっぺん戻ると、いろんなありがた味を知ることが出来るんじゃないかと思ってネ。
便利すぎちゃって、必要なものがなくなっちゃった。もういっぺん必要なものを取り戻していただきたい。
はい、どうもありがとうございました。 【 完 】

[ 司会 ]
大阿闍梨様、心に沁(し)みるお話を頂きました。誠にありがとうございました。
大阿闍梨様がこれより、お加持を皆さんに施されます。では、お願いいたします。( 平成17年、6月10日 )

十八(まつ)公(ま)麿(ろ)(著者註:親鸞の幼児名、1173年1月生まれ)は、ふたつの小さな掌(て)を、ぱちとあわせて、笑くぼを浮かべた。子どもの掌は、菩薩(ぼさつ)の御(み)手(て)のように丸っこいものである。人々は、思わず に(´)こっと微笑をつりこまれた。
すると―――
「な、む、あ、み、だ仏」誰か、いった。
低音で、聞き取れなかったのであるが、すぐ次に、かた言(こと)で、
はっきりと、
「――南無阿弥陀仏」と、つづいて唱えた。
今の無心に出た十八公麿の声は、ただの嬰児(あかご)の初声(うぶごえ)ではない。あきらかに六字の名号(みょうごう)を唱えたのである。(1巻、76頁)

親鸞は、8才で日野(ひの)民部(みんぶ)忠(ただ)経(つね)の門を叩いて弟子入りします。
「民部は、儒学の第一人者であったが、磊落(らいらく)な質(たち)で、名利を求めず、里にかくれて、児童たちの教育を、自分の天分にしていた」とあります。
十八(まつ)公(ま)麿(ろ)は、たちどころに孟子、孔子、五経、論語を修め、9才で得度して仏門に入ります。天台宗の若僧となって、すさまじいほどに仏典を読破し、自らの解釈を打ち立て、比叡に籠(こも)って荒行に耐えます。
伊藤健太郎・仙波芳一両氏の著書「親鸞聖人に学ぶ」によると、「親鸞聖人も無動寺谷に籠られたことがあり、『お堂入り』の難行をなされた伝承がある」といいます。

並外れた天稟(てんぴん)(生まれつき)の天才少年が、夜を徹して学び、自ら『行』を求めて励みますから、抜きんでて頭角を現わします。勢い周りの妬(ねた)みが増幅します。
青年となった彼の比叡山での講義が熱をおびるほど、聞く法師衆も熱します。そして、内心深く考え直して衝(う)たれている者と、範宴(親鸞、最初の法名)に対する反感をいっそう強めている者とに分かれます。
新しい力が興(お)きようとする時には、必ず古いものがこぞってそれを誹謗して、妨害します。
―― 「お師さま」と、性(しょう)善坊(ぜんぼう)は改まっていった。
「きょうのご講義は、胸のおどるほど、ありがたいお教えと存じますが、とかく妬みや、反感も多かったようでございます。あまり真情に仰(お)っしゃるのは、かえって、ご一身のおためによくないのではないかと案じられてなりません」
「真情にいうて悪いとすると、自分の信念は語れぬことになる」
「郷に入っては、郷にしたがえと申します。やはり、叡山には叡山の伝統もあり、ここの法師たちの気風だの、学風だのもございます」
「ここの人々の気に入るようなことを説いて、それをもって足れりとするくらいなら、範宴は何をか今日までこの苦しみをしようか。たとえ、嫉視、迫害、排撃、あらゆるものがこの一身にあつまろうとも、範宴が講堂に立つからには御仏(みほとけ)を欺瞞(ぎまん)の衣(きぬ)につつむような業(わざ)はできぬ」(2巻、105頁)

親鸞は、自ら難行苦行の道を選び、宗門どうしの争いに対しても、学び抜いた新しい理念への確信と暴力を超越する信念によって次々と克服していきます。そして法然上人と出会い、そのもとで更に修行を積んで、時代を切り開く新しい宗門の宗祖へと登りつめて行きました。

800年を隔てて、天才・親鸞聖人と共通するものを愚直に見える人間・酒井友哉大阿闍梨にみるのは、私のこじつけだろうか。(元内閣官房副長官)