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◎俳談

◎俳談
【ノスタルジア】
 最近は乳幼児を背負う母親が少なくなった。ベビーカーか、だっこ型のベビーキャリーが流行っている。銀座通りには最新ファッションの女性がこれまた高級ブランドのベビーカーで危険なハイヒールのまま闊歩しているが、ノーテンキそうで子育てが大丈夫か心配だ。電車の中ではベビーカーのブレーキをかけないままで、危険極まりない。いざというときはだっこよりおんぶだろうと思うがどうだろうか。大空襲も大震災もおんぶだった。両手が使えるし身動きが自由だ。
ねんねこの中の粉雪払わねば 毎日俳壇入選
 ねんねこは赤ん坊を背負う際に用いた防寒用の子守り半纏(ばんてん)。なぜか夕焼けの中の五木の子守唄を思い出す。ちなみに 「おどま 盆ぎり 盆ぎり」の「おどま」は、自分のこと。「盆ぎり」は「盆限り」と書いて、「ぼんぎり」と読ませるから、お盆までのこと。「お盆が過ぎたら私は、もうここにいない」と歌っているのだ。子守りは嫌だったのだろう。子守り半纏の欠点は赤ん坊のクビがうしろにかっくんとなり、座らないことだが、最近では「クビかっくん防止型」も売られている。
わら草履はける昭和よ冬の星 東京俳壇二席
ノスタルジアは俳句になる。

◎ダメージ最少の電撃辞任、野党に肩透かし

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◎ダメージ最少の電撃辞任、野党に肩透かし
   “捨て身”の甘利に自民に同情論
 「潔い。滅私奉公の古武士を見る思いだ」と自民党幹部が漏らしているが、前経済再生担当相・甘利明は自らを捨てて政権にとって一番ダメージの少ない選択をした。勢い込んでいた野党は肩透かしを食わされ、前につんのめった。短期的には後産のような痛みが続くだろうが、野党は景気後退に直結する来年度予算を人質に取ることは出来まい。野党が頼みとするマスコミもさらなる追及をして政権を揺さぶる動きには出まい。したがって早晩国会審議は安定軌道を取り戻し、首相・安倍晋三の支持率も大きなダメージを回避できるだろう。安倍はデフレ脱却の瀬戸際の経済や、サミットを軸とする外交、さらには夏の国政選挙に向けての基盤作りに専念できる。
 甘利の突然の辞任は報道ステーションの古舘伊知郎が「私たちマスコミはもっぱら辞任しないと読んでいた。大きく外れた」と反省の弁を述べていたが、一キャスターに「私たち」などとは言ってもらいたくない。ちゃんと見通した者もいる。それにしても朝日も読売も全国紙はおしなべて慎重な報道を続けた。というより「辞任へ」と踏み切る読みをする政治記者がいなかった。最近の政治記者はこまっちゃくれているばかりで度胸と、政治記事に不可欠な「動物勘」がない。朝日は29日の朝刊で「数日前に辞任を覚悟」と見出しを取っているが、そんなことを知っていたらなぜ報道に反映しないかと言うことだ。読売は渡辺恒雄が安倍と本社で会食するなど極めて親しいこともあってか、最初からかったるい控えめの報道であった。
 甘利の引退表明はさすがに第一級政治家としての矜恃と潔さを感じさせるものであった。「国政に貢献をしたいとの自分のほとばしる情熱と、自身の政治活動の足下の揺らぎの実態と、その落差に気が付いたときに、天を仰ぎ見る暗澹(あんたん)たる思いであります」は、田中角栄の首相退陣声明の中の「一夜,沛然として降る豪雨に心耳を澄ます思い」を思い起して格調が高い。「私自身に関わることが、権威ある国会での、この国の未来を語る建設的な営みの足かせとなることは、閣僚・甘利明の信念にも反します」はまさに「滅私奉公」の思想だ。「政治不信を、秘書のせいと責任転嫁するようなことはできません。それは、私の政治家としての美学、生きざまに反します」も文学的で、説得力がある。筆者は大和市に住んでいるが、これを聞いて次回の選挙は甘利に一票を投ずる気になった。選挙区では同情論が強く、選挙があれば大量票を獲得するかも知れない。古くは田中角栄、最近では小渕優子の大量票獲得の例がある。安倍は選挙の洗礼を経れば、再び甘利を重要ポジションに据えられる。ダブルなら甘利は半年の辛抱だ。
 様々な裏話が出ているが、朝日の話が一番面白い。安倍が「例え内閣支持率が10%下がっても続けてもらいたい」と励まし、甘利は「この言葉にかえって迷惑をかけられないと思った」というものだ。誰でも首相から「私の支持率が下がっても続投せよ」と言われたら、ヤバイと思うことは間違いない。自民党内の反応を探ると、圧倒的に甘利に対する同情論が強い。甘利はまさに「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もある」という極限の選択をしたことになる。政治資金報告に合計100万円の記載があるのだから、議員辞職の必要は無い。
 野党は民主党幹事長・枝野幸男が「これで幕引きというわけにはいかない。1週間もかばい続けた首相の責任は大きい」と感情論丸出しの反発をしているが、安倍は何も1週間かばい続けてはいない。逆に説明責任を求めている。それに1週間で辞任は最速の部類に属する。野党は閣僚辞任で振り上げた拳を降ろす場所がなくなったのが実態だ。「幕引きというわけにはいかない」のなら予算を人質に取るのか。やってみるが良い。この景気の正念場で予算の早期成立は国家的な必須課題であり、野党が審議ストップに出るなら、マスコミの矛先は野党に及ぶだろう。
 最速辞任の重要ポイントは安倍が夏の参院選挙を衆参ダブル選挙にすることが可能な選択肢を維持したことであろう。辞任しないままずるずるとダブル選挙をやれば、相乗効果どころの話ではない。衆参相殺効果をもたらし、政権を失いかねない危機に直面する可能性があった。安倍がダブルの可能性を残したのは政局運営にとって大きなプラス材料となるだろう。なぜなら自民党衆院議員の緊張感を維持出来るからだ。
 甘利の後任の元自民党幹事長・石原伸晃は、有能ではあるが、あの病気が再発しないかと心配である。あの病気とは「失言症」である。「胃ろう発言」や「金目発言」を繰り返せばまたまた大問題になりかねない。よほどきつく戒める必用がある。反安倍の朝日は社説で「幕引きにはできぬ」と吠えているが、読売は社説「政権とアベノミクスを立て直せ」で野党に内政、外交両面での建設的な論戦を求めている。


甘利辞任に思う事! Name:浅野勝人

[4730] 甘利辞任に思う事! Name:浅野勝人 NEW! Date:2016/01/29(金) 01:54 
 
甘利辞任に思うこと = 嗜欲喜怒(しよくきど)の情、賢愚皆同じ!
(社)安保政策研究会理事長  浅野勝人

「貞観十年、太宗、侍臣に謂(い)いて曰く、帝王の業、草創と守文と孰(いず)れが難き、と」
「事を起こして成就させることと、出来上がった体制を維持していくこととどちらが難しいか」という唐2代目の名君・太宗の問いは、中国古典の名著「貞観(じょうがん)政要」の存在を知らない人でも聞いたことのある問答です。

 ちなみに貞観政要とは、中国史上、理想的な統治が行われ、後世の模範とされた唐の皇帝・太宗の「貞観の治」を硬骨の史家・呉競が書き記した歴史書です。洋の東西で優れた「リーダー学」の書として重宝されてきました。

 この中に「嗜欲喜怒(しよくきど)の情は、賢愚皆同じ」(7章)という魏徴(ぎちょう)(諌議大夫(かんぎたいふ) = 皇帝特別補佐官)のことばがあります。
たしなみ 好む心。喜んだり、悲しんだりする心は、賢者も愚者も変わりありませんと言っています。違うのは「賢者は能(よ)く之を節して、度に過ぎしめず、愚者は之を縦(ほしいまま)にして、多く所を失うに至る」という点だけですと教えています。

山本七平は、著書「帝王学―貞観政要の読み方」の中で、この言葉を解説して、
  
私(山本七平)は、収賄事件を耳にするたびに魏徴のこの言葉を思い出す。というのは収賄者の中に、日々の生活に困っている人は、新聞などで見る限り皆無だからである。
 それもそのはず、賄賂をとれるのは、とれる位置にいるからであり、そうゆう位置にいる人は、必ず相当な収入があるからである。そうゆう権力・権限をもちうる位置まで昇れる人は、愚者であるはずがない。ものすごい競争に勝って一流大学に入り、さらにむずかしい試験を通って国家公務員、一流会社の会社員、大学の教授となった人たちが「愚」であることはあり得ない。だが、そうゆう人が、さまざまな事件を起こして新聞紙上に登場する。
 医大の教授が、権限に絡んで500万円受け取ったの、そのうちいくらかは返したのといった事などは、まことに不思議な話だといえる。教授の月給は決して少なくはない。さらに、聞くところによれば、特別診療による別途の収入のある人もいるという。どう考えても、生活に困っているとは思えない。そして大学の医科を出た人は、みな秀才すなわち「賢者」のはずである。
こんなことを思うと、魏徴の言葉は、まさにその通りだなと思わざるを得ない。

ものすごい競争に勝って権力・権限をもちうる位置についたという部分を、「激烈な選挙戦を勝ち抜いて国会議員になり、さらに熾烈な競争に競り勝って閣僚になった」と読み替えたら、政治家に当てはまる。

とりわけ、甘利大臣の場合は、近年、国際社会のため、国益のために優れた成果を残した超ド級の政治家です。TPPの調印式には出席したかったという発言は、痛いほどわかります。
50万円で全てを失い、ポスト安倍の総裁レースからも脱落してしまいました。
それが人間なのでしょうか。
「まことに人間とは、何とも奇妙な動物だと言わざるを得ないという気がして来る」(山本七平)
元職の立場でなくても、切ない思いのする方は少なくないでしょう。(2016/1月28日、元内閣官房副長官)

◎俳談

◎俳談
【俳句と諧謔味(かいぎゃくみ)】
 簡単に言えば重いテーマを軽く語るというのが芭蕉の言う「軽(かろ)み」であろう。例えば
秋深き隣は何をする人ぞ
秋が深まり、山野が寂しい風情になってくると、隣の物音も気になる。今何しているのだろうかと人恋しい気持ちにもなる。筆者は芭蕉が隣人の職業を気にしているというよりも、親しい隣人が何をしているのだろうかと気遣っているように句意を読み取りたい。平明な用語で全く気取っていない。「俳諧は3尺(さんせき)の童にさせよ」と芭蕉は述べているが、まさにその言葉を地で行っている。この「軽み」をさらに推し進めると「諧謔味」になることが多い。一茶は
春雨や食はれ残りの鴨(かも)が鳴く
と詠んだ。今は鴨が池にあふれているが、昔は見つければ捕って食べていたと考えられる。運良く食べられなかった鴨が春雨の中で鳴いている風景を詠んだが、みそは「食われ残り」。なかなか言える言葉ではない。
筆者もユーモアのある句は好きだ。
玄関開けて「受かったよ」と大声を上げた子供がずっこけた。
合格子上がり框(かまち)で転びけり 産経俳壇入選

◎「TPP花道」の後早期辞任しかあるまい

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◎「TPP花道」の後早期辞任しかあるまい
  政権が“深手”を負う問題ではない
 政治という猫がネズミをじゃらしているが、結局最後はネズミは食べられてしまう。これが「甘利疑惑」の本質だ。経済再生担当相・甘利明はきょう28日夕の会見で「現金を受け取った認識が無い」などと大臣室と事務所での現金受領を否定することになろう。安倍は甘利本人の説明責任は果たしたとして、来月4日の環太平洋経済連携協定(TPP)署名式への出席を認める。しかしこれはいわば「温情あふるるはなむけ」で、最後の花道となる可能性が高い。少なくとも秘書はあっせん利得罪など刑事責任を問われる流れとなって行く方向にあり、たとえ甘利自身が刑事責任は問われなくとも監督責任を問われる上に、世の模範となるべき閣僚としての道義的責任も浮上する。少なくとも閣僚辞任は避けられなくなるというのが筋書きであろう。
 27日はまるで「続投」の合唱だ。しかし安倍の続投論も条件付きと言える。「今後説明責任を果たしていただきたい」は、ある意味で突き放した表現でもある。また与党も甘利の調印出席に関して幹事長・谷垣禎一が「甘利大臣に行っていただくというのがあるべき姿」と述べれば、公明党幹事長・井上義久も「今の時点で続投は当然だ」と語っている。これら発言の背景に何があるかと言えば自公の“目配せ”だろう。「な、分かっているだろう」という無言の意思疎通が背景にあるとしか思えない。「な、分かっているだろう」をより詳しく言えば、せめて花道を作ってやろうと言うことだ。井上の「今の時点」発言は、花道の後は甘利にとって「地獄の試練」が待っているということとも受け取れる。「続投」は結局「短期続投」となる公算が高いのだ。
 永田町に流れるあらゆる情報を分析すれば、28日の記者会見では、甘利が自らの行為と秘書の行為をくっきりと分けて説明する見通しとなっている。自らのかかわりについては「記憶にない」と現金授受を否定することであろう。ロッキード事件以来「記憶にない」は主観的な表現であり、後々突っ込みようがないという法的な利便性を持っている。甘利は大臣室での50万円を「記憶にない」とか「認識が無い」とかの表現で否定するのだろう。羊羹の袋に金が入っていたことについて、こうした表現で否認するのだろう。その上で後で分かったので秘書に返すように指示したと言う可能性もある。
 しかし文春の報道によれば「社長が羊羹と一緒に紙袋の中に、封筒に入れた現金五十万円を添えて、『これはお礼です』と言って甘利大臣に手渡しました。紙袋を受け取ると、清島所長が大臣に何か耳打ちしていました。すると、甘利氏は『あぁ』と言って五十万円の入った封筒を取り出し、スーツの内ポケットにしまいました」とある。あまりにも具体的であり、“所長の耳打ち”が、袋の中に現金があることを示唆したものであることが容易に想像できる。
 一方で事務所でのやりとりについて28日発売の文春は新たな証言を掲載している。「現金入り封筒を受け取った甘利氏が『パーティー券にして』と述べると、業者側は『個人的なお金ですから』と説明し、甘利氏は封筒を内ポケットに入れた」とある。もちろんこれらの証言が当事者たちのうさんくささからいって、ねつ造である可能性は否定出来ないが、問題は国民がどちらを信用するかだ。当然28日の記者会見ではここが焦点となるだろう。甘利が言い逃れて追及を吹っ切るかどうかは全く予断を許さない。
 さらに同週刊誌で注目すべき新たな点は、告発者で建設会社「S」側の総務担当と言われる一色武が、甘利の父親時代から甘利家に出入りしていたことだ。一色は「私は二十代の頃から主に不動産関係の仕事をしており、甘利大臣のお父さんで衆議院議員だった甘利正さんとも面識がありました。明氏と初めて会ったのは、まだ大臣がソニーに勤めていらっしゃった頃かと思います。正さんのご自宅には何度もお邪魔したことがあります。甘利家とは、昔からそんなご縁があり、私は清島氏が大和事務所に来るかなり前から、甘利事務所の秘書さんたちとはお付き合いさせていただいていました」と述べている。甘利が気を許した背景が見えるようである。
 今日の会見で確定的なのは甘利が秘書の行為まで完全否定しないことだろう。おそらく「第三者を含めた調査が完了し次第発表する」で逃げるだろう。したがって記者団も深い追求は困難だろう。いずれにしても甘利は既に「一連の秘書の行動は半信半疑で嘘ではないかと思った。全く私の指示ではない。報告もない」と古典的な“秘書切り捨て”論を展開している。この結果法律専門家の間では「秘書に関してはあっせん利得処罰法違反が成立する公算が高い」という見方が強い。
 問題はこの調査がいつ終了するかだ。これが甘利辞任と密接に連動し得るからだ。ここは当初から指摘しているように安倍は「短期決戦」しか選択肢はない。野党は甘利の留任が長引けば長引くほど喜ぶ。政権追及の材料に事欠かないからだ。逆に長引くほど安倍の支持率は下がり、政権への打撃が大きなものとなる。28日の甘利の会見を契機に新聞論調は次第に甘利辞任を求めるものに変わっていくだろう。問題は一政治家のスキャンダルが国家とか政権の有り様(よう)に対する批判に発展するのを手をこまねいていてはならないということだ。甘利の早期辞任へと事を運ぶしか手立てはまずない。


◎俳談

◎俳談
【黄昏レンズ】
三夕(さんせき)の歌とは『新古今和歌集』に並ぶ「秋の夕暮れ」を詠んだ三首の和歌をいう。日本人なら「三夕」と聞いただけで、そこはかとなき哀愁を感ずる名歌だ。寂蓮(じやくれん)の
寂しさはその色としもなかりけりまき立つ山の秋の夕暮れ
西行の
心なき身にもあはれは知られけり鴫(しぎ)立つ沢の秋の夕暮れ
藤原定家の
見渡せば花も紅葉(もみぢ)もなかりけり浦の苫屋(とまや)の秋の夕暮れ
の三首。『新古今和歌集』の代表的な名歌である。今年も夕方の俳句に挑戦しようと思う。
鳧(けり)の子のけりつと鳴ける日暮れかな 東京俳壇入選
既に画壇には三夕どころか、「無数の夕刻」を表現した版画家がいた。川瀨巴水(はすい)だ。別名「黄昏(たそがれ)巴水」と呼ばれたほど、郷愁の日本の夕刻を表現し続けた。これを筆者は写真で成し遂げようと、「黄昏レンズ」を入手した。ニコン58mm F1.4だ。フラッシュなど不要の「黄昏専門レンズ」と名付けている。これで黄昏の東京を撮って歩くつもりだ。俳句も黄昏、写真も黄昏。人生の黄昏時にふさわしいテーマの追求だ。
日の落ちてとっぷり暮れて十三夜 産経俳壇入選

◎“政局の人”小沢が動き始めた

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◎“政局の人”小沢が動き始めた
   狙うは「9年周期の参院選大波乱」
 たまに新聞に名前が出ると「懐かしい」と思われる政治家がいるが生活の党代表・小沢一郎がその右代表だろう。2009年の総選挙で民主党の地滑り的な圧勝を受け、議員会館の同じ階に当選した“小沢美女軍団”をはべらせ、「今太閤」そのものだった小沢だが、現在は、政党要件ぎりぎりの衆参議員5人の党首にすぎない。その小沢がなにやら息を吹き返して動きが活発だ。「政局波乱」のにおいを動物本能で感じ取ったのか、元旦からメデイアへの「発信」を増幅させている。甘利疑惑が発生すれば、さすがに“疑惑の通”だけあって、「犯罪を構成するような類いの事実だ」と東京地検の捜査を促すような発言をしたり、まるで水を得た魚のように動きはじめた。ジンクス好きの小沢が狙うのが「9年周期の参院選大波乱・安倍退陣」だ。
 小沢の最近の目立つ動きは、「共産党シロアリ」論で、民主党代表・岡田克也の共産党接近をけん制している元外相・前原誠司との極秘会談だ。メデイアの気が付きにくい24日の日曜日を選んで会談した。発生したばかりの「甘利疑惑」が政権を直撃する事態を最大限活用して、野党の結集をはかるのがその戦略だ。会談で、小沢は参院選比例代表を野党の統一候補で戦う「オリーブの木」構想が「必ず実現する」との見通しを述べた。前原は共産党との共闘にアレルギー症状を示しているが、両者は「野党勢力の結集が不可欠」との認識では一致したという。また小沢は参院選で自公を過半数割れに追い込めば、「安倍は必ず退陣する」との見通しを述べたという。
 小沢が「安倍退陣」の根拠にしているのが2007年の参院選だ。自民党の獲得議席数は37議席と歴史的大敗を喫し、結党以来初めて他党に参院第1党の座を譲った。小沢を代表とする民主党は追い風を受け60議席を獲得し、参議院で第1党となり野党は参議院における安定多数を確保したのだ。これが結局は第1次安倍内閣の退陣に直結して、2009年の総選挙でも自民党の敗北につながり、ついに政権交代のきっかけとなったのだ。 
 09年に限らず自民党にとってツキが落ちるのが9年周期の参院選だ。その9年前の1998年の参院選はメディアの分析では現状維持か、少し上回る60議席台前半と推測されたが、自民党の獲得議席は44議席と予想を大きく下回る敗北を喫した。首相・橋本龍太郎は敗北の責任を取って退陣した。さらにその9年前の89年も首相・宇野宗佑の女性問題やリクルート事件の余波などがたたって、自民党が惨敗。社会党党首である土井たか子が「マドンナ旋風」と呼ばれるブームをまきおこし、「山が動いた」と述べたほどの逆転劇であった。自民党は36議席しか獲得できず、参議院では結党以来初めての過半数割れとなる。これ以降現在に至るまで自民党は参院選で単独過半数を確保できていない。自民党は9年ごとに大敗を喫し、首相が交代してきたのだ。3度あることは4度あるというわけだ
  要するに小沢の狙うのはこのジンクスでもあるのだ。小沢は新年会で「何としても野党の連携、大同団結を果たして、そして、参院選で自公の過半数割れを現実のものとする。すなわちそれは安倍内閣の退陣である。直接、参院選で政権が変わるということはありえないが、安倍さんが退陣せざるをえなくなることだけは間違いのないことだと思う」と断定している。そして自らの野党糾合への動きを「すぐ『野合』だとか『数合わせ』だとか、あるいは『選挙のためだ』とかいうことを言われるわけだが、選挙のためで何が悪い。選挙というのは、主権者たる国民が判断をくだす唯一の機会であり、最終の決定の機会だ」と“正当化”している。
 ただ、この小沢戦略にとって、1番の懸念材料は首相・安倍晋三がダブル選挙に踏み切るかどうかということだ。公明党が700万票の創価学会員の票の動きが複雑化するとして反対しているが、小沢は「創価学会は結局ダブルを受け入れざるを得ない」と漏らしている。その根拠として官房長官・菅義偉と学会幹部の秘密裏の接触を挙げる。事実菅は政権発足以来、創価学会副会長の佐藤浩と急速に関係を深めており、独自に公明党・学会サイドの内情を探っている。小沢はおそらく菅と佐藤の会談でダブル選挙が話し合われているとみている。ダブルとなった場合、共産党まで含めた選挙共闘が極めて困難になり、「安倍一強」が続きかねないというわけだ。こうして政界仕掛け人・小沢は73歳の年齢をものともせずに、あらゆる機会を捉えて「政局大展開」を狙い続けるのだ。


◎俳談

 ◎俳談
【いのち短し】
 吉井勇作詞・中山晋平作曲の《 ゴンドラの唄 》は森繁久弥が哀調があっていい。しかし黒沢明監督の映画「生きる」のなかで、末期がんの市役所の課長・志村喬が公園でブランコに乗って歌った姿も印象的だった。
いのち短し 恋せよ少女(おとめ)
朱(あか)き唇 褪(あ)せぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の月日は ないものを
今は胃がんくらいでは早期発見すれば滅多に死なないが、戦争直後までは死に至る病だった。だから往年の名画のなかで「明日の月日はないものを」が利いてくる。
今公園に行くと老夫婦の散歩ばかりが目立つ。皆仲睦まじい感じだ。朝の散歩だから“訳あり”の散歩はまずない。
冬麗の二人ここには誰も来ぬ 産経俳壇入選
という感じの散歩を1度はしてみたいものだ。しかし怖くて出来ない。 

◎「辞任なし」は政権直撃、野党が欣喜雀躍

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 ◎「辞任なし」は政権直撃、野党が欣喜雀躍
   甘利は事実上“死に体”だ
 詰まるところ野党の欣喜雀躍を一週間で止められるか、半年続けさせて夏の国政選挙で大敗北を喫するかの選択だ。戦後の閣僚辞任は117人。そのうち吉田内閣は最多の17人の閣僚が辞め、佐藤内閣は10人。その多くがトカゲのしっぽ切りでしのいだ。「安倍長期政権」は単に自民党の願望だけでなく、その支持率から言って国民大半の期待である。この期待を裏切るかどうかの瀬戸際が「甘利事件」である。大局から見た場合、経済再生担当相・甘利明の進退は窮まったかに見える。本人も十分分かっているだろうが甘利は、自ら辞任して「自民党政権」に“寄与”するしか選択肢はあるまい。ここは一刻でも早くその選択をすべき時だ。
 今回の事件を政治的に俯瞰(ふかん)すれば、まず野党を限りなく勢いづけた。これまで外交・経済・安保で、向かうところ敵なしの状況でまい進する政権の追及に、野党は手をこまねいていたというのが実態だ。そこに願ってもなき僥倖が飛び込んだのが「甘利事件」だ。それも通常の閣僚をめぐるスキャンダルは「疑惑」の形でスタートするが、今回は最初から「真相」が表に出て、これを突き崩す手段が見当たらないことだ。辛うじて自民党副総裁・高村正彦が「録音されたり、写真を撮られたりそのわなの上に周到なストーリーが作られている」と分析しているが、そこには「わなにかかったから仕方がない」とわずかながら甘利に救いの手を差し伸べるかのような姿勢が垣間見える。甘利自身も記者会見で「相手は隠し録音が目的。最初からいろいろな仕掛けを行っている」と述べ、これに同調している。
 しかし「わな」論は事の本質を突いているだろうか。甘利が大臣室と事務所で2回にわたり現金を受け取ったとされる場面はあまりにも生々しく、写真も残っている。それも3年前の13年から「わな」を仕掛けるつもりで接近したかにも疑問が残る。なぜなら事件の焦点は1度目に2億2000万円の保証金の取得に成功したあと、さらなるより巨額な補償交渉に向けて建設会社と甘利の秘書が動き、これが実現しないところから生じた“あつれき”と“内部分裂”にあるように見えるからだ。高村は「わな」説を述べた後、「わなだからあいまいな記憶で甘利氏が答えていれば理解してもらえる話ではない。1週間後に記憶にないという話が帰ってくることはあるまい」と突き放した発言もしている。「わな」だけでは抗しきれる話ではないことを承知している証拠だ。「わな」論は、政権側がいかに反撃材料に事欠いているかの左証ではないだろうか。維新の柿沢未途の「わなだと言い張れば、受け取っても不問にできるのか」という反論が利いてしまうのだ。
 火付け役の文春が何か「新事実」として2度目の攻勢をかけるかどうかも注目される。今週号の発売は28日だが、第2弾があれば27日にも漏れるのが通常だ。これがとどめを刺すかどうかだ。それでは今後の展開はどうなるのかだが、政権にとって1番いい選択肢は、甘利の自発的閣僚辞任だろう。閣僚を辞任して、政治資金収支報告を修正して、政治資金規正法違反を逃れる選択だ。後は例によって「秘書のやったことは関知しない」で、あっせん利得処罰法違反は秘書にかぶせる方式だ。安倍政権としてはいったん閣僚を辞任してしまえば、関知しない形を整えられる。国交省局長への商品券問題は残るが、大きな論点は辞任と同時に追及の行き場を失う。また安倍の任命責任は問われるが、甘利が閣内にとどまったままの追及とくらべれば天と地の差がある。
 最悪なのは理屈をつけて決着を先延ばしにすることである。これは野党が1番喜ぶ方式だ。なぜなら通常国会の半年間政権追及の材料に不足しないからだ。ことあるごとに「甘利事件」で国会をストップすれば良い。審議は各駅停車となって、予算や法案にも重大な影響が及ぶ。内閣支持率はじり貧となり夏の国政選挙を直撃する。これでは世論の傾向から言って、安倍が本会議で強調した内政外交にわたる“挑戦”が、国民感情への“挑戦”になってしまう。あまりにも大きなお荷物を抱えたままでは、安倍内閣の身上である軽快なる国会運営は不可能になる。要するに総理大臣たるもの、私情を捨て去ることが何よりも肝要だと言うことだ。経済再生担当相の代わりなど、自民党にはいくらでもいる。答弁に窮すれば安倍が代わりに答えてカバーすれば良い。
 それにつけても安倍政権が不祥事による閣僚辞任が多いのはなぜだろうか。長期政権では冒頭述べた吉田の場合が17人中不祥事は1人。佐藤も10人中不祥事は1人。小泉は4人中1人。中曽根内閣、池田内閣は不祥事辞任ゼロだ。それに比べて安倍政権は1次から3次までで8人中6人が不祥事辞任だ。おそらく政治資金規正法の改正やあっせん利得罪の新設、マスコミの風潮などが作用しているものとみられるが、内調などの事前調査が甘いことも原因かも知れない。   


◎俳談

◎俳談
【駄句の山にはダイヤが光る】
 「子規は自分の俳句をおろそかにしなかった。『金持ちは一銭でも無駄にしない』と言ってね。どんな句でも捨てないで書きとめていましたよ」。子規の高弟・高浜虚子の言葉である。
子規がいかに自らが生み出す俳句のすべてを愛(いつく)しんでいたかを物語る。確かにそうだ。拙句もその名の通りつたないものがほとんどだ。しかし、パソコンには駄句が「俳句命」のフォルダーに山ほども蓄えてある。新聞に採用されなくても一年後には作り直して投句するのだ。
恐ろしき昭和を見たり昼寝覚(ひるねざめ) 朝日俳壇1席
は当初
恐ろしき昭和を見たり明易し
だった。明け方の夢を詠もうとしたのだ。しかし昔日の日本兵がテレビで「昼寝をしてもビルマのジャングルの夢を見る」と述べていたのを聞いて、打座即刻に「昼寝覚」とした。駄句がダイヤモンドに変わった瞬間である。
 恐らく子規も書き留めておいた句を、時々引っ張り出して推敲していたに違いない。今はパソコンにしまっておけば、「検索一発」で昔の駄句が出てくる。

◎甘利は自発的に辞任すべきだ

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◎甘利は自発的に辞任すべきだ
  安倍は“短期決戦”で収拾を図れ
 まるで敵軍を散々に打ち破ってきた真田丸が冬の陣の終了後、破壊されつつあるかのようである。環太平洋経済連携協定(TPP)の締結など内閣でも官房長官・菅義偉と並んで「殊勲甲」に値する功績をあげてきた経済再生担当相・甘利明が、週刊文春の報道で息も絶え絶えとなっているのだ。週刊誌報道と言っても今回の金銭授受疑惑は、おおむね真実に近いとみられ、秘書はもちろん疑惑が甘利自身に及ぶことは避けられない。「泣いて馬謖(ばしょく)を斬る」という言葉がある。予算の本格審議を控えて首相・安倍晋三は短期決戦で態勢を立て直す必要がある。甘利は進退窮まった。ここは自ら閣僚を辞任して、本丸を生かすときだ。
 疑惑の粗筋は、千葉の建設会社が道路建設をめぐる都市再生機構との補償交渉で甘利側に「口利き」を依頼し、補償金2億2000万円を得た見返りに総額1200万円を献金。しかし甘利側の政治資金収支報告には一部しか記載されておらず、政治資金規正法違反かあっせん利得処罰法違反が問われるというものだ。とりわけ焦点は2013年11月に大臣室で、また2014年2月に甘利事務所で甘利自身がそれぞれ50万円を受け取ったとされる点だ。
 21日の国会審議でも取り上げられたが、甘利は建設会社社長らとの面会については認めたが、金銭の授受については「記憶があいまい」と答弁した。「記憶にない」はロッキード事件以来の国会答弁の定石だが、甘利の場合面会は記憶して金銭授受は「記憶にない」ではつじつまが合いにくい。この場合明確に否定出来ないものがある証拠だろう。 
 週刊誌報道はいいかげんなものが多いが、今回の文春の調査報道は最初から完結しているような見事さである。これは「対甘利工作」に当たった張本人である建設会社「S」側の総務担当と言われる一色武からの直接情報に基づいているからだ。一色はいつ誰と会ったかなど膨大な資料やメモ、50時間以上にわたる録音データなどあらゆる証拠を文春に提供しており、文春はこれに基づいて記事を構成している。甘利との会談についても写真や録音内容を証拠として添付しており、極めて真実性が高いものとみられる。
 甘利はこの報道が行われることを19日の段階で安倍に報告しており、21日の国会答弁はかなり練り上げた上でのものと想像される。この中で甘利は前述のように2回にわたる会談は認めたが、50万円の授受については「記憶あいまい」にとどめた。その一方で秘書については「なんでこんなことをウチの秘書がやったのか。話を聞いて驚いた」などと全く関知しない姿勢を取り続けた。この“作戦”を分析すれば、最終的には自らが政治資金報告書の訂正で対応し、秘書についてはこれまで政治家がやってきたように「秘書が秘書がのなすりつけ」で対応しようとする両面作戦のように見える。複数の専門家が秘書の場合はあっせん利得罪が成立し得るとみている。
 しかし、建設会社社長らから50万円を2度にわたって受け取り、その“カネの性格”を知らなかったでは済まされまい。秘書が危ない橋を渡っているならこれにブレーキをかけるべきところだが、自分自身も金銭を受け取ったのでは、責任を問われるのは避けられまい。こうした“好餌”を前にして、野党はチャンス到来とばかりに勇みだっている。安倍にしてみれば、来年度予算の成立、TPPの調印と国会審議、5月のサミット、7月の国政選挙という重要政治日程の流れを前にして、この場面は私情を捨てた判断をすべき時だろう。
 事実関係の明白さからいって、かばってもかばいきれないのが実態だからだ。加えて文春は国交省の局長への商品券の流れにまで言及している。事実ならば単に甘利本人と事務所の問題だけでなく、内閣全体の姿勢が問われる問題にまで発展しかねない。甘利本人は国会で「職務を全うする」と辞任を否定しているが、最近では珍しく与党内から甘利辞任論が出始めている。こともあろうに「TPP国会」で答弁の中心となる甘利はまず進退窮まったのであって、安倍はとりあえず早期の辞任を求めるのが正しい。遅くても29日頃とみられる衆院予算委前には自ら辞任するようにすべきであろう。


◎俳談

◎俳談
【愛用の品を詠む】
身の回りを見渡してみよう。必ず愛用の品があるはずだ。
ペリカンとライカの古し秋灯下 毎日俳談入選
ドイツ製品は日本製と共に信頼感がおける品が多い。その代表がカメラのライカと万年筆のペリカンだ。ライカはかつて一世を風靡(ふうび)した。木村伊兵衛はライカに標準レンズをつけて珠玉の写真を撮った。ペリカンは長い間放置しておいてもキャップを外した瞬間から滑らかに書ける。ライカはレンジファインダーだが、今ではレンジファインダーは時代遅れ。値段ばかり高くて、内容が伴わない。しかし、こうした名品が古くなって秋灯下で磨いていると、なぜか心が安らぐ。
庄内竿ちぬのしなりを見せにけり 産経俳壇1席
釣り好きの父親が愛用したのは庄内竿だ。山形県庄内地方では伝統的に磯釣りが楽しまれており、庄内藩も釣りを武門の嗜みとして奨励した。武士たちは竿に凝って「名竿は名刀より得難し、子孫はこれを粗末に取り扱うべからず」といった遺訓が残されているほどだ。魚がかかると独特の震えとしなりで獲物が何であるかを知らせてくれるという。
いまや目になりしルーペや冬日和 東京俳壇入選
丸眼鏡かけて昭和の夜なべかな 毎日俳壇1席
愛用の品を一句に詠み込むのは楽しい。こつは物そのものを詠まずに生活と関連づけることだ。

◎ロシアの窮状は領土問題前進の好機

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◎ロシアの窮状は領土問題前進の好機
  安倍は“石油暴落”の事態を活用せよ
 昨日はチャイナリスクというドラゴンがのたうち回っていると書いたが、ユーラシア大陸の北ではロシアのクマがこれまた、「熊の胆」程度では治らない重症で七転八倒の状態にある。12月に着任した駐ロシア大使・上月豊久が19日、「北方領土交渉ではロシア内政の正確な把握が非常に重要だ」と指摘したが、至言である。これを有り体に解釈すれば内政が行き詰まったプーチンが苦し紛れに領土交渉で前向き姿勢に転ずるかどうかを見極めるということになる。1世紀半前にやはりクリミア戦争で疲弊したロシアが米国にアラスカを売却した例もある。石油暴落でロシアに残されたものはあの広大な領土だけという現実を前にして、その“有効活用”は、首相・安倍晋三にとってチャンス到来になり得るものだ。
 2014年10月から下がりはじめた石油価格は、ここに来てナイヤガラ瀑布のような急降下を示し始めた。一時30ドルの大台を割って28ドル台となった。12年4か月ぶりの安値だ。プーチンが記者会見で「値下がりは一時的なもので必ず値上がりする」「少なくとも危機のピークは過ぎた」という発言を悲鳴のように繰り返しているのを、市場はまるであざ笑っているかのようである。市場には「バレル20ドルが10年は続く」といった見方すらある。
 ソ連は1970年代に石油の高騰が続いて息を吹き返し「石油国」となった。ロシアになってからも2000年代の価格高騰を追い風に国力をつけ、プーチンは政権基盤の重心を迷わず石油高騰の上に乗せて「強いロシアの復活」を標榜してクリミア併合、ウクライナ干渉と言った強圧的な軍事行動を展開した。ナショナリズムをくすぐって支持率は、恐らく官製ではあろうが、90%に達したが、最近の国民の窮状からすれば支持率の実態はまず暴落の一途だろう。賃金の不払いが続出しており、ルーブル安がインフレ率の高騰を招き、国民の生活は厳しくなる一方だ。労働者のプラカードには「プーチン、どう生きていけばいいの」といった切実なものが現れている。
 背景にはサウジアラビアと米国の対露戦略がある。端的に言えばサウジはロシアを石油市場から追い払いたいのであり、米国はその国際戦略から目の上のたんこぶであるプーチンを叩けるだけ叩いておきたいのだ。石油王国の米国とサウジが期せずしてロシア叩きで一致して、ロシアの弱い脇腹にドスを突き付けているのである。米国は議会が原油の輸出を本格的に解禁する法案を成立させ、ロシアをさらに追い込む条件は整った。これに石油大国イランへの経済制裁が解かれ、同国は石油市場に参入、ロシアはまさに四面楚歌の窮地に陥っているのだ。
 石油輸出が原油と精製石油の合計で全輸出額の55%を占めてきた
ロシアは、16年の政府予算でも大誤算をしている。何とバレル50ドルを前提に組んでしまったのだ。これが20ドル台になれば単純計算でも石油による収入半減と言うことになる。もし原油価格の低迷が続けば、国家予算は年金など社会福祉予算の削減にまで及ぶ可能性がある。プーチンは石油高を背景に年金増額など国民うけする政策をとってきたが、完全に行き詰まった。プーチン支持層の中核が崩れかねない状況でもある。
 プーチンのやせ我慢は限界に来ているはずだ。そこで安倍外交だが、
国際外交では「困ったときの友こそ真の友」は通用しない。筆者は「困ったときの友を見捨てるのが真の友」という厳しい局面をたびたび目にしてきた。見捨てる必要は無いが、利用する手はある。ここは北方領土問題を打開するまれにみるチャンスが来たととらえるべきであろう。プーチンはサミット前の安倍の訪露をモスクワでなく地方で実現したい意向を示している。おそらく極東方面の都市が念頭にあるのだろう。場所は何処でも良いが、どうも対露外交が受け身になっていないだろうか。会いたいというから会ってやるというプーチンの姿勢が場所ひとつとっても鼻につくのだ。
 会談を繰り返すことには意義があるが、別に会ってくれなくてもG7サミットの議長国としての立場が損なわれることもない。ロシアの意向がG7に反映されないだけのことである。ロシアの閣僚の居丈高な北方領土をめぐる発言や国防相・セルゲイ・ショイグの「国後・択捉で軍事基地建設」発言などに対して、政府は通り一遍の反応でなく、厳しい反論を展開すべきであろう。プーチンにとって領土で日本にいい顔をすれば、確実に支持率が下がる。クリミア併合で爆発的に支持率を上げたことからいえば、国民のナショナリズムを刺激することは目に見えているからだ。しかし、自国の経済が息も絶え絶えになってくれば話は別だ。ここは背に腹は代えられないところまでロシアが弱るのを見極める時だ。その時期はそう遠くはないと思う。安倍は北方領土で物欲しげな顔をせずに、領土を返して平和条約を締結すれば極東から“夢”が生じて来るような構想を提示するのだ。

◎俳談

◎俳談
【日日の生活を詠む】
 定年で退職すれば悠々自適の生活が待っているかと思えば、筆者の場合、自らに課した政治評論と俳談で毎日5千字の原稿書きで超多忙だ。書き上げると爽快感があるからやっているが、
鴨来しと聞けば見に行く暮しかな 産経俳壇入選
にはほど遠い。しかし「野鳥撮影命」の人だから、時間を割いて近くの森に通う。今日撮ったのがアオサギの飛翔の写真だ。秒11枚の連射でバリバリと撮る。
日常生活を詠む俳句は気負いが要らなくてよい。そのままを素直に詠めば結構新聞が採ってくれる。
玉葱に涙などして暮らしゐる 産経俳壇1席
といった具合だ。
葱刻む平穏いまだ続きをり 毎日俳壇1席
こんなに平穏でいいのかと思って作ったが、やはりその平穏は続かなかった。人生波瀾万丈である。
青梅(あおうめ)の丸薬ほどを見に庭に 産経俳壇1席
梅の木に梅の実がなるのは当たり前だが、「丸薬ほどを」の措辞を見つけたのが成功した。

◎相次ぐ安倍シンパの再増税延期論

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◎相次ぐ安倍シンパの再増税延期論
   上海株下落が日本経済直撃の構図
 昨年夏のバブル崩壊後巨大なるドラゴンが、地響きを立ててのたうち回っている。チャイナリスクというドラゴンだ。そのあおりを一番受けているのが日本の株式市場だ。19日は中国のGDP発表と連動した上海株への当局の介入もあってやや持ち直したが、下げ基調は代わらないという見方は強い。首相・安倍晋三は消費増税の再延期について「リーマンショックや大震災級のショックがない限り引き上げる」と突っぱねているが、いまや年初来の株安は10営業日で一時2000円を超え、08年のリーマンショックの3616円、00年のITバブル崩潰の2698円に迫りかねない流れも出てきた。そもそもの原因は消費増税の8%への引き上げに根ざしているという見方が強いが、これをさらに10%にしたらどうなる。安倍は「増税に耐えうる経済を作る」と強気だが、だれがみてもアベノミクスは再度の増税には耐えきれないという見方が強い。
 奇妙なことに安倍のシンパほど消費増税再延期論が強い。昨年の延期に関しては安倍側近が事前誘導の先陣を切ったが、今度は外部から延期論が出ている。まずマスコミでは安倍大好きの産経が15日の朝刊一面トップで「安倍晋三内閣はきっぱりと来年4月からの消費税再増税中止を宣言し、GDP600兆円早期実現への道筋を示すべきだ。」と報じた。さらに加えて安倍政権とはツーカーの大阪府知事の松井一郎は18日、消費税再増税について「増税の時期は今ではない。デフレを完全に脱却するためにも、来年4月に増税する必要なしとの立ち位置でいく」と明言した。シンパの再延期論は安倍の胸中をおもんばかって“誘い水”を流しているのだろう。おおさか維新は夏の参院選挙の公約に増税延期を掲げる方針だ。筆者も安倍シンパではなく中立だが新年早々にトップを切って「安倍は、『消費増税再延期』で国民の信を問え」と書いた。このままでは安倍が好むと好まざるとにかかわらず消費増税再延期問題が夏の選挙の最大の争点の一つに浮上する可能性がある。
 専門家の間でも「現在の株価が下落を続ければリーマンショック級になると思う。消費再増税は躊躇せずに延期した方が良い」「先送りすべきだ。間違いなくファンダメンタルズが悪化している」といった声が強まっている。そこで上海株の下落が続くかどうかだが、ウオール街筋のみかたでは「現在2900ポイントの水準が少なくとも均衡水準の2500ポイントまでは下げる」という見方が強い。下げ続ければ日本株も影響を受けざるを得まい。
 その原因には中国の実態経済の悪化と原油安がある。19日発表のGDPは6.9%で国家統計局長の王保安は「6.9の数字は際立って秀でており、世界でも上位に位置するものだ」と胸を張ったが、その姿がどこか馬鹿げて見えたのは筆者だけではあるまい。この数字をそのまま信用して「政府目標にほぼ達した」などと社説に書いているのは親中国の朝日新聞だけだ。専門家の間では「大本営発表を額面通りに信じている人は市場では極めて少ない。実勢は4~5%ではないか」とする見方が圧倒的だ。専門家によっては「市場暴落の先送り策だ」という厳しい見方すらある。事実相手国があってごまかせない2015年の中国の貿易総額をみれば前年比8.0%の減であり、これはリーマンショックで落ち込んだ09年以来6年ぶりの前年比マイナスだ。加えて「元安」は底が知れないという指摘があり、中国政府は介入するが外貨準備は減少の一途だ。まだ3兆3000億ドル程度あるから通貨危機になる気配はないが、不安材料であることは間違いない。
 この中国の景気低迷がもたらす原油需要の減少などが、原油安を直撃しており、産油国は資金不足となってオイルマネー回収に出るという悪循環をもたらしている。日本の株価の下落はこうみてくるとすべて「のたうつドラゴン」に起因することになり、そののたうちはそう簡単にはやむことがない。中国経済は危険水域に入りつつあるとみるべきであろう。したがって安倍はこれまでやってきたように日銀を促して金融緩和政策を早めに打ち出すのはもちろん、リーマンショックになるのを待たずに、“準リーマンショック”の段階で消費増税を再延期して、筆者が新年に書いたように「消費増税延期」をテーマに衆院を解散してダブル選挙を実施すべきではないか。そうでもしない限りGDP600兆円の達成は夢のまた夢になりかねない。


◎俳談

 ◎俳談
【語彙(い)を蓄える】
 俳句の根幹は言うまでもなく言葉である。言葉の善し悪し、その用い方で一句の良否が決まる。語彙が豊富なほど多様な表現が可能となる。
  語彙を豊富にするにはどうするか。言葉を貯金することである。貯金するためには稼がなければならないが、いかに稼ぐか。丹念にメモすることである。それも俳句モードでメモする。思いついた言葉や、テレビドラマでも詩歌でも歌謡曲でも目に見え耳に聞くものすべてをメモする。そして新しい言葉を発見することである。
  この貯金した言葉を時々見ているといろいろな想像が湧いてくる。
 例えば「四角のビル」という、人間の疎外のような言葉をテレビの哲学講座で蓄えたとする。
爽やかや四角のビルより退職す 東京俳壇1席
という形になる。
「嵌め殺し窓」を貯金したとしよう。おりから梅雨の入りの走り梅雨である。空想をふくらます。そんなときテレビにお寺が映った。
  禅寺の嵌め殺し窓走り梅雨
となる。
 「初夏を吐く」という詩的な言葉を思いついた。大事に熟成して
 初夏を吐く浅蜊蛤海坊主
 「楽剃り」。信仰心からでなく軽い気持ちで剃髪することである。
 楽剃りのご隠居目立つ夏祭り
 と言った具合だ。言葉を大切に貯金して、これをいつか取り出そう。
  ただ言葉の発見は新鮮でないといけない。手垢のついたことばなどいくら貯金しても無駄だ。
 例えば「カンナ燃ゆ」。カンナは常に燃えている。これを詩的と思うようでは俳句を辞めた方がいい。詩の世界ではむしろカンナは凍らせた方が新鮮だ。

◎岡田の急旋回で共産党の思惑破たん

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◎岡田の急旋回で共産党の思惑破たん
  重鎮引退で民主右傾化の兆候
 酔って肩組んで一緒に歩いていると足をかけられると言うのが永田町だが、こともあろうに共産党委員長・志位和夫が民主党代表・岡田克也に引っ掛けられ、仰向けにすっ転んだ。昨年までは誰がみてもちょっと薄気味悪い“秋波”を志位に投げかけていた岡田だが、急旋回して共産党から離れた。岡田は共産党の主張する国民連合政府はもとより、その前提になる参院選での選挙協力にもつれない姿勢を示しはじめた。18日で代表就任1年目を迎えた岡田に袖にされて、志位の立場はない。もともと危うい小沢一郎の口車に乗って「岡田氏を信頼している」と「選挙協力路線」を突っ走った志位は、党内的に路線転換の責任を問われる恐れがある。
  しびれを切らしたのが共産党書記局長・山下芳生。18日「前提条件なしにとにかく協議を開始すべきだ」と“逆秋波”を送っているが、岡田からは芳しい返事はない。むしろ岡田は協議開始に慎重だ。岡田が一段と右傾化路線に戻りはじめたのは16日放映のBSテレビだ。ここで「野党統一候補が共産党の支持を受けた結果、票を減らす可能性もある」とまで言い切った。もともと民主党内には右派から「共産党の支援を受ければ2万票もらって3万票が逃げる」という批判があった。岡田は昨年の安保国会直後は、共産党でなければ夜も日も明けない姿勢を取っていただけに、この豹変ぶりはあっけにとられるほどだ。岡田は選挙協力について「市民団体が呼びかけて候補を立て、我々が推薦する。共産党が推薦するかどうかは言う立場ではない」と、素っ気ない。要するに2009年の総選挙では、民主党躍進を感知した共産党が自主的に候補擁立を控えた例があり、これに戻ろうというわけだ。共産党の自主的な降板方式だ。
 志位が怒り心頭に発しているだろうと言うことは想像に難くないが、安保法制反対で国会前で一緒に手をつないだからと言って、小沢の口車に乗って自民党政権打倒のための国民連合政府と選挙協力をぶち上げた共産党も甘い。通常国会では異例の開会式に出席するという柔軟路線まで示してみせたが、今からみると、まさに「いじましい」限りであった。
 岡田が方針転換した背景は大きく言って三つある。一つは党内の右派の攻勢である。元国家戦略相・前原誠司は、共産党との選挙協力について「私は選挙区が京都なので、非常に共産党が強いところで戦ってきた。共産党の本質はよく分かっているつもりだ。シロアリみたいなものだ。ここと協力をしたら土台が崩れる。」と“共産党シロアリ”論を展開して反対。政調会長・細野豪志は「解党要求」をぶち上げ、元外相・松本剛明にいたっては離党した。松本の離党は岡田にとって相当なショックだったようだ。
 第二の理由は左派の長老、重鎮の相次ぐ引退表明だ。日教組で参院副議長の輿石東、リベラル系の江田五月、労組出身の直嶋正行らが引退表明したのだ。とりわけ、輿石は小沢と近く、陰に陽に民主党に左傾化圧力をかけ続けてきた。この重圧が取れるのはもともと右寄りだった岡田にとって、都合の良いこと限りがない。
 第三の理由は民主党最大の支持団体・連合からのブレーキだ。岡田と15日に会談した会長・神津里季生は「最初から共産党が応援の輪の中にあるというのは違う。候補者を後から共産党が応援することはあるかもしれないが」と岡田の共産党との共闘にクギを刺した。岡田と神津は「共産党のイニシアチブ排除」で一致したのだ。さらに両者は首相・安倍晋三がこの夏ダブル選挙に打って出る可能性が濃厚であるとの見通しで一致。「ダブルをやられたら野党共闘はぐちゃぐちゃになる」との判断でも合意した。
 ただし、民主党は2009年の方式を共産党が進めるように促してゆく方針だ。民主党躍進をもたらした原動力の一つが共産党がかなりの選挙区で候補を立てなかったことにある。共産党の支持者の8割程度が民主党に投票すると言う結果を招いているからだ。したがって、「共産党の自主的立候補辞退」方式が成功すれば、参院選だけのシングルでは、自民党が大きな影響を受けることは確実だ。


続々「友とのメール」その③ Name:浅野勝人

続々「友とのメール」その③ Name:浅野勝人 MAIL NEW! Date:2016/01/18(月) 11:26 
 
抜粋 ― 続々「友とのメール」その③
安保政策研究会理事長 浅野勝人
極似 = 頼朝 と 太宗 (唐2代皇帝)

英明さん、文豪・吉川英治が父親でなければ書けない生き証人のコメントを有難うございました。まことに貴重なメールをいただきました。

義経と泣きの涙で別れ、都に残った静(しずか)御前(ごぜ)(義経の側室)は、頼朝の命で身柄を鎌倉に送られます。かの女は義経の子を身籠っていました。
静を預かった安達新三郎は、「女子なれば、構いないが、出生の子が男なれば、処分を要する」という頼朝の底意を知っています。

「・・・あわれ、女子であれよ。産まれるお子が、女子でさえあれば」と安達は人知れず、祈っていた。
― だが、月満ちて、生まれた子は、男であった。
やがて、頼朝の内示があった。
「― 反逆人義経の胤(たね)、男子とあっては、将来の禍(か)因(いん)。芽のうちに摘むを可(よし)とする。襁褓(きょうほう)(むつき)にくるんで、由比ヶ浜に投げ捨てよとの御諚(ごじょう)である」と厳達された。
「こよいの、うちに」
と、事も急な、厳命なのだ。(19巻、216頁)

家の子郎党が櫓を漕ぐ小舟に乗った安達新三郎は、重石(おもし)を海に投げ捨てて、「重石をつけ、沖に沈め参らせた」と検視の武者たちを誤魔化して、赤子を助けます。
そして、浜辺で自害しようとする静を止めて、「これだけは、天地にちかって、たれにも告げまいとしていた一事を、かれは、静にだけもらした」
まもなく、かの女は、この砂丘から、姿を消していた。(238頁)

作者は、その一部始終を、旅の途中、近くで野宿していた西行法師に見届けさせます。

「・・・げにも、こよいのお立場は、生涯の御難儀でもありましたろうに、ようありがたい御処置をとられたものかなと、あの木陰にて、伏し拝まれていたことでございました。-さきに、ここを立ち退いた静御前が、再生の光に会うたのはいうまでもありますまい。いつまで続く来世のやみかと嘆かれていたわたくしなども、ああまだ世は廃(すた)りきったわけではない。おん許(もと)のような御仁もおられると、人事(ひとごと)ならず、うれしくて、お礼を申しあげずにはおられませぬ」

吉川英治は、好きな歌を詠みながら流浪の旅を続ける西行法師に、主君の命に背いて義経の胤を助けた安達新三郎清隆を「一場(いちじょう)の浄土」と称賛させます。

李(り)淵(えん)は、文武に優れた3人の息子の力添えで唐王朝を建国して、初代皇帝「高祖」となります。ところが、建国早々の王朝は、皇太子の李(り)建(けん)成(せい)派と次男の李(り)世(せい)民(みん)派に分かれて、激しい勢力争いが起こります。人望の厚い皇太子は、帝位を継ぐことを約束されていましたから、李世民は兄を亡き者にしない限り帝位を奪うことができません。

李世民はクーデターを決意します。参内する兄・李建成と弟・李(り)元吉(げんきち)を待ち伏せして、だまし討ちにします。李世民は兄と弟を殺したばかりではありません。兄と弟には、それぞれ5人の子がいましたが、1人残らず殺してしまいました。中国史で知られる「玄武門の変」(626年6月)です。

李世民は、父親を退位させて、唐王朝第2代皇帝に即位して「太宗」と名乗り、元号を貞(じょう)観(がん)元年と改めます。
ところが、皇帝となった太宗は、公平な人材の登用と質実な政治姿勢を貫き、果敢な決断力を駆使して善政を施し、唐289年の礎を確立します。中国では、在位23年に及んだ「貞観の治」は理想的な時代と評価されており、太宗は名君の一人に数えられています。後に、歴史家呉(ご)兢(きょう)が太宗の政治理念をかいた「貞観政要」は、古今を通じた名著です。(詳細:浅野勝人著「北京大講義録 日中反目の連鎖を断とう」<NHK出版> 第7章:草創と守文と孰(いず)れが難き)
ただ、太宗が中国で“いまいち人気がない”のは、兄弟殺しよりも、ふたりといない美女だった弟・元吉の妻だけ助命して、自分の妃にした「弟の女房簒奪者」が原因のようです。

平清盛と常盤御前のような例は、洋の東西を問わず、間々あるのでしょうか。

頼朝は、あの時、13才の己が命を助けた清盛を反面教師として冷徹に生き抜きますが、同時に太宗の生き様を学んだのではないか。頼朝は確実に「貞観政要」を読んでいます。唐王朝が長期政権を維持した理念を鎌倉政権140年の教訓にしたにちがいありません。

政治家、頼朝と太宗は似ていすぎます。
続々「友とのメール」終わり(2016/1月18日、元内閣官房副長官)

続々「友とのメール」その② Name:浅野勝人

4713] 続々「友とのメール」その② Name:浅野勝人 MAIL NEW! Date:2016/01/15(金) 09:14 
 
抜粋 ― 続々「友とのメール」その ②
安保政策研究会理事長 浅野勝人

新平家物語 = むさぼり読みました!

読了しました。暇を見つけては、むさぼり読むこと50日。
「日本人に生まれてよかった」
これが、新平家物語を読み終えた“私の読後感”です。
作者の知性と読む者の思いが1行ごとに交叉して、自分が日本人であることをかみしめさせてくれました。
一行一句疎(おろそ)かにしない15万行に出会えたのは幸せでした。

壇ノ浦の最終場面で、源平双方の総大将が対峙します。

義経が、つと進んで、相手の眸(め)へ、その全姿を与えたとき、知盛もわれから少し歩み出ていた。星明りの下、およそ10歩ほどをおいて二人は相見た。どっちの顔もその夜の夜空のようにぬぐわれていた。なんらの敵愾心(てきがいしん)や恨みを残している風でなかった。
「権中納言(著者註:知盛)どのとは、其許(そこもと)にてあるか。さても、きょうはよく戦われしも、お志も空(むな)しゅう、さだめし残念なことでおわそう。- 名をいうも恥と仰せあったが、さすが入道どの(著者註:平清盛)のおん名はけがし給わぬ軍(いくさ)をなされしよ。義経こそ、ただ潮(しお)幸(さち)に乗って勝ったるまでのこと」
「その仰せ、勝者のお口より伺うこととて、一しお欣(うれ)しく存じ侍(はべ)る。おなじ敗るる軍、亡(ほろ)ぶ平家の運命(さだめ)ならば、其許のごとき大将の手にかかりしは、せめて一門の者にとっても菩提の扶(たす)けとなり申さん。この知盛までも、今は思い残す何事もない」
「いや、すがすがと仰せあれど、お心の底は察し入る。義経にさえ、恨み多き戦の始末であったものを。・・・かばかり、罪なき人びとまでを、死なせんとは、本意でもなかったに」(17巻、290頁)

源(げん)判官(ほうがん)義経と言葉をかわし終えた知盛は、錨を抱いて海中に消えます。
平家のダメ公(きん)達(だち)の中にも武士(もののふ)はいた。
両者のやり取りに武士道の萌芽を見て、日本人のすがすがしさを秘かに誇らしく思いました。

吉川英治が新平家を書いた頃は、敗戦の荒廃からやっと立ちあがって、復興から高度成長に向かおうとする時期と重なります。
吉川英治は、おそらく、戦争の悲惨な代償がどれほど無辜(むこ)の人々を苦しめ、戦後の後始末が勝者にとってさえ、なんとむなしいものか、
新平家物語は、「戦争の愚かさ」と「平和の尊さ」を書き綴ったメッセージだったと私は確信します。

貴兄が歌舞伎で一番好きという20巻の「安宅(あたか)ノ関」「安宅ノ関・その二」「野々市(ののいち)殿」「勧進帳(かんじんちょう)」の武蔵坊弁慶と関守の冨樫左衛門尉(とがしさえもんのじょう)泰家との丁々発止のやり取りと暗黙の心の交流は、興味深く読み返しました。ことさら、都落ちして逃避行を続ける義経一行への作者の思いが滲(にじ)んでいます。
 
あれこれ、思い合わせると、自分も、何かの宿縁に、(著者註:義経と)つながっている一人と思わずにいられない。泰家は、さっきから、涙を外に見せまいとし、そのため、いっそう容儀(著者註:姿勢を正しくすること)をかためていたのであった。
そして、ひそかには、問答坊(著者註:詰問役の坊主)に対する弁慶の答えが、見事とも、賞(ほ)めてやりたいほどに思われていたのである。ほっと、自分までが、救われた気がしたのだった。(20巻、275頁)

10名足らずで逃避行を続ける義経、弁慶の一行を、首取るまで追求の手を緩めない腹違いの兄、頼朝の「義経恐怖心」がだんだんと分かってきます。若い戦略の天才、作戦・戦闘の名人、生死を共にする腕っこきの側近、人望厚い行政官に対して、なぜ、戦わずして都落ちしたのか、兄との戦闘だけは避けたい義経の理想主義を理解できない頼朝にとっては、いずれ台頭してくる唯一の強敵としか映りませんでした。

保元、平治の乱から一ノ谷の逆落とし、屋島、壇ノ浦に至る悲惨を極めた必然的な源平決戦よりも、義仲、頼朝、義経による源氏の骨肉の争い、内ゲバにむしろ哀しい人間の性(さが)を見て、心が痛みました。
本来、勝ち目の薄い戦闘にことごとく圧勝した“ 戦(いくさ)の名人義経”は、「願うらくは、戦なき国で暮らしてみたい」と念じます。

「それが、義経を勝者から敗者へと転落させていく。戦うことを止めた義経の生き方は、覇者を握った頼朝の側から見れば、みじめな敗北であったものの、文化史的な観点からは圧倒的な『勝利』だった。なぜならば、義経は政治的な『勝者』から『敗者』への変貌のプロセスで、珠玉のような武士道を生み出したからである。」という各巻の終わりに書評を書いている国文学者・島内景二の解説に100パーセント満足します。だから、日本人は誰もが義経の贔屓(ひいき)で、「判官(ほうがん)贔屓(びいき)」という造語を生んだのだと思います。

貴兄が、本文もさることながら、各巻ごとの島内景二氏の書評を
ゆるりと味わってほしいといった意味が分かりました。

行きがかり上、古典「平家物語」を遮二無二読まざるを得なくなりました。幸い、半世紀前、駆け出し記者の頃、安月給叩いて買いそろえた「国民の文学」(谷崎潤一郎、川端康成監修、河出書房新社)全18巻のなかに中山義秀訳の平家物語が、保元物語、平治物語と一緒に収録されています。
なにか、肩の荷を下ろした気分です。(2016/1月14日、浅野勝人)



ツボを押さえて読んでくれました!
 
これまでのお付き合いの経験から、貴兄の読書のスピードは凄いものだと感じていましたが、さすがに暮れの繁忙期の全20巻は大変だったようですね。それでも丁寧な読後感を拝読し、ツボを押さえて読んでくださったと感謝しています。
 
「新平家」は、私が中学一年の時から大学二年までの7年間という長期連載でした。戦後5年間、長編らしい小説はほとんど書かずに構想を練ったうえで、ある種の覚悟を抱いて書いたのが新平家です。ですから「戦争と平和、そして人の世の幸せとは何かというテーマを、800年前の戦乱の時代に塗りこめた大作を書き綴る」という意気込みを持って臨んだようでした。
 
「武蔵」を書いていたころの父の書斎の姿というものは記憶にないのですが、「新平家」執筆時代の父の仕事ぶりは、私自身の少年期から青年期にかけてのものだけに、強烈な印象を持っています。
 貴兄の「一行一句疎かにしない15万行に出会えたのは幸せでした」というご感想、何よりも有り難く、感謝します。(2016年1月15日、吉川英明)
(吉川英明氏は文豪・吉川英治のご長男。半世紀余り前、浅野とNHK同期の記者)

<註> 友とのメールは、浅野勝人著「融氷の旅」(青灯社) 3章「ネット随想:友とのメール」などがある。

◎俳談

◎俳談
  【打座即刻の重視】
  俳句は「その瞬間」を詠む詩である。したがって過去形は極めて少ない。たとえ過去を詠んでも過去形にはならない。
 ◆翡翠の一直線なり一途なり 杉の子
  見たのは以前であっても現在形である。この作詩形式を石田波郷は打座即刻の詩(うた)と形容した。ぽんと膝を打つ瞬間であるというのだ。
◆白魚の四つ手に跳ねて発光す 東京俳壇入選
四つ手が上がったその瞬間を詠んだ。
  五七五が最短詩に昇華するには、常識と時の流れを切断しなければならない。切断して今現在という、目の前にある間一髪の現象を捉える。芭蕉の言に寄れば「間を入れぬ」判断である。
◆古池や蛙飛び込む水の音
にも
◆閑けさや岩にしみいる蝉の声
にも打座即刻の妙が詠われている。
  「間を入れぬ」判断とは、ひらめきと直感であろう。眼がものを見て、脳に伝え、その瞬間詩情が働く。働かなければ働くように訓練する。これが作句のポイントである。
◆その刹那初蝶鵯(ひよ)を躱しけり 杉の子

◎こんな質問で臨時国会を要求する資格はない

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◎こんな質問で臨時国会を要求する資格はない
   民主共産は味噌汁で顔を洗って出直せ
  一瞬耳を疑ったばかりか、あまりの節度と品格の無さに怒りがこみ上げるのを抑えることが出来なかった。衆院予算委で首相・安倍晋三に「拉致を使ってのし上がったのか」とただした民主党の緒方林太郎の質問である。半世紀国会質疑を聞いていてこれだけ悪意に満ち、人間を落としめる質問に遭遇したことがなかった。年を取るとテレビに向かって怒鳴っている人が多いが、思わず「黙れあほう!」と怒鳴った。民主党はこんなことをただすために臨時国会の開催をを要求したのだろうか。それならば、開催などせずに安倍が慰安婦問題の解決や外交に専心した事の方がよっぽど正しかった。通常国会序盤の質疑は、おしなべて民主党や共産党の質問のレベルが低すぎて聞くに堪えないものが多かった。とりわけ緒方質問の場合は、予算委理事が即座に委員長に対して質問の停止を求めてもおかしくない程の質の悪さであった。自民党理事たちも、何のために委員会に座っていたのだ。ぼけたのかと言いたい。
 緒方の質問は拉致被害者の蓮池薫の兄で家族会元事務局長の蓮池透の著書「拉致被害者たちを見殺しにした安倍晋三と冷血な面々」(講談社)を引用した。本の記述をそのまま使って「今まで拉致問題はこれでもかと言うほど政治に利用されてきた。その典型例が安倍首相によるものである」などと「拉致のし上がり」論を執拗(しつよう)に展開した。聞いていて異様だと思ったのは自分の言葉を使わずに本の引用で質問を繰り返した点である。安倍が父晋太郎の秘書当時から拉致問題の解決に必死に取り組んでいたことは、国民の多くが知るところである。とりわけ小泉内閣の官房副長官時代は、いったん帰国させた五人の被害者を絶対に北に戻さないと言う一線で尽力したことも有名である。
 にもかかわらず事実無根に満ち、まるで北の宣伝と日本の世論分断に乗ったかのようなレベルの低い本を、鬼の首でも取ったかのように取り上げて質問を繰り返したのだ。他人が書いた悪質な文章を金科玉条にして質問するのなら、小学生の作文をネタに、国会で質問することがまかり通ることになる。さらに緒方は安倍が慰安婦問題で朴槿恵に陳謝したことも取り上げて、委員会でも陳謝の言葉を述べるように要求した。安倍が「今後何回も取り上げられれば、終わる事がない」として、拒否したのは当然である。この質問にも安倍をおとしめる意図が見え、聞いていて「嫌らしさ」が先に立った。いやしくも日本政府のトップに対して、「朴に謝ったのなら国会でも謝れ」は、侮辱と屈辱を絵に描いたような発言だ。やくざのゆすりのような質問であった。民主党政権では手も足も出なかった問題が、ようやく解決にこぎ着けたことはさておいて、首相に「謝れ」はない。総じて緒方の質問には病的なまでの異様さと執拗さが感じられ、なぜか史上最低の首相ルーピー鳩山を思い出した。
 このような質問者を立てる民主党のレベルの低さは、山尾志桜里の質問でも目立った。安倍が「妻の収入が25万円の場合の家庭」を例に挙げたことに噛みついて「妻の収入が25万円というのはパートの実態が分かっていないと」何度も繰り返したが、安倍は別にパートの収入の例などとして挙げていない。自らの妻が働いていたことを仮定して計算の土台としたのであり、質問はまさに“いちゃもん”である。山尾は検察官だが、検察官のレベルというのはこの程度かと思わせた。安倍が「こうした質疑ばかりでは民主党の支持率は上がらない」と嘆いたのももっともだ。
 共産党の笠井亮の質問でも北の核実験について「軍事対軍事の悪循環は危険だ。安保法制は廃案こそ重要だ」と発言したから、当然安保関連法を追及するかと思ったが、なぜか答弁は求めず、そそくさと次の質問に移った。明らかに北の核実験が安保法制の正しさを証明するものであることから、深く追及すれば安倍に逆手を取られると思って逃げたのだ。共産党らしい卑怯なやりくちだ。
 総じて国会論戦序盤の質疑は野党のレベルの低下が目立った。昔の社会党は安保問題で岡田春男、石橋政嗣、飛鳥田一雄など「安保七人衆」が活躍して自民党政権を追い込んだものだ。とくに「おかっぱる」と呼ばれた岡田春男は自衛隊による「三矢研究」の極秘文書をすっぱ抜き政権を震撼とさせた。まるで「出ると負け」で、えげつない今の野党質問とは雲泥の差があった。
 これに対する安倍は、徹底的な反論を冷静に展開している。茶の間からみれば素人が聞いても安倍の主張に利がある事が分かる。時々脱線して辻元清美に「早く質問しろよ」と言ったかと思うと、閣僚の献金問題を追及する野党議員に「日教組どうするの」とヤジで切り返したりするが、これはこれで面白いと思う。首相だってヤジを飛ばしてもいい。首相のやる気が伝わるし、国会論議が活性化する。だいたい議会政治の源流であるイギリス議会ではキャメロンがしょっちゅうヤジっている。さすがに野党議員を「ぶつぶつ言うバカ」とヤジった時は、撤回させられたが、首相の人間味が表れて面白い。
 日本で「バカヤロー」とヤジった吉田茂は解散に追い込まれたが、安倍も時期が来たら緒方などを「バカ」とヤジって、ダブル選挙に持ち込んだら面白い。国会議員は憲法51条で国会内での演説では免責特権が認められている。一方で国会法第百十九条には「 無礼の言を用い、又は他人の私生活にわたる言論をしてはならない」とある。緒方は明らかに「無礼の言の人」であり、懲罰の対象とすべきではないか。


続々「友とのメール」 その① Name:浅野勝人 MAIL


[4710] 続々「友とのメール」 その① Name:浅野勝人 MAIL NEW! Date:2016/01/14(木) 11:22 
 
抜粋 ― 続々「友とのメール」 その ①
安保政策研究会理事長 浅野勝人

新平家物語 = 後で気付いた! 見のほど知らずの約束
吉川英治著「新・平家物語」(新潮文庫)20巻を目の前にずらりと並べて、正直のところ怖気づきました。これを年明け早々には読破するなんて、軽々しく、貴兄と身のほど知らずの約束をしたものだと、当初は不安でした。
公職を退いて5年経ち、公式行事の誘いはめっきり減ったものの、昔ながらの関わりや付き合いが、毎日の生活をそこそこ忙しくしてくれます。そんな日常ぶりから逆算して、うかうかしてはいられないと覚悟を決めて読み始めました。
 
ただいま、やっと半分(10巻)読み終えました。
今は、勧めていただいたことをホントに感謝しています。
貴兄から、父の著書を読んでいただけるのなら、まず「新・平家物語」をお勧めするといわれなかったら、国民文学、最高峰の大河小説の存在を知らないまま、人生を終えるところでした。危うかった!

保元、平治の乱に勝利して、栄華を極めた平家の全盛期が大きく後退、下り坂に入った時期に逝った入道清盛は、忌(いまわ)の折、ほっと吐息を漏らしました。

20年余の昔、平治の合戦も片付いたあと。
もし、あの時、虜囚の一少年を、死刑に処していたら、今日の憂いは、起らなかったにちがいない。まさに、平家にとっては、千慮の一失とも申すべきか。
これは一門の声である。
けれど、入道清盛の本心は、別にあった。一門のすべてが、口をそろえて「あのとき、頼朝を生かしてさえおかなかったら・・・」といっている後悔とは、根本から考えがちがっていた。
どのみち、世に、栄栄盛盛など、ありえない。咲いた花は必ず散る。栄枯盛衰が自然なすがたなのだ。まして、自分の亡(な)い後、平家がなお弥栄(いやさか)えていこうはずがない。
かれは、こう、結論をもっている。(新・平家物語、10巻、209頁)

「吉川英治の『新・平家物語』は、20世紀の日本が敗戦のショックからいかに立ち上がるべきかを主題としていた。だから、新・平家物語は古典文学である『平家物語』の舞台を借りた、新しい現代劇だった。現代人と現代社会は、吉川英治の描く歴史絵巻と共鳴し、共振している。」

各巻末に評論を書いている国文学者、島内景二の解説に共感します。

ところで、アレ、なんのきっかけで、こうゆうことになったのでしたっけ。
それに、お礼を申し上げるのを失念するところでした。新潟から見事な「白鮭」をご手配いただきました。有難うございました。

貴族社会を力でこじ開けて武家社会へ転換した入道相国清盛の時代から、平家の滅亡を経て、義経の都落ち、逃避行追捕(ついぶ)へ展開が始まります。全巻読み終えたら、感想を報告します。
寒さに向かいます。ご自愛ください。(2015/12月20日、浅野勝人)


真(ま)に受けたのですね ― 喜んでもらえればうれしい! 

わざわざ中間報告、痛み入ります。真に受けたのですね。まことに恐縮です。貴兄には、日頃から頂き物ばかりしています。ほんの気持ですが、あの鮭は本当に美味しいですよ。
 
ところで、「アレ」って、僕が新平家を薦めたきっかけのこと? 
アレは、貴兄が北陸の粟津温泉へ講演に行って、私が、歌舞伎の中で一番好きな勧進帳の「安宅(あたか)の関」(石川県小松市)に立ち寄り、「吉川英治の新平家物語で馴染みの深い・・・」と紹介されていたと写真を何枚か携帯で送ってきてくれました。それと相前後して、貴兄が「親鸞」(1万年堂出版、2015/10月1日初版)の第一巻を書店で見つけて購入したというメールをもらいましたね。いま刊行されている親鸞は、昭和10年に父が書いた作品です。本人は、もう一度、親鸞と取り組んで書き直してみたいと言っていました。

そんなことが重なって、親鸞を読むつもりなら、先に新平家物語を読んでほしいと思って、私がそう言ったのがきっかけでした。
私は初版の折からこれまでに3回読んでいますが、新平家は結構長い。大作ぞろいの父の作品を読むのは、たいへんな時間の負担をかけるので滅多なことでは勧められません。とりわけ、忙しい貴兄には恐る恐る推薦したのですが、お読み頂いて感謝です。
 僕は、先月の初め、歩くと左足のふくらはぎが痛くなり、検査の結果、左脇腹と大腿部の動脈が硬化して閉塞していると診断され、3日ばかり入院してカテーテル治療を受けました。3日だけの入院でしたが、結構,術後の止血が大変でした。その後歩いてもまったく痛みは消え去り、ほっとしている所です。
 そろそろ、あちこち壊れてきますね。大兄も、くれぐれもご自愛下さい。(2015/12月22日、吉川英明)
<吉川英明氏は文豪・吉川英治のご長男。半世紀余り前、浅野とNHK同期の記者>

◎俳談

 ◎俳談
【歌枕を詠む】
 古歌に読み込まれた諸国の名所を歌枕と言うが、それ故に俳句に地名を読み込むときには注意が必要である。なぜなら、地名の持つ余韻がその俳句に規範として働くからである。
  芭蕉は俳句に歌枕を入れることについて
「名所の句のみ雑の句にもありたし。季を取り合わせ、歌枕を用ゆる、17文字にはいささか志述べがたし」
と述べている。名所の句には無季の句があってよいというのである。季語と歌枕と並列すると詠みきれないというのである。要するに季語を入れたら地名を入れない。地名を入れたら季語を入れないのが原則であるというのだ。俳句の場合はどうしても季語が優先するから、安易に地名を入れてはならぬということになる。俳句では季語と歌枕がバッティングしすぎるのである。
 翻って、朝日俳壇の長谷川櫂の選句を見ると、明らかに芭蕉の教えを意識して守っているところが伺える。
◆沖縄や悲しき歌を晴晴と
という句を選句して、コメントを付け「地名が一句にはいるとき、季語不要の場合がある」と述べている。俳聖の教えは今でも通用するから凄い。

◎台湾親日政権は極東安保に大きなプラス

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◎台湾親日政権は極東安保に大きなプラス
  第一列島線の防備強化につながる
「ようこそ鎌倉へ。東日本大震災での大きな恩は永遠に忘れません。ありがとう、台湾!」。江ノ島電鉄鎌倉駅に掲げられた貼り紙を台湾からの観光客が見つけ、フェイスブックに投稿。台湾のネットユーザーが「泣きそうになった」と感激の反応。次々に感動の輪が広がっている。台湾からの義援金は何と200億円に上ったが、あまり知られていない。中国と韓国は戦後反日教育を徹底して重視してきたが、台湾では行われていない。外交関係にとって率直に隣国との関係を大切にする教育の重要性を、改めて痛感する事例ではなかろうか。その親日的な台湾の総統選挙で16日、中国からの独立志向が強い民進党主席の蔡英文候補が独走のまま、圧勝することが確定的となった。反日的と指摘された国民党の馬英九総統に代わって、初の女性総統が5月に就任する流れだ。台湾の政権交代は単に日台関係の緊密化にとどまらず、膨張政策をとる中国の海洋進出を抑止する安全保障上の意味合いが大きい。日米による沖縄・台湾・フィリピンを結ぶ太平洋の防波堤・第一列島線での中国封じ込め戦略に大きなプラス効果を及ぼすことになろう。
 台湾ケーブルテレビ大手のTVBS の調査によると民進党の蔡英文支持が42%で、対立候補の国民党主席・朱立倫の25%を振り切った。民進党は立法院(定数113)でも議席数を現在の40から大幅に伸ばし単独過半数を狙う勢いとなっている。より独立色の強い若者の政党「時代力量」とも連携しており、同党は比例も含め最大7議席を獲得し議会進出を果たすという見方も有力だ。議会がこの流れとなれば台湾議会の勢力地図は一転して独立色の濃厚なものになろう。
 ただし蔡英文が就任後直ちにドラスティックな政策変更をする可能性は少ない。選挙中も「現状維持」をキャッチフレーズに掲げており、独立志向を前面に打ち出すという見方は少ない。馬英九政権は1つの中国の原則を認めたとされる中国との「1992年合意」を対中関係の基礎としてきた。昨年11月の習近平と馬英九会談でも「92年合意」を確認している。民進党はこの合意を承認しておらず、就任後の蔡英文の出方が注目されるが、合意の認否はしないまま、中国との交流の糸口を模索するものとみられる。
 しかし蔡英文の外交・経済・安全保障路線が対日、対米重視に比重を移すことは避けられないだろう。例えば環太平洋経済連携協定(TPP)についても合意の直後から台湾政府は加盟の意向を表明しており、蔡英文の最初の仕事の一つが加盟になる可能性も強い。TPPメンバー国への昨年の輸出額の合計は1030億米ドル規模で、輸出額全体の3分の1を占める。日本にとっても台湾との貿易額は大きく、日本は台湾にとって第3の貿易パートナー、台湾は日本にとって第4の貿易パートナーとなっている。ここは首相・安倍晋三が率先して加盟に向けて尽力すべきであろう。TPPは戦略的にも中国を意識した側面があり、台湾の加盟は安全保障上の意義も大きい。安倍と蔡英文は昨年10月に訪日した際に秘密裏に会談しており、この場で日台関係の将来が語り合われたことは間違いあるまい。
 安全保障上の見地から言えば、まず米国は台湾を国家として承認していないが、台湾関係法によって安全保障上の関係は堅持しており、沖縄の基地を中心に台湾海峡ににらみを利かせているのも事実だ。日米安保条約もその効力が及ぶ極東の範囲をフィリピン以北と解釈されており、台湾有事の際は効力が及ぶこともありうるという見方が強い。とりわけ3月に施行される安保関連法が大きな力となって作用して、台湾問題への中国の出方を抑制する効果を持つことになろう。中国の海洋戦略へのふたとなる第一列島線突破にむけて、今後中国は様々な対応をする可能性がある。軍艦のペンキを塗り替え海警局の公船と称して尖閣諸島に侵入するなどという姑息(こそく)な手段は序の口であり、南シナ海での滑走路、東シナ海でのミサイル基地となり得る海底油田建設などあの手この手で隙あらば突破しようとするだろう。政府は中国軍艦が尖閣諸島の領海に侵入した場合に自衛艦に海上警備行動を発令する方針を明らかにしたが当然である。
 こうした中で台湾の新政権が親日、親米であることは中国の膨張路線を食い止める上で心理的にも戦略的にも大きな役割りを果たすことになることは期待できるところであろう。一方中国側からみればただでさえチベットやウイグルにおける独立運動の過激化に悩まされているところであり、台湾の政権交代がこれらの動きを加速させないかといくら警戒してもしたりない思いであろう。


◎俳談

◎俳談
【新聞俳壇】
 新聞俳句は「敵を知れば百戦危うからず」であり、応募する側も選句の実情をよく知っておく必要がある。とりわけ、選者の研究を十分にして、効率的な投句をしなければ俳句の泉が枯渇する。
 ところで、最近選句に関して面白い話を聞いた。ある編集者が「先生、一日5千句もの俳句の中からどうして佳句を選べるのですか」と聞くと、老大家曰く「いやね、読み流しているように見えるだろうが、優秀な句は自ずと立ってくるのだよ」。佳い句は葉書が立ってくるというのである。いささか神懸かり的であるが、一面を衝いているかもしれない。
 朝日俳壇で週に5千句から7千句。NHKも同数。そのなかからどうして選ぶのか疑問が生ずるのは当然。垣間見たところによると選者は稲畑汀子も金子兜太も選句にかける時間は一句0.5秒から0.7秒。要するにぱらぱら見ている感じである。その中から佳句秀句が琴線に触れるわけだから凄い能力だ。文字としてみるのでなく絵画を見るように見ているという心理学者の分析もある。
  鷹羽狩行の場合は月平均3万句ほどの選句数。一日1000句に相当する。鷹羽は「もう慣れっこで、呼吸しているのと同じ」と述べている。新幹線は”走る書斎”、飛行機は”空飛ぶ書斎”だそうだ。
◆選句地獄のただなかに懐手 鷹羽狩行      
と余裕綽々だ。

◎安倍の改憲論はダブル選挙意識か

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◎安倍の改憲論はダブル選挙意識か
  与党幹部は笛吹けど踊らず
 珍しく与党から総スカンである。首相・安倍晋三の改憲勢力3分の2発言である。自民党幹事長・谷垣禎一が「野党第1党を巻き込んで理解を得ながらやっていくのが妥当」と述べれば、公明党代表・山口那津男も「野党第1党を含めた合意形成が必用」と一致して、現段階ではまず不可能な民主党をあえて巻き込むことの必要を強調。自民党総務会長・二階俊博も「観測気球だ。今急いでやらなければならない状況にない」と真っ向から否定。ある与党幹部も「笛吹けど踊らず」だと漏らした。ここは、首相たるものがなぜ与党幹部と根回しなしで発言したかの背景がポイントとなる。様々な見方が出ているが皆ピントがいまいちだ。見たところ安倍は、改憲勢力3分の2を衆参ダブル選挙で達成しようとしているフシがある。ダブルでなければまず3分の2は極めて難しいからだ。
 安倍は10日のNHKで年頭に改憲に触れたことを問われて「与党だけでは3分の2は大変難しい。自民、公明以外にもおおさか維新の会もそうだが、改憲に前向きな政党がある。改憲を言っている責任感の強い人達と3分の2を構成したい」と言明した。谷垣はこの発言について「自民党として伝統的な基本を踏まえたもの」と分析している。確かに改憲は自民党の党是であり、国政選挙では常に訴えてきた問題だ。安倍発言はその範囲を逸脱したものではない。しかし、通常国会の冒頭というこの時点であえて改憲を争点として浮かび上がらせる狙いは、国政選挙を意識したものであることは間違いない。明らかに選挙の争点とすることを目指す発言だが、安倍は究極的に狙っている9条などの改定には触れず、「どの条項かは議論を深めて改定を考えている」と述べた。これはとりあえずは改憲そのものの是非を国政選挙で問うという姿勢だ。安倍政権始まって以来、与党幹部は「安倍大明神」を拝むごとくその方針に従ってきたが、今回ばかりは「抵抗」に転じた。
 その理由はと言えば、筆者が6日に「今『憲法改正』をやっている暇はない」で指摘したように、憲法改正は昨年の安全保障関連法で集団的自衛権の限定容認が実現したことでそのエネルギーのかなりの部分を使い切った。与党内に「またか」という空気が生ずるのも無理はない。同法は紛れもなく9条の解釈改憲であり当面10年や20年はこれで十分だ。加えて「改憲」を前面に押し出して選挙などやろうものなら、野党の共闘を勢いづける。共産党と民主党と小沢一郎が狙うのは、安保法制で実現した市民運動の再来である。こうした導火線に火が付きそうな状況下で「憲法改正」を前面に出したらどうなる。共産党の思うつぼにはまるのだ。「戦争法案」の合い言葉が「戦争憲法阻止」のデマゴーグに変わるのだ。与党幹部は「寝た子を起こして選挙に不利になる」と漏らす。谷垣や山口の心配はそっちの方にあるのだ。
 そもそも参院で3分の2の162議席を確保するには、自公両党は
非改選に上積みして86議席を確保する必要がある。59の改選議席に27議席プラスする必要があるのだ。しかし、前回の76議席は「圧勝」と評されたようにぎりぎりの数字だ。まず自公だけでは安倍も認めるように3分の2は難しい。この結果おおさか維新の非改選5議席と、次回選挙の当選組の数は垂ぜんの的となるのだ。安倍は橋下と12月19日に三時間半にわたり会談しているが、その内容はつまびらかではない。安倍の改憲発言はおそらくこの会談で安倍が橋下の国政選挙出馬を促し、橋下もこれに応じた気配が濃厚であることにつながりうる。そうでなければ安倍発言は成り立たないからだ。もっともおおさか維新が本当に補完政党として国政に進出できるかどうかは予断を許さない。橋下徹はおそらく衆院には出るだろうが、参院では権力の座に迂回しなければならないため躊躇するだろう。海の物とも山の物ともつかないのがおおさか維新であり、全国的なブームはまず呼ばない。大阪以外では相手にされにくいのだ。参院選でも地域限定政党の色合いはますます増すだろう。憲法改定を左右する勢力になるかどうかも未知数だ。
 さらに安倍の会見発言の背景を探れば、護憲政党の共産党にリードされそうな野党の分断があげられる。民主党内にも改憲勢力は歴然として存在しており、改憲を争点にすることにより政策上のくさびを野党に打ち込むことが出来ると踏んだのだ。加えて、安倍の発言の唐突性から深層心理を分析すれば、狙いはダブル選挙にある可能性が大きい。ダブル選挙なら相乗効果で自公で3分の2の達成も夢ではない。あえて安倍が、個別の改訂条文を明示せず、「憲法改正」という大きな網を投げたことは、政治的には「ダブルをやる」という意志表示であるかもしれない。ダブルで改憲を問えば、事実上国民投票を緻密にやったのと同じ効果が生ずる。改憲に必用な「国民の過半数」が実現できそうかどうかのメルクマールになるのだ。それに当選者数によっては改定を言われているように緊急事態条項の新設にとどめるべきか、9条まで突っ込むかの判断材料にすることも可能になる。この点二階が「内閣には憲法問題も含めた諸問題を国民に理解いただくチャンスで、(衆院選と参院選を)いっぺんにやった方がいいという声がある」と同日選挙を強く意識する発言をしているのもうなずけることだ。どうもこの辺に安倍の思惑はありそうだ。

 


自民に諌言②ー野党統一候補を侮らない方がいい! Name:浅野勝人

4705] 自民に諌言②ー野党統一候補を侮らない方がいい! Name:浅野勝人 MAIL NEW! Date:2016/01/07(木) 09:50 
 
自民に諌言 ② - 野党統一候補を侮(あなど)らない方がいい!
安保政策研究会理事長 浅野勝人

共産党委員長の志位和夫が、小沢一郎と会って、安倍政権に対抗する政治勢力を結集するにはどうすればいいか教えを乞うたという報道には、共産党の「やる気度」が透けて見えます。

政党アレルギーの強い共産党委員長が、政治的影響力を失った個人的アレルギーの強い保守政治家と会ったところで、成果は期待できないと切り捨てるのは早過ぎます。志位は、おそらく、自民党への対抗軸を模索し続けて成功、失敗を繰り返してきた政界再編のプロに率直な助言を求めたのだと思います。半世紀、政局の表裏を知り尽くしている小沢は、共産党が死守してきた綱領を踏み越える政策と政治姿勢の転換を指摘しているに違いありません。

ですから、今回の野党統一候補の擁立をめざす政治動向の主役は共産党です。自公両党は、嫌われ者の共産党が主役なら、野党間の選挙協力をめぐる話し合いがまとまるはずがないから心配無用と判断しがちですが、断定しない方がいい。流れによっては、共産党が民主党と同等ないしは民主党以上に、自公批判票の受け皿となる可能性を否定できないからです。
去年(2015年)10月の宮城県議選で共産党が倍増したのは記憶に新しい。安保関連法案の扱いが無縁とは考えにくいでしょう。
その傾向が顕著になってくると、民主党内の圧倒的な共産党アレルギーが薄れて、票をくれるのなら「シロアリ」でも歓迎と変化します。

共産党の参院比例区、最高得票は819万票(1998年、14.6%)。
当面の参議院選挙1人区はゼロの上、当選の見込みはありませんから、もともと失うものがありません。共産党の票は要らないと言われても、黙って野党統一候補に集中します。
一昨年(2014年)暮れの総選挙、比例区は606万票(11.3%)。選挙区、比例区合わせて21議席。この比例区の票を300選挙区ごとに得票実態に従って振り分けますと、2万~9万票になります。与野党接戦の選挙区の野党統一候補には、なんとも魅力的な数字です。

確かに、これは単純な足し算です。多くの民主党議員の懸念は、もらう共産党の票以上に、穏健な民主党支持票が離れるから、結果はマイナスという予測です。

共産党が発表した「国民連合政府」構想によれば、党綱領に掲げている日米安保条約の廃棄は、「凍結」するだけで「廃棄を放棄」しません。天皇制や自衛隊の解消についても一時的に「棚上げ」するだけです。彼らのいう戦争法案(安保関連法案)を撤回させるためだけの「一点限定共闘」です。国民の目には、有権者を安心させて選挙の票集めに役立てるための当たり障(さわ)りのない提案と映っています。
ですから、この限りにおいては、「オリーブの木」(イタリア共産党がリベラルな社会民主主義政党になって、中道および左派政党との連合を実現し、右派連合の政権与党に勝利した1996年の選挙の例)にはなり得ません。
多くの民主党議員の指摘は当たっていますし、与党が懸念するには及びません。

流れがホンモノになって与党の脅威になるかどうかは、共産党が日米安保条約の廃棄を「廃棄」して存続を確認し、天皇制を認め、自衛隊の存在を必要とする綱領に変更すること。よし、国民連合政府が成立しても、今回は閣僚を送らない閣外協力に止めると明言することです。つまり、共産党が市民運動を背景にホントに捨て身になって、国家・国民のためにひたすら尽くす決意をした姿を有権者が実感した時は怖い。
私は重大な関心をもって、この2点のゆくえを注視しています。

自民党が夏に勝つための政治工作としては、衆参ダブル選挙です。野党共闘は複雑に錯綜して統一候補の取りまとめは一段と困難になって、擁立の歩留まりは激減します。

短期の政策課題としては、世界同時株安とはいえ、新年早々「安倍相場、終焉」と駅売り夕刊紙の見出しになるようではダメです。アベノミックスの評価は、株価が基準になり易い。
年金基金の運用を市場の下値の支え役と勘違いしているのではないか。だから、毎回、海外投資機関に美味しいところを浚(さら)われる役割しか果たしていません。下落した相場の後始末しかしていない現状の改善を急ぐことが肝要です。

もうひとつ、中長期の政治課題は、衆議院の選挙区制度の抜本的改正です。端的に申せば、定員3人の全国100選挙区、総数300人の中選挙区の実現です。日本人の情感に合った制度ですし、政党間の共闘は成り立ちません。選挙結果によって、政治を安定させるために連立政権を組むのは時々の実情に応じて自由です。

憲法改正は、国会の発議を受けて、いずれ国民が決める課題です。
長期安定政権維持のために、今の自民党が取り組むべき最優先課題は、今の陣容なら出来る選挙制度の改正です。(2015/1月7日、元内閣官房副長官)

◎俳談

◎俳談
【類想句とは】
 よく似通った句を類想句という。有名な例では
山口誓子の
◆沖に出て木枯らし帰るところなし
が、池西言水の
◆凩の果てはありけり海の音
の類想であるというものである。
 言水の句は江戸時代の有名な句であり、言水は俗に「凩の言水」と言われた。誓子はそれを承知の上で作ったものとされている。誓子の句は特攻を暗喩で描いたものとされ、名句中の名句と言ってもよい。いまは特攻は忘れられ、時事詠と離れて解釈されるケースが多い。
 これについて故飯田龍太は「作品が前者をしのいだら問題はない。いわば相撲で兄弟子を負かすようなもの」と断定している。誓子は言水を大きくしのいでいるというのである。
 昔はおおらかだった、芥川龍之介は飯田蛇笏の句を真似たと言って
◆癆咳(ろうがい)の頬美しや冬帽子
を作ったが、そのモデルの句は
◆死病得て爪美しき火桶かな
だ。これを類想と言えば類想だらけになるが、むしろヒントにしたと言った方が適切だろう。芭蕉が和歌から「本歌取り」した俳句は数知れぬと言われているが、批判する者は居ない。龍太の言うとおり、モデルの句を越える力量があればよいということだ。
人口に膾炙した芭蕉の晩年の句
◆此道や行人なしに秋の暮 
を蕪村が  
◆門を出れば吾も行人秋の暮   
と詠み変えているが、これは類想というより、芭蕉への敬慕の念をあえて芭蕉の俳句を借りて現したものであろう。

◎徹底制裁で5月党大会での金を窮地に置け

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◎徹底制裁で5月党大会での金を窮地に置け
  狂気の独裁者への代償は大きなものになる
 ヒットラーというよりもこの独裁者はスターリンの真似をしていると思われる。スターリンこそは、ヒトラー以上の狂気を持ち、ヒトラーの恐怖政治と比べても何ら見劣りしないばかりか、その殺戮(さつりく)した人間の数ではヒトラーをはるかに上回る。前世紀最大の狂気の殺戮者は水素爆弾の開発で米国に追いつき、米国を恫喝した。北朝鮮第一書記・金正恩も側近・張成沢の処刑に始まって軍幹部を次々に粛正、今度は自称「水爆」を開発、実験した。狂気の独裁者の心底は唐突性と意外性に貫かれており、その行動は予測不能である。
 独裁者を押さえ込む唯一の道は「国際正義」を貫く正攻法しかない。いまそれが国連安全保障理事会に求められる。理事会は北の水爆実験発表を受け、7日未明に緊急会合を開いた。国連憲章第7条は平和の破壊に対する行動を定めており、最終的には加盟国の軍事行動を求めている。おそらくこの規定に則り軍事行動を除く最大限の制裁を科することになるだろう。過去3回の核実験に際し、全加盟国は北朝鮮との武器取引禁止や、核・弾道ミサイルに関連した資産の凍結などの制裁を科してきた。13年の3回目の核実験の際の決議は、「4回目の核実験にはさらなる重大な措置」を取ると警告している。
 「重大なる措置」がどのようなものになるかは予断を許さないが、安保理の報道機関向けの7日の声明は、北朝鮮による核実験を強く非難し、制裁強化のための新決議に向け、直ちに協議を開始する方針を打ち出した。中国もこの声明に異を唱えなかった。制裁は最大限の経済制裁や、船舶の「臨検」など厳しいものとなることが予想される。毎度のことだがここでの最大のポイントは中国がどう出るかである。北に対する制裁は常に中国による裏からの「横流し」で、その効力を減殺されてきた。過去に国連決議があっても国境の鴨緑江にかかる唯一の鉄橋は、物資を運ぶ貨物列車やトラックがひっきりなしに行き来しており、北は痛痒を感じないケースがほとんどだった。この中国と北の関係は米中対峙の構図が大きく作用している。
 中国は北の政権が崩壊すれば米国との対峙は38度線から鴨緑江まで後退することになり、戦略上これは何としてでも避けたい。12月には北のモランボン楽団が中国入りしたが、公演は直前で中止になった。北のミサイルを誇示した公演舞台背景をめぐる対立が原因だったとされる。その後修復の動きが出て、年内には金正恩自身が訪中する可能性まで取りざたされていた。こうした動きに冷水を浴びせたのが中国に事前通知をしないで実施した核実験である。中国国家主席・習近平はメンツ丸つぶれとなり、外務省副報道官の発言も「断固反対する」と厳しい非難に満ちたものとなった。外務省声明でも従来は米国など関係国の動きをけん制して「関係国に冷静な対応を求める」という一文が入っていたが、今回は入れていない。
 これが意味するところは、激怒した習近平が日米韓など関係国と安保理である程度歩調を合わせる事を意味している。北への制裁で1番効くのがエネルギー源を絶つことである。日本が対米開戦に追い込まれた最大の要素でもあったが、その首根っこは今度は中国が握っている。北は大部分の石油の輸入を中国に頼っているから中国が、石油供給をカットすれば身動き出来なくなり崩潰する。しかし中国がそれを徹底して行うことは今回もあるまい。北を追い込み過ぎれば、金正恩の暴発はますます激しくなって、自国の極東における安全保障に影響が出るからだ。
 本当はオバマが1番しっかりしなければならないが、金正恩にはレームダック入りを狙われた側面がある。前大統領ブッシュの時も政権後半の2006年に北が初めて核実験をやっている。ブッシュは、北朝鮮への物理的攻撃ではなく、外交的な話し合いで解決していくと述べたが、結果的には融和路線の足元を見られて失敗した。したがってオバマはまさかその二の舞いを繰り返さないと思うが、たかが銃規制の問題で涙を流すなど精神的に追い込まれている感が濃厚である。ただでさえ中東とテロで手一杯のところをオバマに、誤判断されてはたまらない。首相・安倍晋三は“弱虫オバマ”の動きに注目すべきであろう。慰安婦問題での日韓合意も将来は極東安保に影響を及ぼす問題であり、相対的に北の孤立感を増大させたのであろう。
 金正恩が核実験を断行した原因で、最も説得力があるのが5月に36年ぶりに開催される労働党大会である。金正日も開催しなかった党大会を成功裏に導くためには、超大型ブルドーザーによる牽引が必用なのであろう。それが自称水爆実験である。「近隣の韓国も日本も保有していない水爆を実験した。安保理常任理事国並みになった」と胸を張れるのは水爆実験なのだ。また労働党大会のスローガンは「経済再建」としている。水素爆弾は劣勢にある通常兵器を補い、軍事費全体のコストを下げる。軍事費を削減して、「経済再建」に回す口実にもなるのである。
 安保理決議はこの金正恩の狙いを逆手に取ることができる。後生大事にしている党大会に向け、核実験の代償がどれほど強烈なものになったかを知らしめるのだ。北の経済が息も絶え絶えのまま党大会を開催すれば、いくら北朝鮮でも「何とかして欲しい」というムードが横溢するだろう。厳しい経済制裁、それも党員が実感するような制裁を科せられるかどうかがポイントである。安保理の正念場であろう。


自民に諌言①ー歴史の勉強は、本来、個人でやるもの! Name:浅野勝人

4702] 自民に諌言①ー歴史の勉強は、本来、個人でやるもの! Name:浅野勝人 MAIL NEW! Date:2016/01/06(水) 09:28 
 
謹賀新春
あけましておめでとうございます。いつも安保研ネット、永田町竹割ネット、近畿ネットにアクセスしていただき有難うございます。ことしも元気で頑張ります。よろしくお願いいたします。
安保政策研究会理事長 浅野勝人

自民に諌言 ① ― 歴史の勉強は、本来、個人でやるもの!
浅野勝人

去年の暮(2015年)、自民党は近現代史の勉強会「歴史を学び未来を考える本部」を設置して、初会合を開きました。
本部長の谷垣幹事長は「政治家が歴史をろくに勉強しないで、近現代史を振興せよというわけにはいかない」と述べたそうです。
この勉強会は、稲田政調会長を中止とする党内右派が、極東国際軍事裁判(東京裁判)の見直しを求めて設立しようとした「歴史検証機関」の代替え措置です。だから、谷垣幹事長の発言は「そんなに歴史の勉強がしたいのなら、基本をじっくり学びなさい」と諭したのだろうと思われます。

高村副総裁、谷垣幹事長、二階総務会長ら「もののわかった」党首脳が暴走しがちな一部の姿勢を制していますが、報道威圧発言に限らず、党内の若手にはその後も危うい発言が散見されます。
もちろん思想信条は自由です。憲法で定められた基本的人権の中でも最も重要な権利です。特に、国会議員には院内での発言の自由が保証されています。ですから、言論は多様なほど国会が健全な証拠だといえます。

それを前提に申しあげます。
確かに極東国際軍事法廷は、所詮(しょせん)、戦勝国が敗戦国を裁いた裁判で、一方的な側面があります。
私は、平和主義者の広田弘毅を文官でただ一人、6人の軍人と一緒に絞首刑にしたことは許しがたいと思っています。広田は戦争には反対で、当時、親友の吉田茂駐英大使に秘かに働きかけて、戰爭回避に懸命でした。しかし、戦争反対の立場から為しうる限りの努力をしても、結局、軍部を抑えられず、現に回避できなかった以上、政府首脳としての責任は免れないと自覚していました。ですから、広田は法廷に立つことを拒み、いっさい弁解しませんでした。

広田を徹底取材した城山三郎は、名著、「落日燃ゆ」の最後に次のように書いています。(307頁)

(先に処刑された4人は)「天皇陛下万歳!」「大日本帝国万歳!」とそれぞれ三唱し、刑場へはいった。
広田ら3人の組は、仏間に連行されていく途中、この万歳の声をきいた。
広田は花山(著者註:死刑執行に立ち会う教誨師(きょうかいし)、仏教学者の花山信勝)にいった。
「今、マンザイをやったんでしょう」
「マンザイ?いやそんなものはやりませんよ。どこか、隣の棟からでも、聞こえたのではありませんか」
仏間に入って読経のあと、広田がまたいった。
「このお経のあとで、マンザイをやったんじゃないか」
花山はそれが万歳のことだと思い、
「ああバンザイですか、バンザイはやりましたよ」といい、「それでは、ここでどうぞ」と促した。
だが、広田は首を横に振り、板垣に、
「あなた、おやりなさい」
板垣と木村は万歳を三唱したが、広田は加わらなかった。
広田は、意識して「マンザイ」といった。広田の最後の痛烈な冗談(著者註:皮肉)であった。
万歳万歳を叫び、日の丸の旗を押し立てて行った果てに、何があったのか、思い知ったはずなのに、ここに至っても、なお万歳を叫ぶのは、漫才ではないか。
万歳!万歳!の声は、背広の男広田の協和外交を次々と突きくずしてやまなかった悪夢の声でもある。生涯自分を苦しめてきた軍部そのものである人たちと、心ならずもいっしょに殺されて行く。このこともまた、悲しい漫才でしかないー

検察側が、アメリカに対する罪状立証のため法廷に出した元駐日アメリカ大使グルーの宣誓口述書には、広田を平和主義者として高く評価し、「軍部によって不運にもその路線を妨げられた」とある。
広田の死刑は、検事団にとってさえ意外であり、キーナン首席検事は「なんというバカげた判決か。絞首刑は不当だ。どんな重い刑罰を考えても、終身刑ではないか」と感想を漏らしています。

こんな出鱈目な東京裁判は見直して、例えば、広田弘毅の名誉を回復してほしいと思います。南京大虐殺の実態分析についても問題なしとはしません。

ですが、ちょっと待ってください。
東京裁判は、高度の政治的判断から「天皇陛下の戦争責任」は問わない配慮をしています。もちろん、アメリカが占領後の日本統治をし易くするために総合的に判断した結果でしょう。ただ、たとえそれがアメリカにとって都合のいい方針だったとはいえ、戦争責任を負うべき最高責任者の糾弾を避けるべきではないという戦勝国側内部の強い主張を抑えた決定は、発言権が皆無に等しかった当時の日本にとっては極めて重要な事柄でした。


従って、東京裁判の見直しは、昭和天皇の戦争責任の是非に及びます。東京裁判を見直そうという主張は、その覚悟をした上でのことでしょうか。そんな議論は、日本の近現代史をいっそう傷付けるだけです。
私は、東京裁判を改めて俎上に載せて、見直すのは「反対」です。

あの頃、混迷した政局の真っただ中で、超多忙な大平正芳や中曽根康弘、宮澤喜一が、寸時を惜しんで静かに読書をしている姿に畏敬の念を覚えました。
歴史の勉強は、党の部会や調査会で徒党を組んでするものではありません。もともと、政治家個人、個人がするものです。そして、自ら学んだ学識を内政外交に生かすのが政治家のつとめだと私は考えます。(2015/1月6日、元内閣官房副長官)