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◎俳談

◎俳談
【動物の描写】   
一茶には動物を詠んだ句が多く、猫だけで330句余りも詠んでいる。蛙、雀、蚤、虱に至るまで、詠んだ句は膨大な数に及ぶ。母に三歳で死に別れて、自分は子供を亡くすなど家族に恵まれない人生を送った。一茶はその欠落を埋めるかのように小動物を愛した。
◆吾と来て遊べや親のない雀
は寂しかった幼少期回顧の句でもあった。
◆痩蛙負けるな一茶是に有り
は、弱者に対する優しい眼差しが感じられる。
筆者も動物の句はよく作る。新聞俳壇の成績もいい。
◆秋の日に考へているゴリラかな 産経俳壇入選
動物園でゴリラの思慮深そうな姿を描写した。
◆羽抜鳥人見るたびに一驚す 東京俳壇入選
本当に良く驚くのがニワトリだ。一歩歩く度に驚いている。
◆千の蟻一匹頭痛の蟻がいる 東京俳壇入選
ふとそう感じたのだ。 
◆雨蛙目玉回して飛びにけり 毎日俳壇入選
雨蛙は本当に目玉をくるくる回す。
題材を動物に求めれば、周囲に山ほど転がっている。活用することだ。
◆嫁が君天井裏の自由かな 東京俳壇入選
嫁が君は鼠の別称で新年の季語。鼠は大黒様の使いで正月に米や餅を供えるなどの風習があった。

◎慰安婦「妥結」へと動き急

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「冬眠中緊急出稿」
◎慰安婦「妥結」へと動き急
  安倍は慰安婦と面会して情に訴えよ
 全国紙のうち数紙だけが「責任は私が持つ」という首相・安倍晋三の言葉を紹介しているが、今回の外相・岸田文男への訪韓指示のキーワードはこれだ。国家の最高権力者がめったに言わない言葉を口にした背景には、日韓関係をめぐる大きな潮流を読み切った判断があるのであろう。岸田の訪韓で即「妥結」に向かうか、再度の最終折衝や、安倍と大統領・朴槿恵の再会談に最終決着が委ねられるかは別として妥結に向け本格的に動き出したことは間違いない。
 日韓関係をめぐる潮流を分析すれば、やはりすべては11月2日の日韓首脳会談が、大きな現状打破のきっかけとなっていたことが分かる。同会談はまず少人数で「慰安婦」を主議題に1時間行われた。ここで何が話し合われたかはいまだに不明だ。しかしその後の動きを見れば推定できる。安倍はこの場で産経の記者の裁判などでの大統領の“配慮”を求めたに違いない。そして朴はこれに応じたのだ。韓国は3権分立とは名ばかりで、大統領の意向がもろに裁判に反映する国柄だ。朴は裁判への“干渉”を行ったのだ。産経前支局長への判決では、韓国外務省が日本側への配慮を裁判所に要請するという異例の措置を取った。65年の日韓請求権協定の訴えを却下した憲法裁判所の判断の直前には、外相・尹炳世が「賢明な判断を期待している。国際社会が関心を持ち見守っている」と公言している。
 安倍はこうした朴政権の動きを見極めた上で、秘密交渉を続けてきた国家安全保障局長・谷内正太郎の情報も考慮に入れ、朴の「本気度」が確かなものであると判断するに到ったのだろう。これが、「私が責任を持つ」発言につながったのだ。それでは朴の紛れもない“軟化”はどこに原因があるのだろうか。端的に言えば就任以来「慰安婦」を軸に国論をまとめてきた路線が行き詰まったのだ。いわば「慰安婦」が重荷になってきたとも言える。安倍は朴には愛想が尽きたとばかりに対米、対中外交を展開した。日米関係は安保法制の実現もあって、かつてないほどの良好な関係に到り、対中関係も中国国家主席・習近平との一連の会談で、“氷解”しつつある。これがもたらしたものは韓国の極東における孤立である。朴は国際外交の現実が、自らが展開した「慰安婦言いつけ外交」には向いていないことを悟るに到ったのだ。
 加えて米国の対韓圧力がある。日韓関係を米国から見れば、安全保障上の観点を度外視した韓国の「慰安婦執着」が目に余るものとして映ったに違いない。その証拠に米国は今年の春ごろから朴外交批判に回っている。米国務次官・ウェンディ・シャーマンは「愛国的な感情が政治的に利用されている。政治家たちにとって、かつての敵をあしざまに言うことで、国民の歓心を買うことは簡単だが、そうした挑発は機能停止を招くだけだ」と発言、朴を戒めたのだ。国務省高官らは慰安婦問題に「うんざりする」と述べるに到った。
 さらに朴は韓国の置かれた経済的な窮状を目の辺りにせざるを得なくなっている。アベノミクスで事実上の完全雇用を達成している日本に比較して韓国経済はウォン高で輸出が不振、若年層の失業率が大幅に上昇、深刻な社会問題となっている。当初は朴の「反日」路線を支持してきた財界からも対日関係の根本的な是正を求める声があがり、朴の路線を支持してきた浅薄なるマスコミも、手のひら返しをし始めた。TPP(環太平洋経済連携協定)の出遅れも、韓国内では「失政」と見る空気が強い。ようやく朴も「慰安婦執着」だけでは国民を引っ張れないことをひしひしと感ずるに到ったのだ。
 今後の交渉の展開だが交渉の主軸は慰安婦への金銭支給の方法に絞られるだろう。日本側は請求権問題は慰安婦問題も含めて日韓協定により「完全かつ最終的に解決された」(官房長官・菅義偉)という立場でありこれが変化することはない。しかし、日本政府部内では、人道的な観点からの妥結策として、平成19年に解散した元慰安婦に償い金を支給した「アジア女性基金」のフォローアップ事業(医薬品などの提供)を拡充、予算を1億円規模に増額し、一括して渡すことも検討している。これで妥協が成立すれば日本大使館前の少女像撤去問題などは「派生問題」として解決される可能性が高い。
 しかし韓国側がまだ慰安婦問題での法的責任問題にこだわるのなら話はご破算位なる可能性があるが、潮流としてみれば韓国側はこだわらない可能性が高い。さらに最終決着に当たっては安倍側の演出効果も重要である。有り体にいえば「お涙頂戴」である。昔小泉純一郎がハンセン病患者らと官邸で会う際に「握手して肩を抱くように」と人を介して進言したことがあったが、小泉はその通り実行した。安倍は「心が痛む」と言っているのだから、元慰安婦らと面会して、涙を流さなくても潤んだ目つきで慰安婦らの肩に手を添えるようにすれば、韓国民は情の国民でもある。訴えるところは大きいだろう。


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4690] Xmasビッグ・プレゼント Name:浅野勝人 NEW! Date:2015/12/24(木) 20:39 
 
Xmas ビッグ・プレゼント!
安保政策研究会理事長 浅野勝人

入手困難:貴重なお歳暮に感動!
奇妙なお歳暮が届きました。縦横35㎝、深さ10㎝の変形立方体のカバンが2個。旅行にはもってこいの立派なものです。

開けてビックリ玉手箱! 出てきたのは終戦直後の1940年代後半から50年代の何冊かの「毎日グラフ」「アサヒグラフ」と「画報 近代百年史―国際文化情報社」第一集(1850~1863)から第18集(1946~1950)まで100年間の全編(巻)18冊がそろい踏み。セロテープで入念に補修しながら目を通して再度ビックリ。こんな画報(解説付きの写真集)が日本にあったとは驚きです。

“ 知らぬは仏ばかりなり”か、国立国会図書館に聞いたところ、全編2セット保存されており「1989年に複製されたので、それをご覧になっている方はあると思いますが、原本が18冊、全編そろっているケースは稀です」という事でした。
ちなみに、アマゾンで検索してみたら、18冊、全巻(編)そろいの原本は38,880円で6セット販売されていました。これにて品切れ、再入荷の見込みなし。と注釈がありました。

第一集は、「東亜に警鐘は響く」の見出しで、列強の中国侵略100年戦争の端緒となったアヘン戦争(1840年)の模様が生々しく伝えられています。敗北した清朝が、香港の割譲を決めた南京条約を締結した調印現場の写真は得難いでしょう。「黒船は江戸にまで入ってきた」では、来日2度目のペルーが日本側全権と会談のため、横浜村に上陸(1854年3月8日、安政元年2月10日)した瞬間の写真が貴重です。

興味深いのは、第十三集(1931~1933)です。
「嵐を呼ぶ満蒙の大地」では、「満洲事変(著者註:中国名9・18事変)起る。平和は遂に破られた」の見出しで、1931年9月18日、夜10時半、突如として奉天郊外柳條溝(著者註:柳条湖)の満鉄路線爆破事件が起った。これをきっかけに日支両軍戰端を開くとあります。爆破事件を主導した関東軍参謀石原莞爾中佐(1889~1949)については、写真入りで「作戦主任参謀として満洲事変を立案遂行した」と明記しています。石原莞爾の顔写真を始めて見ました。

満洲事変續報、上海事変―肉弾三勇士―、満洲國誕生、問答無用の五・一五事件など軍事がらみ一色の報道の中で、「文化運動に対する弾圧。小林多喜二殺さる」が大きく取り上げられています。蟹工船の著者の死体と共に「プロレタリア作家同盟の書記長として、困難な情勢下に、献身的に活動していた小林多喜二は、1933年2月20日、築地署員に逮捕され、その夕刻、言語に絶する拷問とテロによって虐殺された」と解説して、「告別式に集まった知人たちは片っ端から検挙された」と報じています。

軍国主義華やかなりし第十四集(1934~1937)は、見開き1ページに「勅命下る軍旗に手向うな = 前代未聞のアドバルーン」と全面に写真を載せて「二・二六事件(1936年)、翌々日の28日、芝田村町飛行館の屋上たかく掲げられた戒嚴司令官のアドバルーン」とコメントして公然と軍部を批判しています。
報道規制、マスコミ弾圧によって反戦思想の取締りが熾烈を極める時代背景の中で、「あたら青春をいけにえとして」と見出しをつけて、小学生の木剣訓練、永平寺雲水たちの軍事訓練、軍人会舘サービス嬢の早朝なぎなた訓練などの写真を紹介し「誰か嫌悪と苦悩なしに軍国調に塗りつぶされた時代を想起するものがあろうか」と堂々の論陣を張っています。

これが、あの暗黒の時代の報道ぶりです。半端な覚悟では出来ない編集方針の決断です。今どき「政府が右といっているものを左とはいえない」と発言する類の報道姿勢は、ジャーナリズムではありませんし、国家のためにもなりません。しいて申せば、政府のためにもマイナスです。

個人的には、メキシコへ亡命する船上のトロッキー、八路軍の根拠地となった延安全景、兵士に演説する青年・毛沢東と朱徳、その他、数多(あまた)の特ダネ写真に魅(ひ)かれます。

この貴重な資料を送り届けてくれたのは、相模原市でティ&エムカンパニーという会社を経営している友人の社長です。添え書きに「古いモノが好きで、車から蓄音機、真空管ラジオ、ブリキのおもちゃ等々長年にわたって収集したモノ、モノ、モノで、我が家では置き場がなくなりました。
暇をみて整理をしているのですが、雑誌は懐かしくて見入ってしまっていっこうに片付きません。多分、アサヒグラフ、毎日グラフは全巻あったと思います。それらの一部を送らせていただきました。押し付けみたいになってしまいましたが、不要でしたらご面倒でもほかのゴミと一緒に処分して下さい」とありました。(2015/12月24日 元内閣官房副長官)