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◎「福祉なくして政局あり」の小沢の反消費税

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◎「福祉なくして政局あり」の小沢の反消費税
 基本的にはエゴの極みである政治家の言動にも幾ばくかは国家・国民への目線があるものだが、いまや消費税反対の中核となった民主党前代表・小沢一郎の姿勢だけは「質が悪い」の一言に尽きる。端的に言えば「福祉なくして政局あり」であり、政治姿勢としての国民不在がここに極まった。小沢に扇動されて深い思慮もなく消費税反対署名に乗り出す民主党議員らも度し難い。
 2012年度税制改正大綱の決定を受け、民主党は週明けから消費増税を巡る論議を本格化する。首相・野田佳彦は増税素案を「年内めどに決定」と述べており、政権内の論議は本格化する方向だが、局面は緊迫の一途をたどる流れだ。何故かと言えば「消費増税小沢の乱」が待ち構えているからだ。
 小沢は11月中旬から、観測気球的に消費税反対発言を繰り返したが、次第にエスカレートさせている。しまいには「今消費税を上げれば党は2つに割れる」とまで言ってすごんでいる。11日も「消費税などの増税は、少なくとも政権交代のときに我々が言っていたこととは違うので、強行するなら『それはちょっと違うのではないか』と言いたい」とのべ、公約を盾にした反対論をぶった。しかしこれは建前論であり、誰が見ても破たんしたマニフェストに固執するのはおかしい。小沢の狙いについては当初から、消費増税の実施が早期解散に直結し、小沢支持グループの雲散霧消につながることにあると指摘してきたが、この見方は今も微動だにしていないと思う。総選挙イコール小沢陣営の壊滅であり、小沢の政治家としての生命が危うくなる瀬戸際なのだ。
 もともと小沢は消費税増税論者であったはずだ。忘れもしない1994年2月3日、当時の首相細川護煕がもの狂いでもしたかのように突然未明に記者会見して、消費税の税率を当時の3%から7%に引き上げて国民福祉税にするという構想を打ち出した。まさに「殿ご乱心」だが、振り付けたのは当時大蔵事務次官・斉藤次郎に理論付けさせた小沢に他ならない。
 それが、民主党政権になると、政権交代狙いで消費増税などはかなぐり捨てて、2年前の選挙公約で消費増税を否定して、政権を奪取したのだ。しかし、財政の実情は小沢が増税を必要とみた94年とは比較にならないほど窮迫しており、現段階での反対論は、まさに根拠がない。小沢は口を開けば「党が割れる」「民主党員を無視し、ばかにすると必ず大きな鉄槌(てっつい)が下されると」と大げさだが、それではいかにして社会保障を維持するかについては全く語らない。要するに消費税を自らの政治権力維持の道具としてのみ使っているのだ。
 小沢の唯我独尊路線を突き詰めれば、国家財政はギリシャ、イタリアのように破たんし、年金の縮小、医療制度の崩壊、福祉事業の後退は目に見えている。問題は一知半解の小沢チルドレンだけでなく、中間派を含めた一般民主党議員の中にも、小沢の扇動に乗って盲目的な反対論が台頭してきていることだ。小沢側近は200人は集まると言うが、200人と言えば昨年の代表選で小沢が獲得した数字に他ならない。しかしいくら民主党内でも消費税で小沢の手のひらで踊るような議員が200人にも達すれば、まさに責任政党としての立場の放棄に他ならない。
 いずれにしてもこれまでは少しは愛嬌のあった小沢政治だが、今回ばかりは邪道へと踏み込んだ。問題は党の要の幹事長・輿石東が野田と小沢の間でどう動くかだが、野田がまとめようとする消費増税素案を、党ではまとめずに先送りして対応することを検討しているという。触らぬ神に祟りなし戦術だが、党内は収まっても野党の猛反発は必至だ。
 野党は政府だけが素案を作って与野党協議に提示しようとすれば、確実に「味噌汁で顔を洗って、おとといおいで」とはねつけるだろう。このような政治情勢を見る場合は単純化した方がよい。正義か邪悪かの戦いで見るのだ。そうすれば小沢の邪悪ぶりが鮮明に浮かび上がってくるのだ。紆余曲折はあっても、最後には正義が勝つ。
【筆者より】旅行のため今年はこれで最終稿とします。新年5日から再開します。どうぞよいお年を。


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◎石破旗揚げでポスト谷垣は“石石対決”の様相

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◎石破旗揚げでポスト谷垣は“石石対決”の様相
 民主党の場合は54才の首相・野田佳彦がつぶれれば49才の政調会長・前原誠司への流れであり、世代交代は定着する。自民党はどうかというとまだ古色蒼然たる派閥の長が幅を利かせているが、66才の総裁・谷垣禎一がづっこければ、いずれも野田と全く同年齢の石破茂か石原伸晃へと変わる流れだろう。「石石対決」がささやかれるゆえんである。民主党政権の体たらくから言って政権交代はあり得るから、自民党内の確執は首相の座を目指したものになり得る。
 昔から永田町では「人が良いは馬鹿の代名詞」と言われる。谷垣を馬鹿と言ってはかわいそうだが、人が良いことは確かだ。これで政権を簒奪(さんだつ)出来るかどうかだが、それは野田を解散に追い込めるかどうかにかかっている。解散に追い込めれば、増税法案成立の前であろうと後であろうと「消費税選挙」となり、政権交代の可能性が強い。功労者である谷垣が官邸の椅子を仕留めるだろう。
 しかし、追い込めない場合は来秋の総裁選挙で確実に交代となる。もはや古賀誠(71)、伊吹文明(73)、額賀福志郎(67)、町村信孝(67)の時代ではあるまい。町村だけは若干残っているような気もするが、後継は「石石対決」が軸となりそうだ。石破と石原のどっちが強いかだが、折から、石破は自らの政策集団を38人集めて旗揚げし、事実上総裁選への名乗りをあげた。38人という数は総裁選出馬条件の推薦人20人を軽くクリアしており、玄人から見ると足がかりをつかんだことになる。石原は有利な幹事長ポストを握っており、基本的には谷垣からの禅譲路線であるという。
 10月の自民党人事でもっとも奇異に見えたのが「石破外し」だろう。マスコミへの好感度で政界トップクラスの論客を外して、辛気くさい政調会長に変えた結果、自民党の発進力と破壊力は半減した。これから民主党を追い詰めなければならないという肝心なときにやる人事ではない。石破本人は「政調会長職を続けて3年やったケースはない」というが、腹に据えかねていたことは確かだ。その証拠に政策集団旗揚げの動きが人事の直後から表面化した。石破は消費税にしても環太平洋経済連携協定(TPP)にしても、煮え切らない執行部に対して歯にきぬを着せない批判を展開しており、谷垣も煙たい存在だったのであろう。 
 これに対して幹事長に勝ち残った石原は、言うなれば“爺殺し”的だ。父親で“専制君主”の慎太郎への対応でなれているのか、長老に取り入るのがうまく、派閥の長らの覚えもめでたいのだ。しかし、その発言たるや場当たり的で優柔不断に見える。石破がTPPで明白に「推進」の立場をとったのにもかかわらず、石原は最初はAPECでの参加表明反対、その後「ステージからは動いた」と事実上の方向転換。重要ポイントでこれでは他は推して知るべしだが、9.11テロを「歴史の必然」、放射線測定を「市民に線量を計らせないようにしないといけない」、反原発を「集団ヒステリー」といった具合だ。何でもしゃべればいいと言うものでもない。一方、石破は理路整然としすぎていて、返って危うさを感ずるが、石原はテレビのタレントやコメンテーター的で、軽くてその場限りの発言が多い。
 石破も石原も政治家2代目だが、石破が野人的な側面があるのに対して、石原は2代目的な優柔不断さが随所に現れている。石破は線が太く、石原は細い。そもそも政権を目指すなら戦い取る姿勢が不可欠だが、若いのに“禅譲狙い”が本当なら情けない。やるなら石破のように“旗揚げ”すべきだろう。長老の覚えがよくても、国家は担えない。こう見てくると「石石対決」は石破の方が勝ちそうな気もするが、政局は「不条理劇場」。まだまだ分からんのだ。総選挙で石破、石原がそれぞれ何人当選者を増やせるかにもかかっている。


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◎野田は“3重苦”で「姑息のどつぼ」にはまった

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◎野田は“3重苦”で「姑息のどつぼ」にはまった
 根本的な解決をしないで一時しのぎをすることを「姑息」というが、最近の首相・野田佳彦は「姑息のどつぼ」にはまった感が濃厚だ。閣僚への問責決議、消費増税、普天間移設問題の“3重苦”を抱えて対応が本筋を外しているのだ。臨時国会終了後は自ら選んで“五里霧中”の海域に突入してゆくようでもある。
 姑息の第1は、9日上提される問責決議への対応。同決議は、防衛相・一川保夫と消費者相・山岡賢次に対して行われるが、一川は確実に可決され、山岡も可決の方向だ。野田は両相を「襟を正して職責を果たしてもらう」と一応擁護の姿勢をみせている。しかし、一院の意志として閣僚の存在を否定したものが、例え法的拘束力がないにせよ、放置して済むものではあるまい。野田は昨年末の2閣僚問責可決後の経緯をつぶさに見て分かっているはずだ。
 放置すれば「不退転の決意」で望むはずの消費増税をめぐる与野党協議が動かなくなる上に、通常国会も冒頭からの空転が避けられない。その前の日程協議にも野党は応じまい。一番よいのが2閣僚が自ら辞任してくれることだが、それもしそうもない。そこで姑息なる小幅改造説が野田周辺から台頭しているのだ。改造の形で「死に体2閣僚」を切るというのだ。改造なら自らの任命責任を直接的に問われないし、小沢一郎も黙認するだろうという思惑も見え隠れする。
 その消費増税も、野田の発言は勇ましい。年末までに時期と上げ幅を決定しようとしている。その内容は2013年秋以降にまず税率を7~8%に引き上げ、15年以降に10%にする案が有力だ。これに対し、増税反対に凝り固まっている小沢が待ったをかけている。小沢は7日グループの会合で、出席者約40人を前に「財源が足りないから消費税率を上げるというのでは国民は納得しないし、次の選挙では支持されない」と真っ向から反対の意思を表明した。同グループは近く増税反対の署名活動を始める構えだ。
 こうしたなかで出てきている構想が、消費増税法案に景気に配慮して凍結できる条項を盛る構想だ。野田が、消費増税法案に景気が悪ければ増税を中止できる「景気条項」を盛り込む方針を固めたというのだ。もともと 政府・与党が6月に決めた「社会保障・税一体改革成案」に増税の前提として「経済状況の好転」と明記されており、その線上にあるものだが、明らかに小沢ら反対派を意識した対応だろう。妥協をほのめかしつつ成立を図るという姑息な手段であり、いったん成立してしまえば、行け行けどんどんとなるのは目に見えている。
 普天間移設問題も、オバマに公約した年内の環境評価書提示も、実態は手続き論であり、県知事がこれに応じて辺野古埋め立てを認めることはもはやあり得なくなった。それでも年内提示にこだわるのは、米議会もにらんだその場しのぎでしかない。度重なる民主党政権の失政で、沖縄は県ではなく「沖縄国」の様相を呈しだした。それももっとも勢力的な「首脳外交」を展開しなければ微動だにしない状況に陥っている。このままでは流れは「普天間固定」であろう。したがって事務手続きを行うこと自体が本質的解決につながらない時間稼ぎの姑息な手段となっているのだ。
 野田はこれほどの重要懸案を抱えながら訪沖しようとしない。一川などを訪沖させても、現地を激高させる効果しかない。この自ら動かない傾向も野田政治の特色だ。小沢が消費税反対を述べるなら、小沢と会談して説得すべきだ。党員資格停止中の人間に首相が手も足も出ないのでは嘆かわしい。小沢の方から「野田君が会いたいというなら、別に僕は拒まない」と言われている始末だ。消費税をめぐっても与野党協議もさることながら、テーマが大きい。自民党総裁・谷垣禎一や公明党代表・山口那津男に党首会談を持ちかけて、堂々とイニシアチブを取るべきではないか。手練手管はすぐに見抜かれることを忘れない方がよい。


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◎「致命的」と思わぬ一川の存在が「致命的」

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◎「致命的」と思わぬ一川の存在が「致命的」
 暗愚もここまで来ると「馬鹿に付ける薬はない」ということになる。防衛相・一川保夫が自らの責任について6日、「致命的なものは無い」と弁解したが、「致命的なものがないと思う発想が致命的」であることが分かっていない。自らの発言が及ぼす影響をこれほど理解していない閣僚は、はじめてお目にかかった。ただでさえ不可能な普天間移転など、かすみの彼方に飛び去ったと言わざるを得まい。
 防衛省は閣僚も幹部も伝統的にまさに「失言のデパート」だ。背景には、保守対革新の安保論争や憲法9条論争があった。従って過去には理念・信条に根ざす発言が問題となるケースが多かった。93年の中西啓介の「半世紀前に出来た憲法に後生大事にしがみつくのはまずい」発言や、07年の久間章生の「原爆投下はソ連の参戦を防ぐためにしょうがない」発言がその典型であろう。しかし一川の場合は自らの「防衛素人」発言が物語るように余りに安っぽくて、まるで「失言の100円ショップ」だ。
 沖縄防衛局長の発言は書くだけでもペンが穢れるから書かないが、一川の失言シリーズは、就任早々から始まった。まずは「安全保障の素人だが、それが本当のシビリアンコントロール」発言。次いで、国賓のブータン国王夫妻の宮中晩餐(ばんさん)会を欠席して、政治資金パーティーに出て「こっちの方が大事」。局長の暴言に関連して、「重荷を背負った」。普天間移設の原点にある米兵の少女暴行事件を「ランコウ事件」といった具合だ。
 問題は政府・与党首脳が一川をかばうことに原因がある。首相・野田佳彦が「一川氏と一丸となって沖縄の理解を得る努力をする」と“過剰擁護”すれば、幹事長・輿石東は「辞める必要ない」と断定。これでは一川も「野田総理らから激励を受けた」とますます自信を持ってしまうのだ。「豚もおだてりゃ木に登る」となる。「致命的なものがない」発言もここから出た。
 しかし、致命的なものはありすぎて困るのだ。まずルーピー鳩山が毀損した沖縄との関係にダメ押しの一撃を加えた。一川が陳謝に訪れても知事がわずか8分しか会談せず、名護市市長の稲嶺進からは、「担当閣僚の任にあるべきではない」と更迭論が出るほどである。沖縄はもはや感情的な反発で凝り固まっており、何を言っても聞く耳を持たなくなったと言ってよい。したがってもともとアメリカ向けのアリバイ作りに過ぎない環境評価書を、たとえ年内に沖縄県知事・仲井間弘多に提出できても、仲井間が受け取るかどうかが問題となる。受け取っても意見書は「ノー」となることが確実であろう。それにもかかわらず、辺野古埋め立を強行すればどうなるか。ピケを張った老人に死人でも出ればもう終わりだ。
 要するに普天間移転は実現しない方向にむけて、一川の存在が決定的な材料となったのだ。一川が「もともと駄目だから致命的なものではない」と思っているとしたら度し難い。南スーダンへの自衛隊の派遣が決まったが、自衛隊員にしてみればこのようなトップの激励を受けて、命がけの任務に就くのではたまるまい。
 すべては野田の“邪心”に根ざすことでもある。一川を守れるところまで守ったふりをすれば、消費増税でおかんむりの小沢一郎の覚えがよくなるという一点に尽きる。問責決議が成立した場合には、自らの手を汚さずに早晩辞任させることが出来ると踏んでいるのだ。ことはアメリカへのアリバイ作りだけでなく、小沢へのアリバイ作りとなっており、これではまっとうな御政道は成り立たない。


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◎野田は対小沢の二正面作戦を避けた

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◎野田は対小沢の二正面作戦を避けた
 さすがの野田も、かつての大日本帝国のように中国戦線と太平洋戦線の二正面作戦ではたまらないとみたのであろう。野田は消費税増税と防衛相・一川秀夫更迭のうちまず消費税を正面に据えたのだ。閣僚更迭は後回しにしたのであるが、いずれにしても「引くも地獄進むも地獄の様相」を帯びる。一川と消費者相・山岡賢次は、当分“死に体”のままさらしておくしかないのだろう。
 先週末からマスコミが一川の問責決議前の辞任説で突っ走っていたが、結果は間違った。政調会長・前原誠司が「少し勉強不足が過ぎる」言ったことなどがきっかけだが、野田の党内戦略から言えばもともと無理がある。野田はかねてから消費増税に関して年内に素案をまとめる方針を明らかにしていた。しかし小沢一郎が目の色を変えて反対しており、幹事長・輿石東も内心では消費増税反対とみた。野田は消費増税では、その小沢に対して真っ向から対決せざるを得ないのだ。5日に野田は、「不退転の決意」を表明した。消費税率10%への引き上げ時期や税率を明記した「素案」を年内をめどに取りまとめるよう政府・与党に指示したのだ。年末に向けてはこの超重要課題の処理で、閣僚更迭などやっていられないのだ。
 一方で、いくら暗愚でも一川と、「疑惑がスーツを着て歩いているような大臣」(自民党・稲田朋美)山岡賢次は、よりによって小沢グループだ。とりわけ一川は輿石が推した人事であり、山岡は小沢が推挙している。その2閣僚を直ちに切ったら、間違いなく小沢は臨戦態勢に突入する。今のところは野田に寄り添っている輿石も離反するだろう。したがって、野田は問責決議が可決される前から一川を罷免しても何の得にもならないと判断したのだ。
 それより、事態の成り行きに任せた方がよいとみたのだろう。折から自公両党は一川に加えて、山岡の問責決議案も国会最終日の9日に提出する態勢を整えた。提出されれば可決となる流れだ。通常、辞任をしなければ可決と同時に参院の審議はストップするが、野田は国会を延長をするつもりはないから、両相共におそらく辞任しないまま宙ぶらりんの状態で推移させるのだろう。それに現段階で辞任させれば野田の求心力ががたがたになりかねず、消費増税とりまとめにも影響する。
 ここは何としてもしのいで、野田としては消費増税素案を年内にまとめ上げるために全力を傾注したいのだ。しかし過去5人の首相と閣僚は問責を受けて、いずれも“死に体”となり、結局は辞任に追い込まれている。とりわけ消費増税の素案がまとまれば、消費増税準備法案作成に向けて野党との交渉をテーブルにのせなければならない。したがって通常国会まで2閣僚を辞任させないまま推移させるわけにはいくまい。去年の仙谷由人、馬淵澄夫の例とそっくりの事態に陥るのだ。
 前首相・菅直人と同様に小幅の内閣改造を断行するか、更迭・補充の形を取るかは別として、「暗愚と疑惑」の2人は切られる方向であろう。一川は精神的にぷつんと切れて、自ら辞任するかも知れない。はっきり言えば野田は小沢を意識して、“外圧”を活用して2閣僚を辞任させるわけだ。しかしドミノ倒しの2閣僚辞任となれば、政権に与える影響は大きい。菅の場合は、あわや3月危機で退陣か解散かという事態が待ち受けていたが、大震災が発生して九死に一生を得た経緯がある。野田の場合は、当然任命責任を追及されることになる。閣僚への問責可決で首相問責で追い込まれる“下地”が出来、次第に解散・総選挙を視野に入れざるを得なってくるだろう。 


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◎オフレコ破りには取材源が“逆襲”する

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◎オフレコ破りには取材源が“逆襲”する
 クビになった前沖縄防衛局の田中聡の発言は言語道断だが、これも表に出なければ「発言」にはならない。記事にしたのは琉球新報記者であるが、発言はオフレコを前提にしたものであり、結果的にはオフレコ破りとなる性格のものであった。この経緯を観察してあえて言わしてもらえば、筆者だったら絶対にオフレコを破って書くことはない。なぜなら記者の財産は取材先との信頼関係であり、それを破ることは自らの存在を否定し、国民にとって不可欠なより一層重要な情報へのアクセスを不可能にする可能性があるからだ。多数で懇談する場で得た情報を書くには出席者全員の同意が必要だ。
 琉球新報が「『犯す前に言うか』田中防衛局長 辺野古評価書提出めぐり」と報じたのは先月29日。記事の末尾に「田中局長は非公式の懇談の席で発言したが、琉球新報社は発言内容を報じる公共性、公益性があると判断した」とオフレコを破った理由を説明している。確かに沖縄タイムズ紙との激しい競争がある中で、この記事を書けば、県民の感情を刺激して、大きな共感を買うことは間違いなく、あえてオフレコを破ってでも報道したくなるテーマであろう。報道すれば確実に政権を直撃する“英雄”にもなれるテーマである。表に出てしまえば公共性も公益性も確かにあるし、その場に居合わせた記者の感性が「県民として許しがたい暴言」と受け取ったであろうことも十分理解出来る。
 しかし冒頭述べたように書いてはじめて「公共性、公益性」の論議が「始まる」のであり、琉球新報の理由づけはあえてオフレコを破る真意については語っていない。職業には「掟」と言うものが必ずある。例えは悪いが「指詰め」が象徴する暴力団のそれから、ホワイトハウス詰め記者団の紳士協定(a gentlemen's agreement)にいたるまで様々だ。ホワイトハウス詰め記者の場合も少数によるオフレコ懇談があるが、ウオーターゲート事件の激しい政局取材合戦の最中でもオフレコ破りがあったという例は皆無であった。防衛局長の懇談に出席していた朝日新聞の那覇総局長が3日付朝刊の〈記者有論〉で「いまこう書くのは大変気が重いが、たぶん記事にしなかったのではないかと告白せざるを得ない。酒の席で基地問題を男女関係に例え、政府が意のままに出来るかのように表現するケースは、防衛局長に限らず、時々聞いたことがあるからだ」と述べていることは注目される。出席者の大半がこうした考えであったことを物語るからだ。しかしこの種の発言はいったん外に出ると「正義」としてまかり通る。事実上解禁となり、他の記者も追いかけざるを得ない。
 なぜオフレコは守らなければならないかだが、まず「小の虫を殺して大の虫を助ける」ということがある。政治記者の場合大の虫とは政局の動き、外交・内政とその帰趨、国会の展望など、国家の命運に関わる超重要課題を重要視する。酒の会などでの取材対象の失言は、その重要課題の「傍証」とはなるが、決定打とはならないケースが多く、オフレコを破ってまで書かない。その代わりより重要なニュースで勝負するのだ。オフレコなら本音を聞けるケースが大きいのだ。次に重要なことは、古い言葉だが、他社との“仁義”がある。1人だけ抜け駆けをして、他の仲間の記者を裏切ることはやるべきではないし、やれば絆は切れる。どうしても記事にしたいという問題が生ずることがあるが、その場合は幹事社にアピールする。幹事社は出席者全員に図った上で解禁かどうかを判断する。琉球新報の場合はこの手続きを踏むべきだった。
 よく言われるオフレコ懇談会批判に「記者は書くために働いているのであり、聞いたことはすべて書くべきだ」と言うものがあるが、これは多様な情報収集の現場を知らない。ゴミ記事に至るまですべてを書いて、重要ニュースが欠落する羽目になれば、それこそ国民共通の知る権利は達成されないのであり、ジャーナリスト失格ではないか。独自取材ならもちろん書くか書かないは自由だが、多数の場を間違いなく“利用”して得た情報を、勝手に書くのは“仁義”に反するのだ。
 新聞、通信社にはオフレコ懇談会や夜討ち朝駆けの内容を記者がメモにしてデスクに提出するのが通例だ。メモにした情報を政治部記者全員が掌握して、判断に誤りを来さないように期するためである。これには全く問題はない。しかし、最近はこのメモが政界などに出回っている。自民党前政審会長の山本一太が、自らのブログでこの傾向を分析している。山本によると「今の永田町には、マスコミ関係者との『オフレコ懇談』などというものは存在しない。懇談の相手が政府高官や党幹部なら、必ず『発言メモ』が本社に上がる」と実態を暴露している。
 したがって山本は「この記者に言えば、あそこらへんには伝わるだろうなと考えながら、言葉を選ぶ」のだそうだ。しかし自分のオフレコ懇のメモが回ってくることもあるようで、あきれている。山本は「今後はやけに詳しい記者メモが出回った時は、このメモを作った記者の実名を書かせてもらう」と警告している。取材源からの警告は初めて見たが、山本が読者数トップクラスの自らのブログで叩けば、その記者は永田町から総スカンを食らう可能性がある。もっともメモを書いた本人が流布することはまずあるまい。今後取材源が泣き寝入りするどころかwebを武器に反撃に出るケースが想定されて面白い。山本は「信頼関係のあるプロフェッショナルから、情報が漏れたことは一度もない。そういう人じゃないと、ディープな意見交換なんて出来るわけがない」と強調している。まさにいつの時代も記者と取材源は信頼関係だけでもっているのだ。


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◎野田Vs小沢がコリジョンコースに入った

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◎野田Vs小沢がコリジョンコースに入った
 このところ民主党元代表・小沢一郎による消費増税反対の発言が尋常ではない。1日は「鉄槌が下る」とまで言い切った。一方首相・野田佳彦は同日の記者会見で並々ならぬ決意を表明、「先頭に立つ」と宣言した。西部劇なら単線を遠くから二つの機関車が正面衝突のコースを走り始めたことを意味する。これを「コリジョンコース現象」という。おそらく激突して火花を散らすか、どちらかが急ブレーキを掛けるかのぎりぎり勝負となるだろう。
 観察していると11月15日の小沢と幹事長・輿石東の会談がきっかけとなっているように見える。会談内容は分からないが、以後小沢は環太平洋経済連携協定(TPP)や消費増税で野田批判を繰り返し始めた。TPPでは「古くさい卑屈な言葉の使い分けを外交で演じたのは、日本にとって大変なマイナスだ」と正面切って批判。30日夜には「いま消費税率を上げれば党が二つに割れる。このまま衆院解散になれば、戻ってくるのは50人ぐらいだ」と脅しをかけた。そして1日に至って「政府から消費税の問題も含めいろいろアナウンスがある。皆さんを無視し、ばかにすると必ず大きな鉄槌(てっつい)が下されると非常に心配している。政権交代の原点に返り、初心を取り戻さなくてはいけない」とまで言って脅しをかけた。
 せきを切ったように攻勢に出た小沢だが、輿石の方は消費税での発言を自ら封じてしまっている。しかし輿石はかねてからの消費増税反対論者である。1月の通常国会の代表質問では「『民主党は衆議院の任期中に消費税率を上げることはない』ということを一貫して主張してきており、果たしてそれが守られるのか、不安の声が聞かれるのも事実だ」と首相・菅直人を追及している。小沢・輿石会談はその後の動きを見ると「野田が消費税で目の色が変わっているのは困ったモンだ。痛めつけるか」くらいのことであったのだろう。小沢は「ボクがやるから君は黙っていてくれ」というところだ。輿石を温存して、いざというときの調停役または決め手に使おうということではないか。
 しかし小沢の発言を分析すると、危険な側面がちらついているのが分かる。「50人しか戻れない」がその典型だ。当選した308人のうち50人しか戻れないとなれば、小沢チルドレンは全滅だ。「お前ら、野田を捨てておくと消費税解散に追い込まれて、大変なことになるぞ」と言外に煽っているのだ。その煽りが利いてきて、党内はTPPの比ではないほど反消費税の声が満ちてきた。小沢は床に油をまいて回っているのだ。しかし「党が割れる」とは言っても「割る」とは言っていない。時事通信によると側近の元参院議員・平野貞夫が29日の講演で、小沢が「党から出ると簡単に言うな」と周囲に語っていることを明らかにしたという。さらに小沢は平野に「国民の生活が第一ということが守れる政権を続けることだ。今の政権にそれができないなら、そうさせることだ。その意見を多数にすることが(新党結成より)優先される」と語ったという。これなら条件闘争であり、新党結成の動きではない。いくら何でも裁判闘争中の刑事被告人が新党を結成できるかということでもあろう。「新党、新党」とうるさい亀井静香との会談も牽制球であることになる。しかし、こればかりは激突の“弾み”があるからまだ断定は出来ない。
 こうした小沢の動きについては野田は十分承知の上で1日の発言に至ったのだろう。何と「私が先頭に立ち、年内をめどに取りまとめるため政府内、与党内の議論を引っ張っていく」と発言したのだ。「先頭に立ち与党の論議を引っ張る」という“宣言”は、野田がはじめて投げ返した小沢に対する牽制球に他ならない。小沢の脅しに脅してぎりぎりのところで妥協を迫る政治手法には、あえて屈せずに無視して突っ張ったのだ。野田は側近に「私が一歩でも引いたら総崩れになる」と漏らし、ともすれば腰が引けている閣僚や側近らの奮起を促しているのだ。いずれにしてもコリジョンコースであることには変わりがない。年末までに素案がまとまるのか、それとも、あえなく野田が小沢に降伏するのか。民主党政権の正念場が到来しつつある。


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◎党首討論で野田がなぜ勝ったか

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◎党首討論で野田がなぜ勝ったか
 大震災で嫌々お見合いしていた与野党が、ついに“破談”に立ち至った。それも首相・野田佳彦と自民党総裁・谷垣禎一の党首討論は軍鶏(シャモ)のけんかのように、不毛の蹴飛ばしあいに終始した。総じて、谷垣の追及に迫力を欠き、6.5対3.5で野田が勝った。勝敗を分けたのは、野田が焦点である環太平洋経済連携協定(TPP)参加と消費増税で世論の支持を背景に地歩を築いたにもかかわらず、正面切って反対と言い切れない谷垣が手続き論に終始した結果だ。
 本来党首討論は大政党のリーダーらしく、じっくりと国政の在り方を双方向で議論する場であったはずだ。ところが谷垣は対話どころか内容に欠ける揚げ足取り質問に終始した。これでは一般議員の予算委の点数稼ぎ質問と変わらず、野田に作戦負けをした。無理もないTPPでは幹事長・石原伸晃が参加に前向きの姿勢を見せているように最終的には参加を是認するしか道はなく、消費税では参院選で10%への増税を公約しており、本質的な差異がないからだ。従って核心を突けず、勢い手続き論に傾斜せざるを得なかったのだ。 民主党がマニフェストに事実上消費税反対と書いて総選挙に勝って、今度は推進することがけしからんと言っても、消費税導入が必要であるという大局の認識では変わらない。結果として重箱の隅を突っつく追及となったのだ。早期解散・総選挙で政権奪回に持ち込みたいという焦りが、質問を上滑りさせたのだ。マニフェスト違反の政権の欺瞞(ぎまん)性は国民が審判すればよいことであり、消費税の是非とは本質的に違う。政権が自党と同じように消費税に前向きに転じたのであれば、これを是認する大人の寛容さが必要だ。
 そうした自民党の抱える矛盾を野田は逆襲した。TPPに関しては野田は谷垣が当初は「交渉に参加することまで反対できない」と述べていたにもかかわらず、その1週間後にAPECでの参加表明に反対したことをとらえて「立ち位置を示せ」と迫った。消費税に関しても自民党の財政健全化法案に「超党派会議で政府の素案を検討するとある」と指摘、素案の段階での与野党協議を求めた。TPPに関して谷垣は、政府から情報が全然伝わってこないと反論したが、これは自業自得だ。外務省も経産省も何でも反対野党化した自民党に情報を渡すわけがないではないか。いまや官僚も自民党を「情報を渡しても安心な政党」とみなさなくなったに違いない。
 最後に谷垣は「国民との信頼関係なくして国家の大事を成し遂げられるはずがない。だから信を問うて足腰を鍛え直して出てこなければならない」と取って付けたように解散・総選挙要求したが、野田に無視された。逆に野田は「同じ思いがあるのなら国民のために成案を得るようお互いに努力しよう」と呼びかけたが、確かにに「賛成だが反対」という谷垣の主張には無理がある。
 党首討論の傾向は一貫して党首が言いっ放し、けなしっぱなしの風潮が定着してきたが、とりわけ今回はその傾向が目立った。背後に解散綱引きへの思惑があるのだが、これでは進歩がない。問題は質疑の時間が少なすぎることだ。谷垣の場合も持ち時間が40分では、相手を切ることに精一杯となり、じっくり本質をえぐるところに至るまい。すくなくとも3時間は時間を取って、怒鳴り散らすのではなく対話形式で問題の本質をえぐり出す形が必要だ。
 結果的に党首討論を通じて鮮明になったのは国の命運を左右するTPPと消費増税において、民主、自民両党に大きな差異がないという点であろう。谷垣はそこを、手続き論で攻めようとするから無理がある。もし自民党が政権に復帰したらどうするのかを考えるべきだ。ここは潔く国家百年の大計を優先させて、対決と協調を是是非非で判断すべき時ではないか。谷垣は消費税を「素案でなく成案を閣議決定せよ」と言うが、素案の段階から与野党協議に応じて、自民党の主張を取り入れさせる方がまっとうな政治だ。民主党内で小沢一郎が邪悪な消費税反対論をぶち始めており、谷垣は野田のお手並み拝見といきたいところだろうが、むしろ逆に野田サイドに立ってはどうか。いずれにしてもTPPも消費税も総選挙の焦点になっても争点にはなりがたい。議論としては双方痛み分けなのだが、捨てておいても次の総選挙では消費増税が影響して、政権政党であるが故に民主党が有権者の腹いせにあって負けるのだ。谷垣はそこに理解が至らない。ドジョウに食われるようでは、討論後のドジョウ屋の酒もさぞや苦かったことだろう。


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