◎海江田が辞めればポスト菅の有力候補に
◎海江田が辞めればポスト菅の有力候補に
まず「菅降ろし」が先決であろうに、民主党の代表選挙に若手が手を挙げて事実上スタートしかかっている。既成事実を作って首相・菅直人に辞任圧力をかけるのも一方法だが、なにやら号砲が鳴らないままスタートした草競馬のようでぱっとしない。本命は満を持して走り出していないが、既に候補と目されている財務相・野田佳彦に加えて、「反菅」で経産相・海江田万里が急浮上している。最後はやはり元代表・小沢一郎の動向が左右しそうな雰囲気だ。
前国土交通相・馬淵澄夫が手を挙げるに当たって「当選3回を超えれば、政治家としての経験というのは一定のレベルを超えたと判断してもらえるだろうと思っている」と胸を張ったのには驚いた。田中角栄が竹下登に「まだ十年早い」と言ったのが竹下が当選8回のころだから、変われば変わるものである。それにつけても手を挙げ始めた連中は本気で代表になれると思っているのか、それとも選挙近しで売名のために代表選を活用しようとしているだけなのだろうか。産経新聞の「今、日本の首相にふさわしいのは誰か」という調査に馬淵0.6%、元環境相・小沢鋭仁 0.2%、元国対委員長・樽床伸二にいたっては泡沫にもなっていない0.0%だ。いくら何でも閣僚数回と党役員をこなさなければ、「首相業」にはとても耐えられない。小学校の生徒会長選びとは違うのである。
まともに次期代表候補として論ずることが出来るのは野田、海江田、農水相・鹿野道彦、前外相・前原誠司、官房副長官・仙谷由人までだろう。幹事長・岡田克也は地方選敗退が痛く見送らざるを得まい。政調会長・玄葉光一郎、原発担当相・細野豪志は嘱望できるがまだ早い。小沢は謹慎中の身だ。この中で今一番輝き始めたのが海江田だろう。いまや「憎悪の人」となった菅の下で閣僚の中で1人苦労している姿が目立つのだ。菅を「鴻毛のごとき軽さ」と形容するなど、与野党のやんやの喝采を浴びている。「我慢の子」の姿は、忠臣蔵で吉良義央にいびられる浅野長矩をほうふつとさせて日本人の感情を揺さぶるのだ。
問題は、今後の身の振り方だ。「辞任する」といいながら辞任しないままずるずる留任して、菅に先に退陣されてしまっては一挙に「男が下がる」。候補としても落第する。小沢が「海江田は大臣を辞めれば総理になれるのに、なかなか辞めないな」と側近にこぼしたという話を朝日が報じて、なおさらその進退が注目されるところとなった。要するに海江田は「辞任カード」を切ることだけが「代表選カード」を入手できる人なのだ。だからタイミングよく辞任して菅を退陣に陥れるきっかけを作れなければ存在価値がない。
小沢が「辞めれば総理になれる」と漏らしているのは相当の重みを持つことなのだ。というのも本命視される野田はかねてから反小沢で通してきており、これも反小沢でばりばりの仙谷が押している。前原も反小沢だが、後見人の仙谷は前原を今回は見送らせて温存させたい考えのようだ。一方、小沢陣営も一部には鹿野を擁立する動きがあるが、小沢が首をかしげていると言われる。それよりも小沢はもともと親小沢の海江田人気に乗った方が得策と考えてもおかしくない。反小沢の野田と、親小沢の海江田の激突の構図になればいい勝負になる。
今回の代表選は「舌禍」「増税」「原発」「総選挙」が陰に陽にテーマとなろう。党内は2代続いた「妄言首相」に懲りている。舌禍を起こしそうもないのは野田だろう。前原、海江田は起こす可能性がある。「増税」は野田が消費税導入だが、小沢が反対であり、海江田は増税路線には慎重な発言をせざるを得まい。「脱原発」は有力候補が次々に「原発維持」の考え方を表明している。「原発見直し」を言うのは馬淵くらいにとどまっている。この結果、新政権が出来れば「脱原発」は立ち消えとなる方向であろう。野党は新政権を早期解散に追い込もうとするから、選挙向けの顔には前原が一番いいが、その場合外国人献金問題で攻撃される恐れもあり、微妙だ。前原に次ぐ大衆受けする「顔」は海江田だろう。
◎「亡国首相」を無視し、原発輸出を促進せよ
◎「亡国首相」を無視し、原発輸出を促進せよ
発言の世界的影響を考えぬ駆け出し市民運動家に返ったような首相・菅直人の思いつき発言が、トルコへの原発輸出に暗雲を垂れ込めさせている。言いたい放題の「脱原発路線」が“実害”となって跳ね返ってきているのだ。原発輸出は生き馬の目を抜く国際競争のさなかであり、耐震性では世界一の技術を持つ日本製原発に比べて、未熟な中国や韓国製原発が発展途上国に蔓延しかねない状況も生じている。「中国製新幹線事故」が、原発で発生してもおかしくないと専門家は指摘している。もはやここにきたら首相の「浅慮の致すところ」を政界、官界、自治体、産業界はまともに受け止めて対応すべきではない。当面「亡国の菅発言」を無視して、正しいと思った政策を推進すべき所にきている。
「すごい神経だ。まともな神経ならとうに辞めている。逆に感心してしまう」。寡黙な小沢一郎が久しぶりに口を開いたが、菅の発言はこのところ常軌をを逸している。とりわけ原発に関する発言が暴走の域に達しており、小沢の言うように「異常者」のレベルだ。「脱原発」を唱えた翌日に「個人の考え」と訂正する。自ら先頭を切って奨励した原発輸出を20日にいったん中止しない方針を示したが、翌21日になると「もう一度きちんとした議論がなされなければならない」とひっくり返す。ルーピー鳩山の妄言に勝るとも劣らぬ舌禍であり、国の最重要政策をもてあそんでいるとしか思えない。ついに地方自治体まで“不信任決議”だ。全国都道府県議会議長会は27日、「菅首相退陣要求の緊急決議」を採択している。まさにゆゆしき事態が広がっている。
こうした中でトルコは日本が受注を目指して交渉してきた原発建設計画で、「日本が交渉継続の方針を明確にしなければ、優先交渉権を7月末で撤回する」と伝えてきたのだ。菅が成約したはずのベトナムも韓国の働きかけでぐらつき始めているという。フクシマ以後の世界の原発事情を展望すれば、主要国で脱原発を表明したのはフランスから電力を買えるドイツとイタリアのみである。原子力を核兵器として開発してきた、米露英仏中の5か国はいずれも原発推進路線である。原発はあらゆる先端技術の複合体であり、主要国の中で唯一平和利用に徹して原子力を開発してきた日本の技術は世界の専門家の間で高く評価されてきた。
事実、日本の原発は、地震に関しては世界最強を誇るといってもよい。直下型の新潟地震でも、基本的には耐え抜き、東北電力女川原発も東日本大震災の地震と津波に耐えたのだ。焦点のフクシマだが、実は国際原子力機関(IAEA)の専門家の多くが、マグニチュード9に耐えたことを驚きをもって評価しているのだ。問題はその後に起きた1000年に1度の津波に耐えきれなかったのだ。だから実績などをアピールすれば、原発輸出を展開していくことは十分可能とみられていた。事実、ベトナム副首相から「日本の技術を高く評価する。災害の経験を生かした新技術を導入して作ってほしい」と評価され、トルコ大使からは「いまでも日本の技術を信用している」という意思表示がなされていたのだ。それを菅がひっくり返したのだ。
菅の言うように「原発ゼロ」を目指せばどうなるかだ。まず営々として積み上げてきた原子力平和利用の技術が失われる。世界の原子力開発は事実上、核兵器開発諸国の手によってのみ牛耳られ、イニシアチブを握られ、日本はし烈な競争から脱落する。エネルギー安全保障は他国の手に完全に委ねられる。間隙を縫って中国、韓国が安価で低技術の原発を売りまくり、世界的に「原発不安時代」が到来しかねない。先端技術の複合産業であるが故に「日本脱落」のもたらす影響は計り知れない。現在1%に満たない自然エネルギーの開発は10年、20年先の夢ではあるが、エネルギー供給確保の現実論にはなり得ない。おりから企業の7割が安い電力を求めて海外移転を考慮し始めており、そうなれば産業の空洞化は現実のものとなる。民間調査機関によると全54基の原発が止まった場合、国内総生産(GDP)が14兆円以上減少し、発電コストは4兆円増加し、50万人が失職するという試算がある。
要するに菅のパフォーマンスのみに踊らされてはならない問題なのであり、政争の具と化してもならない。また平和利用に徹した政策を、一部新聞や低俗民放番組のように国民の核アレルギーを呼び覚まして反核兵器運動と混同させてはならない。したがって何が何でも8月いっぱいで菅を引きずり下ろす必要があるが、それまでの間は、菅の思いつき発言に政治家も官僚もいちいち踊らされるべきではない。だいいち官房長官・枝野幸男が「輸出見直しを示唆したとは受け止めていない」と述べており、ベトナム、トルコへの輸出はちゅうちょなく継続すべきだ。ベトナムだけで1兆円規模の原発輸出の成否は精神的にも実態経済面でも「国力」堅持の瀬戸際に立っていることを象徴する。敗退すれば原発ドミノ倒しの危機だ。それがまわりまわって震災復興へとつながる事を忘れてはならない。当面「亡国の首相」は無視するのが一番の方策だ。それこそが「無政府」ではなく「有政府」なのだ。
◎解散を封ぜられた菅に「必死」がかかった
◎解散を封ぜられた菅に「必死」がかかった
「解散しない」のではなく「解散できない」情勢に立ち至ったのだ。首相・菅直人は解散権を封じられたのである。「脱原発解散」などそもそも政局ど素人の側近が考え出して、菅が乗った「虚構の構図」にすぎなかったのだ。こうして菅は解散権という首相の持つ“大権”の最たるものを失った。将棋で言えば王手飛車を食らったことになり、必ず詰む「必死」がかかった状態になった。しかしこの棋士は3手先が読めないで投了せず、無駄な「長考」に入るから困るのだ。
脱原発にせよ解散にせよ大テーマを臆面もなく発言する菅に不快感を覚える。まさに“不快菅”だ。その原因は、菅自身がレームダックだからである。レームダックが何を言っても、もはや国民は聞く耳を持たず、まだじたばたしているとしか感じない。だから世論調査でも8割が退陣を求めるのだ。しかし本人は自分が勝負強いと思い込んでいるから始末に負えない。過去に菅を救う“奇跡”とも言える事態が2度起きているからだ。一つは外国人献金での退陣寸前に大震災が発生して虎口を逃れたこと。他の一つは不信任案成立直前に「鳩」が飛び出て窮地を脱したこと。これが菅に「2度あることは3度ある」という「変な自信」をつけてしまっているのだ。
外交で薄汚い究極の禁じ手を打ちそうになっているのがその証拠だ。在職中にホステスにカードを渡して議員宿舎に出入りさせた元拉致問題相・中井洽が、中国・長春を訪れ、北朝鮮高官と接触していたのだ。菅と中井は、どちらが持ちかけたか知らないが、北から数人を取り戻すだけで喝采がわくとでも思ったに違いない。しかしレームダックが外交をすべきでないのは古今東西の常識となっている。相手に足元を見られて国益を損ずるからである。結局話しはつぶれかかっているようだが、外交に活路を見いだすことだけはやめてもらいたい。
そこで「脱原発解散」だが、さる10日に分かっているようで全く分かっていない評論家がテレビで「菅さんは何が何でも脱原発で解散する腹を固めたとしか思えない」と断言したのに対し「脱原発謝恩大解散など不可能だ」と分析したとおり、菅が明言した。「まずやるべきことは震災の復旧・復興と原子力事故の収束で、私はダブル選挙でいいと思っている。その段階で国民に判断してもらう時期が必ず来るので、『何が何でも早く解散』というのは、国民の気持ちとは、かなり離反している」と完全否定したのだ。もっとも今度は2年後のダブル選挙を言い出しているから、またまた政界が「カチン」とくる。「2年後まで菅に言われたくない」からだ。
支持率12.5%(時事)の首相にはいくらじたばたしても「脱原発解散」は無理だ。野党がテーマにさせないし、政権議席を維持したい民主党内がこぞって反対する。閣僚も閣議書に署名しない。だから冒頭指摘したように、菅は解散できないのだ。出来る可能性があるのは、憲法上解散権が保証されているから、「破れかぶれの自爆解散」だけだが、これは狂気の政治行動であり、通常の分析範囲を超えている。したがって菅は解散権を事実上封ぜられたことになる。
あとは、まな板に置かれた鯉にもかかわらず飛び跳ねる菅をいかに料理するかだが、菅の解散否定で状況は変わった。野党もいいかげん赤字国債発行法案を人質に取り続けることをやめるべきだ。人質で脅かしても解散に追い込めなければ意味がないではないか。同法案がなくても10月までやりくりできるという説があるが、成立を急がないと第3次補正や来年度予算案編成など重要日程に確実に支障を来す。ここは震災にあえぐ国民の状況を大局的におもんばかり、妥協すべきだ。妥協して菅退陣の条件を整えるしかあるまい。早期解散は新首相に迫るべきだ。材料は腐るほどある。
◎鳩山は“マニフェスト教祖”をやっている場合か
◎鳩山は“マニフェスト教祖”をやっている場合か
「ペテン師だ」と首相・菅直人を決めつけたまではいいが、その「ペテン師降ろし」をことごとく批判・否定して、政界の足かせとなっているのが前首相・鳩山由紀夫だ。批判は勝手にすればよいが、不信任決議をめぐり自分が菅にだまされたことによって、全ての問題を引き起こしたことはとんと忘れている。この人物は自らの発言の忘却を糧にして生きているとしか思えない。若夫婦にとって邪魔な姑(しゅうと)を「姑の場塞がり」とはよく言ったものだが、マニフェストも実現不可能になった。公約通り“政治家としての責任”を取って引退し、いい加減に「場塞がり」をやめてはどうか。
鳩山の言動について自民党政調会長・石破茂が「トラスト・ミーと言いながら米国大統領を欺き、総理を辞めるだけではなく議員も辞める、と大嘘をついて平然としている鳩山氏だけには言われたくないと思う」とブログに書いているが、その通りだ。最近の鳩山はとにかく何でも反対だ。前外相・前原誠司が民主党の前元代表で菅に退陣を迫ろうと呼びかけても応じず、若手議員らの早期退陣要求署名にも乗らない。そうかと思うと幹事長・岡田克也が野党にマニフェストの不履行を謝罪すれば、「マニフェストは政権の骨格で否定するのはとんでもない」「魂を売り飛ばしてはならない」と最大限の表現を使って批判。さすがにこれには政権内部からも批判が出た。経済財政相・与謝野馨が「鳩山さんはある種の宗教を語っているようだが、実際の政策はそんなものじゃない。マニフェストは正しかった、今も信じなきゃいけないと言うが、だれが見ても不十分なのは明らかだ」とこき下ろした。
たしかにここまで来ると鳩山は“マニフェスト教”の教祖のようなものだ。そもそも鳩山は首相就任早々の本会議答弁で「マニフェストは国民との契約だ。必ず実現する。もし4年たって政策が達成されていないと思われたら当然、政治家として責任は取る」と言明している。しかし埋蔵金の発掘と無駄使いの排除で出てくるはずの16兆8000億円は空想性虚言の類いとなり、破綻は現実のものとなっている。野党はそこを突いて、赤字国債発行法案の成立を拒絶し続けているのだ。冒頭述べたように、全ての発端は鳩山が菅にだまされて、不信任案否決に力を貸したことにあるのだ。執行部は菅が出した条件を満たすにはマニフェストの破綻を認めるしか方策は無い。苦肉の策が「マニフェスト不履行謝罪」であったのだ。
そもそも執行部の陳謝などは、鳩山が繰り返してきた虚言、妄言にくらべればかわいいものだ。いまさらながら「トラスト・ミー」に始まって、「普天間移設は最低でも県外」、「次の総選挙には出馬しない」などなど全ての重要発言が虚飾に満ちている。これでは鳩山が菅を評して言った「政治家同士だから口で約束したことは守る。当たり前の話だ。それができなければペテン師だ」は、そのまま自分自身に当てはまるのではないか。このまま4年間も虚構のマニフェストが維持されては日本が「死に体」になるのは目に見えている。4年を待たずに2年で破綻したのだから、当然鳩山は公約通り政治家としての責任を取って議員辞職すべき時だろう。少なくとも次の選挙には立候補すべきではない。「君子行いを以て言い、小人舌を以て言う」だ。民主党の2代続いた首相の“舌禍”には日本中がもう辟易(へきえき)としているのだ。「鳩」が出るとつぶれるから「菅降ろし」には参画しなくてもよい。せめて自分の進退くらいは、「行いを以て示す」べきではないか。
◎民主党政権は解散で「マニフェスト撤回」の信を問え
◎民主党政権は解散で「マニフェスト撤回」の信を問え
「ごめんなさいで済むなら警察はいらない」と自民党国対委員長・逢沢一郎が24日、NHKで開き直ったが、これは「国会はいらない」と言い直すべきだ。マニフェストが実現不可能になったことについて幹事長・岡田克也が謝罪したと思ったら、首相・菅直人までが「本質的な方向は間違っていないが財源問題で見通しが甘い部分があった。不十分な点は国民に申し訳ないとおわびしたい」と謝罪したのだ。4年間で達成の約束が2年で挫折・撤回したことになる。謝れば09年の総選挙で出来もしない政策と財源を並べて国民を欺いた罪が許されるのだろうか。許しを請うなら民主党政権は、例え菅が退陣した後でも国会を解散して国民の信を問い直すべきだ。誰が見てもそれが憲政の常道だ。
「よく言うよ」と思うのは朝日の社説。散々民主党政権を持ち上げてきて、首相と幹事長が謝罪した今になって「とっくの昔に、謝るべきだった。どうしてここまで時間がかかるのか」とのご主張である。どうやらさすがの朝日も民主党政権に見切りを付けたようだ。特集記事の中でも大転換した。「マニフェストを実現できないと宣言したまま任期満了まであと2年政権を担当し続けることは、正当性を欠く。菅首相の辞任後の代表選で徹底的に政策論争をしたうえで、新首相(党代表)は新たなマニフェストを練り上げ、できるだけ早く国民の信を問うのが筋だ」と宣言した。民主党政権が出来て以来初めてうなずける同社の論調に出会った。編集委員の曽我豪は朝日にしては是是非非の歯にきぬを着せぬ発言をするが、テレビで「総辞職か解散しかない」と断定している。たしかに、首相の体たらくに加えて、マニフェストの撤回は政権そのものの行き詰まりを意味する。解散すべきだ。それにつけても主筆・若宮啓文の論調はユニークさを通り越している。25日付紙面で菅に「ゲリラ議員に戻って脱原発で動き回る」ことを勧めている。「脱原発ゲリラの勧め」とは穏やかではない。恐れ入った。
こうしてマスコミの大勢は早晩早期解散・総選挙論が主流になりつつあるように見える。逢沢も「幸いこの8月から9月にかけて、被災地も一部の例外を除いて地方選挙ができる状況になってきた。これだけの状況に国政がなっている以上、秋以後、国政選挙は必ずできる。それが各政党の国民に対する、一番誠実な態度になると思う」と述べたが、あきらかに菅が狂気の“自爆解散”に飛び込むのを誘っているのだろう。問題はいかにして「菅の手解散」を実現させるかだが、自民党政調会長・石破茂が新たな奇策を提唱し始めた。本会議で先に否決した内閣不信任案を「不信任案無効決議案」を可決した上で、不信任案を再提出して成立させるというものだ。いちいち面倒な手順を踏まなくても不信任案再提出だけでことは足りると思うが、念には念を入れようというわけか。政権維持の妄念に燃える菅なら得たりやおうとばかりに総辞職でなく解散に打って出るというわけだ。菅はとっくに消えた「脱原発解散」の争点が、いまだに利くと見ているフシがあるから、やりかねない。しかし、民主党内は自爆解散で3分の2以上が議席を失いかねないとあって、懸命に止めに動くだろう。民主党政調会長代理の城島光力は、「全力を挙げて阻止する。おそらく全閣僚が解散閣議書に署名しないだろう」と述べている。実力阻止の動きになることは確かだろう。
それでは圧倒的に「菅は辞めない」という永田町の“読み”のなかで、本当に辞めないかを分析してみよう。こうなったら菅に直接会った議員の発言から感触を探るしかないが、首相補佐官退任の挨拶で菅に会った馬淵澄夫が「菅さんは強がりで発信しているが、本人の雰囲気は違うと受け止めた」と述べている。国会対策委員長・安住淳も「私の受けた感じでは一日でも長くやりたいと言う感じではない。退陣は早晩に実現する」との感触を述べている。岡田も野党に「赤字国債発行法案などが成立すれば、必ず退陣する」と明言している。これらの感触から見ると、ようやくさしもの菅も“弱り”はじめてきたかなと思える。しかしとどめを刺すには、赤字国債法案の成立は不可欠だろう。自民党が自爆解散にこだわり続けると政治空白が続き過ぎる。ここは退陣条件の3法案を成立させてみるという“賭け”も選択肢かも知れない。それでも辞めなければ、当然世論は菅に向けられる。その方が解散に追い込みやすくなるだろう。夫人・伸子の“名言”「支持率にマイナスはない」に、支持率ゼロなら反論できるかもしれない。ゼロなら限りなくマイナスを含むからだ。
◎海江田が脱原発左傾化政権の防波堤だ
◎海江田が脱原発左傾化政権の防波堤だ
剛直で君主に対してはばかることなく直言する家臣を「骨鯁(こつこう)の臣」という。忠言をのどに刺さった魚の骨に例えたものだが、その魚骨が今の経産相・海江田万里の姿だ。余りにひどい首相・菅直人の思いつき政治を諫(いさ)め続けている。しかし閣僚として、最終的には首相に従う立場は維持せざるを得ず「諫めて逆らわず」できつい立場だ。だから手のひらに「忍」の一字を書き、これを見ながら、震えたつほどの怒りを抑えているのだろう。しかし、極左とつるんで思想的にもその影響を受けているという底知れぬ闇が浮かんだ菅と海江田の戦いは、まさに正邪の戦いでもある。ことごとく海江田が正しい。
長い間政治記者をしているが、21日の予算委員会で首相を隣に置いて、諫める閣僚を初めて見た。脱原発をめぐって閣内の亀裂が露呈したことになる。まず海江田は司馬遷の言葉「死は泰山(たいざん)より重く死は鴻毛(こうもう)より軽くす」を引用した。昔軍部が活用したから印象はよくないが、海江田は「脱原発依存」発言をしながら「個人的な考え」と逃げた菅を戒めた。「総理の言葉は内閣一致の上なら泰山より重いが、内閣一致でなければ私人の発言であり鴻毛より軽い」と断じ、「首相の発言だけは泰山よりも重いものであってほしい」と諫言したのだ。質問者が「いっそ即刻辞任したら」と水を向けると海江田は「その方が男が上がると言う声もあったが、男が上がろうと上がるまいと問題ではない。東電事故の被害者救済の機構法案の成立を心から願っているので、その責任だけは果たしたい」と答えた。会場に与野党から拍手がわいたほどだ。26日には衆院を通過する原子力損害賠償支援機構法案が参院で成立したら辞任に踏み切る心境のようだ。
さらなる重要問題でも海江田は菅を諫めた。菅が13日の記者会見で脱原発を表明すると電話で海江田に伝えたのに対して「日本という国は核兵器を持たずに原子力平和利用の技術開発をしてきた。原発がゼロになるとその技術が途絶えてしまう。多角的に議論した方がいい」と忠告したことを委員会で明らかにしたのだ。付け加えて「私は総理から任命されており、任命権者が記者会見をやるというのに止める手立てはない」と窮状を訴えた。この海江田発言は菅が広島、長崎で脱原発を訴えようとしていることとも絡んで重要だ。つまり市民運動家や極左政党が原発事故は核兵器禁止運動の流れとは本質的に異なるにもかかわらず、卑怯にもごちゃ混ぜにして反原発運動として盛り上げようとしていることと符合するからだ。朝日新聞も22日から連載企画記事「原発と原爆」を掲載し始めた。明らかにごちゃ混ぜ路線だろう。菅の狙いもそこにあり、海江田は平和利用に徹してきた日本の姿を強調して菅の姿勢を戒めているのだ。
原発輸出でも答弁は割れた。菅が自らベトナムに売り込み、発注を受けているにもかかわらず、「もう一度、きちんとした議論をしなければならない段階に来ている」と消極姿勢に転じたのだ。その理由として菅は「原子力事故を首相の立場で体験し、どれだけリスクが大きいかを極めて強く感じた」と述べたが、事故発生直後には「東日本がつぶれる」と誤判断して腰を抜かし、はちゃめちゃの対応を繰り返していたことはとんと忘れて、よく言うものだ。これに対して海江田はベトナム副首相から「日本の技術を高く評価する。災害の経験を生かした新技術を導入して作ってほしい」。やはり売り込みが進んでいるトルコ大使からは「いまでも日本の技術を信用している」という意思表示があったこと明らかにして、「ベトナム、トルコに特使を派遣したい」と輸出推進の立場を表明した。まさに友好国への背信行為になる事態を海江田がやっと食い止めている構図だ。
同日の予算委では菅の資金管理団体や民主党が北朝鮮や拉致事件容疑者と関係の深い政治団体に2億円を上回る超巨額な寄付をしていたことが追及されたが、菅は肝心なポイントで知らぬ存ぜぬを貫いた。脱原発にせよ、拉致問題にせよ菅の姿勢には極左の影響があるとうすうす感じていたが、北と「ずぶずぶの関係」にあることが分かった政権では、同盟国米国が信用するわけがない。外相・松本剛明が訪米しても国務長官・クリントンとのバイの会談が行われないような事態が生ずるわけだ。とんでもない政権に国をゆだねてしまったことになる。
◎自民、「菅の手解散」に触手を伸ばす
◎自民、「菅の手解散」に触手を伸ばす
自民党の対民主党戦略が「菅降ろし」から「菅の手解散」へと微妙にかじを切りつつあるように見える。副総裁・大島理森の「第3次補正予算で震災復興への明確な指針が出れば、その後はもう選挙をやってもいいタイミングだ」という発言がそれを象徴している。秋の臨時国会で解散に追い込む「10月解散・11月選挙」説もささやかれ始めた。今のところは首相・菅直人の早期退陣へ向けての牽制球の色彩が濃厚だが、辞めなければそのまま解散に突っ込んでもよいという判断だろう。内閣支持率の低迷と「脱原発解散説」の破綻が背景にある。
自民党は菅が退陣条件に挙げた3法案の内、2次補正は22日に成立、再生可能エネルギー法案は大幅修正の上成立やむなしの方向で、残る赤字国債発行のための特例公債法案の取り扱いがかぎとなっている。20日の与野党実務者協議で子ども手当修正など民主党提案を自民・公明が拒否したのも「菅の手解散」を意識した戦略が隠れているような気がする。実務者から政調会長レベルに上げても政調会長・石破茂は「かなり考え方に隔たりがあると言わざるを得ない」と述べており、簡単には応じる姿勢にない。
こうした強硬姿勢に自民党が転じつつある背景には、菅がもくろんだ「脱原発解散」が、野党の「脱原発賛成路線」で荒唐無稽なものになってしまったことが挙げられる。対立軸が「原発」なら脱原発を先に言った方が勝ちに決まっているが、オール野党が「脱原発」では成り立たない。加えて内閣支持率の低迷だ。時事の調査で12%は、もう通常の政権なら舵取り不能の水域に入っている。重要ポイントは政党支持率が、新語で言えば2年前の解散直前と「真逆」に酷似していることだ。NHKの調査で民主党が13.6%で2007年5月以来の低支持率、一方自民党が23.4%と倍近い。注目すべきは「支持している政党はない」の無党派層が46.2%で調査開始以来最高となったことだ。2年前と自民、民主を置き換えれば同じ傾向となる。
これが何を物語るのかというと、自民党にとって今をおいてはない絶好の選挙情勢を意味する。最大規模の無党派層が民主党に流れることはないからだ。無党派層は渋々ながら自民党に流れ、公明党を有利に導き、みんなの党を勝利させる流れを作るだろう。今選挙が実現すれば自民党の単独過半数は視野に入る。少なくとも自公連立政権は復活する。だから大島が舌なめずりするかのように、3次補正後の解散に言及したのだ。しかし、この戦略は菅が退陣すると成り立たない。ろくな首相候補がいないから次期政権も低迷必至だが、当面は持ちこたえる。新政権は誰がなろうと解散を避けるし、支持率も一時的には上がるだろう。いくら野党が追い込むことが出来てもせいぜい来年の通常国会冒頭解散がいいところで、おそらく通常国会での予算成立以降の解散となる可能性が大きい。
絶好のチャンスであっても、問題は自民党が早期の「菅の手解散」に追い込めるかどうかだ。幹事長・石原伸晃も最近ではあおり始めた。「首相は辞めないんじゃないか。8月になると、菅さんがものを言いそうな日がポンポンポンと来る」と、広島、長崎の「原爆の日」などの「脱原発延命発言」を期待するかのようだ。石原が幹事長・岡田克也の話として暴露した、「8月7日に代表選をやる」という方針も、“早期退陣ぶちこわし”を狙ったものと解釈することが可能だ。しかし、こうした自民党の思惑は、当然民主党首脳も読んでいる。だから岡田も石原らに、「菅さんは、退陣の条件としている赤字国債発行法案などが成立すれば、必ず退陣する」と言明して、何としてでも退陣に追い込む構えだ。いずれにしても8月中の退陣に持ち込むには今月末からお盆前に駆けて“荒療治”が不可欠だろう。解散に追い込む選択肢を手にした自民党と、菅退陣で早期解散を回避したい民主党との駆け引きが、今後の政局を見る上で一番面白い。
◎なでしこを「菅政治」の垢で汚すな
◎なでしこを「菅政治」の垢で汚すな
なでしこジャパンの快挙を首相・菅直人が何と言って“汚す”かと注目していたが、案の定「やるべきことがある限り、私も諦めないで頑張りたい」と宣うた。「7・18の快挙」は「3・11」以来日本が初めて味わった爽快感であったが、これが一挙に吹き飛んだ。賞味期限切れの牛乳を飲んでしまったような後味の悪さだけが残った。そうか、菅はなでしこの奮闘をそういう気持ちで眺め、露骨に“政治利用”する人間であったのかと改めて感じた。ど田舎の村長ですらもう少しましなコメントをすると思った。チームのモットーである「最後まで諦めない」を冒涜(ぼうとく)するものだとも思った。
試合を見ていてこのすがすがしさは何だと思い続けたが、潜在意識のもとで政治の現実と比較している自分に気付いた。試合を終始貫いたのは汚い政治の現実とは相反する世界だったのだ。まず薄汚い反則がなかった。日米両チームともフェアプレーに徹していたのだ。一方で、菅は政治家として最大級の反則をした。「辞める」と印象づけて自らの党の議員をだまして不信任案を否決、いまだに居座っている。「ペテン師」呼ばわりされ「民法では詐欺罪」(自民党政調会長・石破茂)とまで言われても恥じるそぶりもない。いくら政治の世界でもぎりぎりの道徳はある。歴代首相はそれを守ってきた。「辞める」と言ったら辞めたのだ。
なでしこの「仲間を信頼する団結力」もない。そこには「俺が俺が」の醜い姿があるだけだ。みんなの党代表の渡辺喜美が、「なでしこジャパンは綿密な連係プレーだが、一方の菅政権はワンマンプレー。首相がボールをつかんで放さない」と皮肉ったとおりだ。利用出来るものは何でもつかんで離さない。主将・沢穂希に得点させるための宮間あやの1ゴール1アシストの必殺技は、菅政治のどこを見回してもない。ボールはパスするものではない、自分が最後まで抱え込むものだと思い込んでいるのだ。
沢のリーダーシップが菅にあるか。リーダーというものは白日の下で部下から常にチェックを受けている。沢が所々で見せた“神技”のかけらも、菅の政治には見られないではないか。宮間のコーナーキックを受けてゴールを決めた瞬間は一瞬何が起きたかと思わせた。剣豪・佐々木小次郎のツバメ返しを見たかのような鮮やかさであった。残り3分で「根性の勝機」を掴んだのだ。チームはそういう沢の戦う姿を見て、常に勢いづいてきたのだ。民主党チームの若手議員らが、菅の姿を見て勢いづくだろうか。逆だ。菅の姿を見る度に「俺は次の選挙では落選するだろうな」と意気消沈させる。これはリーダーとしてまれに見る得意技だ。議員ばかりではない、国民の支持率が12%だ。菅は「まだ竹下の4%がある」と、異常な“前向き指向”に浸っているとしか思えない。
菅には「鮮やかな政治」はない。なでしこの純粋なひたむきさもない。肝心な点はそれに自分が気付いていないことだ。気付くべき夫人・伸子ですら気付いていないで、けしかけている。まるで三流女流監督だ。なでしこの走る姿は天女のように爽快感があるが、菅のそれはゲジゲジのようにおぞましい。公明党代表・山口那津男が「せっかくのなでしこジャパンの頑張りを無にするに等しい」と菅の居座り発言を批判している。菅はなでしこに国民栄誉賞を出したがっているようだが、これ以上の政治利用はすべきでない。米国チームの選手が「日本チームは何か見えないものに後押しされているようだった」となでしこの戦いぶりを評したが、背後には東日本大震災への思いがあったのだ。純粋無垢な運動選手たちは日本の宝だ。それ故に薄汚い「菅政治」の垢で汚してもらいたくない。早々に政権交代して新首相の手に国民栄誉賞の授与をゆだねるべきだ。こればかりは急がなくてよい。
◎海江田が菅の“脱原発解散権”を封じた
◎海江田が菅の“脱原発解散権”を封じた
なでしこジャパンの快挙は、大震災で意気消沈の日本社会に、願ってもないカンフル注射となるだろう。「フジヤマのトビウオ」の異名で次々と世界記録を打ち立て、戦争直後の自信喪失の日本人に立ち直る勇気を与えた古橋廣之進を彷彿(ほうふつ)とさせる。いまや日本の“疫病神”となっている首相・菅直人が応援に駆けつけていたら、負けていたに違いない。その「菅降ろし」が22日の第2次補正予算成立を受けて、下旬から8月にかけていよいよ佳境に入る。先頭を切って経産相・海江田万里が菅の解散権を事実上封ずる動きに出た。「脱原発解散」の閣議書への署名拒否発言である。
17日の海江田発言は①現時点で原発に賛成か反対かということで民意を問うことに賛成ではない②菅が「脱原発」を争点に衆議院を解散する場合は、解散を決める閣議書に署名できない、というものだ。海江田は既に辞意を表明しているが、「反菅路線」をさらに一歩進めたことになる。閣議書への署名拒否は、古くは「三木降ろし」の際に、田中角栄系の閣僚が解散をけん制するために拒否を言明して、三木武夫を任期満了選挙敗北・退陣に追い込んだケースがある。最近では首相・小泉純一郎が2005年の郵政解散に当たって、閣議書の署名を拒否した農水相・島村宜伸の辞表を受理せず、島村を罷免、小泉自身が農水相を兼務して閣議決定している。
今回の場合は澎湃(ほうはい)と起きた菅退陣論を背景にしており、閣僚の間でも退陣論が公然と語られている最中である。退陣狙いで三木のケースと似ている。海江田発言を皮切りに、今後閣僚は記者会見等で対応を問われるのは必至であり、賛否が割れるだろう。筆者の分析では菅が解散を断行しようとした場合署名に進んで賛成する閣僚の方が少ない。賛成は、ごますり発言を繰り返している防衛相・北沢俊美、法相・江田五月の2人くらいしかいないのではないか。これに対し署名拒否の可能性が高いのは、海江田に加えて、「菅退陣」の「盟約」を結んだ「6人組」の国家戦略相・玄葉光一郎、官房長官・枝野幸男がまず挙げられる。次いで財務相・野田佳彦、農水相・鹿野道彦だ。野田も鹿野も菅にいま解散されては民主党の大惨敗で、みすみす首相になれるチャンスを失うことになる。絶対反対にきまっている。与謝野馨も海江田と同一選挙区であり、民主党公認がないとなれば議席喪失につながる。だから反対だろう。このように主要閣僚が皆反対すれば、伴食閣僚らは沈む泥舟に乗ろうとしないだろう。大半が署名拒否となる。
それでも菅が解散をやろうとするなら、小泉同様該当大臣を罷免し、首相自身が兼任するか他の大臣に兼任させることで閣議書を完成させるしかない。大ごとである。「狂気の解散で民主党大敗北」と歴史に残るだけだ。従って解散封じに先鞭(せんべん)をつけた海江田の発言は、政治的には極めて重いものとなる。こうして菅は事実上「脱原発解散」を封じられたことになる。
しかし解散権を封じられるのと、首相の椅子にすがりつくのとは別問題だ。あの知的で大人しい元総務相・増田寛也がTBS時事放談で「閣僚が束になっても引きずり下ろさねばならない」と述べたのには驚かされたが、引きずり下ろすのも容易ではない。水面下でどんな話が進行しているかだ。鳩山グループ幹部の中山義括がテレビで「我々は覚悟が出来ている。海江田さんとは『やるときは一緒だよ』ということになっている」と“きな臭い”発言をしている。読売によると幹事長・岡田克也は周辺に「幹事長の仕事は7月末で終わりにしてほしい」と指示しているという。閣僚・党役員の連快(れんぺい)辞任でも考えているのではないかと思うが、やりきれるかどうか。いずれにしても菅との最終戦争が下旬からお盆前にかけて開始されるような気がする。
◎再生エネ法案、政局がらみで風前のともしび
◎再生エネ法案、政局がらみで風前のともしび
「これでは突撃したはいいが菅君は玉砕だ」と民主党長老が漏らしている。確かに首相・菅直人が華々しく「脱原発」の大転換を打ち出したものの、政界、財界は言うに及ばず、労働界までが総スカンだ。首相発言はある意味でフクシマ以来の脱原発論の堀の深さを測る側面があったが、計った結果意外に浅いと分かり、少なくとも原発再稼働に向けてプラスに作用した。菅はやぶをつついて蛇を出したことになる。菅が退陣の条件とした再生可能エネルギー特別措置法案の審議が14日始まったが、これにも脱原発発言による逆効果が生じている。自民党には成立させる前に菅が自壊するとの見方が台頭してきているのだ。同法案は自民党の解散戦略とも絡み始めた。
菅の脱原発を擁護していた官房長官・枝野幸男が、新聞論調の厳しさを知るや、14日にはまたまた新幹線より速く「脱菅」だ。首相発言を「遠い将来の個人の思い」と宣うた。幹事長・岡田克也にいたっては「実現を現首相の下か、新首相の下で行うかは政府が決めることだ」と露骨に皮肉った。ましてや野党が「論評するにも値しない」(自民党総裁・谷垣禎一)と切り捨てるのは当然だ。財界の批判はかねてから「これほど社会主義的な産業政策はないと思う。企業は蹴飛ばされて海外に出ざるを得ない」(経団連会長・米倉弘昌)としてきただけに、予想されたところだが、連合会長の古賀伸明までが「民主党内や閣内で議論しておらず、具体化する道筋や方法論もほとんど触れていない」と批判した。要するに総スカンなのである。
しかし首相は政府の最高責任者。枝野の言うように「個人の思い」で政治をやられては国民の方がたまったものではない。パフォーマンスにいちいちつき合ってはいられないのだ。菅にしてみれば支持率低迷で最後の巻き返しを狙ったつもりであろうが、これほどの逆風が吹くとは思っていなかったに違いない。すべてが「死に体」首相の人徳に起因するのだ。この朝野を挙げての「菅の手による脱原発批判」が意味するものは、原発の危険性は熟知しながらも、当面過渡期的には原発に頼らざるを得ないという苦渋の選択を国民がしていることを意味する。自然エネルギーはあくまで将来の課題としてとらえる冷静さが主流となりつつあるのだ。
そこで国会の焦点は菅の「私の顔をもう見たくないのなら、この法案を早く通した方がいい」との“妄言”が象徴する再生エネ法案の行方だ。菅が退陣の条件としているものだが、通信大手ソフトバンク社長・孫正義への露骨な利益誘導が指摘されており、法案の行方は混沌としている。孫はあきらかにフクシマ以降の状況を「太陽光ブーム」の前兆と見立てており、政界、地方自治体に大きな網をかけた勝負に出ている。その最大のポイントが再生エネ法案なのだ。固定価格買い取りで、買い取り価格は、太陽光は現在原発の発電単価の4倍のキロワット時42円だ。孫は新法成立後も42円で買い取られればペイすると踏んでいるようだ。菅は恐らく孫にその辺の約束をしているに違いないが、孫の思惑通りに固定価格買い取りが実現するかどうかは微妙だ。よく太陽光利用で欧州の例が挙げられるが、大々的に買い取り制度を進めてきたスペインの場合は「太陽光バブル」が弾けて、同発電は壊滅状態だ。リーマンショックで補助金が出せなくなった結果だ。
そこで国会がどう動くかだが、自民、公明両党は極めて慎重だ。自民党は企業や家庭の電気料金に跳ね返ることを懸念している。標準家庭で月150~200円の値上げになる。原発の停止で料金値上げが言われている中で、料金のさらなる上積みは避けたいのだ。
経産相・海江田万里も150円以内の値上げにとどめる意向のようだ。しかし問題は菅が法案を退陣の条件に挙げていることだ。こじらせれば菅がますます居座るが、それでいいのかということだ。注目すべきは最近自民党首脳の間で「居座らせて年末にも解散させた方がいい」という見方が生じ始めたことだ。時事通信の最新調査で支持率12.5%、不支持率71.2%という事態では、菅の手による解散の方が間違いなく有利だからだ。谷垣も同法案の処理への明言を避けている。これには2つの理由がある。1つはこの絶好の「菅の手解散論」。他の1つは、民主党内の「菅降ろし」が佳境に入る兆候を見せているからだ。捨てておいても自壊すると言う見方が出てきているのだ。自壊の動きを見極めてからでも遅くはないというわけだ。菅の言うなりに問題のある再生エネ法案を処理しない方が、政局は野党に有利に動く可能性があるのだ。もともと大震災を想定していない法案だけに、国会で大幅修正するか、いったん廃案にして政府が原発論争が落ち着いてから状況に見合ったものに修正して出し直すことを考えた方が得策かも知れない。
◎またしても菅・孫タッグマッチの脱原発
◎またしても菅・孫タッグマッチの脱原発
何で唐突に記者会見かと首をかしげたが、理由が分かった。またしても首相・菅直人と「政商」孫正義のタッグマッチである。菅が記者会見で「脱原発」を言えば、孫は同じ13日に秋田で35道府県知事を集めて自然エネルギー推進の「秋田宣言」である。明らかに相乗効果を狙ったのだろうが、この2人の名前が前面に出るとどうも「火事場泥棒」的なうさんくささを感じないわけにはいかない。福島原発事故を片方は延命に、もう片方はビジネスチャンスととらえ、フルに“活用”しようとしているとしか思えない。孫も慌てる話しでもあるまいに、沈む泥舟に“乗る”とは、一見利口なようだが政治に疎い。
菅が高らかに脱原発を宣言した。「これからの原子力政策として原発に依存しない社会を目指すべきと考えるに至った」である。しかし「至った」と言っても方法と根拠には全く言及していない。5月のドービル・サミットで「2020年代のできるだけ早い時期に自然エネルギーを20%とするよう大胆な技術革新に取り組む」と宣言したときも、根拠が疑問のままであったが、それから1か月半経過しているのに、言及がない。これが何を意味しているかと言えば、“理論付け”する官僚が全くいないのだ。菅が打ち出す政策のすべてが“唐突”であるのは、自らのパフォーマンス指向もさることながら、思いつきを聞きかじりをもとに自ら組み立てなければならない「裸の王様」であるからの他ならない。
日本的「進退の精神風土」の原点は平家物語の「盛者必衰」にあり、指導者たるもの「信なくば立たず」の状況となれば潔く身を退くのが常識である。まずこれを菅は悟っていない。「去る者日々に疎し」は死者に対する感情だが、永田町の場合は「死に体」の政治家にも適用されるのだ。従って菅が意地を張るように打ち出す数々の政策や政治行動は全て“いら立ちの伴う”延命策と定義されて、まともに相手にされないのだ。今回も将来的な脱原発、自然エネルギーへの転換を主張しても、もはや国民的な思いは「可能であればそれがよい」で一致しており、菅は石を見て「石だ」といっているに過ぎない。自分が笛を吹いても踊らないことが分からない。これだけ重要な方針転換を閣内、民主党内の論議も経ておらず、首相の地位だけに依存した空虚なる“大転換”に過ぎないのだ。
従って反応は、「自然エネルギー導入は賛成だが、菅が言っても聞く耳を持たぬ」で統一される。前首相・鳩山由起夫は「方向性は間違っていないが、新しい政権が考えればいい」と拒絶した。自民党国対委員長・逢沢一郎も「退陣表明した首相が何を語っても、国造りは進まない」。そもそも、国家のエネルギー政策は一政権の命運を超越した問題であるべきで、福島のどさくさに紛れて新政策を打ち出すのは邪道だ。経済財政相・与謝野馨は筆者と同じ意見だ。「エネルギー政策全体の整合性を考える必要がある。将来の政策選択は福島の事故の現場が落ち着き、冷静にものを考える時期になされるべきだ」と主張している。要するに菅の“大転換”は「一犬虚吠えた」だけで、政権が変われば実現するかどうか疑わしい“まやかし”性を帯びているのだ。
一方、孫正義の「秋田宣言」も、ゴールドラッシュの先鞭をつけたような後味の悪さを残す。一政商の音頭に乗って全国35道県もの知事が、まるで砂糖に群がるアリのように参集したとは驚いた。ソフトバンクは地方自治体と連携し、休耕田などを活用した大規模太陽光発電所(メガソーラー)を全国10か所以上に設置する計画を打ち出している。「秋田宣言」は電力の全量買い取りを電力会社に義務付ける制度の早期確立などを国に求めている。もちろん真の狙いは再生エネルギー買い取り法案の早期成立を促すことにある。しかし買い取りイコール電気料金の負担となって跳ね返る。簡単に言えば一起業家の利益のために大多数の売電出来ない消費者が料金値上げに応ずるという構図では、御政道は成り立つまい。大震災前に平時を想定した法案であり、今後上昇必至の電気料金にさらなる上積みをさせるのは無理だ。成立させる場合は修正が不可欠だろう。
孫はフクシマを商機ととらえたまでは、さすがに生き馬の目を抜くところがある。ただし、菅と組むことは“抱き合い心中”になるということが分かっていない。菅はおぼれる者はわらをもつかむで、ほとんどいない支持者の中で、すり寄る孫が神か仏に見えるのだろうか。一方孫は孫で「粘り腰で10年やってほしい」と菅に耳障りの良い発言をするが、縷々(るる)述べてきたように菅に媚びを売っても敵が増えるだけだ。原発事故後に菅に急接近して、6月15日には菅と共に市民グループの会合に出席、再生エネ法案の成立に気勢を上げた。政権が変われば干されることを理解していない。政治の素人が政局に絡むと大やけどをすることがやがて分かるだろう。
◎不信任案再提出の「奇策」を分析する
◎不信任案再提出の「奇策」を分析する
ついにに短歌や漢文の名言が引き合いに出され、袋小路の「菅降ろし」が“情緒”に訴えられるまでに至った。「かかるときかかる首相をいただきてかかる目に遭う日本の不幸」。俳人・長谷川櫂が短歌を作るとは知らなかったが、12日の衆院特別委員会で自民党の谷公一が披露した。一方、経産相・海江田万里は老子を持ち出し「敢えて天下の先とならず」と、首相・菅直人を皮肉った。人の先頭に立たない方が長として仰がれることを意味する。原発再稼働で菅がしゃしゃり出て、はしごを外された不満感の表出だ。その「かかる首相」の居座りに「奇策」が語られ始めた。一事不再議とされてきた「内閣不信任案」の再提出だ。国会は男を女に変える以外は何でも出来るのだ。
不信任案再提出は6月2日の否決直後からささやかれていたが、ここに来て自民党政調会長・石破茂と参院議長・西岡武夫が提唱して、いちがいに机上の空論とは言えなくなった。まず共通点は、不信任案再提出が一事不再議に当たらないという見解だ。石破は提出可能な根拠について「6月2日以来新たな事態が生じ、前回とは状況が大きく変化している。多くの議員が退陣表明と受け止めた菅首相の発言は民法的に言えば詐欺で、前回とは別の提案理由が存在する。また6月2日と今では菅内閣そのものが改造しているため、内閣の変質にあたる」としている。西岡は自らの論文で「同じ会期の国会で不信任決議案は、1度しか提出できないというのは俗論だ。不信任の理由と不信任決議案の提出者が異なれば、今国会にもう一度、菅内閣不信任決議案は提出できる」と同様の指摘をしている。一院の議長の見方だから法制局の見解を経ているものだろう。
その具体的手法について石破も西岡も、民主党の判断を最重要視している。西岡は、「即刻、民主党から衆議院で菅内閣不信任決議案を、参議院で菅内閣総理大臣問責決議案を同日に提出すること」としている。一方石破も「今国会中に緊急に必要な法案や予算を修正を加えて成立させたとして、なお菅総理が居座ったとき、この不信任案再提出は必ず現実味を帯びるはずだ。その時こそ民主党議員の真価が問われる」と民主党側に球を投げている。なぜ民主党の出方が重要かと言えば、野党が提出して民主党の同調を誘う方式は失敗しており、民主党が先行しない限り信用されず、野党単独の提出は不可能に等しいからだ。
西岡提案のポイントは不信任案と問責決議案の同時提出だ。可決が確実視される参院のムードを衆院に伝搬させる相乗効果を狙ったものだろう。しかし西岡の奇策は菅の出方によって民主党の対応に差が出る。西岡によると「政治判断が狂気と思われかねない」菅が、不信任案可決を受けて、おとなしく内閣総辞職すればよいが、「狂気の破れかぶれ解散」に打って出ようとする場合は別だ。今解散すれば、政権交代は確実だろう。筆者の分析では民主党議席は激減して100議席に達さないどころか70~80議席にとどまる可能性すらある。その危険に民主党が乗るかどうかだ。むしろおじけづく可能性の方が大きい。
しかし政治は“弾み”であり、菅が退陣の条件とする3法案が成立しても居座りを続けるようなケースでは、西岡・石破構想は十分成り立ち得ると見るべきだろう。手詰まり状態の「菅降ろし」のなかで、再提出は幹事長・岡田克也の「代表選挙先行」の奇策、前外相・前原誠司の「代表経験者結束辞任要求」の奇策と共に“3大奇策”の1つであるとも言えよう。西岡は「私は、首相交代に必要な時間は、菅首相が居座ることによる壮大な時間の浪費に比べれば微々たるものと考えている」と述べているが、いまや菅の存在自体が国益を毀損しており、ある程度の政治空白は確かにやむを得ないだろう。もう一つ長谷川の短歌を紹介する。「おどおどと首相出てきておどおどと何事かいひて画面より消ゆ」と、最近の菅を独特の感性で言い当てている。まさに野垂れ死にの哀れさまで感じさせる今日この頃だ。
◎混迷に輪をかけた再稼働統一見解
◎混迷に輪をかけた再稼働統一見解
鳴り物入りで統一見解を出すと言いながら、出された見解は、原発再稼働に向けて何ら見通しを立てておらず、混迷は助長された。今夏の再稼働は絶望的となった。むしろ首相・菅直人が居座る限り再開困難とみた方がよい。経団連会長・米倉弘昌は机を叩いて怒りをぶちまけ、原発立地県からは苦渋の声が聞こえる。関与するはずの原子力安全委員長・班目春樹は、「再稼働は政府が決めること」とそっぽを向いた。NHKの世論調査ではストレステストを66%が評価していない。政権が末期症状のうえに官僚が協力しないまま重要課題を処理しようとすると、この体たらくになるという証明だ。
統一見解は「原発の再稼働は認めない。経産省は敵だ」と漏らす菅のどろどろした“感情論”を反映したものとなった。内容は、玄海原発など停止中の原発を対象に「一次評価」を実施し、再稼働の可否を判断。一方、すべての原発を対象に「二次評価」を行って運転の継続・中止を判断する。新たに原子力安全委員会が評価に関与し、安全性向上につなげるなどが柱だ。ストレステストと言えば聞こえがいいが、見解の内容は矛盾だらけだ。例えば、定期検査中の原発は「現行法令にのっとり安全性の確認が行われている」と強調しながらも、一方で「従来の保安院による評価では国民・住民に十分な理解が得られているとは言い難い」と指摘している。読む方は股割きにあってどっちを取っていいか分からない。菅と経産相・海江田万里の主張を併記しただけだからだ。
6月18日に海江田が法律に基づいて出した「安全宣言」が有効なのか無効なのかも不明だ。「国民・住民の理解がない」という法的にも曖昧な表現では、何を根拠にしているのかが判然としない。なぜ保安院ではだめで安全委を加えればよいのか。安全委は班目が「水素爆発はない」と誤判断したことが物語るように、それこそ「国民の信頼」がないではないか。だいいち班目自身が11日「安全評価の結果を再稼働の条件にするかは政府が決めること」との見解を示し、造反とも受け取れる発言をした。安全委の判断は再稼働問題から独立しているとの判断が背景にある。要するに菅の再稼働引き延ばしの“政治的思惑”に、「助言機関」である安全委は巻き込まれたくないのだ。
焦点であるべき再稼働時期についても、統一見解は言及を避けた。官房長官・枝野幸男は「独立性を持つことに安全委の意味がある。電力供給への関心があるからいつまでに結論を出せと言ったら意味がない」と述べたが、これは全く逆だ。安全委の権限を理解していない。国家のエネルギー戦略は政治の責任の際たるものだ。政治がリーダーシップを発揮して、さらなる産業空洞化の土壇場にある電力事情に展望を開くべき時だろう。本来原子炉等規制法の基準を満たせば政治が再稼働を判断出来るのであり、菅が唐突に持ち出したストレステストの方が法的根拠が薄弱なのだ。なぜ時期を曖昧にしたか。あきらかに菅の「脱原発」への思惑が作用している。さすがに「脱原発解散」は自ら否定したが、最後の最後まで意固地になって「脱原発」のポーズをとり、支持率を上げたいのだ。
欧州でも実施に半年かかるストレステストだ。いくら急いでも運転再開には4~5か月はかかるだろう。菅の脳裏には来年4月に全ての原発が止まったら、日本はエネルギー暗黒時代に突入し、産業の空洞化と雇用に甚大な影響を及ぼし、大不況を招くなどという判断はない。そこにはひたすら在任中の再稼働はしないという、教条主義的な市民運動家の姿があるだけだ。米倉は統一見解について「こんなばかな話は考えられない。混乱と迷走を自分たち菅政権が作りだした」と憤まんをぶちまけた。折から大手報道機関の世論調査が明らかになったが、朝日は会期末までに退陣すべきだが70%。NHKも66%に達した。内閣支持率も朝日が15%、NHKが16%と普通の政権なら潔く退陣する数字だ。居座れば底抜けの一桁台となる。常識では解散も居座りも出来なくなった。菅は恥を知るべきだ。海江田は「私自身の恥は自分の努力でそそぐこともできるが、岸本玄海町町長に与えてしまった恥は私だけの努力ではそそぐことはできない」と暗に菅の退陣を求めた。その姿勢はよい。
◎「脱原発謝恩大解散」など不可能だ
◎「脱原発謝恩大解散」など不可能だ
政局の分析・予想は生き馬の目を抜く。いかに早くその局面分析の妥当性を見破るかが勝負となる。筆者はまともな報道では先頭を切って首相・菅直人による「脱原発解散」の可能性に警鐘を鳴らしたが、今度はダントツで「脱原発解散などまずあり得ない」と分析しておこう。どうしてもやるというなら「ツルの恩返し」ならぬ「菅の恩返し解散」となる。自民党には2年前の敵失総選挙で圧勝させていただいてお世話になったから、お礼に解散して圧勝していただき恩返しをしようというものだ。名付ければ「脱原発解散大謝恩セール」だ。
テレビ東京の「田勢康弘の週刊ニュース新書」は知性があっていい番組だ。みのもんたのしゃべくり低俗番組とは同じニュース番組でも格段の差がある。しかし9日はいただけなかった。田勢が「菅さんは何が何でも脱原発で解散する腹を固めたとしか思えない」と断言したのだ。いささか状況判断が遅れているのではないかと思ったが、案の定ゲストの公明党代表・山口那津男にぴしゃりと否定され、ぐうの音も出なかった。山口は「脱原発解散と言っても国民は将来の原発依存は無理があり、再生可能エネルギーを伸ばして代替エネルギーにしたいというコンセンサスが出来ている。それをどう達成するかが議論の中心であり、解散の争点にすることには無理がある」と指摘したのだ。過去2週間にわたり筆者が指摘してきたとおりの分析だ。
しかし、菅側近は自分が落選するのも知らずに、いまだに「脱原発解散だ~~!」と言って駆け回っている。河野太郎の9日の発言によると「菅さん側近は『脱解散で選挙やれとみんなで進言している。9月11日が投票日だ』と豪語している」という。地元でポスターを貼り「8月解散、9月衆院選投開票」の日程を流布している側近もいる。しかし「側近」のリークも筆者が取り上げた6月20日頃は「さすがにいいことを考えた」と思ったものだが、現時点では“オオカミ少年”の悪あがきとしか思えない。なぜなら「脱原発」という絶好のテーマを早々と打ち出した結果、野党が警戒して「脱原発反対」「原発推進」などと言わなくなってしまったからだ。10日のNHKの討論番組では全野党が表現の多様性はあるが「脱原発・入自然エネルギー」だった。側近は利口なようで甘いのだ。世論は脱原発派と原発推進派の2つに割れることなどあり得なくなった。
危険なエネルギー源である原発を将来完全制御できる技術が生まれれば別だが、現状ではもはや原発は過渡期のエネルギー源でしかあり得ない。再生エネルギーを活用出来るまでのつなぎであり、その意味で世論は一致している。総選挙用の対立軸ではなくなったのだ。加えて脱原発は先の話だ。ドイツのメルケル政権が打ち出した「脱原発」ですら2022年末までに全廃する話しだ。政界有数の論客武村正義が「“減原発”には国民世論の9割が賛成。30年かけて“卒原発”にもって行けばよい」と述べているとおりであろう。脱原発への周期は政治的に見れば気が遠くなるほど先の話だ。これは途中の技術革新や政治情勢でいくらでも変わりうることも意味する。
それでも菅が解散をやるというなら勝手にやればよいが、まもなく菅はもっと絶望的な状況に陥る。先に指摘したとおり、現在20%そこそこの内閣支持率が、復興相辞任劇と「ストレステスト」をめぐる閣内迷走で10%台に落ち込むことは避けられない。前兆は出ている。既にフジテレビの調査では内閣支持率16.4%、民主党支持率10.0%だ。10%台での「破れかぶれ解散」をすればどうなるか。ただでさえ総選挙をすれば自公が逆転する芽が出ているのに、これが確定する。麻生内閣は支持率16.3%(時事調査)で解散して、政権を手放した。小泉の郵政シングルイシュウ解散の際には小泉支持率は39.9%あった。菅が小泉のまねをして脱原発に絞ったシングルイシュウ解散をやろうとしても、支持率までまねできないから無理だというのだ。
従って現段階での解散断行は、争点が「脱原発」でなく、思惑とは逆に「菅民主党政権の是非」に絞られることが確定的なのだ。そこを読めない側近も側近だし、菅の愚かさの原点でもある。だから冒頭逆説で述べたように、自民党に「謝恩解散」をするなら別だ。野党はありがたく受けて立つべきだ。「脱原発解散」は、菅が見たはかない「真夏の夜の夢」に過ぎない。解散を脅しに使ってきた菅自身も8日の衆院本会議で「国民の意思に基づいて将来のエネルギーのあり方が決められることは好ましいとは思うが、このことで私が信を問うとか問わないとか、そういうことは一切考えていない」とトーンダウンした。まだ油断は出来ないが置かれた立場をひしひしと感じ始めたようだ。
◎この国は“実害”をもたらす首相と遭遇した
◎この国は“実害”をもたらす首相と遭遇した
やっていることが最左派政党の主張そのものでは、政権の崩壊どころか日本経済が崩壊過程に入りかねない。「浜岡停止」に続く「玄海再稼働中止」は、首相・菅直人がかっての社会党のイデオロギー路線に勝るとも劣らぬ教条主義的かつ確信犯的な「脱原発路線」に舵を切ったことを意味する。社民、共産両党は反原発の旗印を掲げているからまだ旗幟(きし)鮮明だが、菅は旗印なしで、なし崩し的にやろうとしているところが悪質だ。戦後初めて、日本は自らの経済に“実害”をもたらす首相と遭遇した。早期に政権を交代させ、菅の政策を全てひっくり返すことに期待をつなぐしかない。
かつて同一選挙区の与謝野薫起用を「不条理」と形容した海江田万里が、経産相辞意を表明した。今回の「不条理」はより大きく深刻だ。閣僚として必死になって積み上げた成果を首相によって根底から否定されたのであり、憤まんが爆発するのは当然だろう。しかし直ちに辞任しないのでは、早晩辞める菅にとっては痛くもかゆくもない。辞めるなら直ちに辞めるべきだ。菅は、「6人組」造反、復興相の辞任、海江田辞意表明と次々に政権が崩壊過程をたどっても、「カエルの面に水」で何の痛痒も感じない。澎湃(ほうはい)としてわき起こる辞任要求を愚かにも「敵との戦い」と位置づけて、かえって闘志をわかせているからだ。2日間にわたる予算委集中審議も野党の追及不足も手伝って、菅の居座りを際立たせるだけに終わった。「広島・長崎の原爆犠牲者の追悼式典については万難を排して出席したい」と次々に日程を追加する菅の耳には被災地、政界、財界、一般国民のうめき声は聞こえていない。
前首相・鳩山由紀夫が「菅政権が長引くと民主党全体だけではなく、日本全体が世界の中でレームダックになってしまう」と“死に体日本”の国難を指摘しているが、鳩山政権も含めて政権の選択を誤るといかに国民自身が途端の苦しみを味わうかの左証である。しかし国民にとって不幸なことは、問題が永田町だけのコップの嵐にとどまらなくなっていることだ。実害が生じているのだ。復旧・復興にしても自治体の長など「現場」への依存度が高く、瓦礫の処理はいまだに遅々として進展しない。震災発生108日目でやっと任命した復興相が、たったの9日間で辞任である。これが被災地の政治不信をいやが上にも高め、被災者を無政府的な心境においてしまっている。
相次ぐ原発停止の経済への打撃も大きい。経団連会長・米倉弘昌が「国民への信頼を裏切るもの」と強い反発を示しているが、今夏の休止原発再稼働は不可能となった。7日の原発立地県の知事会でも菅への不満・批判が噴出した。ストレステストの影響を予測すると、現在停止中の原発35基中13基が夏には稼働出来る見通しだったが、まずこれが不可能となった。残る19基のうち年内に12基が定期検査入りし、よほど早くテストを済ませない限り冬場の電力事情は夏以上に厳しくなる。各地域で今夏の東電管内を上回る大規模な節電が必要になる。このままなら来年4月には54基全てがストップし、夏には東電や関電など6社で電力不足が10%を超える見通しだ。我が国は「首相発の電力危機」に直面し、国全体を覆う不安が消費を冷え込ませ、経済を萎縮させ、産業の空洞化を招き、失業者を増大させるのだ。喜ぶのは中国、韓国などライバルだけだ。 参院議長・西岡武夫が「菅総理大臣は、何かの出来事に反応だけして、『あとは野となれ山となれ』という感じで、日本の産業や国民生活をどうしようとしているのか心配だ」と述べているとおりだ。対抗策は思いつきとパフォーマンス政治に徹する首相を早期に辞めさせることしかない。新政権が、菅の政策の全てを撤回すれば希望が生ずる。新政権は、既に海江田が「安全宣言」を出しているのだから、ストレステストなどは再稼働の条件とせずに、単なる補完的なチェックと位置づけてしまえばよい。浜岡も菅が条件とした堤防などの工事を急いで再稼働に持ち込む。それには菅の主張する3法案を早く処理することだ。民主、自民両党の有志による超党派議連が7日、第2次 補正予算案、特例公債法案、再生可能エネルギー促進法案の早期成立を決議したが、与野党執行部はメンツにとらわれず妥協するべきだ。菅退陣という「大の虫」を生かすため、妥協という「小の虫」を殺す政治に徹するしかない。
◎またも政権延命狙いの原発ストレステスト
◎またも政権延命狙いの原発ストレステスト
「浜岡停止」に次いで、またも保身のための原発利用である。首相・菅直人がこれまでの方針を唐突にも一転させ、地元と話が付いていた玄海原発再稼働に事実上ストップをかけ、先延ばしにさせた。地元と調整を続けてきた経産相・海江田万里は二階に上がってはしごを外された。再稼働のめどは全く立たなくなり、7~8月の電力事情逼迫回避は不可能となった。電力の安定供給といういわば国家経営の聖域部分を政治的に利用し、あわよくば「脱原発解散」を狙う“市民運動家”菅の姿勢がいよいよ鮮明となった。
菅が海江田に指示したストレステストとは機械に負荷を加えて影響を確認するテストで、EUが原発チェックに導入、6月から実施している。しかし海江田はさる6月18日に安全宣言を出して、玄海原発の再稼働を手始めに、休止中の原発の再稼働を推進しようという矢先であり、テストは屋上屋を重ねる意味を持つ。なぜこの時点で菅がストレステストを持ち出したのだろうか。全ては菅が玄海原発の再稼働によって政治的窮地にに追い込まれることを回避し、逆転攻勢に出ようという私的思惑に絞られる。
玄海原発再稼働は玄海町長・岸本英雄が了承して九州電力にその旨伝え、佐賀県知事・古川康は菅の説明を受けた上で今月中旬にも再開に踏み切る意向だった。その前提として知事は菅からの直接の説明を求め官邸に申し入れる予定だった。原発立地県は全国的に菅が浜岡原発をなぜ止めたかが最大の疑問となっており、再稼働できない状況を招いているのだ。知事らの間で菅の直接説明を求める要望が強く、石川県知事などからも声が上がっていた。知事らは菅を信用できないのだ。政権内部でも幹事長・岡田克也から「国民生活や経済に重大な影響を及ぼす。どこかの段階で首相は明確に発言した方がいい」との声が出ている。6日付読売新聞も社説で「玄海原発再開へ首相自ら説得にあたれ」と主張した。こうして6日の予算委集中審議を迎えたが、事前の質問主意書で野党が取り上げるのが必至と分かった。
ここで“逃げ菅”ぶりが発揮された。急きょ対応を練ってストレステストで時間稼ぎに出たのだ。浜岡のケースと全く同じでストレステストと言えば水戸黄門の印籠となる。誰も反対できないと踏んで、今度はずるがしこくも自分が発表せずに、6日朝に無理矢理海江田に発表させた。しかし菅は原発再開について安全宣言の翌日6月19日のインターネット上の国民対話で「全ての原子炉を止めることは、あまりにも経済に対する影響が大きい。今までより安全性を高めた基準を示し、それがなされたものは、再稼働を認めていく。経産相と考えは全く同じ」と明言している。海江田の方針を完全に支持していたのだ。海江田にしてみれば、首相の意向を受けて再開に向けて動き出したのであり、菅による「浜岡原発停止の発表横取り」に次いで、またまた唐突なパフォーマンスに“活用”された形となる。ここまで来ると海江田も人が良いでは収まらない。永田町では「人が良い」は「馬鹿」の代名詞だ。政治家としての尊厳と資質が問われる事態となった。本来なら辞表提出で抵抗すべき問題であるはずなのに、卑屈にも菅に従っている。陰で激怒してみても遅いのだ。岸本町長も「人を小馬鹿にしている。ストレステストの結果次第では同意撤回も考える」と憤まんやるかたない様子だ。
菅の狙いは言うまでもなく再生エネルギー買い取り法案推進と同一線上にある。「脱原発」をシングルイシュウにした解散による生き残り策である。予算委では新聞に取り上げられたい一心で首相に“よいしょ”する質問が出た。みんなの党代表・渡辺喜美が予算委で伸子夫人が塩野七生の言葉「刀折れ矢尽きるまで」を信奉していることを取り上げ、「伝家の宝刀は折れていない。解散せよ」と迫った。これに対して菅は「激励と受け止める。満身創痍(そうい)刀折れ矢尽きるまで、私の力の及ぶ限りやるべきことをやっていきたい」と乗りに乗った答弁をした。解散しかねない勢いだ。
しかし昨日も指摘したように、菅は解散の力が残っているか疑問だ。世論調査は内閣支持率が最低の20%程度となっており、復興相辞任でさらにこれが10数%まで落ちるだろう。さらに居座れば10%を割るのも間近だ。この低支持率で解散を断行することは不可能に等しい。民主党にとっては自殺行為であり、三木武夫と同様に閣僚の解散詔書署名拒否の動きや党役員・政府首脳の連快(れんぺい)辞任の動きも出よう。ストレステストも、それ自体は誰も反対するものではないだろうが、政治的には“悪あがき”の部類に入るとしか言いようがない。おまけに8月いっぱいで辞任する首相が欧州の例でも最短で二か月半以上かかるテストを指示するのは、レームダックのくせに僭越だ。この調子では自民党は、菅政権が続くほど「菅による解散」路線が戦略上有利になると判断する時期が来るかも知れない。
◎政権もはや統治不能の崩壊過程に
◎政権もはや統治不能の崩壊過程に
新聞には「四面楚歌」とか「貧すれば鈍する」といった“かったるい”表現が並んでいるが、筆者はとっくに使ってしまった。今をいうなら「断末魔」が正しい。息を引き取る間際に、タコのような軟体動物がのたうち回っている姿が首相・菅直人だ。一時は「脱原発解散」構想で眼(まなこ)をぎらつがせていたが、「松本辞任」でその勢いも失せる方向だ。政権を支える堤防はあちこちに穴が開いて水が噴き出し、八本の足で埋めても埋まらない。まさに野垂れ死に政権そのものの惨めな姿だ。
そして全ての原因が本人の粘着質の性格に起因する。「川筋もん」気質の松本龍のように潔く辞められない。後任人事の迷走ぶりも、もはや憐れをとどめた。囲まれている状況が読めずに「菅退陣」を申し合わせた「6人組」に白羽の矢を立てようとしたが、2人にまで断られた。逆に6人組は“結束”ぶりを誇示した。菅がいかに情報に疎い「裸の王様」かの左証がその官房副長官・仙谷由人への打診だ。仙谷は松本と社会党の同期当選組で仲がよい。4日の夜電話して、「国会の状況も厳しい。追い込まれるより早くやめた方がいい」と説得したといわれる。松本も説得に応じる意向を示した。その経緯の後で5日朝急きょ菅にとっては寝耳に水の辞任となったのだ。
仙谷は4日夜の段階でとっくに菅がお鉢を自分に回してくるとの予感があり、断って追い詰めようという戦略を立てていたのだろう。仙谷は自分が断れば菅は国会対策委員長・安住淳を打診すると判断、安住に「受けるな」と根回しをした可能性がある。結局2人が断り、唯一のサポーター国民新党代表・亀井静香にも打診したが、さすがの亀井も、すねまで水が来ている泥舟には乗らなかった。またしても最重要ポストがたらい回しの末、2戦級の内閣府副大臣・平野達男に回ってしまったのだ。 仙谷の根回しを見れば、松本の暴言そのものが<ひょっとして政権つぶしの刺客かな>(朝日川柳)という“自爆テロ”説があってもおかしくないが、政治はそれほど手の込んだ舞台回しは出来ない。邪推に過ぎない。
かくして菅は進退窮まったが、問題はどこまでのたうち回れるかだ。「世論調査がどう動くか」と、見方をはっきりさせなかった政界風見鶏の渡部恒三が、「国民、被災地のためにも一分でも一秒でも早く辞めてもらいたい」と遅ればせながら退陣の主張を始めた。執行部内からも極めつけの発言が出された。安住が「本当に情けない内閣だ。党として支える価値があるのか、率直に怒りを感じる。支えきれなくなったら民主党政権は崩壊する。菅さんの配慮は全く無い」と批判したのだ。政権内部から自らの政権が崩壊するという予言が出てきたのは初めてだ。自民党など野党顔負けの厳しい反応だ。
となると菅が再生エネルギー買い取り法案で粘りに粘って8月末まで生き延びようとしていた戦略が大きく狂い始めたことになる。菅が「脱原発」で解散をもくろんだものの、野党は警戒して必ずしも「脱原発」の主張に正面切って反対しなくなった。将来の脱原発が可能ならそれに越したことはないという立場になりつつある。逆に再生可能エネルギーの必要性も強調するようになって、争点にしようがないのだ。
折良く6日と7日に予算委集中審議があり、自民党はここで幹事長・石原伸晃、政調会長・石破茂がギリギリと退陣時期の明示を迫ることになる。自民党にとっても菅の居座りに手詰まり感があるだけに必死だろう。好材料が山積しているこの千載一遇の機会を逃せば8月末まで政権は続く。ルーピー鳩山の発言など聞きたくもないが、初めて聞くに足ることを言った。「辞めると言った首相の下で外交も内政も対応できなくなっている。一日長く続ければ国益がそれだけ損なわれる。ここまできた以上、首相が冷静に判断すべきだ」。菅の存在そのものが、復旧・復興を遅らせているのだ。心あらば、いい加減にこのポイントに気付いてほしいものである。
◎菅、松本は即刻辞任して被災者に不明をわびよ
◎菅、松本は即刻辞任して被災者に不明をわびよ
日本中が同情し、慈しみ、「がんばれ」と言う言葉すら「かえって負担になる」と使わないほど気を遣っているときに、言語道断の脅迫・差別発言だ。このような人物を復興担当相という最重要ポストに就けた首相・菅直人の任命責任は重大だ。被災地のことを思えばもう、辞める辞めないで国会の空白を作っている時間はない。政権の手詰まり感は極まった。地元も不信感が募り、もう本格復興はこの政権では無理だ。菅も復興担当相・松本龍も即刻辞任して、国民に不明をわびよ。
報道ステーションの古舘伊知郎が松本の就任時の「民主党も、自民党も、公明党も嫌いだ」発言を「これだけ政治家らしい発言は聞いたことがない」と激賞したが、筆者は逆に「この男は異常だ。大失言をする」と直感した。3日の発言をみると一国の閣僚とは思えないほどの上から目線で、脅迫と差別意識に満ちている。岩手県知事・達増拓也を「コンセンサスを得ろよ。そうしないと何もしないぞ」「知恵を出したところは助けるけれど、知恵を出さないヤツは助けない」と脅す。宮城県知事・村井嘉浩には「お客さんが入ってくる時は、自分が入ってからお客さん呼べ。いいか。長幼の序がわかっている自衛隊ならそんなことやるぞ」とすごむ。松本は「知恵を出せない被災者」を切り捨てるつもりなのか。この緊急時に自分は「客」のつもりで県庁を訪れたのか。長幼の序の用語も使い方を間違っている。長幼の序とは、長じたものは幼い者を慈しみ、幼い者は長じたものを尊敬するという儒教的思想に基づいており、守るべき順序をいう。自衛隊の上下関係の規律や主従関係とは異なる。そもそも自治体と政府は対等だ。地方自治制度の基礎も知らない。
極めつけは同席した記者らに「書いたらその社は終わりですからね」と三流やくざのようにすごんだ。だらしがない記者たちはおじけづいて「はい」「はい」と答えたが、社を代表して取材していることを忘れている。「それはおかしい」と即座に反論すべき場面だった。おまけに「九州の人間ですけん、語気が荒い」「ちょっとB型で短絡的なところがあって、私の本意が伝わらない」は明らかに九州人とB型の人に対する差別発言だ。九州人はよく知っているが語気など荒くないし、言葉遣いも思慮深い。血液型で性格が占えるなどという迷信を信じているのは、公人として不適切だ。要するに「何様だ」ということだ。この人物のこれまでの人生は脅迫と差別に満ち満ちていたのであろうか。その性格がスポットを浴びて露呈したのだ。
任命権者である菅の責任が一番重い。菅は復興相人事で打診した政治家からことごとく就任を断られ、仕方なく防災担当相の松本を就けた経緯がある。そもそも菅は3月に自民党総裁・谷垣禎一に電話で震災担当相就任を要請したときには、最重要視していたポジションだ。それを選択肢がないからといって、ろくろく仕事もしていない防災担当相に割り振るといういいかげんな人事を行ったのだ。そのツケが直ちにはね返ってきたことになる。
野党は一斉に反発しているが、菅と松本が辞任しないのなら、6日の集中審議で徹底追及せよ。質問者もかったるい東北出身議員ばかりに固定せず、エースを立てるのだ。松本はこの調子だと必ず第2第3の失言をする。これをてこに菅と松本の問責決議案を提出せよ。必ず可決されるだろう。可決しても辞任しない場合は審議拒否などせずに、むしろ審議をしてその破廉恥ぶりを白日の下に照らし出すべきだ。必要な法案の審議も促進すべきだ。菅が解散に踏み切るなら受けて立てばよい。敵失で自公政権が復活するだろう。九州の人間もB型の人間も民主党には投票しない。それにつけても読売の編集手帳は大傑作だ。松本をイヌのような言葉遣いの政治家に例えて、最後に「イヌのような・・は礼を失していよう。世のイヌ諸君、ごめんなさい」とやった。朝日も社説で「こんな人では心配だ」と指摘している。「悪言の玉は磨き難し」、確信犯は除去せねばならない。
◎どうすれば辞める、その「傾向と対策」
◎どうすれば辞める、その「傾向と対策」
<クールビズ議員ますますアホの体(てい)>と最近の朝日川柳はさえている。たしかに<ネクタイしてもアホの体>だから外せばもっと始末が悪い。ネクタイをしなくなってから日本の政治は本当にだらしがなくなった。首相もすぐに辞任に追い込まれる。ところが今回は、与野党のアホが集まっても菅を降ろせない。それどころか「菅さんは敵の大きさに正比例して元気になる」と、側近が誇らしげだ。その通りに見える。周りは「敵」にびっしり囲まれアリの這い出る隙間も無くなったのに、敵のエネルギーを食って肥大する宇宙怪獣のように日日元気になっている。すし→焼き肉→イタ飯と3軒はしごをして、これ見よがしに気勢を上げている。いまや自民党総裁・谷垣禎一が「まっとうな神経ではない」と述べれば、官房副長官・仙谷由人が「解散するほどまでにはおかしくなっていないと思うが」と首をかしげる。まるで異常者扱いだ。打つ手はないものだろうか。
市民が<総理より瓦礫(がれき)のほうを片づけて>と言う気持ちも分かるが、総理を片づけないと瓦礫も片付かないのだからしょうがない。4日付の読売の世論調査でも72%が8月末までの退陣を望んでいる。昔なからの受験本ではないが「傾向と対策」を練ってみよう。まずまっとうな神経ではない相手には、まっとうな対応では無理だ。ここは攻め口を変えてみてはどうか。菅は紛れもなく「管見(かんけん)」だ。視野狭窄(きょうさく)で管(くだ)をもって天を窺う性癖がある。ちょっとやそっとでは直らない。まず精神を鍛え直すのだ。それには高名なる禅僧に頼んで世の無常観を植え付けるのだ。「盛者必衰」で、ときめくものも必ず衰えるときが来ると教えるのだ。人生「一炊の夢」の栄華のはかなさを説いてもらうのもよい。「生者必滅会者定離」の無情を悟らせるのだ。しかし、菅は四国遍路で坊主の説教には慣れているし、すれからしの“ペテン師”には利かないかもしれない。<だんだんとペテン師らしくなってきた>と川柳で褒められているくらいだ。
永田町のある会合では「これでは丑の刻参りしかない」という話に花が咲いた。殺したいほど憎い相手がいる場合に、その相手をワラ人形に見たててクギを打ち込みながら呪いをかけていくという、日本に古来からある呪術の一種である。丑の刻とは、深夜1時から3時まで。3脚の五徳を頭に逆さまにかぶり、その脚の部分にロウソクを3本立てて火をつけ、日本全国の同憂の士が、神社の杉の木に向かって金槌で五寸クギをわら人形に打ち込むのだ。ひそかに行わなければならないが、今回はテレビで同時多発を実況中継する。それを見た菅が腰を抜かして辞めるという夏の夜の怪談だ。しかし菅が陰陽師に頼んで結界を組んで対抗したら、呪いをかけた方がやられてしまう。だから「人を呪わば穴二つ」というのが話しのオチだった。仕掛けた方も墓穴に入らねばならなくなっては仕方がない。
最後の手段が、夫人伸子による説得だ。就任1か月後に「あなたが総理になって、いったい日本の何が変わるの」という本を出版したくらいだから、「首相になって日本が本当に変わった。悪くなった」と説得して、退陣を忠告してもらうのだ。1998年に不倫が発覚したときに何と「脇が甘いのよ!!」と怒鳴りつけたくらいだから、きっとやってくれると信じたい。現在伸子が菅に「あなた辞めることはないわよ」とかばっているからといって、決して「女子と小人とは養い難し」などと言ってはいけない。しかし誰が菅に鈴を付ける奥さんに鈴を付けるかが難問だ。それでは究極の手段、学校のいじめのようにシカト(無視)するしかない。もっとも、無視すればするほど「しめた」とばかりに元気が出そうだからこれも利くまい。
これでは<魑魅魍魎(ちみもうりょう)右顧左眄(うこさべん)して五里霧中>になってしまう。やはり「正解」は奇計、謀略を用いない正攻法の中にある。要するに菅は第2次補正予算案、赤字国債発行法案、再生可能エネルギー買い取り法案の「3法案をもって一定のメドとする」と公約している。どうせ長引くと高をくくっているに違いない。だから、その逆手を取って7月いっぱいで成立させてしまうのだ。野党も執拗に“言いがかり”をつけ続けると、民心が離れる時期に来ていると理解すべきだ。妥協して修正してでも法案を始末すべきだ。成立させても辞めなければ「菅退陣」の「盟約」を結んだ幹事長・岡田克也、政調会長・玄葉光一郎、国会対策委員長・安住淳、参院議員会長・輿石東と官房長官・枝野幸男、官房副長官・仙谷由人の「6人組」が連快(れんぺい)辞任するのだ。早期退陣にはこれしか手はない。ここは2代続く“失政大王”を辞めさせられるかどうかで、民主党が生き延びられるかどうかの瀬戸際と心得るべきだ。それが出来なければ<永田町つけるクスリも底をつき>となる。
◎小沢“勝ち馬戦略”で「野田支持」の気配
◎小沢“勝ち馬戦略”で「野田支持」の気配
不信任案をめぐる「小沢の変」で敗北して以来、元代表・小沢一郎が「脱連立入民主」の傾向を強めている。その言動からも2代続いた暗愚首相によってたがが外れた民主党を立て直し、来年中にはあるとみられる解散・総選挙対策に専念し始めたように見える。その長期戦略の上に立って「ポスト菅」を誰にするかだが、党をまとめて選挙に勝てる人材を再優先するしかないという判断に傾いているようだ。その意味で対象は財務相・野田佳彦に絞られ始めたように見える。
「首相が辞めた後だ。今から動くと潰される」と小沢は先月28日夜自身のグループの会合でこう漏らした。まだ動くなと言う意味だ。「小沢の変」も、2日の不信任本会議の前日の夜には77人を集めて気勢を上げ、造反が80人に達して不信任可決で党分裂か大連立かという事態寸前でルーピー鳩山が動いて大失敗に終わった。そのあとだけに、小沢の言動は極めて慎重になっいる。大連立指向は影を潜め、むしろ党立て直し指向が強い。民主党の現状を「国民の期待に沿うような政治を実行できないという大変強い批判にさらされている」と指摘。「国民の生活が第一という精神を忘れたところに国民の不信感が募っている。民主党は原点に返らなければいけない。政権交代の時の信頼を取り戻すよう頑張る」という発言からは、既に裏で自民党に連立を働きかけた姿は片鱗も見られない。
小沢は政局を遠望できる数少ない政治家の一人だが、今後の展望について小沢は①菅は死に体で遅かれ早かれ辞めざるを得ない②誰が首相になっても次の課題は解散・総選挙だ③選挙を前に大連立などやっているひまはない、というところに考えを集約し始めたようだ。若い政治家たちに「衆院は常在戦場と呼ばれている通り、いつ選挙があるかわからない」と忠告しているが、菅の「脱原発解散」を指しているというより、一般論として選挙近しの警鐘を鳴らしているのだろう。自公両党は大連立などとっくに忘れて、新首相になっても閣外協力かパーシャル連合で大震災対策だけをやる方向だ。基本は新政権を早期解散に追い込むことを目指している。
しかし小沢の言動から垣間見えるのはほとんどビョーキの権力指向だ。「今から動くと潰される」と言う意味は、菅退陣後は動くという“宣言”でもある。もっとも小沢は1月に強制的に起訴され、公判前整理手続き中であり、初公判は秋にも開かれる見通しだ。弁護士が検事役となって追及することになるが、“素人検事”だけにかえって生々しく、どぎつい追及が予想されている。公判には本人の出席が求められ、相当力を割かれることが予想される。加えて解散・総選挙が近づくという政治状況下では党内対立を煽っているひまはない。代表選挙でも独自の候補を擁立できるかというと「玉がいない」(側近筋)という状況だ。
そこから出てきているのは「勝ち馬に乗る」戦略だ。勝ち馬とは誰かと言えば、今のところ大きくリードしている野田だろう。朝日新聞は先月19日に「小沢氏、条件付きで野田氏支持」と断定した。条件とは民主党代表選で「消費税増税路線を凍結せよ」というもので、既に野田には伝えられているという。そういう背景をもとに政府・与党の社会保障改革検討本部が30日決定した「消費増税10%」の方針を見ると興味深い。なぜなら肝心の実施時期が「10年代半ば」とぼかした決着だったからである。財務相の意向が反映されないわけがない。明らかに野田が小沢の意向を忖度(そんたく)した結果であろう。小沢に近い筋は朝日の「野田支持」の報道について「まだ生きている」と述べている。
野田は首相候補に擬せられた後先月10日の記者会見で、菅退陣後の民主党の体制について「誰かから脱する、誰かを除くというのは不毛だ。一番超えなければいけないのは怨念の政治だ」と述べている。これは菅・岡田体制による“脱小沢”路線を自ら否定したことを意味する。小沢へのエールであろう。野田と小沢の協調路線はそれなりに出来つつあるように見えるのだ。民主党内では首相候補には前首相補佐官・馬淵澄夫、元官房長官・平野博文、前環境相・小沢鋭仁、元国会対策委員長・樽床伸二ら中堅議員が意欲を見せている。しかし民主党の悪い点はろくろく実績もない議員が恥ずかしげもなく手を挙げることだ。前外相・前原誠司や官房副長官・仙谷由人、農水相・鹿野道彦はまともな候補といえるが、菅が辞めないことから動くに動けず、いまのところ先行した野田に独走を許している。


























