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◎「ポスト菅」は一体誰だ

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◎「ポスト菅」は一体誰だ
 「それなら後継は誰に するんだと言うと返事がない」と民主党最高顧問の渡部恒三が嘆いている。「だから菅しかない」と言うのだが、早稲田大学雄弁会出身とは思えぬ論理構成だ。筆者に言わせれば菅が辞めないから後継が見つからないのだ。その証拠には歴代首相は誰が辞めても後継は決まっている。問題は未曾有の大震災は自然災害と原発事故に対する戦争であり、いわば“戦時下”の非常事態に対応できるのは誰かということだ。
 乱世と言えばあの人の名がすぐ浮かぶ。元代表・小沢一郎だ。金丸信が「平時の羽田孜,乱世の小沢一郎 ,大乱世の梶山静六」と述べたとおりだ。筆者が見たところこういうときには小沢が首相として最適だ。行動力、判断力、物事を見据える力は小沢が、政界では卓越している。しかし惜しいことに可能性はない。いくら適格でも刑事被告人を首相にしてはなるまい。絶対受け取っていないとしてきた水谷建設からの1億円の献金を、27日の公判で元社長自ら「秘書に渡した」と証言しているではないか。しかし「復興院総裁」なら話しは別だ。後藤新平のように首相になるという野望を棄てて復興に専念するのだ。それも代議士を辞めることが条件だ。身を捨ててかかれば、信頼感も生まれる。政治家として後世に名を残すには、これしかあるまい。
 自民党元幹事長・中川秀直が27日「谷垣禎一総裁が首相、仙谷由人官房副長官が副総理で、期間限定1年間の内閣なら自民、公明両党はまとまる」と述べている。菅が辞めれば成立しうる大連立の枠組みとしては考えられる案ではある。しかし菅よりはましだが、谷垣は紳士的すぎて平時の首相向きだ。地位は人を作るから分からないが乱世向きとは思えない。それに仙谷が副総理では、いいように引っかき回されてしまってすぐに政権ががたつく。それではその仙谷はどうかというと、民主党では小沢に次ぐ乱世型だ。面白いことは面白いが、官房長官時代の国会答弁を見ると、ピントの外れが大きい。首相としては危ういタイプとなる。しかし仙谷では民主党が割れる。
 幹事長・岡田克也はどうか。統一地方選挙大敗で本人が幹事長就任を一時固持したわけが分かった。「政治家」とはほど遠いのである。選挙に負けるのは時の運だが、不戦敗ばかりを繰り返してはいけない。不戦敗は政治の放棄であることが分かっていない。言うことが杓子定規で、「心がない」のは菅並みだ。渡部が、「政治家には向き、不向きがある。閣僚としては立派だが、幹事長には向かない」と述べているが、幹事長に向かないのなら、首相にはなおさら向かない。幹事長に失敗しては乱世でも平時でも首相になれるわけがない。
 前外相・前原誠司は、外国人献金で潔く辞任したことで、候補として残った。最近では口を極めて批判してきた小沢の息がかかった会合に、自分のグループの議員を出席させており、やる気は十分あるとみた。民主党では米国との関係が一番いい政治家だが、八ッ場ダム建設中止発言に見られるように、“コンクリート”アレルギーが気になる。今度の首相は「土木首相」であるからだ。
 玄人筋がもっともらしく農水相・鹿野道彦の名を挙げているが、父親の鹿野彦吉は政治家として有名だったが、二世で学習院出身は、麻生太郎ではないが、もうこりた。安易に毒にも薬にもならぬ者を引っ張り出して首相に据えてはこの乱世を切り抜けられまい。最近官房長官・枝野幸男が売り出し中だ。首相候補として世論調査で上位に上がってきたことについて、本人は「個別の一個一個の世論調査の具体的な数字が世論そのものとイコールであるかというと、そうではないと思っている」と述べているが、偉い。物事が分かっている。記者会見を頻繁に報ぜられるから、調査の数字が上がっただけで、民意は枝野の写真を日本の首相と誤報したイタリア紙レベルとみたほうがよい。こまっちゃくれているから、10年早い。
 自民党政調会長・石破茂は時事通信の世論調査でも首相候補として常に上位に進出してきた。昨年12月の調査で1位、2月の調査で3位だ。顔はごついがネットで若者に人気がある。平時か乱世かと言えば乱世型だ。筋の通ることを言うというのは首相の第1条件と言ってもよいが、石破は筋が通っている。小沢と自民党が接近していることについて「天皇陛下も自らの思いのままという天をも恐れぬ発想をして恬(てん)として恥じないような人物とどうして組めるか」と真っ向から反対している。頭の回転、切れもいい。問題は大連立を否定して首相になれるかということだ。小沢抜き大連立なら可能性はなくはない。
 ああでもないこうでもないと書いてきたが、なぜこういう記事になるかというと、政界が「ああでもないこうでもない」と言っているからだ。現段階での首相候補特定は週刊誌や三流評論家に任せるしかない。しかし渡部の言うように「後継が定まらないから菅」は発想が逆だ。「菅が辞めれば後継は定まる」のだ。 

  


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◎日本の首相は究極の“やわ”に立ち至った

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◎日本の首相は究極の“やわ”に立ち至った
 トップリーダーとしての自分の発言がどう受け止められているかが分かっていない。26日の首相・菅直人の国会答弁をつぶさに聞いたが、民主党内や自公両党が「菅降ろし」に踏み切ったことが分かった気がする。分析すればするほど首相としての自覚よりも、政権追及型政治家であった野党当時のままの無責任さが露呈してしまっていることが分かる。追及する側ははっきり言ってある程度の無責任さや言いっ放しが許容されるが、いったん首相になった以上その発言が千金の重みを持つことを理解していない。
 衆院予算委で最近の菅発言が問題となったが、自民党の額賀福志郎が取り上げたのは、筆者も昨日指摘した「大震災の時に私が総理大臣の立場にいたのはひとつの運命だ」と述べた問題だ。額賀が「思い上がった発言」と追及するのを首をかしげながら聞いていた菅は、「そんなつもりはない。大きな責任を感じているという意味で運命という言葉を使った」と答えた。しかし誰が聞いても「運命」発言は、レベルの低い官邸の主共通の「裸の王様的な増上慢」「自信過剰」を感ぜざるを得ない。広辞苑でも運命の定義を「人生は天の名によって支配されているという思想に基づく」としており、発言の根底にはまさに“天の配剤”意識がうかがわれる。福田赳夫の「福田再選は天の声」に通ずる思い上がりと受け取られてもおかしくない。26日付社説で「菅降ろし反対」に踏み切った朝日新聞ですら同社説で「首相は『宿命』と語ったが、その政権への執念は自らの延命のためではなく、危機収束と被災地の復興に注ぎ込むものでなくてはならない」と批判している。もっとも朝日ともあろうものが「運命」発言を「宿命」と大間違いしてはいけない。
 菅が自民党総裁・谷垣禎一に電話で大連立を呼びかけた際に「あなたは私と責任を分かち合うつもりがないのか」と“イラ菅”を爆発させたことも額賀は取り上げた。菅は「国民に対して政治家としての責任を分かち合ってもらえないかと述べた」とトーンダウンしたが、ご都合主義の言い訳だ。電話のそばにいた幹事長・石原伸晃にまで聞こえて、メモに取られた言葉である。
 統一地方選挙大敗の原因について菅は「震災対策が悪いから負けたという批判があるが違う。しっかりやってきている」と答えたが、これも違う。朝日の世論調査は、東日本大震災への菅内閣の対応を「評価する」と答えた人は22%にとどまり、「評価しない」が60%に上った。福島第一原発事故への対応に限ると「評価する」16%、「評価しない」67%となり、さらに厳しい視線が注がれていたのだ。これが選挙結果に反映しないことはあり得ない。それに「しっかりやってきている」のは菅ではない、東電、警察、自衛隊、消防の「現場」、それに被災者自身だ。首相官邸から発せられたのは初期対応の甘さ、事実誤認ばかりが目立った。菅は「東日本はつぶれる」「20年は住めない」など馬鹿な発言を繰り返し、風評源になったことぐらいしかトップリーダーとして目立った動きを見せなかった。
 小野寺五典が在日韓国人から献金をもらっていたことについて「いつのまにかこっそりと外国人献金を返していた」と指摘した。
これに対して菅は「私は日本の方だと思っていた。弁護士が公的文書で国籍が日本でないことを確認した上で私に代わってお返ししたのであって、こっそり何かやったということではない」と弁明した。しかしそれではなぜ公式に返金したことを発表しなかったのか。震災のどさくさ紛れのほおかむりと受け取るのが自然ではないか。「前原辞任」の二の舞になるのを恐れたのではないのか。発言や弁明の大半が論理破綻しているのだ。
 佐藤内閣以来の官邸の主をいろいろ見てきたが、末期には
「暗愚テイオー」とされた、鈴木善幸の方が菅よりよほどましだ。戦中、戦後の激動期をくぐり抜けてきた日本の首相は吉田茂にせよ、鳩山一郎、池田勇人、佐藤栄作、その後の三角大福中にせよ一本筋が通っていた。このうち誰が今回の大震災に直面しても、見事にこなしたであろう。それが竹下登あたりから“やわ”になり始めて、少し小泉純一郎で挽回したものの、今は前首相・鳩山由紀夫と並んで究極の“やわ”に立ち至った。それにつけてもしっかりした後継はいないものか。
 
 


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◎「六日知らず」の菅はブラックホールの重力圏につかまった


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◎「六日知らず」の菅はブラックホールの重力圏につかまった
 落語で一度握ったものを絶対離さないケチな人を「六日知らず」という。日数を数えるとき、五日までは指を折るが、六日からは折った指を開かなければならない。この人は一度握った手は決して開かないのだ。かねてから首相・菅直人の執念深さは並大抵ではないと思っていたが、国会答弁で大震災の時に首相になったのは「運命」と述べたのには驚いた。こりゃ並大抵では辞めまい。だから「六日知らず」を辞めさせるには不信任案か問責決議案上程しかないのだ。
 民主党内の今の流行は「垂範辞任」と「身代わり辞任」だ。垂範辞任とは「統一地方選での敗北」を理由に県連代表を辞任している議員ら。中間派の樽床元国対委員長が大阪府連代表を辞任する意向を示したのに続き、熊本、神奈川の県連会長も辞意を表明。垂範して辞任して、選挙に連敗しても全く責任をとらない執行部に圧力を掛けているのだ。一方「身代わり辞任」は党選対委員長石井一。石井は、党県連代表の辞任が相次いでいることを受け「自分で当て馬になるという意思を示す必要がある」と述べ、首相や幹事長の「身代わり辞任」をしようとした。自分に波及してはかなわないとみた幹事長・岡田克也に説得されてすぐ取り下げたところを見ると、相変わらずの見え透いた格好づけであった。
 普通の感覚なら「心ある」首相や幹事長たるもの辞めて当然だが、「心がない」(片山虎之助)から辞めないのだ。 参院予算委で述べたように、菅は「私が総理大臣の立場にいたのはひとつの運命だ」から辞められないのだ。そのうちに「首相でいるのは天の配剤」と言い出さないか心配だ。福田赳夫も「福田再選は天の声」と宣言して、総裁選で大平正芳に敗れ「天の声にも変な声がある」と照れ隠しを言ったが、菅は似ている。かって田中角栄が「官邸の首相の椅子に座って一年たつと、狐が憑いたようになって自分が天地逆さまに座っていても分からなくなる」と冷静な分析をしていたが、菅は狐が憑いても分からないところに「菅降ろし」の原点があるのだ。 おまけにこれを助長する大新聞がある。このところ朝日新聞から政局原稿らしい政局原稿が消えたが、26日付朝刊も自民党や民主党に大きな動きがあっても政局ととらえていない。得意分野であるはずの政治記事の扱いが意識的に小さい。なぜかといぶかしかったが、同日付社説を見て分かった。「菅おろしの余裕はない」が編集方針なのだ。「自分たちが選んだリーダーである。欠けている点は補い、一致して当面の危機対応に当たるのが政権党の筋目だろう」と続く。(端的に言えば朝日さんは、国難首相に目をつむっても自民党政権に戻るよりはいいのだろう)と筆者は思う。(せっかく民主党政権を作ったのだから朝日さんは引き延ばしたいのだろう)とも思う。たとえ「菅発の危機」が予見されてもである。これでは朝日の政治記者は社を辞めて読売に入った方がいいのではないか。やりがいがある。
 しかし菅や朝日には悪いが、政局は逆に動いている。四面が楚の歌に囲まれていると言ってもよい。党内と野党から「辞めよ」のシュプレヒコールである。「宇宙戦艦(菅)・ナオト」はブラックホールの重力圏にとらえられた。もはや逃れるすべはない。最初は緩やかであるが、終いには光速に近いスピードで吸い込まれるのだ。5月2日に第1次補正予算が成立するから、それから「菅の巻き狩り猟」が本格化する。「菅降ろし」で事実上一致した25日の自公国対委員長会談で、普段は物言いがおとなしい公明党国対委員長・漆原良夫が「復旧にメドがついたらお引き取りを頂く」とドスの利いた発言をしたのには驚いた。当面、自公両党は民主党の小沢軍団による両院議員総会での「党代表解任決議案」が成立した場合、辞めるかどうかをみる。それでも辞めなければ、副総裁・大島理森が「問責決議案や不信任案(提出)を考えなければならない局面が来るかもしれない」と述べた動きへと発展させるのだろう。朝日のご心配のように「菅降ろしの余裕はない」ので、速戦即決型で連休後に一挙に勝負を付ける流れになるだろう。


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◎自民、小沢それぞれに“5月倒閣”に本腰:地方選民主大敗

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◎自民、小沢それぞれに“5月倒閣”に本腰:地方選民主大敗
 統一地方選後半戦も民主党は惨憺たる有様となったが、民主党内は小沢グループによる「菅降ろし」に弾みが付く流れとなった。既に元代表・小沢一郎は舞台裏で自民党など野党とも「菅内閣不信任案」で協調の根回しを進めており、「暗黙の了解」が成り立ちつつあるようだ。これを察したかのように自民党政調会長・石破茂は自身のブログで「自民・小沢連携」に火を噴くような反対論を展開している。しかし、政局は混迷の度合いを深めながらも「敵の敵は味方」の論理で、次第に“5月倒閣”とへ向けて動き強めそうな気配だ。
 敗北を受けて元代表・小沢一郎は24日夜、国民新党代表・亀井静香と会談、「菅政権のままでは日本はひどいことになる」と批判した。ここになって鮮明になってきた“小沢戦略”は、政権に揺さぶりを掛けつつ最終的には内閣不信任案を可決させて、解散か総辞職の状況に追い込むが、「東北は投票所が開設できないから解散はなく、総辞職しかない」(小沢)という決着に導こうとしているようである。そして目指すところは「救国内閣」の樹立であろう。そのための揺さぶりの手始めが、小沢系議員の揮発油税などの税率を引き下げる「トリガー条項」廃止反対の総務委員会委員辞職であり、選挙敗北での県連代表一斉辞任である。加えて小沢は両院議員総会で菅退陣を求める決議の採決にむけて署名を25日から展開させるが、既に総会開催に必要な党所属国会議員の3分の1以上の署名確保のめどは付いたようだ。小沢は鳩山との連携で過半数は確保し得ると踏んでいるようだ。
 一方、小沢は今月中旬以降自民党との接触を強めている。既に自分自身で元首相・森喜朗を始め元幹事長・古賀誠らと極秘裏に会談。一方副代表・山岡賢次に公明党幹事長・井上義久や自民党の町村信孝と会談させている。また盟友・鳩山由紀夫も幹事長・石原伸晃、元財務相・伊吹文明と会談している。こうした会談を通じて、明らかに小沢は「小沢プラス自・公」連携による「救国内閣」の構図を描いているようである。また側近を通じて「憲政の常道からいって、菅が辞めれば谷垣が首相」発言を流して、谷垣“たらしこみ”にも余念が無い。一方自公も「菅退陣」には異存は無く、谷垣が「これ以上この態勢でいくことは 国民にとって極めて不幸である」と倒閣に踏み切る発言をすれば、井上も「首相交代も選択肢」と述べるに至っている。
 こうした「小沢プラス自公」の動きは、最初から「表だった連携」に発展するか、「結果としてそうなったか」によって全く展開が異なるだろう。というのも、「政局のためには“悪魔”とでも手を組むのか」という、小沢アレルギーが自民党内には根強く存在するからだ。その代表格が石破だ。石破は「細川内閣、羽田内閣、小渕内閣と、小沢氏が関与した政権はことごとく悲惨な末路を辿っている」と指摘し、「自民党とマニフェスト至上主義者が組むなど正気の沙汰とも思われない」「天皇陛下も自らの思いのままという天をも恐れぬ発想をして恬(てん)として恥じないような人物とどうして組めるか」と真っ向から小沢との連携に反対している。
 その上で菅に対して「マニフェストの誤りを認め、これらすべてを撤回した上で震災復旧に廻すことを明言し、反対するマニフェスト死守派を切り、責任を取って辞職の時期を明言すれば、後の展望は自ずと開ける」と逆に“小沢切り”を勧めている。石破茂がこれほどの怒りを表明するのはめづらしい。小沢から何の働きかけもない証拠だ。ただ菅が小沢を切り、辞職することもあり得ないから、いささか筆が感情的に流れたとみる。一方で石破は、大震災前は「首相は解散か総辞職の選択肢しかない」と言っていた東大教授・御厨貴が、復興構想会議議長代理になった途端に「世論調査は政変は一段落してからが大勢」と24日の自らの番組で主張をがらりと変えたことについて「一段落がずるずる伸びてはいけない」とたしなめている。石破も菅では難局を乗り切れないとみている証拠であろう。
 いずれにしても、小沢はルビコンを渡ったのであり、ここで菅との最終決戦に持ち込み勝利しない限り、自らの求心力が一挙に喪失する。菅周辺から「小沢さんの動きの背後には、莫大(ばくだい)な大震災対策の公共工事がある」との批判が出ているし、自民党の小沢連携組にもその思惑があるだろう。しかし、一方で「菅では大震災乗り切りは無理」という点で政界も、世論調査も“資質論”に収れんしつつあることは確かだ。これまでの権力闘争一点張りの政変指向とは、“質”が違うとみておく方がよい。また野党提出の不信任案に同調者が民主党から出れば、自民党中心の政権になり得ることは、小沢の指摘通り「憲政の常道」だ。元首相安倍晋三は、24日時期限定の大連立を主張すると共に後継首相について「谷垣禎一自民党総裁がベストだが、どうしても民主党ということであれば話し合いの余地は多少はある」と自民・民主連携に前向き姿勢を示した。安倍発言はどうしても政党対決が前面に出る統一地方選挙が終了したのに伴って、再び大連立論が台頭しうる流れが出てきたことを物語る。


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◎「今秋退陣」に大島がいったん“半落ち”

  
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◎「今秋退陣」に大島がいったん“半落ち”
 何で国民新党代表・亀井静香が幹事長・岡田克也を21日の自公両党幹部との会談に同席させたか不審に思ったが、どうも自らの発言内容を権威づけるためだったようだ。その内容は復興実施本部は6か月でめどを付け「今秋の首相・菅直人退陣」を強く印象づけるものだったのだ。よほど説得力があったと見えて自民党副総裁・大島理森、公明党幹事長・井上義久もいったん前向きで“半落ち”状態だったようだ。ところが党内に持ち帰って冷静になると「そうは問屋が卸さぬ」(自民党幹部)ということになったらしい。
 自民党総裁・谷垣禎一から拒絶反応をうけても亀井は、自らの構想である与野党による復興実施本部構想に依然として執着。大島、井上との個別会談で“譲歩”案を示した。その内容は「復興本部の活動期間は6か月が一つの期限。首相は『復興に全生命を懸けたい。地位に恋々とするものではない』と言っている」と言うものだ。要するに秋には退陣するから本部設置に同意して欲しいというものだ。これに対して大島は「今までと違った決意が感じられる。首相の心境に変化があったようだ」と乗りそうな構えを見せた。井上も「代表に伝える」と前向きの返答。しめたと思ったか亀井は岡田同席で記者団に「不信感は払拭できた」と胸を張った。
 この「6か月後退陣」構想は、菅と相談したかどうかは別として、明らかに亀井が野党を引き込むためにまいた“まき餌”の類いのものであろう。しかし、菅退陣が焦眉の急になっている現時点で「半年後」といっても鬼が笑う。誰も信用しない。その証拠に谷垣は記者会見で「既に一度お断りしている。基本的な考えが変わったわけではない」とにべもなく一蹴してしまった。要するに大島も、井上も人をたぶらかすことにおいては百戦錬磨の亀井の前に“甘ちゃん”であったことが証明された。また亀井の“条件闘争”とも見える発言はいかに菅が追い詰められているかの左証でもあろう。
 一方、民主党内で、ガソリン価格高騰時に揮発油税などの税率を引き下げる「トリガー条項」廃止をめぐって、不穏な空気が出始めた。22日の特例法案採決に反対する小沢系議員らが衆院総務委員会委員を辞任するという動きに出たのだ。おりからのガソリン価格高騰で同条項が発動されれば、減収額は国、地方合わせて少なくとも約4500億円に上ることから、復興財源に影響が出るとして政府が廃止の閣議決定をしたものだ。マニフェストで全廃を掲げた暫定税率維持の代わりに、小沢が導入した経緯があるだけに強い反対が噴出している。岡田は委員の差し替えで乗り切ろうとしているが、党内では「強引だ」とする反発がさらに強まっている。「トリガー条項が菅降ろしのトリガーになる」ともささやかれており、確かに不信任案賛成の引き金になり得る情勢もある。
 その不信任案をめぐって小沢側近の民主党副代表・山岡賢次が自民党の元官房長官・町村信孝と20日会談、なにやら生臭い内容の
話をした模様だ。この席で山岡は、「自ら辞めない限り、首相を辞めさせるには内閣不信任決議案を可決させる方法しかない」と述べたといわれている。表に出たのがこの程度だから、政治家はもっと深い話しを必ずしている。提出時期、可決の可能性などで腹の探り合いがあったはずだ。内閣不信任案は小沢自身が賛成しかねない姿勢を示しており、この接触は興味深い。いずれにしても東日本大震災の復旧に向けた11年度第1次補正予算案が連休中の5月2日に成立する見通しとなってきている。28日に国会に提出、同日夕の本会議での各党代表質問や、29~30日に衆院予算委員会、5月1~2日に参院予算委員会が予定されており、連休中も菅への“集中攻撃”はやみそうもない。 


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◎小沢、連休前にも「菅降ろし」で仕掛けか

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◎小沢、連休前にも「菅降ろし」で仕掛けか
 「泥沼で泥縄なうが日課なり」(朝日川柳)の首相・菅直人に対して、ついに政権内部から退陣論にくみする発言が飛び出した。財務副大臣・桜井允の菅批判は、まさに「君(きみ)臣を択(えら)ぶのみにあらず、臣もまた君を択ぶ」の風潮が政務三役 にまで広がったことを意味する。今後小沢一郎系の副大臣にも連動してゆくものとみられる。小沢自身も、必至とみられる統一地方選挙後半戦敗北を受けて、連休前にも行動を起こす決意を固めつつあるようだ。「菅降ろし」は来週一つの山場を迎えそうだ。
 さすがに心療内科の医師だけあって、桜井の人物評は精神分析学の領域だ。「野党議員が大震災への対応で『このくらいはせめて認めたらどうですか』と問いかけた際に、全部突っぱねられたら、『辞めろ』といいたくなるのも当然だ。要するに人としてどうかということだ」と菅の国会答弁を批判、退陣論に同調した。「こういうことをやっていたら政権がもたなくなるんじゃないか」「内閣の一員は全部、首相が間違っていようが何しようが、『その通りですね』と言わなきゃいけないのか。私はそうだとは思わない」とも述べた。これまでも桜井の発言は是是非非主義で一貫している。先にマニフェストに関しても「治療方針を決めてやって来て、間違っていると思った時も、そのまま強情にやったら患者は悪くなる。必要なら見直すべきだ」と見直し論を述べている。
 問題は今回の発言が特定のグループに属さない中間派の桜井から出たことだ。いかに民主党内に「嫌菅」「反菅」ムードが高まってきているかを物語っている。既に小沢はこうした議員らの抱き込みに動いている。19日には小沢系の当選1回議員を中心に「反菅」で45人が集まったが、注目されるのは首相を支持する前原、野田両グループの議員が姿をみせたことだ。また小沢は20日には前原グループの若手衆院議員・仁木博文と会い「この国難に何もしないと、後世の人に何をやっていたのかと言われる」と述べたという。 明らかに小沢の動きは多数派工作であろう。小沢グループと鳩山グループに加えて中間派が同調すれば、両院議員総会で過半数が確実となり、「菅降ろし」が可能となるのだ。また不信任案の上程は党分裂につながり得るが、何でもありの小沢のことだ、視野には入れているとみてよい。両院議員総会と不信任案、場合によっては問責決議同調などの多面作戦をとるものとみられる。そのきっかけが統一地方選挙後半戦だ。民主党の不振は覆うべくもあらずであり、前半戦に引き続いて大敗必至とみられる。菅に対して「前半戦に引き続いてのほおかむりは許されない」というのが小沢の主張だ。
 一方自民党も「全議員・選挙区支部長懇談会」を26日に開き、菅政権への対決姿勢を鮮明化させる方針だ。総裁・谷垣禎一は菅が首相である限り大連立には応じない方針を明らかにして、事実上「菅降ろし」を宣言することになろう。自民党内では「菅が辞めない以上、内閣不信任案か首相問責決議案を出さざるを得ない」との見方が支配的となっている。震災対策の第1次補正予算が成立後に提出することになろう。
 期せずして小沢の思惑と自民党の動きは「菅降ろし」で一致しつつあるが、これが結果として“連動”しても、直接的に“連動”するかというと、自民党内の小沢アレルギーから見ても実現は並大抵ではあるまい。また日程的に言っても、連休前の不信任や問責はきわめて難しい。しかし小沢にしてみれば、このまま菅を連休に逃げ込ませては「菅降ろし」が“失速”しかねない。連休後につなぐためにも、連休前に“倒閣”に向けて大きな山場を作っておく必要があるのだろう。


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◎復興消費税は菅自身がネックとなってしまった

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◎復興消費税は菅自身がネックとなってしまった
 信義がなければ物事が進まないことを「大車も軛(くびき)無ければ進まず」と論語が形容している。軛は牛馬の首にかけて車を引く横木だ。民主党政権の最重要課題である復興財源案が表に出た途端に頓挫してしまった。復興目的消費税に与野党から反対の大合唱である。なぜかと言えばひたすらに首相・菅直人がやるのでは嫌なのである。まさに「嫌菅」ここに極まれりだ。
 この政権が信用されないのは、物事に真っ正面から向き合わないからだろう。官房長官・枝野幸男が復興債の財源となるべき消費税増税について「民主党が検討している」と党側へと“前さばき”をした。消費増税の出所は明らかに党側ではなく政府側だ。首相・菅直人が1月の時点では「消費税に政治生命を賭ける」と断言し、18日の国会答弁では「財政再建ができれば本望」と述べ、首相ブレーンの内閣府経済社会総合研究所所長の小野善康が19日、「復興税でまかなうのは当然」と述べているのが紛れのない状況証拠だ。おまけに消費税3%増で3年の時限的な復興税にしたあと、“衣替え”で恒久化して社会保障財源にする構想は財務省オリジナルだ。
 要するに菅には自分を前面に出してはまずいという“及び腰”があるのだ。無理もない。野党や党内から直ちに反対の火の手が上がった。自民党幹事長・石原伸晃が「国債を償還するための消費税には反対だ。消費税は社会福祉目的に限定しないと国民の理解は得られない」、公明党代表・山口那津男も「直ちに消費税を充てるという考え方には賛同しない」と足並みをそろえて反対だ。小沢グループも衆院議員・川内博史が反対を表明するとともに、「両院総会で議論すべきだ」と“政局化”を目指す構えを表明した。小沢直系の中堅議員による一新会も19日「もはや菅内閣では国や国民が救えない」として“倒閣”で一致している。
 こうした動きの背景には、菅の狙いが「消費増税での正面突破」にあると見抜かれていることがあるのだろう。増税を認めれば自民、公明両党を始め、小沢グループも含めて「菅降ろし」と矛盾するのだ。自公両党は下手をすれば「菅政権のまま大連立に持ち込まれかねない」と警戒しているのだ。消費増税という大命題に賛成しておいて自民党は、内閣不信任案や問責決議案を提出するわけにも行くまい。小沢グループも両院議員総会での過半数で菅退陣を求める話しが出ている以上、党内の多数派工作に影響が出て、とてものめる話しではない。消費増税は浮上した途端に政権の枠組みと首相進退が密接に絡んで、調整どころではない状況に陥ってしまったのだ。要するに政治の現状は「菅がやることは全てノー」なのだ。
 いずれにしても、被害総額は25兆円に上るのであり、2011年度第2次、第3次補正予算案は合計で20兆~30兆円規模に上ると想定される。消費税は1%で2.5兆円の税収があり、3%、3年間で22.5兆円が想定できる。この際消費税導入は不可欠とも見えるのだ。読売新聞も20日付の社説で「復興に増税はやむを得ない」として「広く薄く負担して支援するという復興税の目的を考えれば消費税を中心に検討することになる」との見通しを述べている。自民党にしてみればもともと福祉目的税としての消費税を推進してきているのであり、3年後の“衣替え”で妥協してもおかしくはないのだが、全ては菅がネックになってしまっているのである。「大震災のどさくさに紛れてやろうとしている」という見方に定着してしまうのだ。「退陣」無くして全ての物事は進まずということなのであろう。


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◎菅、復興債と消費増税連動で正面突破の構え

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◎菅、復興債と消費増税連動で正面突破の構え
 この時点で首相・菅直人が「財政再建」を再び口にした背景に何があるかを探れば、「復興再生債」の裏打ち財源として消費増税を考えているとしか思えない。幹事長・岡田克也も復興財源の償還は「税しかない」と言明、菅に同調している。明らかに「復興財源と消費税」の錦の御旗で退陣論を中央突破する構えとみられる。しかし、ただでさえ「菅降ろし」の嵐が吹き荒れる中で、消費増税という大事を成し遂げられるかというと、菅では荷が重すぎるという所に落ち着かざるを得ない。
 18日の参院予算委は追及する側が二線級とあって退屈な集中審議だったが、最終段階でたちあがれ日本の片山虎之助の質疑だけは冴えていた。短時間で政局に絞って菅に後進に道を譲るよう迫った。巧みな質問につられて菅は「まずは復旧、復興、できれば財政再建も含めて与野党で共通する青写真を作って任期が2年半後には来るから、欲張りかも知れないが与野党共同の形がとれれば政治家として本望」と答えた。即時退陣論が強まる中で、2年半後までやるとは開き直ったものだが、ポイントは久しぶりに財政再建を口にしたことにある。
 この時点で消費増税とは一見ピントが外れているように見えるが、岡田の記者会見で納得した。岡田は「復興再生債を発行する。その償還財源について野党に提案しようと思うが、基本は税だ」と言い切った。政府筋も「増税しかない。消費税だ」と漏らしている。そういえば菅は復興会議議長・五百旗頭真をして「震災復興税」を主張させているが、脈絡が合う。復興に必要な10兆円以上の復興債を発行するには世界的に国債への信用が揺らぐのを防ぐための裏打ちが不可欠だ。そのための増税については消費税や所得税、法人税などさまざまな案が浮上しているが、何と言っても手堅いのは1%で2.5兆円の税収増が見込まれる消費税だ。マスコミはもともと消費増税論であり、自民党も基本的には消費税導入だ。菅にしてみれば昨年の参院選挙以来の主張であり、いわば復興債の財源とするという導入推進への錦の御旗ができることになる。もちろん一定の時期が来れば社会保障に回すことを確約した上での導入であろう。復旧のための第1次補正予算案はいくら何でも連休明けに成立するだろうが、第2次補正予算案は財源のめどが立たない限り組むことができない。菅・岡田路線は消費増税に固まりつつあるとみた。
 しかし、ただでさえ「死に体気味」の菅がこれを成し遂げられるかというと話は別だ。党内と野党の挟撃に遭おうとしている菅である。いくら水戸黄門の印籠をかざしても「復旧ー復興ー財政再建」の全てをやるというのは確かに「欲張り」としか言いようがない。まず小沢一郎が反対するだろう。マニフェスト至上主義で反菅勢力をまとめてきた小沢一郎にしてみれば、子ども手当などがなし崩しでおろそかにされたうえに、消費税導入までやられては怒り心頭に発するだろう。既に檄文を発して「菅降ろし」に着手しており、連休明けには行動に移すべく手ぐすねを引いているときだ。小沢周辺では昨年の代表選挙が206票対200票の僅差であったことを挙げ、「今の党内情勢は逆転している」との判断が有力になっている。両院議員総会の過半数で菅に辞職を求める決議が成立し得ると判断しているのだ。たしかに小沢グループと鳩山グループなどが一致すれば衆参両院議員410議席の過半数は得られる。加えて野党が不信任案や問責決議案を提出すればこれに同調する可能性もある。小沢はインターネットの対談で不信任案同調について「政治家としてどうすべきかということを考えなければならない時期だ」と前向き姿勢をみせている。小沢は野党の力も活用して菅に対する“巻狩り”をしようとしているように見える。
 菅は国民新党代表・亀井静香と語らって与野党による「復興実施本部」構想を提案させたが、18日野党から総スカンを食らって事実上つぶれた。だいいち亀井の提案ではうさんくさすぎる。自民党幹事長・石原伸晃が「両者の信頼関係がなければ物事は成就しない」と述べたのは、菅への不信と亀井が信用ならぬことの両方がある。菅は行き詰まったのであり、その菅が消費増税を唯一の突破口にして、この難局を切り抜けるのは無理だろう。首相が代わらなければ物事は進まない政治状況となりつつあるのだ。


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◎「こんな時」だからこそ「菅は国難」なのだ

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◎「こんな時」だからこそ「菅は国難」なのだ
「国家存亡の危機に優れた指導者に恵まれたものだ」戦前の駐英大使・重光葵は敵対国首相・チャーチルをこう評した。不幸にも日本は英国がうらやましいと言うしかない。首相・菅直人批判の高まりの中で、半可通の評論家の間で、「この非常時に権力闘争をやっている時か」と言う発言がテレビでたびたび発せられている。しかしなぜ「菅は国難」「菅そのものが大災害」という合唱が生じているかについては分析しようとしない。評論家やコメンテーターは、与野党の政治家がこれほどまでに批判する理由を見極めていないのだ。その理由を一言で言えば平時でも危ない菅が首相では、非常事態においてはなお危ないのだ。その危機感が政界に共通してきているのだ。単に「権力闘争」と形容するのは皮相的かつ通俗に堕している。
 この際、野党のあからさまな菅批判は脇に置いて、だれがみてもまっとうな判断を下す人物の菅評をまず紹介すれば、元官房副長官の石原信雄の発言だ。「自ら東電に乗り込んで注意をされたが、最高指揮官は一歩下がって全体を見ながら判断を誤らないようにするのがよかった。対策の遅れにつながったことは否定できない」と述べたのだ。菅が3月15日に東電に乗り込んで怒鳴りまくったことを批判している。ヘリによる現地視察と併せて、明らかに原発対応の初動を遅らせたとしか言いようがない。温厚な石原から人を批判する発言を筆者は聞いたことがないが、その石原をしてここまで言わせたのはよくよくのことであろう。民主党幹事長・岡田克也は「一段落したら検証する」と述べているが、この国家危急存亡の時に「一段落」を待ってなどいられないのが、政治の実態なのだ。
 何代もの首相を見てきた石原が言うように、危機における指導者は自らが先頭に立って動くべきではない。古来、国主が先頭切って突撃すれば、討ち死にの確率が高く、討ち死にすればその国は戦に破れたことになる。菅は長年野党にあって、政権の追及だけに専念してきた政治家であって、行政のトップとしての政治力は未知数であった。しかし首相になったときからリーダーとしての“馬脚”は現れ始めていた。いくら何でも消費税増税を参院選挙のテーマにしては、政党としての民主党はたまるまい。結果は「衆参ねじれ」となり自らのよって立つ基盤を危機に陥れた。このピントのずれが「菅政治」の根底を成している。
 大震災後の発言から首相・菅直人の適性を判断すれば、「東日本が潰れるというようなことも想定しなければならない」「30年間住めない」といった発言は、首相たるものが決して口にしてはならない発言だ。なぜなら、ピントが狂っている上に国民に希望を与えるべきリーダーが、逆に絶望の淵に陥れるからだ。あらぬ“風評”を招いてしまう発言でもある。リーダーの最大の要件はその姿を見ただけで国民が“安心”しなければならない。ところが菅は震災当初から悲観主義に貫かれてしまっているのだ。チャーチルは「悲観主義者はすべての好機の中に困難をみつけるが、楽観主義者はすべての困難の中に好機を見いだす。」と述べている。悲観主義者では危機の時に国民をリードすることはできないのだ。国民は姿を見ただけで安心するどころか、菅に運転を託しては、いつ“大事故”を起こすかと不安を覚えるだけであろう。
 会議の乱立は官邸をパソコン機器の“たこ足配線”のようにしてしまった。どこがどうつながっているか分からないまま、あちこちでショートを起こしている。船頭多くして船山に上るだ。阪神大震災の時は震災関連法16本のうち半分の8本が約40日で成立したのに比べ、今回はいまだに何一つ成立していない。復興会議議長人事も二人から断られた上に防衛大学校長・五百旗頭真を任命したが、驚いたことに五百旗頭は、まだまともな議論も始まらない会議冒頭の時点で、増税を口にした。「国民全体で負担することを視野に入れるべきだ」と震災復興税を唱えたのだ。それも職業柄なのか横柄な上から目線での発言である。明らかに菅が五百旗頭をして言わしめている“裏操作”の存在を感じさせる発言である。事前打ち合わせで直接指示したか、少なくとも菅はそう発言することが確信できるから任命したかのいずれかに違いない。かねてから失言癖のある五百旗頭は「阪神大震災の被災がかわいく思えるほどの、すさまじい震災だ」と就任早々馬鹿な失言をしているが、そもそも増税は政治の最高判断を要するマターである。諮問機関の議長クラスが議論もせずにリードするような事柄ではない。菅は増税路線を取るならとるで、自ら国民に向けて訴えるべき問題であろう。自分の姿をみせずに“操る”のでは、ますます国民は信用出来ないではないか。
 野党との大連立も、いきなり谷垣に電話して「あなたは責任を私と分かち合うつもりがないのか」では成るものもならない。渡部恒三構造が「あの場面は菅が『今は与党だ野党だといっているときではない。私が副総理になるから協力してくれ』という場面だった」と漏らしているとおりだ。ことの運び方が分からないうえに、自らの言動の“効果”を推定できないのだろう。
 石原信雄は菅と会った後、「非常に疲れておいでのようで心配だ」とも述べたが、17日のクリントンとの会談で姿を見せた菅の姿はまさに疲労困憊で一挙に10年も年をとったような印象を受けた。一回りも二回りも小さくなってしまったのだ。大震災直前に外国人の政治献金が発覚、進退窮まったのが菅の姿だったが、現在の重圧は震災前の比ではあるまい。毎晩ブラックホールに吸い込まれるような感覚に陥って睡眠もとれないに違いない。政界だけではない。国民も見限っている。18日付朝日新聞の世論調査によると大震災への菅内閣の対応を「評価しない」が60%、「評価する」16%。原発事故への情報提供は「適切でない」が73%、「適切だ」が16%という結果だ。もはや「こんな時に」ではなく、「こんな時だからこそ」首相は交代すべきという段階に陥ろうとしているのだ。
 


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◎菅退陣は遅かれ早かれ避けられまい:ケーススタディー

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◎菅退陣は遅かれ早かれ避けられまい:ケーススタディー
 「これが目に入らぬか」と“大震災印籠”でまかり通ってきた首相・菅直人だが、政界は「もう目に入らぬ」となった。むしろ大震災前より「辞めよ」コーラスが高まり、明らかに菅は「死に体」に陥ろうとしている。しかし首相官邸の主というものは、周りからの「よいしょ」が災いして「俺がいなくなったら大変」と思い込む習性がある。逃げる菅と追い込む与野党。ここはケーススタディーをする必要があるが、いずれにしても「退陣」は時間の問題ではないか。
 小沢の檄文がきっかけとなり、また菅の「20年間住めない」発言が拍車を掛け、与野党の退陣要求は高まる一方だ。自民、公明両党党首の退陣要求に加えて、大震災による「政治とカネ」の麻痺症状もあって小沢一郎の“発言権”も出てきた。みんなの党は公然と参院への首相問責決議上程を唱え、衆院でも与野党で不信任決議の可決が可能ではないかと取りざたされている。社民党や参院議長まで退陣論である。白眉は元財務相・伊吹文明の「菅内閣そのものが大災害」発言。筆者の「菅が国難」をコピーした可能性があるが、まあいいだろう。これはどう見ても菅が四面楚歌に置かれた形だが、辞めさせるのはそう簡単ではない。
 当面は連休を軸の攻防が予想される。連休まで実質10日しかなく、当面菅は「連休逃げ込み」作戦を展開するだろう。「菅降ろし」派は大きなネックがあって戦いにくい。何が何でも早期成立が必要な第1次大震災対策補正予算案があるからだ。仮設住宅、道路、港湾復旧の財源など緊急対策が盛り込まれており、これを遅延させる政党は“国賊”扱いされかねない。従って連休前に不信任決議も問責決議も可決させることはほぼ不可能だ。連休前に退陣の可能性があるのは菅が自らの置かれた立場を悟って、自発的に政権を投げ出すケースだ。22日に予定されている統一地方選挙後半戦の大敗も確実視されているが、それでも菅を辞任させることは難しいとみなければなるまい。
 連休明けは実質5月9日からだが、この間いつものように海外旅行する政治家はよほどの馬鹿でない限りいまい。国難をさておいて旅行三昧でもないからだ。従って大半が選挙区に帰省するが、国民の菅批判を直接聞くことになる。一般代議士は選挙区で決意を固めて連休明けに上京するが、主要政治家は連休中の“根回し”が水面下で行われよう。過去にも「三木降ろし」のように連休明けに“謀略”が急浮上するケースが多かった。政治記者は休みを取ってはおれまい。連休後は第1次補正が処理されていなければこれを処理して「政変」モードに入る。
 焦点は与野党で不信任案可決の流れが出るか、それとも野党だけで問責決議を上程するかだが、不信任が可決されれば総辞職か解散となる。しかし大震災の現状は総選挙を不可能にしている。震災地域はとても選挙準備などしていられないのだ。従って不信任案可決の場合の菅の選択肢は総辞職しかあるまい。小沢が党分裂覚悟で不信任に同調するかどうかだが、小沢自身は菅が辞めなければ乗る可能性が高いだろう。野党だけで可決できる問責決議は、退陣への法的拘束力がないから、菅が居座ることができないわけではないが、一院から存在を否定されて政権を維持できるものではない。結局は辞任に追い込まれる。
 こうした動きは「後継」を誰にするかも密接に絡んでくる。小沢が「憲政の常道で谷垣」と漏らしているのが本気なら、大連立の実現だが、民主党が分裂しないと無理だろう。小沢にその覚悟があるかどうかだ。民主党内で後継を決めるとなれば、まず幹事長・岡田克也の目はなくなった。統一地方選挙の責任を問われている幹事長が後継になることなどあり得ない。本命は前外相・前原誠司だが、いささか線が細い。大震災対策の荒事をこなせるかどうか疑問だ。ダークホースは前官房長官・仙谷由人だが、これも官房長官時代の国会答弁を見れば分かるように“弁舌上”の欠陥がある。いくら何でも刑事被告人の小沢が首相になることは無理だ。
 問題は第2次補正や大震災関連法案など緊急課題が山積しており、国会の延長が不可避であることだ。従って「菅降ろし」グループは、連休明けに一挙に事を運ばないとずるずる政権が7~8月まで続いてしまうことになる。菅は新年早々のインターネット番組で「過去の首相が辞めた原因が何となく分かる。気持ちがなえるんです」と、思わず弱音を漏らしたが、連休前でも直後でも国家のためには「早くなえてくれ」と言いたいのだ。


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◎「倒閣の檄文」は小沢の自民党への秋波

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◎「倒閣の檄文」は小沢の自民党への秋波 
 矛盾とは本来の意味に加えて両立しがたい力関係も意味するが、民主党内の対立の構図はまさにその通りだ。首相・菅直人が大震災を「盾」に保身につとめれば、元代表・小沢一郎は、やはり大震災を「矛」にして菅を突く。13日には倒閣の檄文を飛ばした。両者とも震災対策を口実にしているが、根底には「被災者」はなく権力闘争のみがある。いかんともしがたい政権がまさに自家撞着に陥った民主党政権であろう。
 小沢の動きが「大震災政局」の焦点となるとみて注目していたが、先月末ころから不満を口にし始めた。3月30日に「自分なりに情報を集めているが、政府や東電の発表より悪い事態になっているようだ」とまず菅政権の原発事故への取り組みを批判。そして統一地方選惨敗が判明した11日、側近に「このままでは日本は駄目になる」と漏らし、12日には動きを急浮上させた。前首相・鳩山由紀夫に政権批判の檄文を共同で発表しようと持ちかけたのだ。さすがに鳩山は統一地方選の後半戦があることを理由に尻込みした。結局一人で出した檄文の内容は「菅直人首相自身のリーダーシップの見えないままの無責任な内閣の対応は、今後、さらなる災禍を招きかねない状況となっています」と首相を名指しで倒閣を前面に出したものだ。まさに敵の罪悪などを挙げ、自分の信義を述べる檄文そのものだ。しかし同日夜にはアクセルをふかしすぎたと思ったか、「連休前にも菅を倒すべきだ」とする若手議員らに「統一地方選挙後半戦で負けても菅は辞めまい。今は動くべきタイミングではない。やがては政権がおかしいと思う人が広がりを見せてくる」とブレーキを踏むことも忘れなかった。党員資格停止中で刑事被告人の自分が動き始めたことに、野党や世論がどう反応するか見極めているのだ。
 小沢がどのような戦略を描いているかだが、ポイントの一つは自民党が菅を倒すためには「悪魔」とでも手を組むつもりになるかどうかだ。12日夜には筆者と全く同じ見解を若手議員らに示した。「首相を倒すのは内閣不信任案の可決しかない」と述べたのだ。この発言は明らかに野党と手を組むことも選択肢の一つに入れていることを物語る。小沢の行動の軌跡をたどれば、自民党に所属しながら宮沢内閣不信任案に同調、離党したことが物語るように目的の達成のためには手段を選ばない。朝日新聞によると「民主党がダメっちゅうなら憲政の常道として俺は谷垣総理でもいい」と漏らしているという。明らかに檄文は、自民党を意識したものであると同時に“大連立”まで視野に入れていることが分かる。自民党に対する秋波であることは明確だ。しかし自民党は「小沢批判」で、支持層を挽回してきたところがあり、いまさら「政治とかね」の象徴と表だって「組む」わけにも行くまい。もっとも小沢勢力が民主党を割るような場合にはどうなるかだが、政治は弾みがあるから、野党の提出する不信任案に同調することを拒むものでもあるまい。連休明けに向けてこの辺の裏取引が成立するかどうかも見所だ。不信任案が不可能なら野党だけで問責決議を可決させるという手もある。小沢グループは同調するかも知れない。
 こうした中で、震災を「盾」にするはずの菅がとんでもない発言をした。福島第一原子力発電所周辺の避難対象区域について、「当面住めないだろう。10年住めないのか、20年住めないのか。そういう人を住まわせるエコタウンのような都市を考えなければならない」と述べたのだ。さすがに後で気付いて急きょ否定したが、「20年住めない」発言となって列島を駆け巡った。現地の町長からは涙ながらの反発が生じた。広野町の山田基星町長は「首相という立場の人が、いとも簡単に発するべき言葉ではない。事前に自治体に説明もない」と憤まんをぶちまける。
 菅は原発事故直後「東日本が潰れるというようなことも想定しなければならない」と無知をさらけ出す発言をしているが、全く事故への判断を間違い“風評源”になってしまった。首相は三流評論家ではない。「住めない」なら何が何でも「住めるようにする」のだ。危機における首相は、自らがどうするかの明確な“意思”を前面に打ち出さなければならないのだ。「20年発言」は、小沢が檄文で、菅による「さらなる災禍」を予言した直後のことだ。まさに菅にしてさもありなんという発言であり、政界の追及材料に加わった。原発事故での初動の遅れと誤判断、もはや取り返しの付かぬ“風評”を招いた「レベル7宣言」、そして被災地の感情逆なで発言と、菅発の「失政」が止まらない。第1次補正予算案の処理など緊急地震対策が一段落した段階で、連休明けから終盤国会にかけて首相は代えた方がよい。いまや首相自身が「国難」と思いたくなる状況だ。


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◎「レベル7宣言」に過剰反応の必要はない

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◎「レベル7宣言」に過剰反応の必要はない
 被害状況は天と地の差があるのに事故評価はレベル「7」。この発表は独り歩きすると直感したが、被害状況までが「フクシマはチェルノブイリと同等」という“風評”となって世界中を駆け巡った。東電や原子力安全・保安院が「違う」と説明しているのに、国内でも民放テレビのコメンテーターが「深刻度はチェルノブイリより大きい」などと言い出す始末。ここは首相・菅直人が内外に向けて説明すべきところであった。12日急きょ記者会見したから、風評対策かと思ったが、世界に向けての発信はなく、自己保身に懸命だった。
 もともと原子力事故に関する国際評価尺度は放出された放射能レベルを重視して決められる。フクシマの場合は試算では37万~63万テラベクレルに達するから、放出量がチェルノブイリの1割でも「7」だというなら、それはそれで結構と言うしかない。急きょ政府が発表した背景には「国際的なプレッシャー」がある。欧米には日本政府の対応に基本的な不信感があり、ニューヨークタイムズなどは一貫して「情報隠し」を指摘してきている。ロシアでもチェルノブイリ原発元副所長のアレクサンドル・コワレンコが「チェルノブイリ事故と同じレベル7に達した」と6日に語り、通信社電で大きく伝えられた。中国も報道官が情報公開を強く要求している。結局、政府は一応「7」の「宣言」をしておく必要に追い込まれたのだ。
 問題はこの発表が「チェルノブイリと同じだそうだ」という風評被害を招いてしまっていることだ。とりわけヨーロッパは25年前の放射能汚染の恐怖が強く残っており、「チェルノブイリと同等被害論」が浸透しやすい。こうした風評は日本からの食料品輸入はもちろん、工業製品の輸入にまで影響を与えかねない情勢となっている。しかしチェルノブイリは東電副社長・武藤栄が「原子炉全体が暴走し、大量の放射性物質を短時間で放出したチェルノブイリ事故と比べ、今回は放出のされ方や量が相当違う」と述べているとおり、異質なものなのだ。またあまりにもずさんな管理が原因であったチェルノブイリと同一視されるのは“国辱的”なものでもある。
 両ケースを比較すれば、チェルノブイリで大気中に放出された放射性物質の量は、分かりやすく言えば広島に投下された原爆(リトルボーイ)の400倍であり、実態は核爆発だったのだ。ヨーロッパでは異常な放射能レベル上昇に当初は「核戦争が始まった」と誤解されたほどだ。チェルノブイリは黒鉛の固まりを制御に使った黒鉛炉で燃えやすい。爆発後は大火災となって放射性物質を巻き上げ欧州にばらまいた。福島原発は爆発とはほど遠い上に、軽水炉で内部に可燃物はない。チェルノブイリには格納容器はないが、福島は厚さ16センチの格納容器に囲まれている。ソ連政府の発表による死者数は、運転員・消防士合わせて33人。長期的な観点から見た場合の死者数は数百人とも数十万人ともいわれ、小児甲状腺癌などが多発している。福島は言うまでもなく死者はゼロ。年間被曝限度20ミリシーベルトを超えた周辺住民はいない。福島とチェルノブイリは根本的に異質なものであるのにも関わらず、発表が同一視する風評を作り上げた。それでもチェルノブイリが放出した放射能の量は、冷戦時代に何度も繰り返された大気圏内核実験1回あたりの放射能レベルの100分の1から1000分の1だった。
 もちろん事態を軽く見るのは早計だが、今後の展開を見てもチェルノブイリと同様に臨界爆発を起こすことは原子炉が停止している限りあり得ない。炉心溶融は冷却が続く限りない。放射性物質の放出量もピーク時の1万分の1であり、グラフを見れば一目瞭然なのは、ピークに達して以来下がる一方だ。途中で上がった形跡はない。原子力安全委員会は「1万分の1の放出が継続してもチェルノブイリを上回ることはあり得ない」と断定している。
 しかし復旧の過程で圧力を抜くベントを余儀なくされる可能性はあるとみなければなるまい。これは放射性物質を最大限出さない方法でやるしかあるまい。また、大型の余震が頻発しているのも気になる。マグニチュード9・1のスマトラ沖地震では、3か月後に同8・6の余震が発生している。これが直撃した場合や津波となって再襲来した場合に耐えられるかどうかだ。給水と窒素注入がストップした場合には炉心が水素爆発を起こす可能性が残っているのだ。従って一刻も早く恒常的な炉心冷却を達成して炉内を100度未満になる「冷温停止」に持ち込まなくてはならない。マスコミも状況悪化が原因ではない今回の発表を、鬼の首でも取ったように騒ぎ立て、国民の不安感をあおるような報道を慎むべきだ。一番悪いのはみのもんたのように物事を理解せずに、大衆受けを狙った直感だけでセンセーショナルにあおるやり方だ。 


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◎本格「菅降ろし」は連休後だろう

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◎本格「菅降ろし」は連休後だろう 
 さてさて、猫の首にどう鈴を付けるかというと難しい。首相・菅直人は、自分では仕事をやっているつもりだから容易に退陣しない。恐らく自民党総裁・谷垣禎一も公明党代表・山口那津男も「菅降ろし」を公言したまではよかったが、具体策となると思案投げ首に違いない。依然大震災が菅の“盾”になりつづけているからだ。ここは当面「菅降ろし」の動きを水面下に潜らせて、大震災の第1次補正予算案を連休前に成立させ、連休後に一挙に浮上してとどめを刺すしか手はあるまい。
 朝日新聞が12日付社説の「敗北民主は後がない」で「危機克服に一刻の猶予もならない時だという理由だけで、辛うじて政権の継続が黙認されている」との見方を展開しているが、その通りだ。菅も都知事・石原慎太郎も大震災に助けられた。菅は「解散か総辞職か」で追い詰められた国会審議の最中の地震、石原は立候補して30分後の地震だ。菅は政局の時間が「3月11日午後2時46分」でストップして“執行猶予”となり、石原は地震対策が即選挙運動となり、自粛するしかない他の候補に圧倒的な差を付けた。
 その菅への政局凍結が緩み始めたのが統一地方選挙での民主党惨敗だ。谷垣は「これまでの失政に加え、震災対応への国民の不信が表れたものだ。首相は国民の厳しい声にどう応えるか、自ら判断すべきだ」と述べ「菅降ろし」の口火を切った。呼応するように公明党代表・山口那津男も「民主党が国民から事実上の不信任を突きつけられた」と退陣要求、自公が早々と退陣で足並みをそろえた。しかし山口は「政権の構造に直ちに変化を求めない。原発の安定化に全力を挙げる時だ」とも付け加え、直ちに行動に移すつもりがないことも明らかにした。民主党惨敗で「政局自粛」の幕が開いたから公然と退陣要求したわけだが、これまでのように直ちにドンパチと撃ち合いを始めるわけにはいかない。まだ撃ち始めた方が世論の糾弾を受ける。
 この段階は、地震対策と政局を8対2くらいにしておく必要があるのだ。具体的には大震災対策の4兆円の補正予算案の早期成立であろう。仮設住宅など緊急対策が盛り込まれており、連休前には成立させなければなるまい。従って勢い政局は、水面下に潜ることになり、野党の正面攻撃は連休後となるしかあるまい。水面下では官房副長官・仙谷由人とのルートで自民党副総裁・大島理森あたりが動くだろう。野党にしてみれば、地方選大敗で民主党内の雲行きが怪しくなってきたのも“活用材料”だろう。なすすべもなく大敗した幹事長・岡田克也への風当たりは強まる一方だ。静岡県連会長・牧野聖修は記者会見で「岡田氏は出処進退を考えるべきだ」と辞任を公然と要求。小沢一郎への処分で恨み骨髄の小沢系議員も「まず岡田の首を取る」と漏らしている。国民新党幹部ですら「岡田氏は交代しないともたない」と述べているという。岡田は真っ向から「辞任しない」としているが、窮地にあることは否定できまい。岡田が倒れればドミノ式に菅へと波及する可能性が高い。従って連休前は「岡田降ろし」が焦点だろう。
 本命の菅をどう降ろすかだが、これも民主党内の動きがとりあえずの焦点だ。その鍵を握るのが小沢だろう。小沢は選挙区岩手県直撃の大災害に、公けの言動を慎んでいるように見えるが、さすがに読売は政治部が強い。同紙によると11日側近議員に対し菅政権の原発対応について「このままでは日本は駄目になる」と漏らしたというのだ。右の耳から入って左から抜ける菅の発言と違って、小沢の発言は短いが急所を突く。おそらく小沢グループは岡田の責任追及に始まって、「菅降ろし」にまでゆくだろう。
 このように「菅降ろし」の空気は与野党に満ち満ちており、緊急対策の1次補正を処理した後の連休明けには凍りついた「政局の時計」が解凍されることになろう。国会は第2次補正予算案や大震災関連法案の扱いなども含めて大幅延長が検討されており、土俵には困らない。第2次補正は対立要因であると同時に、妥協による大連立へのきっかけになり得るという、盾の両面の性格を持つ。連休前に不信任案や問責決議案を出す馬鹿はいないが、菅政権を最終的に追い込むには連休以降終盤国会に向けて両決議を有効に活用する手が一番手っ取り早い。おそらくこれまでの体たらくから言って、菅は大小の“失政”を繰り返し続けるだろう。決議の機運は野党ばかりでなく与党からも盛り上がるかも知れない。


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◎菅政権直撃、「新政権指向」強まる:地方選惨敗

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◎菅政権直撃、「新政権指向」強まる:地方選惨敗
  有権者は民主党に政権を取らせたことへの深い反省があるのだろう。参院選挙に引き続く統一地方選挙前半戦のこれ以上負けようがないほどの惨敗は、単なる地方選挙の枠を越えて、政権そのものへの「ノー」の回答であったとしか言いようがない。二代にわたる首相の統治能力の欠如、とりわけ東日本大震災に際しての首相・菅直人の対応への不信と落胆、これらが総合的に民主党政権に「もう退場せよ」とタオルを投げかけているとしか思えない。加えて特筆すべき結果は、散々たる福島原発の事故にもかかわらず、知事選も道府県議選挙も原発容認派や推進派が勝利した点だ。有権者は原理主義的な原発否定でなく、より災害対策を強化した原発を望むという大人の選択をしているように見える。
 民主党の“惨状”は相当なものがある。民主党は自民党との対決型であった東京、北海道、三重の知事選で敗北、道府県議選挙も第一党になったケースはゼロである上に、改選前の384議席を上回ることすらできなかった。逆に自民党は41道府県議会のうち40道県で第一党となり、大阪だけ大阪維新の会に譲った。この原因は言うまでもないだろう。ルーピー鳩山由起夫に象徴される統治能力の欠如、小沢一郎の起訴や前原誠司の外相辞任が象徴する「政治とかね」問題、そして鳩山に勝るとも劣らぬ菅の指導力の無さ。とりわけ大震災への対応力の欠如をみて、有権者は「もうこりごりだ」「まだ自民党の方がまし」という反応をしたのだ。地方選結果が中央に届けという反応である。
 加えて、エースであるはずの幹事長・岡田克也の意外な当事者能力の欠如も露呈した。道府県議選で1000人以上の擁立を目指しながら、571人しか立てられず、天王山の都知事選では本命候補も立てられず、渡辺美樹の支持に回った都議会レベルと対応が割れて、一枚岩で臨めなかった。岡田の地元で民主王国であるはずの三重県でも知事候補の党推薦が遅れ敗北した。岡田は敗因について自らが選挙運動をできなかったことを挙げたが、この期に及んで言い訳はすべきでない。選挙に弱い幹事長ではいかんともしがたい。党内の批判は菅だけでなく岡田にも向かうだろう。岡田は早々に「辞任は考えていない」と述べたが、党内の風当たりは強くなる一方だろう。少なくとも「菅後継」は消えた。
 前半戦のもう一つの傾向は、北海道、福井、島根、佐賀の知事選で原発の是非が争点となったにもかかわらず、容認派の知事が再選されたことだ。加えて原発を抱える地域の県議選でも推進派が圧勝している。新潟の柏崎刈羽郡選挙区では二人の推進派自民党候補が急きょ立候補した反対派を押さえ当選した。山口県上関原発開発をめぐっては、白紙撤回を主張する候補が落選。鹿児島県薩摩川川内市選挙区だけは定員3人中原発増設計画白紙撤回派が一人食い込んだ。この吹き荒れる原発反対の風潮の中で意外な結果であった。都知事に四選した石原慎太郎も選挙前は慎重だったが、当選すると「今度の事故で原発を全部否定したらどうなるか。冷静な判断をしないとこの国の経済は持たない」と本性をあらわにした。
 地域政党の進出が目立ったが、既成政党の体たらくに対する反動であろう。とりわけ「減税日本」の県議選議席確保は、この大災害を前にして荒唐無稽な名古屋市長・河村たかしの「住民税減税」への支持ではあるまい。総じて言えば、地方選挙とはいえ民主党の得意の主張である“直近の民意”は「ノー」とでたことになる。自民党幹事長・石原伸晃は「民心が離れた政権が国難に対処できるのか。菅首相は受け止めて対処せよ」と事実上退陣を迫った。今後国会運営でも厳しい対応を迫られよう。大震災対策の4兆円の第1次補正予算は緊急措置であるだけに、野党も徹底抗戦はしまい。連休前の成立は不可欠であるからだ。
 しかし統一地方選挙で民意の支持が得られなかったことは、まず野党側に、マニフェスト撤回要求の根拠を与えたことになる。勢いづいた野党は、第二次補正の財源をめぐる攻防へと発展させる可能性が十分ある。さらに自粛してきた「菅降ろし」が、与野党で再び再燃するきっかけとなる可能性を秘めている。小沢や官房副長官・仙谷由人らの動きも注目に値する。衆院での内閣不信任案上程や参院での問責決議上程へと発展しかねない流れも生じうるだろう。大連立への流れを「菅降ろし」と「時限連立」を条件に加速させる動きも水面下で生ずる可能性がある。政権弱体化が次々と露呈する中で、「新政権で大震災への対処」が政治のキャッチフレーズとなり得る情勢でもある。
 


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◎「菅降ろし自粛」のカーテンが開き始めた

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◎「菅降ろし自粛」のカーテンが開き始めた
 東日本大震災から1か月で浮かび上がった日本の政治の姿は、指導力のない首相・菅直人が未曾有の国難に輪をかけてしまっている現状であろう。ついに参院議長・西岡武夫までが7日異例の退陣要求をしたのを始め、与野党を問わず菅では難局を乗り切れないという声が悲鳴のように上がっている。政界では被害地に気を遣った自粛ムードが支配的だったが、今は床に油がまかれ、いつ火が付いてもおかしくない状況である。首相・菅直人は自らのふがいなさに気付いて早急に退陣すべきだ。退陣すれば大連立が動き出し、東日本復興に向けて歯車が回り始める。
 西岡が「首相はいくつ会議を作れば気が済むのか。責任逃れとしか見えない」と酷評しているように、震災発生以来菅は首相官邸に人垣の防波堤を築くことに専念、まさに「泥縄政権」の様相だけが目立っている。人垣で自分への攻撃を避ける余り、とても異常時に危機管理の有効な対策を提言できる人物とは思えない原子力委員会委員長・斑目春樹を、そのままのポジションに置き続けている。二回の災害現場視察は現地に迷惑を掛けただけという以外の何物でもなかった。記者会見しても何も発信しないから、記事は4面まで探さないと出てこない。おりから原発風評被害は世界に広がり、農産物のみならず、理不尽にも工業製品にまで影響が生じている。ここは首相が自ら世界に向けて声明を発し、風評を抑えるべき所をなすすべを知らない。そうかと思うと福島原発20キロ~30キロ圏の「自主避難」という大失政だ。曖昧な行動基準がどれほど現地に迷惑を掛けたかは想像に余りある。                 
 要するに1か月間の菅の言動には、危機に際しての首相たる者のリーダーシップの片鱗すら感じられないのだ。小型の交通事故を繰り返す者は大事故を起こす確率が極めて高いが、菅の姿を見ると、いつ国家的な規模での大事故をしでかすかと気が気ではなくなる。しびれを切らした西岡が「菅内閣が今の状態で国政を担当するのは許されない。アクションを起こす」と言い放ったのも無理はない。自民党幹事長・石原伸晃も「この人に任せておくと東北の人は大変なことになってしまう。東日本大震災の対応が一段落したら、一日も早く退場してもらわないといけない」と退陣要求に踏み切った。そもそも菅は外国人からの献金発覚で窮地に陥ったところを、大震災で“執行猶予”となっているだけだ。政界では大震災に向けた“自粛”のカーテンが開かれつつあるように見える。心ある政治家は多少の非難を受けても、ここは首相を変える方が先だと思い始めているのだ。
 しかし首相を辞めさせることは容易ではない。鳩山由紀夫の場合は自らの発言で墓穴を掘ったが、菅はそれを意識してきわめて慎重だ。記者団の前にも姿を現さない。野党と参院議長が退陣論をぶったところで、犬の遠吠えと聞き流すだろう。焦点は現在は沈黙を守っている小沢一郎がどう動くかだ。自民党と組んで「菅降ろし」に向かえば内閣不信任案はたちまち成立し、解散は無理でも退陣に持ち込むことは可能だ。また官房副長官で獅子身中の虫と化している仙谷由人が、本気で「反菅」に回れば容易に崩れる。仙谷は自民党副総裁・大島理森となにやらやっている様子だ。菅のクビと引き替えに大連立に動いているという説が絶えない。または西岡の影響力を使って参院で問責決議を可決させて、「死に体内閣」を作ることも可能だ。これは退陣までに時間がかかり大震災を前にしては次善の策だろうが、十分にあり得る。
  10日の統一地方選挙は民主党の惨敗が必至だが、地方選挙で首相が辞めたケースはない。しかしボディブローとして利いてくるし、政権揺さぶりの大きなきっかけにはなり得る。大連立は地方選挙を前にいったん各党が退いた形だが、まだまだ端緒についたばかりだ。断定的に否定できるのは素人のコメンテーターくらいだ。読売新聞が「期限付き大連立で強力政権を」と8日付社説で説いたように、政界にもマスコミにも「救国政権」への期待感は大きい。ネックである菅が退陣すれば、一挙に展開する可能性もある。菅は居座ればそれ自体が「国難」であると自ら悟って、ここは国家国民のためにも身を退くべきであろう。最近政界でCMとなった金子みすゞの詩をもじった、笑い話がはやっている。「『大丈夫?』っていうと、『大丈夫』っていう。『漏れていない』っていうと『漏れていない』っていう。そうして、あとでこわくなって、『でもちょっと漏れている?』っていうと『ちょっと漏れている』っていう。こだまでしょうか?いいえ、枝野です」。菅政権の体たらくを如実に物語るパロディだ。


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◎したたかなフランスの“原発どさくさ商戦”

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◎したたかなフランスの“原発どさくさ商戦”
 新聞・テレビの論調は“純情”にも「地獄に仏」とフランスの原発事故協力を歓迎しているが、なぜフランスがすり寄ってきたかは、分析していない。そこには原発国際商戦でのしたたかな勝ち残り戦略が濃厚に見られるのだ。廃炉にすればするで「フクシマ」には長期にわたって1兆円規模の「廃炉ビジネス」がころがっている。また廃炉に至るノウハウはフランス原発の世界展開にまたとない情報源だ。どさくさ紛れの商戦が衣の下から見えみえなのである。
 最初フランスは、事故をチェルノブイリ型と判断したようだ。だからは事故直後に本国から成田、伊丹空港に空軍輸送機2機を差し向け、フランス人約1000人を一時帰国させた。その後、過剰反応とひんしゅくを買い、大使が陳謝したが、そのあとの展開が素早かった。もともと日本嫌いと言われていたサルコジの来日だ。まず半国営原子力企業「アレバ」のCEO・ロベルジョンを来日させ、翌日には訪中の帰途自ら日本に3時間立ち寄った。うちひしがれていたときの賓客に、日本国民は歓迎ムード一色だった。
 こうした動きに新聞は朝日が社説で「諸外国の知恵を借り、その好意を成果に結びつけたい」、読売も「原発大国の支援で危機克服を」と何の疑いもなく、もろ手を挙げての歓迎ぶりだ。ことは人道に関わることだからそれはそれでよい。しかし「原子力ルネサンスの旗を降ろしていないフランスの狙いは別にある」と業界関係者は分析している。同筋によると、「フクシマはフランスにとっては宝の山だ」というのだ。まず廃炉だ。一部にチェルノブイリと同様にコンクリートで固める「石棺」説があるが、専門家の間ではチェルノブイリの「石棺」は亀裂が生じて放射能漏れが発生しているといわれ、逆効果となりうると指摘されている。だいいち巨大な「国辱的モニュメント」を国土に残しては、精神風土上も日本没落の原因になりかねない。福島県としても県内に「原発の墓場」を抱えることになってはたまらないだろう。「石棺」などは論外中の論外だ。ここは手間暇掛けても段取りを踏んで除去するべきなのが常識だ。
 その費用はスリーマイル島事故で20年間、1600億円がかかっている。単純計算しても4基廃炉ならその4倍、6基廃炉なら6倍の1兆円産業となる。実は、フランスは原発事故で利益を上げてきた過去があるのだ。スリーマイル島原発事故の事故処理に関わったほか、チェルノブイリ原発事故では、廃炉作業を仏企業連合が受注している。アレバにしてみれば「フクシマ」の廃炉への参加ができれば、願ってもないビジネスチャンスである。加えてより重要なポイントがある。フランスはサルコジが日本での記者会見で言明したように、原発推進政策を転換する方針はとらない。もちろん原子炉輸出も推進する立場だ。フランスは事故がチェルノブイリ規模に達さなかったことから、一時的に原発反対の世界世論は高まるものの、エネルギー事情や温暖化対策でふたたび原発推進のムードは回復すると読んでいる。日本は首相・菅直人が自らベトナムへの原子炉売り込みに成功したように、フランスの最大のライバルであった。そのライバルがずっこけて、原子力産業は当分立ち上がれないとみているのだ。その間隙をぬって東南アジアや米国への売り込みを強めるというのが業界の一致した判断だ。
 原発強化のためのノウハウは「フクシマ」に山積しているのだ。まず地震のないフランスでは知りようがないノウハウは津波被害の実態だ。津波災害への対策と免震構造は、地震の被害が頻発する東南アジアへの売り込みには不可欠の材料だ。加えて廃炉の処理方法だ。世界中で老朽化した原発の廃炉計画が進み始めており、アレバはこれに参画しようとしている。さらに汚染水の処理、作業員の被ばくの傾向と限度など、自国の原子力産業の発展育成のためには不可欠の材料であろう。逆に日本の原子力産業が「フクシマ」でノウハウを得て、不死鳥のように立ち上がっては、フランスは太刀打ちできない恐れもある。少なくとも情報レベルを同等にしておく必要があるのだ。アレバが「フクシマ」にロボットを土産に持ってきても、その見返りは莫大(ばくだい)なものとなり得るのだ。このように国際関係というものは盾の両面があり、日本人はフランスの協力を単純に喜んでばかりはいられないのだ。


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◎東電に司令塔は存在するのか


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◎東電に司令塔は存在するのか
 「現場」が決死の覚悟で原発事故の対応に当たっているときに、トップの顔が全く見えてこないのが、東京電力である。低濃度とはいえⅠ万トン以上の汚染水を海に放出するという原発史上例のない非常手段を選択しても、発表は社員らにまかせて会長・勝俣恒久は姿を見せない。トップが全責任を持って説明すべき時にその責任を果たさない。トップの記者会見は事故発生以来2度しか行われていない。司令塔がないまま対策が混乱、後手に回る印象を受ける。東電はこの期に及んでもトップを神格化しているのだろうか。
 はっきり言って東電トップは、だらしがないとしか言いようがない。社長・清水正孝は事故発生直後の3月13日に会見して以降、国民の前に姿を見せず、15日に首相・菅直人に怒鳴り込まれたあと、なぜか16日から約1週間の超重要な期間を“体調不良”で職務を離れていたことがあとになって分かった。21日に謝罪のための面会要請を福島県知事・佐藤雄平に申し入れたが、佐藤は「県民の不安や怒りが極限に達している。おわびを受ける状況ではない」として拒絶。そうこうするうちに29日夜にはめまいがするとして緊急入院してしまい、国民の前から姿を消した。
 一方社長に代わって陣頭指揮を執るはずの勝俣も30日記者会見して以来、重要事項の発表に現れない。汚染水放出のケースでも、社員が泣きながらを発表する場面ではない。感情など不要だ。当然トップが記者会見して、内容、影響を丁寧に説明すべき場面であった。重要判断も欠落しているように見える。福島第一原発に近い市町村に対し、先月31日から見舞い金の支払いを始めたのはいいが、一つの自治体当たりたったの2000万円。浪江町は、「住民一人あたり千円そこそこ。馬鹿にするな」と受け取りを拒否した。慌てて一時金の仮払いをすることになり、1世帯あたり100万円で調整に入った。明らかにトップの判断ミスであろう。テレビで近頃しきりに東電の「お詫び広告」が目立つようになったのも“民放対策”の訳ありのよう思いたくなる。
 トップの体たらくとは逆に、「現場」の決死の努力には頭が下がる。「500ミリや1000ミリの人がいる」と現場作業員が電話で悲痛な告白をしているのをテレビで見た。上限は250ミリシーベルトだから大幅に上回る被ばく量である。その作業員らは劣悪な環境の中、まともな食事も取らずに、昼夜を問わず戦い続けている。「免震重要棟」という緊急時に使う建物の廊下やトイレの前で毛布にくるまって雑魚寝だそうだ。責任感は強く東電協力企業が原発内での作業を求めたら全員がこれに応じたという。筆者は、その日の作業を「一本締め」で終えるという話を聞いて、感動した。一本締めでもしなければ心がくじけてしまうに違いない。環境の改善はされつつあるだろうが、「現場」あっての事故対策であることを肝に銘ずるべきだ。
 マスコミが東電首脳のていたらくを批判するのはもっともだが、現場作業員まで批判してはなるまい。罰が当たる。テレビのコメンテーターが、電線用トンネルのピットから海への漏水を発見したとの報に「なぜもっと早く見つけない」と切り捨てたのには腹が立った。樹脂を使って止水しようとする「現場」を「後手後手だ」と批判する。自分は危険の外にいて、よく言えるものである。その「後手後手」が、“水ガラス”の注入によって見事にピットからの流出を食い止めたではないか。素人が知ったかぶりの論評を繰り返す。これが不安感と風評に輪を掛けている。
 この「現場」の必死の努力で、一部マスコミの論調の根底にある「原発爆発終末論」はことごとく否定されつつある。現状を分析すれば、核爆発につながる再臨界は発生しようがない。炉心溶融によるメルトダウンと炉心の大破壊は冷やし続ける限りない。格納容器の水素爆発の可能性はないとは言えぬが、冷却とともに現在窒素を入れて酸素を除去しており、ツボは押さえつつある。けさのNHKの見方は大げさすぎる。可能性はきわめて薄い。一方で海洋を除けば放射線量も減少の一途をたどっている。原発正門前は5日の時点で54.5マイクロシーベルトで胸部エックス線撮影1回分まで下がった。福島市内は2.32マイクロシーベルトでピーク時の10分の1だ。生活に全く支障はない。
 要するに「止める・冷やす・封じ込める」のうち、「冷やす」が曲がりなりにも成果を上げ続けているのである。海水への汚染水流出は確かに問題だが、原子炉への注水とどちらが大事かと言えば注水であることは言うまでもない。漁業への影響は胸が痛むが、当面は小の虫を殺して大の虫を助けざるを得ないことを理解すべきだ。やっかいなタービン建屋の汚染水除去は時間がかかるが、「現場」の努力があるかぎり必ず解決に導かれるだろう。
 マスコミはマグニチュード9.0の地震を「想定外」とすることにも批判が多いが、それでは科学的に「想定内」とした者がいるのか。恐らく霊感商法のたぐいが「予言」したに過ぎない。この戦いの本質は自然によって近代文明が虚を衝かれたのであり、人知の限りを尽くして克服しなければならないのだ。かっての名官房副長官・石原信雄は「政府は常に最高レベルの安全対策を練る。しかし人知を越える事態を想定していたら、政策は立てられない」と述べているが、まさにその通りだ。マスコミは得意然と後講釈ばかりしていないで、「現場」の労苦に思いをはせよ。
 


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与野党は小異を捨てて「時限大連立」を目指す時だ

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◎与野党は小異を捨てて「時限大連立」を目指す時だ
 鼎(かなえ)の沸くがごとく大連立への論議が沸騰し始めた。どこへ収れんするかと言えば、曲折はあろうがまず7割位の確率で実現へと向かうと思う。「時限救国内閣」であろう。国民世論は未曾有の大災害による国家的危機を前に、与野党の枠を越えた「東日本復興」策を求めている。自民党もこれを無視できないし、公明党も自民党が応じるならば乗らざるを得まい。首班も当面は菅直人で行くしかあるまい。実現した場合、落ちこぼれがなければ衆院で92・7%、参院で84・2%を占める「復興翼賛政権」となろうが、期間は復興にめどが立つまでの長くて1年余りにとどまろう。
 大連立論議が動き始めたのは、菅と幹事長・岡田克也の巧妙な仕掛けがあある。そこには総額20数兆円も動くことになる復興予算を前に、自民党が挙手傍観出来るわけがないという“読み”がある。自民党内には政権党であった遺伝子が“うずうず”しており、政治家としての活躍の場を見逃したくないという意識が濃厚に存在する。このままでは単に地元の陳情を民主党政権に取り次ぐ「陳情取り次ぎ屋」に終わってしまうという焦燥感もある。そこを狙って菅が「副総理兼復興担当相」を谷垣に持ちかけ、いったん拒否されたものの水面下で働きかけを続けているだろう。
 その証拠に、4日に国会対策委員長・安住淳が与野党国対委員長会談で野党に閣僚を17人から20人に3人増員する内閣法改正を提案したにもかかわらず、自公両党に拒絶反応はなく、持ち帰っている。そこからも根回しの存在が分かる。菅は先に来週月曜の11日までに「復興構想会議」を立ち上げると表明したが、これも自民党の決断を促す意味合いがあろう。自民党が参画する場合には復興会議と閣僚ポストは密接不可分のものであるからだ。谷垣は今週中に大連立で見解を表明するようだが、スケジュール的に連動が見られるといってよい。
 その谷垣は4日の元首相・中曽根康弘との会談で、中曽根が大連立是認を前提に「公明党との関係を重んじるべきだ。災害立法が終わったら仕事は終わったと考えてよい。菅首相と進めていく形を取った方がいい」述べたのに「同感だ」と応じた。そのあとで記者団に「私は白紙。上下左右前後、360度見渡してこれから決める立場だ」と述べているが、前向きでなければ「同感だ」などと述べるわけがない。また超重要なはかりごとであるはずの会談をテレビカメラを入れてやったのはなぜか。大連立ムードを盛り上げるために他ならない。
 しかし自民党内には慎重論もある。河野洋平が慎重論だし、参院は幹事長・小坂憲次が「東日本大震災を乗り越え、 日本の再生・復興のために大連立をつくることはある」と賛成なのに対して、政調会長・山本一太は「菅首相がトップに座ったままのなし崩し的な連立には反対だ。政策のすりあわせもない」と強硬な反対論を吐いている。しかし反対論者はいまや少数派になろうとしている。山本の理屈はそれなりに正しいが、大事を前にした場合「理屈はあとから貨車で来る」という政治の鉄則を知らない。
 確かに大連立をする場合の最大の障害は菅が首相であることであろう。ただでさえ原発対処のまずさで批判が与野党から上がっており、捨てておけば高転びに転ぶ可能性も大きい。しかし、政治的には引きずり下ろすことはほぼ不可能となった。いま「政変」を起こそうとすれば、国民から「大震災を前に何事か」という批判が生ずるのだ。「解散」などは遠い先のことになった。元自民党幹事長・野中広務が「菅ほど運のいいやつはいない」と漏らしているが、政治的には大震災がなければとっくに「退陣」か「解散」に追い込まれていたのに、いまは連立で主導権を握っている。
 こうした中で期限を区切って政権に参画する「時限連立」の声が強まっている。中曽根に加えて元首相・安倍晋三もそうだ。だいいち、衆院で9割、参院で8割もの数の国会議員を長期にわたってまとめて行くことなど大震災の惨状なくしてはあり得ない。逆に言えば復興のためにのみ存在しうる大連立なのであろう。従って仕事はまず5月連休前に復興第1次補正予算を組んで成立させるのを手始めに、東日本大震災関係法案、第2次補正、そして来年度予算編成などを手がけることになろう。そして来年の通常国会で予算を成立させれば、衆院の任期は3年に達する。大連立の役割はその辺で終了せざるを得まい。
  自民党にしてみれば衆院選での公明党の支援は不可欠なものとなっており、中曽根の指摘するように公明党との連携のためにも大連立をずるずると続けるわけには行くまい。おりから読売新聞の世論調査では民主党と自民党が連立政権を組む方がよいと思う人は64%に上った。もはや当分の間“政争”に明け暮れしていることは許されなくなったのだ。自民党内も元幹事長・古賀誠や副総裁・大島理森も連立論であり、党内が大連立参画組と拒否組に分裂状況に陥る可能性も否定できない。谷垣にまとめる力があるかどうかだが、ここは与野党とも被災地の惨状を大前提にして小異を捨てて大同につくべきときだ。

 


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