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◎「自粛の嵐」は「共倒れ」の危険を招く

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◎「自粛の嵐」は「共倒れ」の危険を招く
 「願はくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月のころ」と歌ったのは西行だ。芭蕉は奥の細道の旅に出る前年「さまざまのこと思い出す桜かな」と詠んだ。その奥の細道が未曾有の地震で大打撃を受けている。しかし大津波で全てがさらわれたあとに一本の梅の木だけが奇跡的に残り、今満開の花をつけている町がある。住民が「勇気づけられます」と語っているのをテレビで見た。
 ところが「花見をするな」と都知事・石原慎太郎が“御触れ”を出した。「津波は天罰」と唾棄すべき暴言を吐いた石原の言うことなど、聞くつもりは毛頭ないが、この男はどうも加齢とともに晩節を汚すような発言を繰り返すようになった。花見禁止の理由は「太平洋戦争の時はみんな自分を抑え、こらえた。戦には敗れたが、あの時の日本人の連帯感は美しい」のだそうだ。冗談ではない。戦争という途端の苦しみの中でさえ日本人は花見をしたのだ。幼かったが覚えている。機銃掃射を恐れながら土手にござを敷いて家族でおにぎりを食べたのだ。「連帯」はそこから生まれたのだ。花見の宴は嵯峨天皇が812年に催したのが記録にある最初の例だと言われる。しかし恐らく日本人は石器時代から桜を愛でる文化を持っていたに違いない。花の下で浮き立ち、元気になるのは日本人の遺伝子に組み込まれた習性だろう。
 石原の思考形態は文学などとはほど遠いと常々思っている。泥靴で日本人の精神のありようにまで踏み込んで来るからだ。この場合の石原の発言が問題なのは政治家としての判断能力にすら欠けるからでもある。いま日本をおおっている「自粛の嵐」をあおるような発言を都知事たるものすべきではないのだ。過剰な自粛と、何をやっても不謹慎になるという空気が列島に蔓延して、消費を冷え込ませている。浅草の三社祭が早々と戦後初めて中止になったのに始まって、東京湾大華火祭も中止。選挙カー自粛や農作物の出荷自粛。驚いたのは入学式や入社式まで中止だという。この結果都内の金券ショップでは鉄道乗車券や旅行券が大幅に下落している。これでは「地震と経済の共倒れだ」という悲鳴が兜町から上がっている。
 さすがにニューヨークタイムズ紙が着目して「日本は自粛という強迫観念にとらわれている」と報じた。「少しでもぜいたくにみえる活動はすべて非難されるようになった」「もともと停滞していた日本経済に浸食効果をもたらし、倒産を急増させるだろう」と指摘している。もちろん「礼を失しない」という精神構造は日本人の「心」の中核をなしている。「恥」の精神もそうだ。だから通常世界で天災と同時に発生する略奪や暴動が一件もない。世界中が驚き、賞賛の声を上げている。「思いやり」の連帯が全国からの物資を被災地に届けようとしている。しかし過度な自粛は被災地にとって喜ばしいことなのだろうか。朝日新聞の「声」欄に「変わらない姿勢こそ安心呼ぶ」という投書があった。「被災地の方々も、一緒に悲しんでくれる人だけでなく、大きく笑って強いエネルギーをくれる人がほしいはず。変わらない姿が人を安心させるのだと思う」とある。たしかに避難所のテレビでお笑い芸人のアチャラカを老人たちが腹を抱えて笑っていた。「久しぶりに笑った」と語っていた。お笑い芸人ですら不謹慎ととらえられていない。
 三社祭の中止もどうかと思う。そもそも祭りは「祀り」であって、「命・魂・霊・御霊(みたま)を慰める」慰霊の側面がある。祭りで元気が出れば消費も上がる。「江戸っ子よ、しっかりしろい!」と言いたい。花火大会も、大震災で疲弊した日本人の心を癒やす。史記に「大礼は小譲(しょうじょう)を辞せず」とある。大きな礼節が守られていれば、小さな礼など問題にしないでよいと言う意味だ。日本は世界が驚嘆する「大礼」の国だ。ささくれだった心を祭りや花火大会で癒やし、心に余裕を持たせて常に被災地を思いやる。これが出来る国民なのだ。それでも心が痛むのなら、祭りも花火大会もチャリティーと密接に連動すれば良い。
 経済的に見ても今回の大震災の被害額は阪神大震災の10兆円を大幅に上回り、20兆円を超すとみられている。加えて自粛などによる消費の冷え込みは4兆円に達するという試算もある。このままでは本当に「自粛不況」となりかねない。新聞・テレビはこの際自粛をあおるべきではない。むしろ「自粛を自粛する」キャンペーンを張るべき時だ。都知事の言うことなど聞く必要はさらさらない。
【筆者より】ご愛読多謝。春休みをとります。再開は火曜日(5日)からです。 


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◎政界は「原発タブー」時代の幕が開いた

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◎政界は「原発タブー」時代の幕が開いた      
 与野党挙げて推進してきた「原発ルネサンス」に、冷水を浴びせたのが今回の福島原発事故であろう。大衆迎合型政治の先端を走る習性のある民主党は、首相・菅直人が29日太陽光などクリーンエネルギー強化に舵を切った。明らかに統一地方選挙を意識している。メディアによって植え付けられた反原発ムードは、今後総選挙を2度は経なければ復元しないだろう。ということは政治にとって5年は「原発タブー」の時代が到来することを意味する。
 「フクシマ」以前は、地球温暖化対策と新興国の電力需要を背景に世界中が「原発ルネサンス」の時代を走ろうとしていた。米、独、伊など欧米諸国や、中国、インドなど新興国も原子力政策を前面に出して推進しようとしていた。その矢先の事故である。福島の事故は各国の原子力政策を直撃し、ドイツでは27日の地方選挙で、「反原発」の世論を背景に環境政党が躍進した。それもそうだろう。建屋が吹き飛んだ映像はチェルノブイリの連想にすぐに結びつく。粉じん漂う中で、福島の実態はチェルノブイリと180度違うなどと言う報道は、よほど冷静に見る記者でないと書けない。スイス紙ル・マタンの世論調査では、将来スイス国内の原発廃止を望む意見が87%に達した。2009年の調査では73%が「原発は必要」と答えていた。
 一方日本では与野党とも、共産党と社民党を除いて原発推進と海外への売り込みを参院選挙の政策に掲げ、国を挙げての「原発ルネサンス」であった。民主党はマニフェストで「 総理、閣僚のトップセールスで原発インフラシステムを国際的に展開」と公約、自民党も「インフラ関連産業を強力に支援し受注競争での“競り負け”を防ぐ」。公明党 はインフラ輸出の促進と「エネルギー安定供給と地球温暖化対策の推進のため、原子力発電の安全性を確保しつつ稼働率を上げるなど適正に推進する」と原子力政策の推進を強調した。「原発は危険」の予言がまぐれ当たりで当たったのは、「ルネサンス」の蚊帳の外の共産党と社民党だけという皮肉であった。
 こうした中でいち早く民主党は「反原発」ではなくとも、少なくとも「非原発」または「脱原発」へと向かおうとしている。菅は29日の参院予算委員会で、事故を受けた今後のエネルギー政策に関して「エネルギー全般の中でも太陽光やバイオマス(生物資源)などのクリーンエネルギーに力を入れてきた。そういうものもあわせて、改めて議論が必要だ」と転換を表明。官房長官・枝野幸男も記者会見で、「クリーンエネルギーを強化していく。今回の被害を踏まえた時に、1つの柱になるのは間違いない。未来への希望を持てる政策を考えた時にクリーンエネルギーは1つの柱になる」と述べた。もともと民主党内は社会党左派が多数残存しており、これは「反原発」の思想に貫かれている。事故を利用して「脱原発」で太陽光、バイオマス、風力、地熱などを利用した発電になびく素地は十分である。もちろんそれはそれで意義があることだろう。エネルギー源は多様化しておいて損はない。民主党は選挙のテーマに「原発からクリーンエネルギーへ」を打ち出すだろう。これに対して自民、公明両党も従来通りの「原発推進」で、選挙の争点にしてしまっては勝負にならない。一挙に敗北するから、クリーンエネルギーを前面に押し出さざるを得まい。したがって、予見しうる将来において「原発推進論」は影を潜めるだろう。政治的には原発推進論は「ルネサンス」から「暗黒の中世」へと逆戻りする。勇気を持って従来の推進論を維持する政党はあるまい。2030年までに14基の増設を掲げた「エネルギー基本計画」の見直しも余儀なくされるだろう。
 この「暗黒の中世」がどこまで続くかについては、一にかかって原発事故の制圧にある。いったん原発推進に向かったドイツやイタリアも現在は躊躇(ちゅうちょ)の段階に入った。「フクシマ」の動向を世論対策上も注視せざるを得ないのだ。しかし欧米の論調には既に米国の専門家のように、日本の原発が観測史上5番目という巨大地震に耐えた上に、複数回生じた水素爆発にも耐えた事に着目し、「事態が収束すれば、この状況下で原発そのものはよくやったと言うべきだ」とする冷静な声も出始めている。大統領・オバマも原発建設推進の方針堅持を表明した。原発大国フランスは、新規建設も、原発の輸出も継続する方針だ。
 また日本の論調も読売新聞が社説で「日本は情報を各国と共有し、世界中の核専門家の協力を仰いで、迅速に事故を収拾しなければならない。それが、世界の原発推進国の信頼を保つ唯一の道」と強調。産経の社説も「事故を理由に原子力発電に背を向けてはなるまい米国でも炉心溶融が起きた1979年のスリーマイル島事故後、原発の建設が止まってしまった。エネルギー小国・日本での、そうした事態は避けたい」と主張、両社とも基本的には推進論を変えないだろう。
 民主党の言うクリーンエネルギーが原子力発電に変わりうるかは、コスト面でも効率上も現状では無理だという判断が有力だ。やってみれば分かる事だ。菅も枝野も制御すれば原子力発電もクリーンエネルギーであることを忘れている。日本の原発が生き残れるかどうかは、何としてでも事故を押さえ込み、世界にマグニチュード9の天災を克服した姿を見せるしかない。事故の象徴である福島原発は廃炉にして、跡地は公園にでもして、モニュメントと資料館でもつくるしかない。しかし原子力発電は日本の繁栄と地球温暖化対策に不可欠な国策でもある。「想定外」を「想定」した超堅固な原発を作り出すしかあるまい。現在稼働中の原発にも、電源の2重3重の確保や巨大防波堤の建設などやるべきことは多い。「フクシマ」を押さえ込むことは、日本を「超原発先進国」へと発展させる道だ。「暗黒の中世」を短縮できるかどうかも、この一点にかかっている。スリーマイル島やチェルノブイリでの事故後に、世界で吹き荒れた激しい反原発の逆風になるかどうかも日本の克服にかかっている。                             
                                       


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◎菅は「人垣の防波堤」を築いているときか

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◎菅は「人垣の防波堤」を築いているときか
 「いうべきをいう」「訴える」「覚悟を決める」「先見性」などを松下幸之助は「指導者の条件」としているが、首相・菅直人は全ての要件を満たしていない。どうして国民の前に頻繁に顔を出さないのか。ひたすらしていることは「官邸の肥大化」である。自分の前に「人垣の防波堤」を築いてしまっている。必要なのは自らの防御ではない。身を捨てた指導者のリーダーシップだ。この国難の時に菅は自らの言葉で語らない。国民は知るべきことを知らされない。首相官邸は「船頭多ければ船山に上る」の状況としか見えない。
 報道各社の幹部やOBの会合に出席したが、結論は「菅では駄目だなあ」に落ち着いた。大震災後菅は何をしたかであるが、目立つことを挙げれば「少し勉強したい」と震災翌日に福島第一原発を視察。原子力安全委員会委員長・班目春樹から「水素爆発は起きない」と間抜けな報告を受けたものの、その後時をおかずに爆発が起きた。何しに行ったのか。いまさらピントのぼけた「勉強」をしているときか。東電が引き上げるという誤報を真に受けて、何とやっちゃ場の東電に3時間も居座った。次いで毎日のぶら下がりを取りやめ、国民の前から姿を消した。2回の記者会見は中身がなく、記事は探さなければ分からないほど小さく報じられた。白眉は自主避難。官房長官・枝野幸男をして第1原発から半径20~30キロ圏内の屋内退避対象地域について、「住民の生活支援および自主避難を積極的に促進する」と呼び掛けさした。住民からは直ちに「ガソリンがない」「行き先がない」の悲鳴が上がった。自主避難するならするで、対応策を打ち出さなければならぬところであった。無為無策で勝手に避難せよでは、まるで「棄民政策」のようではないか。
 そして現在進行中が、異常なほどの官邸の組織拡大だ。首相補佐官を入れ替えたり、民間からブレーン役の内閣官房参与を震災後5人も増員。近く6人目も決まり合計15人となる。戦場の最大の戒めは「敵前で陣形を変えるな」だが、菅の意識には抜き難い官僚不信がある。此の期におよんで事実上失敗した「政治主導」なるものを“布陣”するつもりなのか。いまは度重なる震災で訓練された官僚組織をフルに活用して、事務次官会議を復活させ、官僚にやる気を出させるべき時ではないのか。読売新聞によると首相は最近、知人から「震災復興も原発対応も、良心的な官僚がいるはずで、彼らを使うべきだ」と助言されたが、「(東京電力や官僚は)情報を隠している」と不満を漏らし、聞く耳を持たなかったという。官僚組織は国難にあたり、菅とは無関係に自立的に作動しているように見えるが、この大震災は100%の力の発揮では足りない。政治の力で150%の力を発揮させてやっと切り抜けられる状況だ。
 危機の時の指導者の条件は、国民に姿を見せるだけで安心感を与えなければならない。ぺらぺら弁舌を労せず、短い自らの言葉で国民を鼓舞する。「俺に任せておけ」の信頼感を与える。分かる範囲で見通しを述べる。そして決死で働く現場を褒めることだ。そうした人間関係の根底の部分での連帯が、未曾有の危機において何よりも必要とされるのだが、残念ながら菅にはいずれも欠けている。顔を見せないということは何をしているかが国民には分からないということだ。これが国民の“不安源”の1つだ。それとも菅は、顔を見せて失言と非難されることを避け、政権延命を狙っているのだろうか。自らの守りをしているときではない。
 一方で野党も野党だ。ここは大連立へ参画すべき所を、「子ども手当の攻防再開」では泣ける。危急存亡の時である。持てるエネルギーを「救国的一致」に向けるきではないか。自民党はまるで「陳情の引き継ぎ屋」と化しているではないか。加えて危機管理の専門家なる連中は何をしているのか。権威とされる佐々淳行のホームページを見れば緊急提言として「福島原発の爆発事故の可能性が高まっている」と、まず事態をチェルノブイリ型ととらえる誤判断そしている。その上で「学童疎開」「国家勤労奉仕隊」の編成、消防団・青年団などによる「自警団」の編成などピントの狂った主張を展開している。まるで一大風評源を形成しているのだ。政府に対して「なぜ、政府は真っ先に東京消防庁に要請しなかったのか」と批判するなら、消防庁が動いて、テレビで報道されてから言うべきでない。すぐに進言すべきだ。浅間山荘、安田講堂事件の経験に基づく程度の危機管理ではとても及ばないのだ。いくら何でも「学童疎開」は弁舌巧みな百日の説法を“帳消し”にした。テレビのコメンテーターも相変わらずいいかげんで、女性の場合ヒステリックになっている。TBSで日大教授・高木美也子は「もう東電ではできない。アメリカの全面支援を受けねばならないところまで来ている」と宣もうた。米国の支援は拒むものでもないが、今やアメリカは原発後進国で日本からの輸入話が出ていた。戦争に強いから何でも出来るわけではない。国際原子力機関(IAEA)事務局長・天野之弥が「状況が安定するまでにはしばらく時間がかかるが、問題は解決されると信じている」と述べているとおりだ。うろたえるな。


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◎「日本全国理科音痴」が“風評”を呼ぶ

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◎「日本全国理科音痴」が“風評”を呼ぶ
 メデイアの報道ぶりを見ると、原発事故で今にも破局が来るように感ずる向きが多いだろう。警鐘を鳴らすのはメディアの重要な役目だが、いささかセンセーショナリズムの度が過ぎるのではないか。今後の展開を冷静に予測すれば、チェルノブイリ型の臨界での大爆発の可能性はゼロに等しく、事態は一進一退を繰り返しながらも冷却機能回復へと動いているように見える。確率としては少ないが、最悪の場合にはスリーマイル島事故のように炉心溶融で燃料棒が溶け出す可能性がまだ残っているが、爆発的な拡散はまず生じない。27日も2号機の水たまりで極めて高い濃度の放射性物質が検出されたが、あくまで外部への流出ではなく、冷却機能の回復に向けた作業の遅れが懸念されているレベルだ。復旧の長期化が予想される中で、メディアが作る「日本全国理科音痴」が風評を呼ぶ事態をこの際改めるべきだ。
 「正しい情報をいくら出しても、メディアが間違う」と原子炉災害の権威である長崎大学大学院教授の山下俊一は、27日のNHKの番組で嘆いている。たしかに最大の影響力がある朝日新聞を筆頭に“風評源”とも言える記事が多い。同紙は16日朝刊で「福島第1制御困難」と、紙面を突き抜けるような見出しで報じた。明らかに「お手上げ」を印象づけたが、その後制御は一進一退ではあるが進んでおり、まず先頭切って決定的間違いを犯した。山下は風評被害について「非常に大きな問題だ。日本全国理科音痴ではないか。突然物理学の問題が出てきて、単位が分からないから何百倍、何千倍にもなって独り歩きする」と指摘している。風評に踊らされる人々を「放射能恐怖症」と名付けた。この「理科音痴」への対応は政府が物事の根本を理解して、その根本を否定しないところに原因の大半がある。不安感が募るのは多くのメディアがチェルノブイリを引き合いに出して“脅す”ような報道を続けているからだ。臨界状態のまま“核爆発”して大火災で放射能を巻き上げて世界に拡散させたチェルノブイリと、制御棒が働いて運転が緊急停止された福島とは根本的に問題のありどころが違うのだ。福島が再臨界に戻る可能性はゼロというのが専門家の共通した見方だ。ここを政府が明確にせず「予断を許さぬ」(首相・菅直人)といったあいまいな発言しかしないから、不安感がいつまでたっても消えないのだ。
 ところが“風評”はついに東電の誤発表からも巻き起こった。ヨウ素1000万倍という数字である。そのままなら核分裂の進行と受け取られかねないものだったが、「再臨界がおきているはずはない」という専門家の指摘が続々とあり、調べ直して訂正となった。恐らく東電も疲労の極致に達しているのだろう。判断力が鈍るのが一番危険だ。政府は、技術者、作業員などほかの原発からの応援態勢を早急に組むべきではないのか。
 今後の展開は二つのケースに集約されよう。一つは、恒常的な冷却機能の回復による復旧である。他の一つは、最悪の場合メルトダウンが生ずるケースだ。作業員の被爆、海水やタービン建屋内の放射能の漏出、が大きく報ぜられるが、これは核心的な問題ではない。遅かれ早かれ改善可能な問題であり、原子炉本体を直撃する本質的な「事態の悪化」でもない。まず冷水機能の回復は、海水注入から真水の注入に代わり一歩前進した。今後の焦点は作業員3人が被爆した汚染水をとりあえず復水器に戻して作業環境を整え、敷設された電源を使用して、本来の冷却機能を回復することだ。これが実現すれば、よほどの事態がない限り問題は解決へと進む。1号機では漏水の汲み上げがポンプ3台で始まったが、漏水が解決を遅らせることは確かだろう。
 他の一つのメルトダウンは、何らかの理由で注水が不可能となって燃料棒が露出して溶融に至るケースである。既にまだ冷却が出来なかった段階で部分的にメルトダウンか、燃料棒の毀損が発生しているようだ。しかし現在では、ここの急所は完全に掌握されており、必死に行っている給水がそれを物語っている。給水が不可能になる事態が発生することは考えにくい。本来の冷却機能の回復が遅れても、最低消防ポンプによる給水は継続されるのであり、時間は稼げる。万一メルトダウンして炉心が高温高圧になった場合、圧力が高まるのを回避するためにベントという圧力抜きが行われるが、その際放射能が外気に漏れる可能性が高い。しかしフィルターを通して行われ、広域にわたって重大な影響を与えるものではない。メルトダウンした場合でも厚さ16センチの格納容器と防護壁を突破して核物質が爆発的に拡散をすることはないというのが専門家の一致した見方だ。62トンが溶けたスリーマイル島でも水蒸気爆発には至らなかったのであり、よほどの操作ミスでもない限り心配はいらないとされる。官房長官・枝野幸男が「放水で悪化を食い止めて成果が上がり、収束へ一歩づつでも努力が続けられている」と述べているとおり、前進しているのだ。想定を越えた未曾有の天災の中で「現場」の決死の努力が続けられているのであり、マスコミは「日本全国理科音痴」を卒業し、細事に拘泥してケチを付けてばかりいる習性を改めるべきであろう。風評による「天災」の「人災」化が危惧されるのである。
 


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◎日本の「自虐報道」と世界の落差:福島原発

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◎日本の「自虐報道」と世界の落差:福島原発
 少なくとも原子力安全・保安院の記者会見に出席する記者は専門家だろうと思うが「チェルノブイリと同じだ。なぜ砂で埋めない」という質問が出たのにはびっくりした。さすがに保安院側も驚いたようだが、「馬鹿!」とは言わずに「現実的な選択肢ではない」と紳士的な答弁をした。この程度のメディアにセンセーショナルな報道をされては、国民はたまらない。朝日新聞も25日付の朝刊で「局地的にはチェルノブイリ原発事故に匹敵する土壌汚染も見つかっている」と、どうしてもチェルノブイリに近づけたいようだ。「局地的」事象をトップで報ずるとはまたまた「病膏肓に至ったか」と言いたくなる。少し筆者も心配になって、日本の対応に対する世界の評価を分析したが、英国首相のキャメロンを始め皆「優」を付けているので安心した。報道が見落としているが、米ソ冷戦時代にはチェルノブイリとは桁違いの放射能汚染をもたらした原爆実験が2000回も繰り返されているのに、人類は命脈を保った。福島原発のヨウ素放出量はそのチェルノブイリの0.08%だ。神経質になりすぎないことだ。
 世界の見方は、まず福島原発事故制圧に向けての果敢な現場の努力に向けられた。現場の人数は実際にはもっと多いので誤報になるが、世界の評価は「福島の50人」が定着している。果敢さで「カミカゼ」と呼ぶメディアもある。BBCが「フクシマ50は英雄」とたたえれば、ABCは「完全に機能不全になった原発に残ることを進んで志願したヒーロー福島50」といった具合だ。確かに黒煙が発生すれば退き、汚染されているかも知れない水に漬かって事故に立ち向かう不屈の精神は、英雄的と言う表現がぴったりだ。もちろん現場指揮者は作業員の危険回避に全力を挙げなければならないのは言うまでもない。
 東電や保安院の対応にも賞賛の声が世界の専門家から上がる。ドイツZDFは専門家の「日本はこの種の災害では“唯一”の正しい方法で対応している」とする分析を紹介している。来日した米原子力規制委員会団長も「日本は事態をコントロールしている」と語った。この“コントロール”の存否が全てのカギを握るのである。キャメロンは首相・菅直人に「日本人の強靱で立派な対応に心から敬意を表したい。必要な支援があれば遠慮なく言ってもらいたい」と最大限の賛辞を贈っている。
 日本の自虐趣味にあふれる報道に比較して、世界は期待と賞賛と支援の声に満ちあふれているのだ。予断を許さぬ一進一退の苦闘が続いているのは確かだが、マスコミはマイナス思考でなく、プラス思考で報道を続けるべきであろう。チェルノブイリとの比較だが、同原発の放射能放出量は国際原子力機関(IAEA)の分析によれば、広島に投下された原爆(リトルボーイ)の400倍であり、実態は核爆発だったのだ。始めに爆発ありきのチェルノブイリと、制御可能な福島原発を同レベルで比較して「砂で埋めよ」と言うのは無知をさらけ出しているのだ。復旧を断念して、チェルノブイリと同様に立ち入り禁止の「石の棺桶」を作れというのか。
 また1945年に初めて核実験が行われて以降、米、ソ、英、仏、中、インド、パキスタン、北朝鮮が実験を繰り返し、その回数は2000回に及ぶ。大気圏内核実験ではチェルノブイリの100倍から1000倍の放射能が毎回巻き散らされている。 中国が実験したウイグル自治区では「ガン発生率が35%も高い」といわれている。地上近くの核爆発では、土砂とチリがキノコ雲として巻き上げられ大量の放射性降下物が発生し、地球を何周もした。おそらく各国の核実験では爆心地はもちろん遠く離れた日本でも放射能汚染は著しいものがあったに違いないが、当時は環境汚染の思想が現在ほど一般化しておらず、ろくろく測定もされなかった。世界中で汚染野菜や魚、肉類などぱくぱく食べていたに違いない。遠洋マグロ漁船「第五福竜丸」が太平洋・ マーシャル諸島のビキニ環礁で被爆した事件以後大きく取り上げられるようになった。
 こうした歴史を見据えた上で、落ち着いた対応が必要なのだ。米国の専門家はネットで「福島の原発は、設計が古い割には素晴らしい働きをした。観測史上5番目という巨大地震に耐えた上、原子炉の自動停止などの緊急システムも問題なく作動した。格納容器周りのさまざまなシステムも、複数回生じた水素爆発に耐えて、おおむね無事だ。現状のまま事態が収束すれば、この状況下で原発そのものはよくやったと言うべきだろう」と客観的かつ冷静な分析をしている。日本の報道よりよほど信頼が置ける。筆者は事態はじりじりと押さえ込まれつつあると見る。恐らく東電副社長の武藤栄が24日「事態の収束にはまだ時間がかかるが、状況は安全な側に向かっている」と強調した通りであろう。ここは現場の命がけの努力に信頼を置いて、日本人は古武士のように腹の据わった矜持をもって、底力を出すときだ。 


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◎自民党が追い込まれた「大連立」の構図

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◎自民党が追い込まれた「大連立」の構図

 どう見ても自民党が徐々に追い込まれている。民主党政権は東日本大震災を契機に地歩を再構築しつつある。自民党はこのままでは「大震災対策・復興」という政治にとって歴史的な大テーマに参画できないまま、指をくわえて見送ることになる。自民党は、あえて首相・菅直人の大連立提案を逆手にとった“大網”を掛けるべきところを、旧態依然とした政策協議の積み上げなどを主張している。震災の粉じんが舞い上がっている中で“神学論争”を繰り返してどうする。ここまで判断力が落ちたとはいかんともしがたい。
 菅の自民党総裁・谷垣禎一を副総理に起用したいとの提案に、自民党は機関決定で拒否した。谷垣の理由は「政策協議もなしにまず連携ありきというのは順序が違う」という点にある。その背景には、震災直前に進退窮まるまで追い詰めた菅が、一転政局の主導権を握ろうとしていることへのいらだちと反発がある。自民党内では、「根回しなしに大連立を持ちかけた菅の思惑には、国民の批判が断った自民党の方に向かうという判断が背景にある」という“読み”が支配的だ。疑心暗鬼を生ずである。しかし果たして菅にそれほどの深読みがあっただろうか。脳裏をかすめたかも知れないが、本質は「助けてくれ」であったのではないか。「コンクリート」を否定し続けて来た民主党政権に、大規模復興事業を展開するノウハウなどないのだ。自民党の力を借りたいという思いの方が先行したのではないだろうか。
 そこで、大震災の政治にもたらす影響を改めて分析すれば、流れは民主党政権の継続である。大震災対策という何よりも優先せざるを得ない「スーパー・テーマ」が生まれたのである。従って国政に空白を作る解散・総選挙は行えない。逆に任期満了選挙が現実味を帯びてくる。菅の危機管理の体たらくから見て内閣の総辞職はあり得るが、国家危急存亡のいまはない。菅が総辞職しても民主党は政権を手放すまい。一時は離れた官僚も国難に当たって、“サボタージュ”を継続するわけにも行くまい。従って、震災対策は前進する。おそらく支持率は回復傾向をたどり始めるだろう。国民は政権の能力を評価しているいとまはない。今現在、何をしているかにとらわれて、一歩でも前進すれば支持する。産経新聞によれば、内閣の支持率が35・6%となり震災前の24%から11・6ポイント上昇している。
 この菅政権の水戸黄門の印籠のような「スーパー・テーマ」への取り組みに、自民党はなすすべもなく見守るしかないのが現状だ。休み返上で震災対策に取り組んでいるといっても、国民の目には何も映らない。空振りだ。政権側の動きだけが見えるのであり、自民党の動きはその陰でしかない。この「スーパー・テーマ」に参画できないことは自民党の将来に致命的なダメージをもたらすだろう。なぜなら政治家がその本領を発揮する機会の放棄でもあるからだ。政党として弱体化せざるを得まい。こうした中で自民党内にも大連立を模索する動きが生じている。元幹事長・古賀誠は「国難の時に何で簡単に拒否するのか」と執行部の決定に反発し、民主党幹部と独自の接触を続けている。副総裁・大島理森も官房副長官・仙谷由人のルートで動きを開始している。党内が大連立参画組と拒否組に分裂状況に陥る可能性も否定できない。
 今後の焦点は、「小異を捨てて大同につく」事が出来るかどうかにかかっている。それには自民、民主双方の譲歩を成立させなければなるまい。大震災は民主党のばらまき政策の財源を復興に回さざるを得なくなっており、立党の理念とも言える「コンクリートから人へ」は言うまでもなく破綻した。この際民主党政権は自民党の要求を聞き入れ、子ども手当など「ばらまき4K」を棚上げまたは凍結して、連立への道筋を開くべきだろう。自民党も「政策の合意に向けての努力が一切ないままの連立打診などあり得ない」(政調会長・石破茂)などと“固い”ことを言っていないで、糊代(のりしろ)部分を重視すべきだ。否定の論理でなく、協調の論理を前面に押し出すべきだ。各種世論調査でも既成の政党の枠組みにとらわれない政権を求める声が圧倒的に高率であり、大震災はこの傾向をさらに進めるだろう。もし自民党が統一地方選挙対策で参画をためらっているとすれば、木を見て森を見ない政治判断と言わざるを得ない。
               


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◎2年限定の大連立で「政争なき復興」へ動け

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◎2年限定の大連立で「政争なき復興」へ動け
 まだ水素爆発の粉じんが収まらぬ中「東日本はつぶれない」と分析したとおり、福島第一原発は制御への明るい希望がわいてきた。次は政治の荒療治だが、ここは与野党とも全ての行きがかりを「初期化」して「リセット」し、大連立へと動くしかない。任期満了までの2年間限定で「救国大連立政権」を設立して、東日本復興に全勢力を傾注すべきだ。非常事態にこれ以上政争を繰り返せば、国民の怒りは頂点に達して、とんでもないしっぺ返しを受けることを警告しておく。
 まったくの根回しなしでは、疑心暗鬼と警戒を呼ぶのも無理はない。首相・菅直人が19日に副総理での入閣を自民党総裁・谷垣禎一に打診したが、谷垣は断った。菅が政権延命を考えていると判断したからであろう。まだ原発がどうなるかも定かでない時点で政治が駆け引きをするのも不謹慎であろう。自民党幹事長・石原伸晃が「ものには手順がある。首相が民主党内をまとめるところから始まるのではないか」と唐突な要請を批判したのも無理からぬところがある。菅はタイミングを誤ったが、ただ一点において国民の期待に沿っている。それは「政争なしの復興」への期待である。
 大震災の政治に対する戒めは、もう党利党略を離れ、復興に向けて全精力を傾注すべしという点にある。したがって谷垣の拒否に対する国民の反応は、誰もよくやったとは思うまい。むしろ失望感が濃厚であろう。世論調査をすれば大連立支持が圧倒的な数字として出るだろう。政治は数字を推定、先取りして動かねばならない。調査結果を見て自民党が愕然としていたのでは遅いのだ。
 経済財政担当相・与謝野馨が「今後とも一切そういう可能性がない、と断定的に拒絶したのではない」と指摘しているが、今からでも遅くない自民党は大連立へと動くべき時だ。与謝野は「連立を組めば、震災対策や国民に必要な事柄が迅速かつ的確に決まる」とも述べているが、その通りだ。合意を政府部内で迅速果敢に形成して、ダイナミックな政策をスピード感を伴って打ち出すべき時だ。
 大震災前は解散か総辞職かの瀬戸際に追い込まれていた菅政権だが、運命は次善の策を選んだ。とりあえず政争も、解散も封じられた。おそらく2年余の間、菅の退陣は十分あり得るが、政争による解散という事態は起きないだろうし、起こしているひまはない。また野党が気にする統一地方選挙は民主党大敗の構図はまず変化しまい。地方選挙などは国が直面する大波の前には、少なくとも最優先すべき政治課題とは言えない。
 いずれにしても解散がないとなれば、自民党は野党で居続けるか政権に参画するかのどちらかを選択せざるを得ないのが政治の構図だ。折から世論調査では菅政権支持が回復し始めている。政党としては油揚をトンビがさらうのを見過ごすことが出来るのか。ここは任期満了選挙までの2年間限定で大連立を組むしかない。その上で国民の審判を受け、さらに連立を継続させるか新たな政治形態を現出させれば良い。
 その場合菅は、谷垣だけではなく複数の自民党実力者の入閣を求め、公明党代表・山口那津男も入閣させるべきであろう。谷垣に副総理兼震災復興担当相への就任を要請したということは「東日本復興庁」担当相になることを意味するが、荒療治が谷垣に適しているかどうかは疑問がある。むしろ政調会長・石破茂のほうが向いている気がする。
 いずれにしても民主党は大連立に当たって「政治主導」「コンクリートから人へ」「ばらまき政策」の旗を降ろさなければなるまい。もう既に大震災で不可能になっている。政治主導を棚上げして既に事実上復活している次官会議を正式に復活させよ。復興は「人からコンクリートへ」を余儀なくされるが仕方がない。子ども手当などは、この際棚上げにして国民に我慢を求め、ばらまき資金は復興地に集中させよ。これを軸に予算関連法案の早期成立を図り、その上でとりあえず10兆円を超える補正予算を組み、連休前までに成立させよ。まず国民に安心を与えることが政治の急務だ。


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◎菅は原発事故克服に「現場主義」を貫け

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◎菅は原発事故克服に「現場主義」を貫け
 福島第一原発をめぐる動きを見ていると、「現場」は国の宝だ。現場が事故をここまで押さえ込んだのだ。素人の政治家が下手に口を出さない方がよい。チェルノブイリは「人災の暴発」、日本は「管理された押さえ込み」段階に入ったように見える。まだ予断は許さないし、完全なる押さえ込みの途中であるからこそ警告しておくが、政治は首相・菅直人以下安易な言動を慎み、出来もしない「政治主導」など捨て去り、ひたすら「現場」が働きやすいようにせよ。いまとんちんかんな大連立を持ち出し「政局ごっこ」をやっているひまはない。マスコミは新聞もテレビも冷静な報道に徹せよ。
 我が国民のガバナビリティ(被統治能力)の素晴らしさが証明され、対照的に政治家のガバナンス(統治能力)が問われる事象が頻発している。当面の原発事故における2大誤報は、先に指摘したが菅の「東北が潰れる」との歴史的な失言と、米原子力規制委員会(NRC)委員長のグレゴリー・ヤツコによる「4号機の使用済み燃料プールの水はすべて沸騰し、なくなっている」の2つだ。いずれも世界に向けて最大の“風評源”となり、性急にも3国が大使館一時閉鎖、他にも東京退避の動きを生じさせた。これはすべて菅政権が情報の発信を曖昧にして、あらぬ疑心暗鬼を国際社会にばらまいた結果である。肝心のスポークスマンの官房長官・枝野幸男の発言も、口数は多いが意味不明の内容が多く、信頼感に欠ける。菅は執拗に現地視察にこだわり、21日もその予定を直前でとりやめた。視察は現場や国民に安心感を与える首相なら効果があるが、菅の場合はやめた方がいい。受け入れ側の負担増大など、マイナス効果の方が多いのではないか。「現場」は優秀だ。任せておけば良い。
 一方マスコミも今にも直ちに大事故に発展するような報道ぶりが目立った。最大の影響力を持つが故に指摘しておくが、朝日新聞の超センセーショナルな報道は極めて遺憾であった。トップの見出しを引用すれば、15日の朝刊における「2号機にも炉心溶融」に始まって、同日夕刊の「放射能大量飛散の恐れ」、そして16日朝刊の「福島第1制御困難」に至った。この「制御困難」が最大限の緊迫感を演出した紙面構成とあいまって、多くの読者を不安の極地に陥れた。しかし筆者が冷静に分析したところ炉心溶融はあっても致命的な規模ではなく、放射能の大量飛散は全くなく、制御は一進一退で一歩一歩ではあるが実現に至ろうとしている。この一連の見出しの背景には「炉心溶融による破滅」の思い込みが同紙の伝統的な原発批判姿勢と相呼応して、編集局に圧倒的に存在していたとしか思えない。総じて冷静な分析力に欠いたと思う。19日の朝刊で「電源きょうにも回復」とケロリとした報道をしているが、与えた影響は大きなものがあると、自ら肝に銘ずるべきである。22日朝刊も他紙と異なり「首相、出荷停止を指示」をトップに据えた。枝野が「直ちに健康に影響はない。誤解しないように」と念を押しているにもかかわらずだ。過剰反応でいたずらに不安をあおる紙面が続く。
 このように冷静な分析のないまま、政府首脳やマスコミが突っ走ったのが福島原発事故初期の対応だ。よく国民がパニックに陥らなかったと思う。辛うじてNHKが冷静な報道と、専門記者・学者などによる適切な解説を行ったからだろう。まだ中期、後期の正念場が待っているからこそ、冷静な情報伝達が望まれるのだ。これに比較して東電、経産省原子力安全・保安院、自衛隊、警察、消防など「現場」の冷静・沈着・果敢な働きぶりは見事である。高レベルの放射能がある中での放水活動、電源確保の作業などまさに身を挺して黙々と自らの職務を英雄的に遂行しているではないか。そこには旧ソ連のチェルノブイリにおける原発管理者の「いい加減」な対応はつゆほども見られない。21日の段階では1,2,5,6号機に電源が到達、まず2号機の巨大ポンプを動かすべく懸命の努力が続く。制御室が稼働すれば制御に向けて大きな地歩を築くことになる。消防士の妻の「日本の救世主になってください」という激励は、全ての国民の気持ちも言い表している。
 急場における政治家の対応は、命がけの現場に怒鳴り込むことではない。この際「政治主導」なる空理空論は端に置いて、「現場主義」を貫くべきだ。餅は餅屋に任せて大所高所から常に俯瞰していることだ。調整が必要になったら初めて乗り出せばよい。急場である、常に「金の心配はいらない。任せておけ」と言い続けよ。政治は「口を出さずに金を出せ」。被災現地では仮設住宅のつち音が響き始めた。つち音は今後壮大なる東北・関東復興への“轟音”と変えなければならない。「コンクリートから人へ」の理念は「人からコンクリートへ」と大きく舵を切るべきだ。既に考えていると思うが「東北・関東復興院」を早急に立ち上げ、復興への夢と希望に満ちた青写真を描き出せ。
 そして一定のめどが立った段階で政治は、出来るだけ早く首相を代える必要がある。本人には悪いが、復興を成し遂げられる器とは思えない。それには超党派で救国大連立政権が不可欠だと思う。自民党も公明党もここは選挙の勝敗など党利党略を度外視して、考えられる限りの実力型の“精鋭”を出して「救国統一内閣」を構成するべきだ。時期を区切った政権でもよい。恩讐など捨てて灰燼の中から日本を復興させるのだ。「小沢一郎」を復興担当相などに起用すべきとの意見があるが、刑事被告人をトップにいただいて復興が回転するか。ゼネコンを活用せねばならないときに、過去の癒着が問題にならないとみるのか。それほど人材は払底していまい。
 原子力発電は日本の繁栄と地球温暖化対策に不可欠な国策でもある。福島第1原発は廃炉にするにしても、国全体としては「あらゆる想定外を想定した」堅固な原発を再構築すべきだ。現在稼働中の原発にも電源の2重3重の確保など、やるべきことは多い。福島の経験は日本を「超原発先進国」へと発展させなければならないのだ。日本の力があればそれが可能だ。世界人類のためでもある。ここで原発を完全に押さえ込めるかどうかが、工業立国としての急所でもある。


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◎“風評源”の菅よ、「東日本はつぶれない」

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◎“風評源”の菅よ、「東日本はつぶれない」
 風評によるパニックをいかに抑えるかが政治の役目である時に、自らが“風評源”になってはいけない。首相・菅直人が情報を漏らすことにおいては定評のある内閣特別顧問・笹森清とわざわざ会って「本当に最悪の事態になった時には、東日本が潰れるというようなことも想定しなければならない」と語った。あっという間に情報は広がった。また、東電が撤退など全く考えていないのに、本社に乗り込み「あなたたちしかいない。撤退など有り得ない。覚悟を決めてください」と東電関係者に強い口調で迫った。こうした首相の動揺ぶりにネットでは「もうおしまい」と馬鹿な反応が出て、人心までが動揺している。果たして東日本が壊滅するのか。事態を冷静に分析すればするほど、予断は出来ないものの、「東日本がつぶれるような」事態とはほど遠いと思わざるを得ない。チェルノブイリとは根本的に違うのだ。菅は「ルーピー鳩山」以上に首相発言の持つ重要性を知らない。
 現在の福島原発事故を俯瞰(ふかん)すれば、稼働中であった1号、2号、3号機は地震発生と同時に制御棒が入って運転が停止され、海水注入が24時間行われ続けているが、圧力が高く思うようには注入されない。「止める」、「冷やす」、「閉じ込める」がそろって初めて安全が確保される原子炉の「止める」と「冷やす」の一部は実現した。「冷やす」が完全に実現するかどうかが、原子炉本体が制御されつつあるかどうかの最大の核心部分である。「冷やす」が完全でないと溶融(メルトダウン)の恐れがある。
 一方、新たな障害としてクローズアップしてきているのが、3号機と4号機の使用済み核燃料棒貯蔵プールの水の蒸発による燃料棒露出だ。これが現在原発周辺で放射線量を高めている最大の原因である。17日のヘリコプターによる3号機への放水は事実上の失敗だろう。それにしてもなぜ数秒間ホバリングして、ピンポイントで放水を行わないのだろうか。多少の危険を冒すのが自衛隊の仕事ではないのか。不可解だ。陸上自衛隊による30トンの放水はプールに的中している可能性が高いが、プールの水量は500トン。露出をどの程度カバーしたかはまだ不明である。しかし使用済み核燃料棒は東京工業大学教授の鈴木正昭によると「燃料の時の2000分の1の崩壊熱」である。もちろん冷やさなければならないことは確かだ。
 この1,2,3号機の炉心と3,4号機の使用済み燃料の5つの問題を同時並行的に封じ込めなければならないのが現状だ。自衛隊による放水措置はあくまで応急手当であり、最大の問題は電源の回復にある。その電源が18日中にも復旧する方向だ。電源が確保されれば、ディーゼルエンジンを稼働させ、地震時などに対応した緊急炉心冷却システムを起動できるし、貯蔵プールにも水を回せる可能性が出てくる。同システムが生きていれば、復旧へとつながる。
 こうした状況下で菅の言う「東日本がつぶれる」事態が発生するかどうかだが、菅は事態をチェルノブイリとダブったイメージで考えているとしか思えない。しかしチェルノブイリと福島原発は構造も、事故の内容も根本的に違う。それをわきまえない菅に「専門家」と自称するほどの知識があるとは思えない。
 チェルノブイリは黒鉛の固まりを制御に使った黒鉛炉で燃えやすいが、福島原発は軽水炉で内部に可燃物はない。チェルノブイリには格納容器はないが、福島は厚さ16センチの格納容器に囲まれている。チェルノブイリは誤作動で核爆発を起こしたが、福島は最悪のケースで炉心溶融による水蒸気爆発はありえても、その爆発規模は桁違いに小さい。現段階で溶融から水蒸気爆発へと展開する兆候はみられない。チェルノブイリは信じられないほどのずさんな操作が原因だが、東電の操作は極限状態の中細心の注意が払われている。水蒸気爆発が発生しても格納容器の蓋が飛ぶ程度で、核燃料が吹き上げられることは考えにくいとする専門家もいる。
 チェルノブイリよりもむしろ米国のスリーマイル島事故との類似点を挙げる専門家が多い。同島の事故の場合も炉心溶融を起こして、燃料が下部にたまったものの水蒸気爆発は何とか避けられた。このように見てくると、専門家の多くが事態の深刻さを指摘する反面、チェルノブイリ規模の被害を否定している。カギを握る電源が今日にも復旧することから、緊急冷却システムが稼働するかどうかだ。稼働すれば再冠水を達成でき、克服への大きな一歩となる。国挙げての死闘が正念場を迎えた。繰り返すが首相たるもの安易な見通しを語るべきではない。本気でそう考えるなら直ちに発表して、対策を示せ。
 


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◎うろたえるな日本人

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◎うろたえるな日本人
 「我々はいかなる犠牲をはらおうとも戦い続ける。そこが海だろうと陸だろうと原野だろうと市街だろうと。絶対に絶対に屈伏などしない」第二次大戦のイギリスの名宰相ウィストン・チャーチルはこう国民を鼓舞激励した。英国民は奮い立った。バスケットの神様、マイケル・ジョーダンは「運命よ、そこをどけ、俺が通る」と言い切った。運命などに翻弄されるつもりがないと意思表示して、自らを奮い立たせたのだ。後手後手に回る対応策の中で首相・菅直人からリーダーとしての言葉が発せられない。いまは不安にうちひしがれた国民を奮い立たせるときではないのか。天皇陛下が異例のメッセージを読み上げられ「国民一人びとりが、被災した各地域の上にこれからも長く心を寄せ、被災者とともにそれぞれの地域の復興の道のりを見守り続けていくことを心より願っています」と訴えたのが救いである。
 連合艦隊司令長官・山本五十六は「やってみせ、やらせてみせて、誉めてやらねば人は動かじ」と述べた。菅は持ち前のかんしゃく玉を破裂させているばかりである。東電関係者を呼んで「情報が来ない」と怒鳴りつけても、物事は動かない。少なくとも東電は原子炉の破局を必死で食い止めようとしている。首相が呼びつければそれだけ停滞することが分からない。首相たるもの、なすすべを知ってほしいものだ。
 未曾有の大震災に、暴動も略奪もない日本人の倫理観に世界的な賞賛の声が上がっている。天皇も「海外においては、この深い悲しみの中で、日本人が、取り乱すことなく助け合い、秩序ある対応を示していることに触れた論調も多いと聞いています」と述べられた。
しかし中には便乗値上げの悪徳業者や風評に乗ってトイレットペーパーの買い占めに走る主婦がいる。あの盛岡の被災地で卵6個を400円、カップラーメン300円で被災者に売りつけるコンビニがあると聞く。泥まみれで、なけなしの千円札を持って買いに来た客にである。恥を知れといいたい。首都圏でも、筆者はスーパーでトイレットペーパーやティッシュに群がり、奪い合う浅ましい光景を目の当たりにした。トイレの紙など新聞紙でも何でも代用になる。結局はデマに終わった石油ショックの教訓を忘れたのか。「うろたえるな日本人」と言いたい。
 ガソリンや灯油、米の買いだめも、一週間我慢すれば済む話しだ。石油も米もだぶついている。構造的な不足ではない。青森県知事の三村申吾は、政府に「油なくして被災地の救援、再建はない。油の一滴一滴が命を守る」と窮状を訴えている。極寒で雪が降る被災地で塗炭の苦しみの中にいる人々に思いをはせれば、自ずと自制の精神がわいてくるはずだ。「金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ。よく覚えておけ」は、後藤新平の遺訓である。後藤は関東大震災後に内務大臣兼帝都復興院総裁として東京の復興を成し遂げた。
 原発も危機的状況にあるが、ここは落ち着くべきだ。ソ連も苦闘の末チェルノブイリを押さえ込んだ。米国もスリーマイル島原発事故に敢然と対処した。ソ連と米国が出来て日本が出来ないはずがないではないか。この世の終わりなどは来ない。「なせばなるなさねばならぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」は上杉鷹山の言葉だ。リズムペインティングアーティスト・ユキンコアキラは「目の前のカベはトビラかもしれない」、マイケル・ジョーダンは「今日がダメだったってことさ。今日は明日じゃない」。灰燼の中から不死鳥のように戦後の復興を成し遂げた日本人である。ここはふんどしを締め直してうろたえず、沈着に、他人をおもんばかり、ゼロからの出発をしようではないか。チャーチルのように「絶対に絶対に屈伏などしない」のだ。


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◎与野党妥協をさらに進め「党首会議」を設置せよ

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◎与野党妥協をさらに進め「党首会議」を設置せよ
 この未曾有の大災害に当然ではあるが与野党の妥協が成立する方向となった。民主党が子ども手当と高速道路無料化を削減の方向で譲歩。来年度予算関連法案、とりわけ国債発行の特例公債法案にも成立のめどが立ってきた。この際与野党は東北関東大震災復興・原発事故克服に絞って「与野党党首会議」を設置し、首相・菅直人を補佐し、知見・ノウハウを分かち合い、国難克服に向けて全勢力を傾注すべきだ。とりわけ福島原発事故への対応と情報開示を促進するとともに、復興支援策を早期に打ち出し、世界的に動揺している市場の沈静化を図ることが急務だ。
 民主党が、マニフェスト固執から急転換した。幹事長・岡田克也が15日の与野党幹事長会談で大震災復興財源確保で目玉政策の子ども手当や高速道路無料化に向けた予算を一部削減する考えを表明したのだ。初めて予算修正で折れたことになる。自民党はこれに加えて農家の戸別補償、高校無償化も加えた4K政策の凍結を主張、調整の余地を残した。しかしこの際自民党は4Kにこだわるべきではない。問題はスピードである。東京株式市場では株価が暴落、全世界に波及する流れとなっている。投機筋は虎視眈々と「日本売り」に狙いをつけており、ここは一刻も早く巨額な復興策を具体的な数字で提示して市場の沈静化を図るべきだ。自民党は4Kを2Kで妥協すべきだ。本予算の修正で財源を確保するか、大型補正で対応するかで意見が割れているが、対応策などで対処を遅らせてはならない。本予算修正と補正の両方を早期に実施すべきだ。
 財源・市場対策で様々な案が出ている。自民党総裁・谷垣禎一は15日、平成22年度と23年度の予備費を活用し、5兆円規模の緊急対策を速やかに講じることを主張すると共に、平成23年度予算案とその関連法案については、速やかに審議を再開して、結論を出すことを提唱。谷垣は各党の幹事長・書記局長と政策責任者、それに政府の防災担当大臣を加えた「与野党協議会」を設け、対策を話し合っていくことも提案した。経済財政相・与謝野馨は、株価暴落に関連して、2008年秋のリーマン・ショック後に浮上した政府による株式の買い取り構想に言及「当時は50兆円規模で株式を買い上げる構想があった。そのような方法もある」と述べ、検討を進める考えを示した。既に与野党は15日、「各党・政府震災対策合同会議」の設置を決め16日に初会合を開くが、こうした具体策を早期に打ち出しスピード感のある対応をすべきだ。
 加えて緊急事態である、与野党は最終責任者である「党首会議」を民主・自民・公明を中心に設置して、大筋での合意の上で予算、補正、復興、原発の施策と対応を打ち出すべきだ。はっきり言って首相・菅直人の危機管理能力は不十分だ。これを補う体制が不可欠となりつつある。もう政治は過去の恩讐にこだわっていられるときではない。原発事故にしてもネットを見れば危険な風評が出回っており、いったん火が付くと関東大震災の風評被害を上回る展開が危ぶまれる。ソ連の最大の失政であるチェルノブイリのケースばかりが独り歩きしている。2ちゃんねるなどでは、全く健康に影響のない放射能レベルの横浜の主婦が「子供と乳母車で散歩したが放射能汚染は大丈夫か」と聞けば、明らかに素人が適当な答えをするという状況が生じているのだ。これは一にかかって政府と東電の責任である。
 この際政府は、既に出来ているはずの原発事故に関する各種シミュレーションを公表すべきである。軽微なものから本当に深刻なものまで開示しておけば、展開の予想が出来て、混乱は生じにくい。ここまでくると情報隠蔽の方が危険な集団心理状況とこれに伴う行動を招くことを知るべきだ。加えてホテルでも旅館でも民家でも良い避難者の避難先を国が先頭に立って早急に手配せよ。現地はまだ冬が続いている。また全国の拠点における放射能レベルを定時に公表し続けよ。人心安心の要となる。こうした重要事項は与野党党首が共同責任で決定し、打ち出せばよい。それにつけても全国紙のセンセーショナルな見出しはどうか。いたずらに恐怖心をあおっている傾向が強い。もう少し落ち着いた見出しをつけよ。


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◎菅は復興への強いメッセージを出せ

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◎菅は復興への強いメッセージを出せ
 停電情報をめぐる混乱などは、「子を呼び、妻を呼び、夫を呼び、父母を呼ぶ」東北の阿鼻叫喚を思えば怒ることでもない。ここは日本人のど根性で我慢すべき時だ。しかし官邸から国民をリードし、世界に復興を宣言する発信がないことはどうしたことか。首相・菅直人は自らの露出を意識したパフォーマンスに堕している時ではない。
 菅の動きには「始めに自らの露出ありき」が感じられてならない。まず視察だ。菅は2度目の被災地視察を強く希望したのだ。しかし、受け入れ態勢が整わず断念した。現地は救援活動のまっただ中であり、「受け入れ困難」と拒否したのだ。当然だ。首相のテークケアに人材を削くくらいなら、1人でも人命を助けたいのが現場だ。計画停電についても、東電の社長が13日午後6時過ぎ発表する予定を、首相自らが発表したいと2時間も遅らせた。この時間帯は企業や鉄道関係の首脳や幹部がいなくなる瀬戸際でもあり、翌朝以降の混乱の原因を作ったとしか思えない。官邸はあらゆる情報を集め、分析し、冷静に対応を打ち出す危機管理の核心だ。そのトップが自ら東電関係者を呼びつけ怒鳴りつけ、現地視察をしたがり、発表の先取りをしているようではまるで民主党のパフォーマンス政治そのものではないか。
 危機管理は自らを露出させることではない。すべての情報を一身に集め冷静な決断と不退転の実行を寡黙のうちにすることだ。現在の日本の状況は最大の情報伝達機能であるテレビメディアが、繰り返し繰り返し津波の惨状と原発の危機を流し、「負の情報」しか国民に向け発信されていない。しかし官房長官・枝野幸男のようにテレビメデイアを批判しても始まらない。これはこれで命がけで「報道の使命」を果たしているのだ。だがこのままでは「負の情報」過多が「負の連鎖」を呼ぶことになる。おりから筆者が予想したとおり日経平均株価が大幅に下落して1万円を割り込んだ。今朝のニューヨーク株式も反落した。このままではさらなる落下スパイラルとして全世界的に波及しかねない。
 国民はこれほどの災害に遭っても暴動も起きなければ、略奪もない。世界的に賞賛の的となっている国民である。計画停電にしても、東北で起きている惨状を思えば、これくらいの苦難は当然分かち合うべきものだと思うだろう。その国民が求めているのは政治家のパフォーマンスではない。不満は政治の説得力のない行動に向けられるのだ。2か月かけた第1次石油ショックの時の電力使用制限時に比べて、たった2日で対応せざるを得ないという事情は分かる。しかし政治が介入しすぎて「無計画停電」の混乱に輪をかけてはならない。計画停電は少なくとも前日には分かるようにすべきである。現在では無駄の象徴となっている銀座のネオンは消すべきだ。また枝野のように「関係機関の情報提供に適切でない部分も見受けられる」と責任を転嫁してはならない。首相官邸はすべての責任を一身に負うべきなのだ。
  菅は危機的状況にある原発事故に対して、政府と東京電力が一体となった『統合対策本部』を立ち上げ、自ら本部長で陣頭指揮に立つと言明した。「この危機を乗り越えるための陣頭指揮に立って、やりぬきたい」とも述べたが、陣頭指揮者は菅しかいないのであり、言うまでもないことだ。政治生命を賭してやりぬくことだ。 問題は灰燼の中から立ち上がるという強いメッセージが必要なのだ。そのメッセージが官邸から発せられていない。菅は、国民に我慢と根性と共助を求め、世界に向けて早期復興を宣言すべきだ。自民党国対委員長・逢沢一郎が「こんな時に根性を出さないで、いつ根性を出すのだ」と述べているとおりだ。政治家は理屈を語るよりも、うちひしがれている国民に力強く“気合い”を入れるときだ。逆に都知事・石原慎太郎の「津波をうまく利用して、我欲を一回洗い落とす必要がある。積年にたまった日本人のあかをね。やっぱり天罰だと思う。」という暴言は、被災者の心を踏みにじる卑しい発言だ。世界暴言史に残るだろう。また市議選に大勝した名古屋市長・河村たかしの、時をわきまえぬ下卑た笑いも日本不謹慎史に遺さなければなるまい。


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◎与野党は「互恵救国戦線」に収れんせよ

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◎与野党は「互恵救国戦線」に収れんせよ
 未曾有の東日本大震災を受けて政治地図はがらりと一変した。与野党「協調」にリセットされる方向となったのだ。首相・菅直人による解散・総選挙や内閣総辞職は一挙に遠のき、与野党は大筋において「国民の生命財産」確保のため協力せざるを得ない状況となった。もはや来年度予算の早期成立は不可避の形勢であり、まれに見る国難に与野党は恩讐を越えて妥協を図るべき状況に立ち至った。政府は地震緊急対策本部に野党の参加も求めるべきだ。今後とりわけ注意を要するのは金融株式市場の動揺であり、ハゲタカファンドの「日本売り」が発端となって日本発の世界大恐慌を招いてはならない。政府は米欧諸国と密接な協力で対抗策を打ち出すべきだ。財源確保は緊急時でもあり、「タンス預金」を引き出す「無利子非課税国債」の発行でしのげばよい。
 菅は自らへの外国人献金でまさに進退窮まったところに、予想もしなかった大震災である。政治的には菅に“新たな政権”が転がり込んだことになる。国会における与野党激突の構図は「国難優先」にリセットされつつある。国内政治地図は、野党ばかりか政権打倒に動くかに見えた小沢一郎も身動きならぬものにした。政治的には長期休戦を余儀なくされる情勢に立ち至った。野党もいま解散や内閣総辞職を求めれば、一挙に“国賊”扱いとなるだろう。大震災で大失政でもしない限り菅政権の総辞職もない。ここは過去を捨てて、国民の生命財産を守るという政治の原点で一致して、政府に協力するしかあるまい。自公両党が提唱している「国会休会」構想も、予算自然成立が遅れることから与党が反対である上に、野党内にも異論があり、無理を押し通すことでもない。13日の党首会談で総裁・谷垣禎一が提案した緊急対応策はさすがに政権政党だった経験が見られる。谷垣は、わが国始まって以来の重大事案だとして、陸上自衛隊に加えて海上自衛隊にも動員をかけ、不足であれば、予備自衛官や退役自衛官にも協力を呼びかけることを主張。沖縄のアメリカ海兵隊と自衛隊が協力して上陸用の船艇などを活用し、遺体の収容作業に当たること、原子力発電所の被害の実態を適切に説明できる専門家を指名し、国民に対して適切な説明を行うことなどを提案した。この際、菅は野党の専門家も政府の緊急対策本部に参加を求め、全党一致の対処をはかるべきであろう。
 焦点の来年度予算関連法案について自民党は依然ばらまきの根幹部分で妥協できない立場を維持しようとしている。しかし公明党は13日のNHKで政調会長・斉藤鉄雄が早期成立を唱えるなど、変化の兆しを見せている。この際与党も子ども手当などばらまき部分を削除し、災害復旧に回す方向で妥協を成立させて早期成立を図るべきだ。ばらまき以外は自民党の組み替え案と内容は大差なく、ここは何が何でも妥協を成立させるべきだ。
 財源については、当面は2000億円の予備費を活用すればしのげるが、大型補正予算は不可避だろう。長期的にはかねてから小沢一郎が主張し、大震災後は与党国民新党政調会長の亀井亜紀子が提唱している「無利子非課税国債」の発行も視野に入れるべきだ。1467兆円の個人金融資産、30兆円にのぼるとみられている「タンス預金」を活用して、相続税が課税されない、無利子ではあるが非課税の国債を導入するのである。非課税の恩恵を受けられるのは富裕層に限られることとなり、「金持ち優遇」という反対論もあるが、ことは緊急事態である。これが一番手っ取り早い財源確保の道だ。このように与野党とも当面政治休戦を軸に、国民の生命財産確保のため相互の主張を尊重しつつ「互恵救国戦線」で一致すべきだ。旧来の考え、慣習を捨て、臨機応変の対応をするしかない。これがなければ史上最大の国難への対処はできない。
 このどさくさで14日からの株式市場がどう動くかだが、株価は1万円を割り込んで始まるとみられている。かねてから東京大震災が発生すれば東京発の世界大恐慌が発生すると言われてきた。日本は国内総生産(GDP)世界第3位の経済大国であり、確かにその国の首都が壊滅すれば影響は全世界に及ぶ。幸いにも東京以西は無傷で残り、東北6県の総生産はGDPの6・4%だ。それも壊滅はしていない。しかし世界中にばらまかれた洪水の映像は、「日本沈没」を印象づけるのに十分だ。ハゲタカがこれを利用して、大規模な日本売りに出たとしても全くおかしくない。連鎖反応が世界的規模で発生すれば、せっかく明るさを増し始めた世界経済を、逆戻りの大不況へ突入させる可能性もないとはいえまい。
 政府・日銀は米国をはじめとする主要国と早急に連携をとり、対抗策を打ち出すべきだ。同時に、世界の投資家に情報を発信して「大震災は克服可能である」ことを印象づけることが緊急課題だ。野村金融経済研究所は、GDPは年率換算で4~6月期は最大1%幅で押し下げられるものの、復興に向けた超大規模な公共投資が始まれば、回復効果が出てマイナス成長の可能性は少ないとみているという。日本株は長期的には「買い」なのである。
 日本政府からこの種の情報発信がないいらだちは、日本国内だけではない。AFP時事によると、豪外相が福島第1原発1号機の爆発事故について「われわれや国際社会は事故の詳細な状況について、早急な報告を必要としている」と述べ、日本政府に国際社会への迅速な説明を求める考えを示している。たしかに12日の原発爆発事故に対する政府の対応ぶりは、爆発の映像を日本テレビが報じているにもかかわらず、官房長官・枝野幸男が曖昧な姿勢で5時間も経過した。政府の信用性が問われる態度だったが、いまは言っても仕方がない。国内はもちろん世界に向けて正確な情報を大量に発信することが急務であろう。


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◎異例の早期決着で迫られる同盟深化:メア発言

 

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◎異例の早期決着で迫られる同盟深化:メア発言
  菅は「在日献金」で“風前の灯”
 異例のスピードで米政府がメア日本部長を更迭した背景は、あらゆるオプションの中でメア発言が米国の極東戦略とミスマッチの暴走発言であるからだ。日本との同盟関係を毀損しては、中国の台頭と北朝鮮へのけん制に対処できないことは火を見るよりも明らかであり、早期決着はホワイトハウスも絡んだ必然であった。これはとりもなおさず、普天間早期決着、思いやり予算の早期国会成立など日米同盟関係の修復に向けて日本政府の“退路”を断ったことになる。折から11日朝、首相・菅直人への“在日献金”が報ぜられ、菅政権は“風前の灯”となった。しかし誰が首相であろうとも、メア発言を口実に問題の遅延をはかることは許されなくなった。
 ロシア大統領・メドベージェフが北方領土を視察するまで、同大統領の「視察はない」と言い続けたどこかの国のロシア大使と違って、米大使館、とりわけ大使ジョン・ルースの対応は鮮やかだった。6日に発覚してからまる5日間で、事実上の決着にこぎ着けた。ルースの問題を見極める洞察力と行動力はさすがである。訪沖も即断で決めた。ルースは大統領選挙では、バラク・オバマ陣営の資金調達を担い、オバマとは電話で話せる関係にある。その関係を最大限に生かしたに違いない。
 経緯を見ると、国務次官補キャンベルが日本時間8日夜ワシントン郊外のダレス国際空港で記者団に対し、「報道がもたらした誤解について個人的に陳謝したい」と述べた時点では、国務省は明らかに問題を過小評価していた。「個人的陳謝」で済むはずがない。ところが成田に降り立ったとたんにキャンベルは、「米国を代表して心から陳謝したい」と一転して公式謝罪に変わった。この間に何があったかだが、筆者は米大使館の動きとみる。日本政府の抗議を受けたルース大使が、ホワイトハウスに直接働きかけて、場合によっては大統領に直接電話して、事態の重大さを認識させたのであろう。これを裏付けるように産経新聞のワシントン特派員だけが「日米外交筋が『メア氏更迭を日本側に伝えるようホワイトハウスから指示を受けたようだ』と語った」と報じている。日米外交筋とはまず報道の慣例から言って駐米日本大使館の首脳だろう。
 ホワイトハウスから直接国務省に「メア更迭」の指示がいったのであろう。そもそもキャンベルの訪日の主目的の一つに日本の思いやり予算の国会通過見通しの掌握と、そのテコ入れがあったとされている。しかし先に筆者が米政府の“本音”と指摘したようにメアが「もし日本の憲法が変わると、米国は国益を増進するために日本の土地を使うことができなくなってしまう。日本政府が現在払っている高額の米軍駐留経費負担(おもいやり予算)は米国に利益をもたらしている。米国は日本で非常に得な取り引きをしている」と口走ってしまったのだ。まさにキャンベルがやろうとしていた課題をメアがぶちこわしたのだ。キャンベルは思いやり予算どころか、メア発言の火消しに全精力を傾注せざるを得なくなったのであろう。
 以後、メアの更迭、キャンベルの公式謝罪とルースの沖縄訪問と立て続けに打った手は、大勢において正確で的を射たものであった。官房長官・枝野幸男も「迅速な対応を取っていただいた。米政府が日米関係を重視し、今回報道されたことが米政府との考え方とまったく違っているという思いの表れと受け止めている」と納得するに至った。もちろん沖縄県知事・仲井真弘多が「問題は県民の感情論となっており信頼関係が元に戻るのには時間がかかる」と述べているとおり、発言の与えた打撃は大きい。
 ただでさえ前首相・鳩山由紀夫の「海兵隊抑止力は方便」発言で、困難になっている普天間移設がより大きな暗礁に乗り上げたことは間違いない。こういうケースでは政治家は、発言を政治的に利用して問題遅延の理由としたがるものだが、米政府の即断即決による対応はいかに日米同盟深化に向けての米側の思いが真剣であるかを物語っている。普天間移設、海兵隊のグアム移転、嘉手納以南の基地返還の3点一括合意は履行されなければならない。政府は普天間問題に加えて、日米の共通戦略目標を打ち出す外務・防衛閣僚による安全保障閣僚会議(2プラス2)の5月実施を何が何でも実現すべきだ。
 しかし11日の朝日のトップ報道によれば菅の資金管理団体が、2006年と09年に、在日韓国人系金融機関の元理事から計104万円の献金を受けていたことが、同紙の調査でわかった。大スクープである可能性が強い。献金を受けていたのは菅首相の資金管理団体「草志会」(東京都武蔵野市)。同団体の政治資金収支報告書によると、旧横浜商銀信用組合(現中央商銀信用組合)の元理事の横浜市内の男性(58)から民主党代表代行だった06年9月に100万円、09年3月に2万円、同8月に1万円、政権交代後の副総理兼国家戦略担当相だった同11月に1万円の計104万円の献金を受け取っていた。「前原辞任」と全くおなじケースであり、本当なら退陣を迫られる。誰が首相であるかかは分からないが、オバマとの6月の日米首脳会談も実現させ、同盟の深化へとつなげるべきであろう。


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◎「竹島放棄」まで出ては政権も終わりだ

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◎「竹島放棄」まで出ては政権も終わりだ
 確かに民主党政権はたがが外れた。あちこちから水が噴出している。今度は首相・菅直人の応援団長が、竹島の領有権主張中止の日韓議員連盟共同宣言に署名したのだ。首相・菅直人は火消しに懸命だが、竹島領有権放棄は民主党内左派の主張として根強く存在している。政権担当後ひた隠しにしている部分が、弱体化とともに露呈しているのだ。もう民主党政権は1年半で、十分政権としての在り方を勉強した。一度野に下り、出直した方がいい。
 問題を起こしたのは菅が主宰する政策グループ代表の衆院議員・土肥隆一。「日韓キリスト教議員連盟」の日本側会長とし日本政府に竹島の領有権主張中止などを求める共同宣言に名を連ねたのだ。共同宣言は、「日本政府は歴史教科書歪曲と独島の領有権主張により、後世に誤った歴史を教え、平和を損なおうとする試みを直ちに中断しなければならない」と主張している。菅は9日「大変遺憾だ。竹島は日本の固有の領土で、その立場は変わらない」と不快感を表明したまでは良かったが、国家主権に関わる問題を「党がしかるべき形で対応するのが必要だ」とまたまた党に丸投げした。
 おそらく土肥は共同宣言の採択が日本に伝わるとは思っていなかったに違いない。しかし天網恢恢疎にして漏らさず、2月27日の宣言採択が10日遅れで日本に伝わった。この発言に対する批判は野党はもちろん政権与党からも噴出している。しかし右派から極左まで包含する「水と油政党」としては、こうした発言が出るのは何の不思議もない。元首相・安倍晋三が「国家、主権、領土に対する民主党の体質を表しており、看過できない」と述べているとおりだ。
 その証拠に、衆院議員を辞職した小林千代美を後援した北海道教職員組合は機関紙に「竹島問題は韓国の主張が正しく、島根県などが竹島の領有権を求める行為は、日本の侵略・植民地支配を正当化する不当極まりないものである」と主張している。この線に沿った学習資料を配付した書記次長は「生徒の正しい判断を助けている」とうそぶいている。こうした体質は菅自身の過去の行動にも現れている。国会でもたびたび取り上げられているが、北朝鮮による拉致実行犯の辛光洙(シンガンス)元死刑囚の釈放嘆願書に署名しているのが何よりの証拠だ。
 言うまでもなく、我が国固有の領土保全は政権担当政党のイロハのイであり、こともあろうに首相を支持するグループのトップが、他国の議員と結託して固有の領土の領有権の主張を中止してはなるまい。もちろん対中・対露・対北をにらんで、日・米・韓の極東における安保上の連携は不可欠であるが、領土問題は別次元の問題として対処する必要がある。自民党は、10日、党の外交部会と領土問題に関する特命委員会の合同会議を緊急に開き、今後の国会審議で厳しく追及していくことを確認するが、当然だ。
 冒頭述べたように、鳩山、菅と続く民主党政権は政権の持つ構造的な理由に起因する内政、外交上の失政、失態を繰り返しており、菅の言うように「4年間の実績をみて国民の判断を仰ぐ」などという悠長なことは言っていられない状況に立ち至った。ここは潔く野に下り、政権政党としての在り方を体得した上で、出直すのが憲政の常道ではあるまいか。


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◎クリントンは日本部長を即刻解任せよ

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◎クリントンは日本部長を即刻解任せよ
 これほどスチューピッドな外交官は、戦後の日米外交史でも珍しい。国務長官・クリントンは日本部長・ケビン・メアを即刻解任するしかあるまい。なぜならこともあろうに担当国の国民を本音で侮辱しているからだ。今後普天間移設交渉など重要課題を考慮すれば、この日米関係に刺さったとげは、化膿する前に抜かねばならない。中国、ロシア、北朝鮮などが固唾を呑んで見守っており、極東の安全保障にも影響する要素をはらんでいるからだ。日本政府の対応は大使を呼びつけないなど生ぬるい。ハンドリングによっては政権に跳ね返ることを肝に銘ずるべきだ。
 昨年12月3日に国務省で行った学生に対する講義は、オフレコを前提としただけに真実味がある。朝日新聞によると出席した14人中5人がメモをとり、つき合わせた上での公表である。その動機も学生たちが沖縄を訪問してメアの指摘と違う現実を確認したからだという。さすがに米国の学生は自立している。
 国務省の日本部長というポジションは、日米関係のかなめ的存在であり、筆者も特派員時代は頻繁に会いに行ったものだ。米国人は外交官でもざっくばらんでオフレコを前提にすればよく本音を語る。しかし、一般人を前にオフレコでもこれだけの発言をする外交官はいまい。性格の異常性を感ずる。沖縄総領事時代もその発言が物議を醸していた。こうしたケースではよくGHQ最高司令官・マッカーサーの「日本人は12歳」発言が例に挙げられるが、マ元帥の言わんとするところは「アメリカがもう40代なのに対して日本は12歳の少年、日本ならば理想を実現する余地はまだある」という点にあった。「12歳」が精神年齢ととらえられてが独り歩きしたのだ。
 メア発言は違う。確信犯的だ。「和の文化を日本人はゆすりの手段に使う」「沖縄はごまかしとゆすりの名人」「怠惰でゴーヤーも裁培できない」などの一連の発言は沖縄県民どころか日本国民全般に向けられたものでもあろう。本来ならば、「ルーピー鳩山」の「抑止力方便発言」並みで、ばかばかしくていきり立つ気にもなれないが、問題はそれほど軽くはない。米政府の本音部分が露呈してしまっているからだ。たとえば「日本政府が現在、支払っている高いホストネーションサポート(接受国支援)は米国にとって有益だ。私たち米国は日本に関して非常によい取引を得ている」という発言だ。国務省の数字によると日本の直接支援の額は、32億2843万ドル、これは同盟国全体の41億4335万ドルの79.9%にあたる。これは苦しい財政事情の中で“思いやり予算”をひねり出している日本政府をも愚弄する発言であると同時に、米国にとっていかに「笑いが止まらない」支援であるかを物語る。思いやり予算ではどちらが「ゆすりの名人か」お伺いしたいものだ。
 発言は民主党政権にも及ぶ。「民主党政権は沖縄を理解していない。まだ自民党の方が、最近の民主党よりも沖縄に通じていて沖縄の懸念について理解していた」あたりはもっともでもある。「(民主党の)3分の1の人たちが、軍隊がなければより平和になると信じている。そのような人たちと話をするのは不可能」という下りも国務省の本音が出ている。
 いずれにしても、これだけの発言に対して日本政府の対応は生ぬるい。外相臨時代理の枝野幸男がルースとなんと電話で会談して抗議したが、この場合大使を呼んで抗議し、日本部長の辞任を求めるのが妥当だ。政府は度重なる対米失政の羮(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹くべきでない。ここぞという場合に及び腰では国際的になめられる。この発言は沖縄県民の感情を逆なでして、県議会は発言と謝罪を求める決議を可決した。ただでさえ暗礁に乗り上げている普天間移設問題は、鳩山発言に加えて、メア発言でにっちもさっちもいかなくなってきた。国務次官補・キャンベルが“個人的”に謝罪の意を表するくらいでは収まらない。とりあえずメアの解任は、日米関係の将来を考えるなら早ければ早いほどよい。


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◎外交・安保に“浪花節”を持ち込むな

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◎外交・安保に“浪花節”を持ち込むな
 法律を知っていなかった「山科のお母さん」の“焼き肉献金”の人情話は泣かせるものがある。外相辞任の前原誠司が将来もし首相になれたら、映画にでもして“紅涙”をしぼればよい。しかし、人情話と外交・安保は別だ。ことは国家の安全保障の根幹に関わる問題としてとらえる必要がある。前原は懸案の重要外交案件でこれという実績もないどころか、辞任前に行われた文藝春秋のインタビューでは「外相レベルで領土問題や沖縄問題が前進するなどあり得ない」と“投げて”しまって、むしろ首相に意欲とも受け取れる発言をしていた。辞めていなかったら「前原氏ポスト菅に意欲」と報ぜられ、政権を揺るがしたに違いない。
 浅薄な人情論が新聞、テレビで先行している。コメンテイターの鳥越俊太郎が「焼肉屋のオバちゃんの献金にそれほどの影響力はないはずだ。一応まあ決まりだから、と事務的に返金すればすむハナシだろう」述べれば、フジテレビキャスターの小倉智昭が「前原さんと焼肉屋のおばちゃんの 関係を考えると、このことで辞める必要があったのといいう意見がある」といった具合だ。有力ブロック紙も「旧知の人物からの献金を声高に非難することには、どこか違和感を覚えてしまう」(中日春秋)と言う。驚いたことに朝日新聞までが8日付の社説で「在日外国人の献金は確かに法律に触れる。だが『外国人献金問題』と抽象化した瞬間、焼き肉屋のおばちゃんのいきさつは消し飛び、まるで国家間の諜報を論じるようだ」と論じた。
 しかしいずれも事の本質を全く理解していない。ことは浪花節の世界ではない。“諜報”は常に論じなければならないのだ。政治資金規正法で外国人の献金を規制しているのは、外国の関与や影響を防ぐための安全保障上のものであり、諸外国でも同様である。むしろ外国の規制に合わせて日本も規制した経緯がある。アメリカでは、外国からは政治献金だけでなく、企業献金も原則禁止である。イギリスでは、献金主体を選挙人名簿登録者及び現に国内で事業を行う内国会社に限定する。ドイツでは、国外政治資金の国内流入を規制、フランスでも、外国及び外国法人の政治献金は禁止。外国からの政治献金流入阻止は、国家安全保障上のキーポイントになっているのだ。
 善意の焼き肉屋のおばちゃんには悪いし、まずあり得ないだろうが、仮説を立てれば、もしおばちゃんが“草”として地域に植え付けられていた諜報員だったらどうするのか。外相との関係は最大のルートになる。法律はそこまで想定しているのだ。「まるで国家間の諜報を論じるようだ」と述べる朝日の社説子は、安全保障の基礎から勉強し直した方がいい。テレビのコメンテーターたちも、一か月でもいいから中東で勉強せよ。国際社会の持つ冷厳な現実が分かる。
 実際に懸念材料はある。前原はかねて北朝鮮と親密な関係を指摘されてきた。これまでに2度にわたって訪朝しており、産経によると1999年訪朝をした際は「よど号」ハイジャック犯4人とも会談。この際、通訳として同行した女性と特に親密だったとされ、2人の親密な写真は北朝鮮から流出、公安当局も入手したという。前原の外相としての実績も尖閣事件では船長釈放を止めるどころか、米国務長官・クリントンに「近く解決する」とささやいている。ロシア大統領・メドベージェフの北方領土視察もなすすべを知っていない。普天間問題の解決に努力した形跡は見えない。それどころか冒頭挙げた10日発売の月刊誌に「外交はやはり首脳外交でなければ進まない。外相レベルで領土問題や沖縄問題が前進するなどあり得ない」と発言した。これでは日本の外交は進まない。外相・愛知揆一が沖縄返還交渉で果たした役割の例を挙げるまでもなく、回天の偉業を成し遂げた名外相はいくらでもいる。加えて前原は「解散は、日本のためになる」と、首相・菅直人と真っ向から対立する見解も述べた。要するに菅に取って代わって首相になって、解散するという立場を鮮明にしたのだ。それが思わぬ伏兵に遭って、自ら辞任に追い込まれたのだ。狙ったが、自らずっこけた構図だ。
 この問題は「よみうり寸評」の言うことが一番適切だ。「外相は脇が甘いと言われても仕方がない。職務が職務だから、とりわけ厳正に守るべきルールだ」「そのうえクリーンを標榜(ひょうぼう)し『政治とカネ』には、批判の目を人一倍持っていた経緯もある。ということで前原外相が辞任した。やむを得まい」とある。物事は素直に見ることが一番大切だ。


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◎前原辞任で解散か総辞職かの「2択」となった

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◎前原辞任で解散か総辞職かの「2択」となった
 ポスト菅の最有力候補・前原誠司の外相失脚で政局の選択は、首相・菅直人の交代によるリセット説が薄れ、退陣か解散・総選挙の選択しか残らなくなったように見える。野党はいまや政権最弱点となった厚生労働相・細川律夫や、前原と同様に暴力団がらみの「政治とかね」の絡む財務相・野田佳彦、行政刷新相・蓮舫の疑惑を追及する。できればさらなる“ドミノ倒し”を実現し、政権を揺さぶる構えだ。その上で早ければ今月下旬にも首相・菅直人の問責決議の参院での可決で決着をつけたい方針だ。
 一見早期辞任が潔いように見えるが、前原辞任は必然だろう。このままなら外相問責決議の上程と可決は避けられず、“野垂れ死に”のコースをたどるしかなかったからだ。野党は暴力団のフロント企業からの献金問題にも焦点を当て、第2、第3の矢を打ち込んだだろう。むしろ暴力団がらみの問題の方が辞任の真相という見方もある。加えて前原は党内政治的には小沢一郎の「政治とかね」を繰り返して“断罪”してきた立場がある。辞めざるを得ない状況下で辞任の選択をしたに他ならない。また早期辞任が首相候補としての長期戦略には得策であるという判断もあったに違いない。
 菅にしてみれば、辞任は野党との条件取引の材料に使えたケースだが、前原は菅に利用されて“さらし者”になることも避けなければならない場面だった。前原グループは最近菅とは一線を引き、幹部から「前原首相」意識の「退陣論」が公然と出始めていた。同グループ重鎮の代表代行・仙谷由人は、公明党に菅退陣と引き替えの予算関連法案譲歩を持ちかけたほどだ。早期辞任はこの前原グループを野に放つ結果となり、同グループの菅批判は意気消沈するどころか今後強まる流れだろう。
 先のシュミレーションで筆者は①解散総選挙②内閣総辞職③新首相への交代の3つの選択肢を挙げたが、このうち新首相への交代は前原の辞任でまず困難となった。手を挙げているのが樽床伸二ではいかんともしがたい。野田も暴力団献金がある。岡田も幹事長を引き受けたおかげで満身創痍(そうい)だ。人材がいるようでいないのである。野党が追い込む場合の決め手になるのが首相問責決議案の可決だが、前原辞任を契機に公明党が問責も辞さぬ姿勢になってきたことが注目点だ。党代表・山口那津男は6日、首相問責決議案について「首相は求心力を失い、内閣として体をなしていない。国民の信を失っている」と述べて前向きな発言をしている。既にみんなの党は決議提出の方針を固めている。
 リーダー役の自民党は決議案提出のタイミングを見計らっているが、大勢の流れは早期決着に傾いている。野党は7日からの予算委員会で嵩(かさ)にかかって攻めまくり、前原に次ぐ細川、野田、蓮舫の3点セットを追及するだろう。とりわけ細川が会社員の妻らの国民年金被保険者切り替え漏れ問題について「救済制度を知らなかった」と答えるなど、信じられないほどの稚拙な答弁を繰り返しており、集中攻撃の対象にする方針だ。
 菅は仙谷ら閣僚2人の問責可決で改造を強いられたばかりであり、前原辞任で既に3人のドミノ倒しが成立したことになる。政権基盤は有力閣僚の相次ぐ交代でまさにぼろぼろの状況にある。しかし菅が解散と総辞職のいずれを選択するかは、安易に断定できる状況にない。小沢が岩手で6日「菅さんはいろいろ発言しているが、破れかぶれで解散することもあり得る」と“やぶれかぶれ解散”に繰り返し言及したのは、菅の性格をよく知っているからだ。権力への執着心が強く、引きずり下ろされるなら解散を選択するという判断だろう。しかし予算取引意識の条件闘争なら“話し合い解散”もあり得るだろう。解散か総辞職か、いずれにしても食うか食われるかの正念場に入った。


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◎小沢の「地域政党あやかり」戦略は無理筋

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◎小沢の「地域政党あやかり」戦略は無理筋
 「敵の敵は味方」というわけか、4日告示の名古屋市議選で民主党を惨敗させようと張り切る市長・河村たかしと、民主党元代表・小沢一郎が“呼吸”を合わせ始めた。3日も河村に近い小沢チルドレンが一人民主党を去った。小沢戦略は首相・菅直人の「倒閣」に向けて波状的な揺さぶりをかけ、総選挙では地域政党に活路を見出すところにある。一見地域政党ブームに素早く目をつけたように見えるが、その名の通り地域政党は“地域限定商品”であり、国政に風を吹かすような“うねり”に発展することはない。無節操な「あやかり戦略」には無理がある。
 既成政党離れが原動力となっている地域政党ブームの象徴は名古屋にある。トリプル選挙で圧勝した勢いで河村は、市議選に大量の候補を立て過半数を目指す。看板である「減税」の主張は、マニフェストを捨てて消費税増税路線に舵を切った菅政権を批判する小沢戦略ともマッチする。小沢別動隊「16人組」の会派離脱、松木謙公の政務官辞任、佐藤夕子離党もすべてこの小沢・河村ラインにつながると解釈すべきだろう。
 13日投票の名古屋市議選は、「減税日本」が河村の意図通りに過半数をとれるかどうかは別として、バブル的な躍進はあり得る。民主党は解散前27の議席を半減させるほどの惨敗になることが予想される。これが息も絶え絶えの菅政権に追い打ちをかけることは必定で、統一地方選に向けて「菅では選挙を戦えない」というムードを強めよう。軽い乗りの民放テレビが「減税日本」をはやし立て、国政への影響を作り出す可能性はある。結果が判明する14日から政権を直撃するだろう。
 しかし、小沢戦略には致命的な欠陥がある。その名が象徴するように「減税」では国を動かすような潮流には発展しそうもないからだ。マスコミの主流である新聞の論調はすべて「消費税導入による財政再建」で固まっており、いまは批判しないものの、やがては「減税日本」の主張と激突するからだ。河村程度の行政改革は既にどこの自治体でも実施しており、河村のようにやかましく喧伝(けんでん)しないだけなのだ。だいたい名古屋の財政は1兆8000億もの市債残高を抱えており、減税などとはしゃげる状態にはない。看板の市議報酬半減の公約についても予算捻出はたかだか6億円にすぎない。河村は民主党マニフェスト同様に羊頭狗肉を掲げているのである。国政レベルになれば、政策論議のレベルも“民度”も上がるだろう。加えて政界では“嫌われ者度”を競う小沢と河村が手を組む印象は、むしろ滑稽ですらある。したがって「減税日本」が小沢の期待する全国規模の広がりへと発展するとは思えない。
 それでは他の地域政党は小沢と組むだろうか。「大阪維新の会」の大阪府知事・橋下徹は府議選、市議選への影響から小沢とは一線を画している。だいいち岩手で「反民主」を掲げる県議らが立ち上げた「地域政党いわて」は小沢王国に風穴を開けるのが狙いだ。京都市の「京都党」も小沢的体質とは相容れない結党理念を掲げている。このように地域政党は東京発の政党の“体たらく”に嫌気が差して結成される傾向が強く、小沢がいくら食指を伸ばしても結果は「名古屋だけだぎゃぁ」ということになりかねない。


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◎「予算法案修正」より「政治の修正」が先決だ

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◎「予算法案修正」より「政治の修正」が先決だ
 床の間の天井で誰も見ないが、朝日、毎日、読売の3大全国紙の社説は世論の動向に大きな影響力を持っている。テレビのコメンテーターがすぐに“活用”するのを見ても分かる。しかし予算案の衆院通過に伴う社説が「修正による与野党妥協の主張」で一致したのには恐れ入った。始めに見出しありきの観念論であり、現実政治を見据えていない。問題の核心は民主党政権が国民欺瞞(ぎまん)のばらまきマニフェストで政権の座についたことにあり、予算関連法案の修正をすれば事は済むのかということだ。むしろ修正をするなら、首相・菅直人は責任をとって退陣するか解散・総選挙で国民の信を問うのが憲政の常道ではないのか。社説子もありきたりのきれい事を言っている政治状況ではない。
 社説の見出しは「修正こそ民意に応える道」(朝日)「予算修正で歩み寄りを」(毎日)と修正協議推進を見出しに取り、読売だけが「関連法案を政争の具にするな」としているが、内容は修正による与野党歩み寄りを主張している。各紙とも「高み」に立っているようにみえるが、政治の核心を外している。「政権も悪いが野党も悪い。妥協せよ」というのは社説の陥りがちなワンパターンだ。
 一致しているのが子ども手当の修正だ。販売政策上も主張しなければ部数が減るという“部分”だ。朝日は「児童手当のように、豊かな世帯には支給しない仕組みにしてはどうか」、毎日は「所得制限以外は自公政権時代の児童手当と実際にはそれほど差異が大きいわけではない。民主、公明両党を中心に接点を見いだすべき」、読売は「子ども手当などのバラマキ施策を見直せば、自民党も特例公債法案に反対しにくいはずだ」としている。ネックとなっている子ども手当を突破口にして、予算関連法案の妥協にこぎ着けよという主張だ。
 この子ども手当は民主党マニフェストの一丁目一番地である。幹事長・岡田克也は子ども手当の所得制限について「当然、議論になり得る」と容認、公明党への誘い水を仕掛けている。しかし民主党はこれまで子ども手当に所得制限を課さない理由について、「子ども手当は少子化対策であり、親の所得で区別すべきではない」と主張してきており、岡田の姿勢は過去の主張をかなぐり捨てて、なりふり構わぬ野合を目指すものに他ならない。だいいち自公両党の主張は、マニフェストに基づく予算関連法案の撤回であり、一つの政策の妥協で済む話ではない。子ども手当、高速道路無料化、高校授業料の無償化、農業の戸別所得補償制度の「バラマキ4K」の撤回無くして本予算の賛成はあり得ないことは、自民党の組み替え動議でも明白だ。社説がいくら耳障りの良いことを主張しても、現実政治とかけ離れていては机上の空論にすぎない。
 加えて社説は修正という細部にこだわるあまりに“大状況”への視点が欠けている。とりわけ朝日は解散・総選挙への言及が一言もない。これはマニフェスト修正が解散・総選挙に論理的に直結する問題をはらんでいることから、あえて避けているとしか思えない。毎日は「衆院解散といった展開は避けるべきだ。仮に首相が交代しても衆参ねじれの国会状況に変わりはない。鳩山由紀夫前首相に続いて2代にわたり首相が衆院選を経ず政権を投げ出すようでは、後を継ぐ政権の正統性すら問われよう」と主張している。しかし支持率10%台の政権こそが、国民によって拒絶反応を受けているのではないのか。有権者も時には判断を間違える。それを改めるのが民主主義の基本であるはずだ。現政権の正統性こそが問題なのであり、「後を継ぐ政権の正統性」うんぬんは民主的手続きで成立したなら全く問題は無く、愚論だ。
 こうした中で、常日頃右寄りすぎて賛同できない社説を書く傾向がある産経だけは、今回はもっともな主張をしている。「すでに菅首相は統治責任を果たせなくなっている。しかも、民主党が一昨年夏に打ち出した政権公約(マニフェスト)も、看板の子ども手当の見直し検討に象徴されるように、首相自らが破綻を認めざるを得なくなっている」と指摘するとともに、「首相に残された選択肢は、政治責任をとって退陣するか、衆院解散・総選挙で信を問い直すかなどである。懸案を先送りして延命を図ろうなどという考えは、国益を損なうだけだ」と断定している。胸のすく主張であり、この場面の論調はこうでなければならない。
 そもそも予算関連法案が通らなくても予算の執行は8月までは滞りなく行われる。つなぎ法案が成立すればなおさら問題は無い。関税定率法など国民生活に直結する法案だけ妥協すればよいのだ。ここは、二か月程度の政治空白を作っても、「予算の修正」でなく、「政治の修正」に取り組むべき大状況なのだ。総じて新聞の社説のレベルは落ちてきているというのが実感だ。今後は欧米のように説得力のある論調は「ネット評論」に移行するのではないか。発行部数やしがらみにとらわれず、週刊誌や月刊誌より早いブロガーが活躍する時代となろう。それには新聞出身の経験あるシニアが“隠居状態”から目覚めることが大切だ。


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◎とどめは首相問責決議しかあるまい

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◎とどめは首相問責決議しかあるまい
 裏切られた揚げ句の“大甘処分”で、幹事長・岡田克也が「若い議員を育てる観点も含めた」と述べたのは噴飯ものだ。大のおとなに言う言葉ではない。小沢別動隊の予算本会議欠席への処分は首相・菅直人以下執行部のリーダーシップの欠如を露呈させた。菅は崖っぷちの松に辛うじてぶら下がっている形だが、その執念は異常であり自ら手を離すことなどあり得ない。首相を辞めさせることは容易ではないが、唯一の方法は参院での問責決議案可決だ。憲法上の強制力はないが、可決されればすべての首相、閣僚が辞任に追い込まれている。焦点は自公両党がどのタイミングで踏み切るかにかかっている。
 とにかく政党組織としての規律などどこかへ吹き飛んだ。公然と政権を批判し、会派離脱届けを提出し、議員として最重要案件の予算本会議を欠席して、小沢一郎の権力闘争に手を貸している議員らを、執行部はまだ手なずけようとしているのだろうか。「私は菅さんを処分したい」(高松和夫)とうそぶく議員ら15人を事実上おとがめなしの「厳重注意」、首謀者一人だけをもっとも軽い党員資格停止処分では御政道が成り立つまい。
 リーダー格の渡辺浩一郎は記者会見で「小沢一郎元代表に対する党執行部の対応に反対するために行動したのではない」と、小沢との関わり合いを否定したが、これを「いけしゃあしゃあ」という。尻が割れているのだ。毎日新聞によると造反議員の一人が国対幹部に涙声の電話で「神の声があれば出る」と述べたというのだ。神の声とは「小沢の指示」に他ならない。小沢は16人を別動隊として、政権揺さぶりの波状攻撃に“利用”しているのであり、いったん打った王手飛車取りの“奇策”を覆すわけがないのだ。それにしても小沢も自分を「神格化」させるまでに至ったとは、恐れ入る。
 こうして予算案は財源の裏付けのないまま参院に移ったが、辞めない首相を総辞職か解散に追い込む方法は、冒頭述べた問責決議可決しかない。衆院での不信任案可決は小沢が参加しなければあり得ないからだ。そこを見据えて自民党幹事長・石原伸晃は1日「民主党の矛盾点を追い詰め、きたるタイミングで問責決議案が提出されることになるのではないか」と、首相問責決議案を提出する方針を鮮明にさせた。問責決議は過去5例の可決がすべて辞任に結びついている。防衛庁長官・額賀福志郎は可決後1か月で辞任。首相・福田康夫3か月後、首相・麻生太郎2か月後、官房長官・仙谷由人と国交相馬淵澄夫は2か月後にそれぞれ辞任に至っている。衆院解散が首相のもつ「伝家の宝刀」なら、ねじれ国会における野党の「伝家の宝刀は」いまや問責決議可決となったのだ。
 首相を辞任に至らす前例は、野党時代に攻撃の先頭に立った菅自らが作ったものであり、今回も可決されれば辞任かやぶれかぶれの解散しか選択肢はないだろう。参院の審議がすべてストップしては進退は谷(きわ)まるしかない。問題はそのタイミングだ。提出する時期を誤れば元も子もなくなる。自民党としてはまず統一地方選挙前を狙うだろう。参院予算委審議で菅政権の体たらくを暴き、できれば内閣支持率を10%台から一ケタ台に落とす。小沢の「菅降ろし」の波状攻撃は続くだろうから、心理的にも物理的にも菅は追い込まれる。そのうちに衆院だけでなく一枚岩とされる参院民主党でも「造反」が出てくる可能性がある。
 自民党は公明党が駄々をこねないようなだめすかし、少数政党の機嫌を損ねないようにして提出へとこぎ着けねばならないから、時期設定はきわめて難しい。公明党も代表・山口那津男が統一選とのダブルも辞さない姿勢をみせているものの、なお躊躇があり、働きかけ方は難しい。しかし菅批判が盛り上がりを見せている現状を逸したら、次のチャンスがいつ来るとは限らない。政権交代で自公政権復活の甘い誘いが、公明党を落とす唯一の作戦だ。早ければ今月下旬が問責提出の最初のチャンスとなるのではないか。遅れると統一地方選の最中か5月連休明けとなるが、鉄は熱いうちに打たないと世論の矛先が野党に向かいかねない。


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◎“片肺予算”で政権は“抜き差しならぬ”袋小路へ

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◎“片肺予算”で政権は“抜き差しならぬ”袋小路へ
 財源の裏付けがないままの“片肺予算案”が衆院を通過した。露呈させたものは予算関連法案採決の先送りで執行のめどが立たず、民主党内の権力闘争で本会議に小沢別働隊16人が欠席するという政権の末期症状であった。首相・菅直人は予算委で国民新党の「お追従質問」に4年の任期全うへの決意を表明したが、その声はうつろに響いた。主要閣僚までが政権の継続に疑念を漏らし始めており、予算通過に喜びの笑みはない。政権は抜き差しならぬ段階に入った。
 小沢別働隊16人の行動はかねてから権力闘争と指摘してきたが、今回の行動は国会議員としての立場の放棄に他ならない。自分の所属する党が作った予算案の採決は何よりまして重要であり、その本会議欠席は自らの存在否定に直結する。ろくろく有権者に訴える努力もなく比例で当選すると、議席の持つ重要さが分かっていないのかもしれない。最高顧問・渡部恒三が「もともと政治家とは思っていない」と述べているとおりだ。
 一方、予算委を聴いていて辟易としたのが国民新党幹事長・下地幹郎の“おもねり”と“へつらい”に満ちた質問だった。「政権運営をあと2年6カ月やると確約してほしい」「解散はしない、 頑張るという意気込みを見せなければついていかない」と菅を持ち上げ、何度も答弁を求めた。昔自民党で特定企業べったりの質問者が、利益誘導の“やらせ”質問をしたのとそっくりだった。あまりの“よいしょ”に民主党席ですら苦笑の表情が目立った。しかしおぼれる者はわらをもつかむ。菅は得たりとばかりに「4年間は多数をもらった政党がきちんと責任を持つことを定着させたい」「短期に政権がころころ変わったのでは何も出来ない」と得々と答弁。しかしこの発言は自己矛盾に満ちている。
 自民党政権を解散に追い込んだ民主党は、それに先立つ参院選挙での勝利を「直近の民意である」と主張して、麻生太郎の政権の正統性を否定し続けた。その先頭に立ったのが菅だったではないか。因果はめぐる火の車で、菅は参院選に惨敗、支持率も10%台と歴代首相の“退陣水域”に達している。ここは謙虚に正統性のなさを認めるべき所を、あと「2年半やる。やらせよ」と開き直る場面ではあるまい。いったん握った権力は、絶対離さないでは「リビアの大佐」並みではないか。この政権に固執する姿勢は予算関連法案の処理にも及んでいる。
 その最たるものが関連法案の衆院での採決先送りだ。まれな例外を除けば、通常関連法案は本予算案と同時に可決して参院に送付される。財源の根拠がないままの送付は無責任のそしりを免れないからだ。衆院で可決しようと思えば十分な数があり可能なのだ。その背景は何かというと、公明党抱き込みへの未練だ。公明党は幹事長・井上義久が地方交付税法改正案や関税定率法案には賛成する方針を明らかにしていることから、この調整協議を突破口にして話し合いに引き込もうというわけだ。しかし公明党も核心部分の赤字国債発行のための特例公債法案には反対を明言しており、とても“片肺状態”が復元されることはあり得ない。
 要するに予算案の可決と関連法案の分離は菅の必死ですがる政権維持には、プラスどころかマイナスの効果しか無いのだ。折から産経新聞の世論調査では予算案や予算関連法案が年度内に成立しない場合、7割が解散か退陣を求めた。菅が退陣した場合、次期首相は総選挙を実施すべきが9割近くを占めた。国民世論の政局を見る目は下地の“ごますり”と菅の“しがみつき”とは全く逆であることが、火を見るより明らかなのだ。朝日新聞によると、主要閣僚の一人が「政権はもう長く持たないだろう」と不気味な予言をしているという。


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