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◎中国の人質戦略に分散化で対応せよ

 
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◎中国の人質戦略に分散化で対応せよ
 9月29日は日中共同声明が首相・田中角栄と中国首相・周恩来の間で調印され国交が回復した記念すべき日である。38年前の同声明はアジア太平洋における覇権禁止を強調するものでもあったが、尖閣事件で中国が示した対応は膨張主義国家の覇権主義そのものだ。その特長は相手の弱点を見極め露骨に突く「人質」作戦にある。レアアース輸出制限、ゼネコン社員拘束がそれだ。対抗するにはアラブ産油国が石油を人質に取った石油危機の際と同様の手段しかない。輸入先の分散、代替品の開発だ。そして何より大切のは共産党一党独裁による全体主義的国家への過度な経済依存の回避と、逆手を取った世界への覇権の実態発信でであろう。
 日中共同声明は「両国のいずれも、アジア・太平洋地域において覇権を求めるべきではなく、このような覇権を確立しようとする他のいかなる国あるいは国の集団による試みにも反対する」と高らかにうたったが、現実はどうか。当時の中国は10億の国民を食べさせてゆくのがやっとのまさに発展途上国の初歩の段階といってよく、日本の資本・技術はまさに垂涎の的であった。その後石油資源と絡んで尖閣諸島の領有権を主張し始めるが、改革開放で資本主義化をめざすトウ小平は尖閣より日本の資本・技術力導入を優先させ、「賢明なる次世代」に問題を棚上げした。
 まさに賢明なる選択だった。日本はトウ小平路線に安心して、安価な労働力を求めて中国に政財界挙げて全面協力。あれよあれよという間に中国を世界第2の経済大国に押し上げる手伝いをした。経済で勢いづいた中国が取った路線は、およそ大国としての自制にかけるものであった。海軍力増強による南シナ海、東シナ海への覇権を選択したのだ。まさに「隴(ろう)を得て蜀(しょく)を望む」の伝統的膨張主義だ。その象徴が尖閣事件となって東シナ海でも露呈した。
 しかしフィリピンやインドネシアに対する覇権行動と違って、対日行動には誤算があった。それは経済上の人質事件と文字通りの人質事件の2つを引き起こしたことだ。まぎれもないレアアースの輸出制限は世界中に緊張を走らせ、米国企業が休止していた鉱山での採掘を再開。オーストラリア企業は生産能力を倍増して生産を再開する。日本企業は数年前から過度の中国産レアアースへの依存の危険性が指摘されており、対策を練っていた。世界有数の埋蔵量を誇るカザフスタンでは住友商事が参加して採掘・生産を本格的に再開することとなった。日本は代替製品の開発も急いでいる。こうした動きをまずいと見たのか、中国側は軟化の兆しを見せている。一国だけによる経済制裁は利かないことがようやく分かったのかも知れない。しかしいちど牙をむき出しにした印象は消えることはあるまい。また覇権主義を転換させることもない。のど元過ぎれば熱さ忘れるは日本の常だが、中国が一党独裁の全体主義国家であることは肝に銘じておく必要がある。
 日本企業はこれまで惜しみなくと言ってもよいほど科学技術、鉱工業生産技術、エネルギーや環境技術などの分野で、中国の技術開発の推進力の役割を果たしてきた。雇用面における中国への貢献も著しいものがある。しかし中国はまぎれもない覇権主義に徹しており、財界は企業防衛の上からも、ひさしを貸し続けると母屋を取られることを知るべきだ。中国は活動家へのノーベル平和賞に関してノルウェーにまで圧力をかける国となった。経済力の増大で政治・外交路線を増長させているのだ。尖閣事件を機に、政府は世界に向けて中国の覇権主義を訴え、覇権主義の代償が何であるかを中国に知らしめることが急務だ。官邸も外務省もプロパガンダでは中国に完敗している実態をどうにかせねばなるまい。


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◎補正で民主、公明部分連合への大接近

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◎補正で民主、公明部分連合への大接近
  21日に民主、公明両党による部分連合の可能性を指摘したが、どうやらその通りになって来たようだ。今朝の読売新聞のトップ記事によると民主、公明両党が2010年度補正予算案の政策協議を開始することで一致したという。部分連合を念頭に置く動きのようだ。どうも自民党は10年間の政権党の蜜の味が忘れられない公明党に、置いてけ堀を食らいそうな状況のようだ。将来は民主・公明連立政権も想定されうる話だ。そうなれば参院のねじれは一挙に解消する。
 政治家の行動は謎めいた部分に首を傾げていると、必ず後になって判明するものだ。臭いと思ったのは首相・菅直人が26日の日曜日に唐突に創価学会系美術館で特別展を鑑賞したことだ。同党の支持母体・創価学会の会長・池田大作が設立した八王子市の東京富士美術館である。明らかに菅は公明党と背後の創価学会に秋波を送っていたのだ。もちろん事前の根回しがないわけがない。菅側近も「思惑がなくて訪問するわけがない」と漏らしている。
 加えて注目されたのはNHK日曜討論だ。臨時国会の焦点となる補正予算案で、公明党幹事長の井上義久が、民主党幹事長・岡田克也に、明らかにすり寄っていたからだ。この席では補正予算案を野党との調整の上提出するか、政府がまず作って野党に提示するかが問題となった。自民党幹事長・石原伸晃が「まず政府の責任で提出すべきだ。裏で談合するわけにはいかない」と突っぱねたのに対して、井上が「政府の事前説明を受けるのはやぶさかではない。それを踏まえて政府に作ってもらい、国会で修正することを柔軟に考えてもいい」と政策協議に応じる構えを示したのだ。
 補正予算案をめぐっては自民党が総額5兆円規模の案を作成しているが、問題は財源に「子ども手当執行停止」のトゲがあるのだ。これに対して公明党案は4兆円だが、民主党との調整を意識したのか全く問題がないものだ。公明党はかって子ども手当に賛成するなど、自民党の路線と一線を画してきた。尖閣事件に関しても代表・山口那津男が船長釈放にいったんは理解を示しているが、世論を見て急変させている。さる2月には小沢一郎も公明党常任顧問・市川雄一との「一一ライン」を復活させ、創価学会幹部と会談するなど再編に向けた動きを見せていた。背後に小沢の動きがあるかも知れない。少なくとも下地にはなっているだろう。
 公明党の動きの背景は、政権党の味が忘れられないの一語に尽きる。狙いは政権に食い込んで、自らの背後にある創価学会の諸問題を打ち消す。これが公明党最大の眼目だろう。10年前公明党と手を組んだ結果、自民党の衰退が目に見えるように進んだ。もはや麻薬のように公明票なくしては生きていけない政党と化して政権はつぶれた。公明党は参院に19議席あり、政権与党が109議席だから合計で128議席となり、過半数の122議席を十分上回る。安定政権としたい民主党にとって垂涎の的であり、たとえ最初は部分連合にしても、民主・公明が手を組めば当分国会運営は思うがままだ。


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◎菅は“政治介入”を認めて対中態勢を整えよ

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◎菅は“政治介入”を認めて対中態勢を整えよ
 ぼろぼろと首相・菅直人、官房長官・仙谷由人の“虚言”が崩れている。やがて検察への
“政治介入”は立証される流れとなって来ている。問題は1日の臨時国会冒頭での所信表明演説で、菅が政治介入を認めず検察独自の判断を強調した場合、国家・国民への「まやかし発言」となり、臨時国会では身動きならぬ事態に遭遇することだ。この際菅は政治介入を認めてまず国内の“トゲ”を取り除かなければ、尖閣事件への対応を誤る危険性を秘めている。
 首相官邸はマスコミの取材力を甘く見ている。いったん焦点が定まり、取材競争になった問題は8割以上の確率で暴かれる。28日付朝刊でも朝日新聞が菅の「介入」の事実をトップで報じている。菅が国連総会出席前に起訴回避を「もっと早くできないのか」と早期解決を促す発言をしているのだ。「検察当局が総合的に考えた」と菅が当局の責任に転嫁した発言との矛盾が鮮明化している。毎日新聞は民主党が27日開いた政調会合での外務省の新証言を報じている。外務省が中国人船長釈放決定前日の23日に首相官邸と協議した上で担当課長を那覇地検に派遣したことを明らかにしたのだ。おそらく田舎検事に日中関係の重要さをインプットするためだろう。官邸・外務省の一定の関与の構図を物語る動かぬ証拠だ。
 野党ばかりか与党内からも公然と首相批判の声があがった。前防衛政務官・長島昭久ら43人が仙石に渡した「建白書」では「政治的な意志決定なしに行政機関たる検察が独断で判断したと信じている国民はほとんどおらず、総理はじめ閣僚が『検察の判断』と繰り返すことは却って責任転嫁との批判を免れない」と断定している。こうした中で、まだ首相官邸や幹事長・岡田克也は依然「介入なし」で突っぱねられると思っているのだろうか。国会は30日に菅も出席した衆院予算委集中審議で尖閣事件を取り上げるが、首相の所信表明演説は1日に行われる。
 この過程で菅が「検察独自の判断」を繰り返した場合は、答弁の齟齬(そご)が露呈して、「首相による深い虚言の泥沼」に陥ってゆくだろう。首相発言が何を言っても信用されない事態となるのだ。悪いことは言わない。これだけは避けた方がいい。それには今日28日にも前言を撤回して、政治介入、場合によっては指揮権の発動を認めるしかない。それが一国の政治を預かるものの誠実さの証でもあるし、責務でもある。責任は菅、仙石、外相・前原誠司、法相・柳田稔にあるが、内閣を挙げての“虚言”に誰も責任を取らないでほおかむりというわけにはいくまい。ここは仙石か柳田あたりが一身に責任をかぶって辞任するしかないのではないか。閣僚のクビで野党が治まるかどうかだが、ここはとりあえずトカゲのしっぽ切りの場面だろう。
 自民党議員を中心とする超党派の「神道政治連盟国会議員懇談会」(会長・安倍晋三)は27日、国会内で緊急集会を開き、菅内閣の総辞職を求める声明を採択したが、虚言が続けば「政局」となることは目に見えている。野党にしてみれば総辞職か解散を勝ち取れればまさに政治的な圧勝である。対中外交から見れば、日本国内の混乱は中国にとって“隣の不幸はカモの味”だ。手を叩いて喜んでいるに違いない。最初に刺さったトゲを抜いて対中外交の態勢を建て直さない限り、足元を見られてつけいられるのは確実だ。尖閣諸島海域は不測の事態がいつ起きてもおかしくない状況だ。ことは急を要する。
 “内乱”を治めて“蒙古襲来”に対処するときだ。


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◎“尖閣猿芝居”は菅内閣不信任に相当する

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◎“尖閣猿芝居”は菅内閣不信任に相当する
 鳩山由紀夫の「普天間失政」を上回る首相・菅直人による「尖閣大失政」である。しかも戦後の日本外交にとって空前絶後の対中敗北である。すべてが民主党政権の“素人外交”に起因している。2度あることは必ず3度ある。もはや民主党政権の外交路線を信用することができなくなった。「尖閣」が焦点となる10月1日からの臨時国会を通じて、事実上の検察に対する指揮権発動が明確化され、菅政権は窮地に陥ることは目に見えている。もともとご祝儀相場の内閣支持率65%(NHK)が、うたかたの如く消えるのは間違いない。「尖閣猿芝居」は内閣不信任案上程に値する問題であり、混迷不可避の「尖閣政局」の幕開けだ。
 民主党幹事長・岡田克也は、早々と政府側と口裏を合わせたとみえて、船長釈放の判断をすべて検察の責任に帰する方針を26日明かにした。しかし政府・与党がこれで突っ張れると思っているとすれば、政治判断自体がが狂っている。いくら詭弁を弄しても、国会の焦点は、検察への政治介入があったかどうかの一点に絞られる。問題は、最高の政治判断を必要とする外交問題を那覇地検の次席検事ごときに「今後の日中関係を考慮して」と発言させて、見破られないで済むと判断した政治家は誰かと言うことだ。そのゴーストライターは菅と官房長官・仙谷由人以外の何者でもあるまい。すべての状況証拠がそれを物語っている。
 まず外相・前原誠司が船長釈放の半日前23日朝にクリントンとの会談で「間もなく解決します」とささやいたこと。これは首相官邸の主導に外相も一枚噛んでいたことを物語る。つぎに菅だが、まず第1に周辺に当初から「超法規的措置」を漏らしていたことが挙げられる。加えて釈放直前までニューヨークの菅が「イラ菅」に変じて、これが官邸、霞が関にぴりぴりと伝わっていたことが挙げられる。釈放されると明らかにほっとした表情で「検察当局の総合判断」と発言した。まるで三流シナリオライターの書いた“猿芝居”そのものではないか。
 そのシナリオも、政治の最高権力者が絶対見せてはならない「卑怯未練」の範ちゅうに入る。なぜなら明らかに超高度の政治判断を、一地方の次席検事に押しつけるという“逃げ込み策”を選択したからだ。「検察当局の総合判断」という発言は、首相として「自らの責任を放棄する」と宣言したに等しいことが分かっていない。これは国内ばかりか当の中国政府首脳や、固唾をのんで見守ってきた東南アジア諸国、米国の外交専門家などにも嘲笑の輪を広げたに違いない。鳩山由紀夫の外交音痴にもあきれたが、中国の“脅し”にまる乗りしてしまった菅と仙石主導のシナリオのひどさは、鳩山を上回るほど度し難いものがある。要するに外交のイロハを知らない門外漢が連続で官邸の主になってしまったということである。
 粛々と国内法に基づいて処理するはずであった検察当局への政治介入は、やすやすと行われたに違いない。なぜなら検察首脳は特捜検事のデータ改竄容疑事件で「検察は死んだ」と言われるほど窮地に陥っており、政治に対して弱い脇腹を露呈していたからだ。検事総長以下おそらく唯々諾々と命令に従ったであろう。語るに落ちたのは法相・柳田稔が直ちに行った「指揮権発動なし」談話だ。問題化もしないうちからなんで指揮権発動に触れたのか。船長釈放の発表は柳田が仙石と会って1時間後に行われているのも、政治介入の状況証拠だ。岡田は指揮権発動説を「国益を損なう」と発言したが、最初に国益を損なったのはどう見ても民主党政権自体だ。
 臨時国会における野党の追及は、自民党幹事長・石原伸晃が要求したように那覇地検次席検事・鈴木亨の証人喚問から始まるだろうが、自民党も地方の次席検事への追及で事足りるとは思っていまい。未曽有のデータ改竄事件もあり、検事総長・大林宏の国会招致で「政治介入」の構造を暴くことが不可欠であろう。この民主党政権の誤判断は曲がりなりにも外交のノウハウを蓄積した自民党政権下では起きなかったであろう。首相・小泉純一郎は尖閣諸島に上陸した中国の活動家を直ちに釈放して、中国につけいるすきを見せなかった。首相側近は菅の対応についてしきりに「戦争になるより良かった」と弁明しているが、これも語るに落ちたど素人の論理だ。これは中国の“脅し”を首相以下がまともに信じてしまったことを物語るものに他ならない。筆者は絶対に戦争にはならなかったと思う。試しに国会でも「戦争になるより良かった」と答弁してみるがよい。与野党からの嘲笑の対象になる。この場面の菅の役割は、たとえ問題が長期化しても中国を交渉に引き込むこと以外になかったのだ。
 中国は「賠償と謝罪」要求が象徴するように、「尖閣勝利」で築いた新たな地歩を背景に、今後かさにかかった対応をしてくるだろう。日本側としては尖閣の灯台への人員配置や、同海域での米国との軍事演習など対抗手段はあるが、とても露呈した菅の能力の範ちゅうを越える問題であろう。何より大きな損失は、日本国民の矜持がおとしめられたということだ。民族の存立の根底にある問題に影を落としてしまったのである。「元気のある日本」を標ぼうしてスタートしたばかりの菅内閣が、「元気のない日本」の音頭を率先して取る結果となったのだ。固唾をのんで見守っていた東南アジア諸国への日本のリーダーシップも地に落ちた。菅は謝罪拒否を明言したが、いまさら言っても負け犬の遠吠えそのものだ。新聞は、菅が「ベニスの商人」のように、中国に揉み手で薄笑いしているところを漫画にしたらうける。


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◎日本を試す中国への譲歩は無用だ

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◎日本を試す中国への譲歩は無用だ
 さすがに老練な外交官の言葉は違う。元米国務副長官・アーミテージの「中国は(領有権問題で)どこまで許されるのか試そうとしている」との発言が、この問題を的確に言い当てている。逆に都知事・石原慎太郎の「やくざがやっていることと同じ」との感情的非難は、事態を増幅させるだけで何の役にもたたない。この政治家が都知事止まりで良かったことをつくづく感じさせる。それにしても中国漁船衝突事件を次々に拡大してゆく中国の態度は理不尽であり、スタート早々の菅内閣に最大の外交上の試練をもたらした。しかし石原流に偏狭なナショナリズムで憤っても問題は解決しない。軽々な譲歩はせずに中国得意の慢々的 (まんまんでー・ゆっくり待って)の関係修復も時にはよいだろう。ここは腹を据えてかかるときだ。
 尖閣諸島問題は日中間に刺さったトゲだが、過去の中国の政治家は総じて棚上げ論であった。周恩来と田中角栄の国交樹立交渉では「小異を残して大同につく」と対処した。日中平和条約締結に際して副首相・鄧小平は「こういう問題は一時棚上げしても構わない、次の世代はわれわれより、もっと知恵があるだろう。みんなが受け入れられるいい解決方法を見出せるだろう」と棚上げを明言した。
 今回の事件で鄧小平の言う「知恵のある次の世代」はがらりと態度を変えた。全国人民代表大会幹部の訪日延期に始まって、東シナ海のガス田開発に関する条約締結交渉の延期、閣僚級交流停止、1000人の青年招待延期にまで至っている。この異常なまでの強硬措置に対して政府部内では国内の批判を封じる狙いとの見方が強いが、この見方は甘くないか。最近の中国の南シナ海、東シナ海における軍事的プレゼンスの増大の背景は明らかに、中国政府の戦略的な意図を感ぜざるを得ない。「隴(ろう)を得て蜀(しょく)を望む」の拡張主義であろう。インドネシアとは一触即発の軍事衝突まで起きそうになった。しかし日本以外の国に対しては、総じてそれほど強硬な態度を取っていない。米国の台湾への武器売却問題では軍の相互訪問一時停止、オーストラリアのウイグル会議代表へのビザ発給は中国外務省副部長の訪問取りやめ程度で終わっている。
 これが意味するところは何か。やはりアーミテージの、どこまで許されるか日本を試そうとしているとの見方に尽きる。靖国参拝問題などで日本は「押せば退く」ことを“学習”して、尖閣衝突事件でも、どこまで退くかを見極めようとしているのだ。去る4月に中国潜水艦など10隻が沖縄本島沖の公海を通過したのと同じ“様子見”である。大陸国家はどうも単細胞的に対応しがちな島国日本と比較して、長期戦略に読みの深い布石を打つ。これに翻弄されてはならない。財界も状況を見極めずに早期決着だけを求めるべきではない。尖閣沖事件を意図的に起こしたのか、偶発的事件を活用しているのかは別として、国内対策と言うより膨張主義の展望を開こうとしているのだ。今中国大使館の最大の役割は、政府ばかりかマスコミ、財界などの反応を詳細に本国に送ることであるに違いない。
 どう対応すべきだが、無理も通れば道理になってしまう。領海内における公務執行妨害事件として粛々と対処するしかない。捜査当局は船長を当然起訴すべきだし、もちろん政府は船長の強制退去など政治的配慮をすべきでない。ここで譲歩すれば尖閣諸島海域は中国漁船であふれかえり、第2第3の事件が発生してかえって収拾が付かなくなる。加えて中国側に対しては共産党一党独裁国家と違って、民主主義国の三権分立と日本の刑事手続きのイロハをよく説明する必要がある。国内法に基づく刑事手続きを国家の意思ととらえる反応が見られるからだ。特に女性報道官は分かっていない。アーミテージは「いかなる領土も日米安保条約の対象になることを中国は認識すべきだ」と“脅し”のつぼをわきまえた発言もしているが、民主党政権になって冷え込んだ米国との連携再構築も不可欠だ。 


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◎自民がダメなら補正は公明と組めばよい

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◎自民がダメなら補正は公明と組めばよい

 首相・菅直人が内閣発足後最初に投げた変化球が、景気対策のための2010年度補正予算案の与野党事前調整だ。「野党の希望も入れた形で補正予算案を組めば国会審議も順調にゆく」というのだ。補正にせよ本予算案にせよまず政府案を作るのが政権与党最大の責務であるが、あえてこれを放棄してでも野党と事前調整しようというのだから画期的だ。これが成功すれば秋の臨時国会のみならず通常国会に向けても前例を作ることになり展望が開ける。しかしことはそう簡単ではない。自民党の財源案には「子ども手当執行停止」のトゲがあるのだ。
 菅の発言に対して自民党幹事長・石原伸晃は当初「抱きつかれてもいい」と柔軟姿勢を示していたが、内閣発足直後から急に方向を転換した。「一体首相は自民党の補正予算案を読んでのことか、単なる思いつきか」と言いだしたのである。自民党案は総額5兆円規模で財源には09年度決算剰余金、独立行政法人資産売却、建設国債発行に加えて子ども手当の執行停止7000億円が含まれているのだ。石原は「子ども手当のように経済波及効果の生じないものは削って財源にすべきだ」と主張しているのだ。
 この石原の主張は民主党にとってはきつい。なぜなら子ども手当はマニフェストの1丁目1番地であり、小沢一郎が満額実施を主張してをり、代表選でも修正路線の菅とし烈な対立点となっている。これを削減すれば、党内抗争の火種を探している小沢グループに格好の標的を与えることになるからだ。石原の強硬姿勢の背景には、野党が臨時国会で補正予算や政治とカネで強行方針をとり続ければ、やがて民主党内の亀裂を拡大して解散・総選挙に持ち込めるという判断がある。この結果菅の変化球はなかなか通用しない状況ともいえる。自民党は国民生活よりも政局意識に傾斜した対応であろう。
 しかし隘路がないわけではない。公明党幹部が菅提案に前向きな姿勢を示しているのだ。公明党の補正予算案は4兆円だが自民党案に比べると財源にトゲを含んでいない。公明党案の財源は予備費9000億円、剰余金1.6兆円、建設国債1.5兆円であり、極めて常識的な線を維持している。民主党にしてみれば何も自民党とだけ組むだけが国会対策ではない。おまけにかって公明党は子ども手当法案に賛成している。したがって公明党案をかなり取り入れれば、逆に自民党を孤立に追いやることもできるのだ。法案早期成立のための議員数も公明と組めば十分足りる。将来の民・公連立政権への布石にもなり得る。
 自民党は早期補正予算成立が景気の2番底回避に不可避としているが、既に実施に移されてしまっている子ども手当の撤回にこだわって社会的混乱を起こし、補正の実施を遅らせて何になるのだろうか。野党になって1年、かっての何でも反対の社会党化を目指しているようにも見える。政治とカネなど対峙(たいじ)すべきところは対峙すべきだが、政権政党に復帰したいのならまず、国民生活第1主義でいくべきだ。石原は予想以上に口舌の徒で小粒なのかも知れないと思い始めた。


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◎「岡田天命幹事長」は菅の対小沢「毒皿」人事

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◎「岡田天命幹事長」は菅の対小沢「毒皿」人事
 堅物で原理主義者の別称「タリバーン」が幹事長になった。岡田克也3度目の幹事長登場である。下手に裏芸がきく政治家より謹厳実直・誠心誠意派の方が、複雑に入り組んだ難局を乗り切るにはいいかもしれない。しかし筋論だけで乗り切れるかだが、国対委員長にベテラン鉢呂吉雄を置いたのがミソだ。表は岡田、裏は鉢呂の体制だ。いずれにしても幹事長職としては戦後まれに見る難局への対応を余儀なくされる。
 とにかく伊勢エビを贈られて、生なのに送り返したというエピソードが象徴するように、金銭には徹底的な潔癖さと言ってよい。宿舎までタクシーに相乗りした記者達に「4人だから一人240円。ハイ」と小銭入れから出して渡した話もある。無菌培養的で融通が利かないとされているが、筋は通っている。97年小沢が独断で新進党を解党した際、両院議員総会で「納得いかない」と決別して以来、反小沢あるいは非小沢を貫いてきた。白眉は先の「起訴される可能性のある方が代表あるいは総理となることについて違和感を感じる」発言だ。これで小沢とは決定的になった。
 菅の意中には最初から「岡田幹事長」があったと見る。中間派の川端達夫は失礼ながらタマが小さすぎて、超激動期の幹事長にはマッチしないと思っていた。「川端幹事長」と書いた新聞は言い訳上「幹事長人事迷走」のストーリーを仕立てるが、菅は一言も川端とは言っていない。周辺情報だけだ。代表本人から話がないのに川端も受けるわけにもいくまい。なぜ岡田かと言えば、代表選挙の当選基盤が世論も党内的にも「反小沢」であり、菅としてみれば「毒を食らわば皿まで」の吹っ切れた対応しか選択の余地がなかったともいえる。
 岡田は一瞬渋ったが結局「天命だ」と受けた。
意味するところは、幹事長受諾とポスト菅の「首相レース」が「天命」のように直結していることだ。受けなければ「逃げた」と受け取られ、レースから外れることになる。受けざるを得ないから「天命」なのだ。
 これで「脱小沢」は継続の形となったが、閣僚人事などでいかに融和を試みても、小沢対反小沢の党内対立の構図は出来上がったと言える。小沢陣営は当面荒っぽい動きを差し控え、お手並み拝見の姿勢だろう。しかし岡田が持ち前の硬直路線で突っ走れば、来年度予算をめぐって3月には政権の危機が到来する可能性も否定できない。予算編成の年末から年度末にかけて小沢の「党内野党」は抗争の牙をむき出しにするだろう。
 しかし小沢サイドも「政治とカネ」の弱みは継続する。野党が証人喚問など小沢の国会招致を要求することは確実であり、岡田・鉢呂コンビががこれに応ずる可能性も否定できない。もっと言えば10月に小沢の強制起訴が確定すれば野党は小沢の「議員辞職」、党内は「離党勧告」が最大の焦点となる。岡田なら「離党勧告」くらいしかねないが、これには菅も慌てるだろう。小沢の離党問題は党分裂に直結するからだ。
 今後野党、とりわけ自民党は再編、解散・総選挙も視野に入れた攻勢に出るだろうが、岡田が“妥協”の動きを見せられるかが焦点だ。国会は筋論だけでは絶対に前に進まない。臨時国会における補正予算案で国民本位の妥協ができれば、通常国会への展望が開ける。それには小沢グループをいかにして抑えられるかという幹事長の力量がかかっている。菅と抱き合い心中になるかそれとも展望を開いて名実ともにポスト菅の最右翼に躍り出られるか、タリバーンは正念場だ。


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◎公約至上主義から「抱きつき現実路線」へ:民主政権1年の系譜

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◎公約至上主義から「抱きつき現実路線」へ:民主政権1年の系譜
 16日で民主党政権発足1年になるが、この間日本の政治はどう変わったか。代表選挙はフランス革命で直後に台頭した過激派が一掃されたのと同様に、現実遊離のマニフェスト至上主義派が敗北した側面を持つ。首相・菅直人の現実路線が定着する流れとなった。内政は経済政策という名の社会政策が進み、外交は対米関係の悪化を招いた。露呈した「政治とカネ」への認識の甘さは、国民の間にクリーン民主への幻滅感を生じさせ、今後ボディーブローとなって作用するだろう。
 総じて言えば、政権の経験がない政党が国政を担当すると、これだけ世の中を引っ張り回すものかというのが1年経過の感想だ。弁舌に惑わされて選んだ首相・鳩山由紀夫がとんでもない“欠格者”であり、発言の大半が為政者としての能力欠如を露呈させるものであった。幹事長・小沢一郎の党の私物化ともいえる独断的党運営は、全体主義のにおいすら感じさせるものであった。国民に幻影をばらまいたマニフェストも肝心の財源に問題があることがようやく政権に分かってきた。小沢が代表選に敗れた原因の一つには、余りにもでたらめな財源論にあったことは確かだ。
 子ども手当、高校無償化、農家の個別所得補償など目玉政策の実施は、経済政策というより社会政策であり、社会党や労働組合などを政権基盤に持つ社会主義政権の側面を露呈させている。外交問題では稚拙というか無知というか、鳩山の不必要に提起した普天間移転問題が対米関係を悪化させて、いまだに解決のめどが立たない状況だ。米国務長官・クリントンが8日、「米国は韓国、日本、オーストラリアといった緊密な同盟国との結束を再確認した」と述べ、これまで定型的に使ってきた「日本、韓国、オーストラリア」という順番を変更した。アジア同盟国格付で日本を韓国より下に置いたことになる。あきらかに民主党政権に対する米国のいら立ちのメッセージであろう。ミスプリントではない確信犯のようだ。それにしても国務省の外交官は嫌らしい嫁いびりのようなことをやる。
 こうした内政・外交にわたるマニフェスト至上主義路線は、財務相を経験した菅が首相になって転換の兆しがでた。マニフェスト修正方針を打ち出し、参院選では消費税導入を明言した。これに反発した小沢が、フランス革命の過激派のような最後の抵抗をして、敗北したのが代表選挙だ。フランス革命なら断頭台の露と消えるところだ。そして参院選がもたらした衆参ねじれ現象はこの菅の現実路線の推進を一層不可欠なものとした。自民党新幹事長の石原伸晃は、消費増税を容認する姿勢を強調したうえで「菅首相が漫然と構えている余裕はないとの認識をもつなら、抱きつかれてもいい」と述べたが、菅は抱きつかざるを得ない状況に置かれているのだ。
 菅は最近よく1998年の「金融国会」で、時の首相・小渕恵三 に「金融再生法案の野党案を丸のみさせた」例を挙げている。これは抱きついてでも予算や重要法案を通す姿勢の裏返しだ。臨時国会では景気対策のための補正予算が最大の課題になるが、筆者が以前から提案しているように、自民党と事前調整をして自民党案を丸のみするほどの抱きつき路線が一策だ。その成否が通常国会の本予算審議にもおよび、場合によっては大連立へと発展するかも知れない。
 代表選挙では衆参民主党議員の半数近くの200人が小沢支持に回ったが、これほど度し難い政治家の行動も珍しい。「政治とカネ」の本家であった自民党でも考えられない倫理観の欠如だ。80%の国民が反対する政治家を支持するという民意無視の展開は、確実に誰が誰に投票したかが判明する事とも相まって、次の総選挙で手痛いしっぺ返しを受けるだろう。いずれにしても政権担当1年は幻滅連続の過程であり、菅の現実路線がどこまで民主党を盛り返せるかにかかっている。現在の内閣と民主党支持率の上昇は代表選で国民の目が引きつけられた「期待値」「ご祝儀相場」であり、虚構の色彩が濃厚だ。菅が結果を出せるかどうかにすべてがかかっている。


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◎何でもあり政局の幕が開いた

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◎何でもあり政局の幕が開いた
 負けた小沢一郎と旗振り役山岡賢次の泣き顔を見たいと思っていたが、見ることができた。残念ながら泣かなかった。なにか「正義」が勝ったような気持ちになるが、これは錯覚だろう。菅直人の勝利は短期の首相交代に反対する「ころころ論」と“悪役小沢”の存在に起因する消極的選択の結果だ。菅の評価はこれからの政権運営にかかっている。鳩山由紀夫の言う「大義」は小沢サイドにはないことが証明され、民主党は小沢という致命傷になりかねない“劇薬”を使わずに済んだ。しかし小沢支持200人という「巨大党内野党」の存在が陰に陽に菅政権を不安定化することは避けられない。
 今度の政局報道は「朝日効果」が小沢を不必要に大きく見せた。朝日新聞だけが最後の最後まで「菅優勢」に踏み切らず、「接戦」の判断をもとに編集をし続けた。14日の朝刊でも「伯仲の国会票・大激戦」と接戦を意識した見出しだった。これが、「ひょっとしたら小沢が勝つかも知れない」という誤判断を永田町に生じさせ続けたのだ。大新聞の情報過多が理由か、官僚化して野性味のある政局総合判断が出来る幹部がいないのか。山岡発の“流言”に惑わされたのか。それとも党員・サポーター票の分析力欠如が原因なのだろうか。それに比べると「家貧しうして孝子顕(あらわ)る」が毎日だ。8日の段階で最初に「菅優勢」を打ち出して、以後一貫して変わらなかった。政局記事も一番冴えていた。ここぞという歴史的な政局の勝負所で毎日が勝って朝日が負け、読売は9日毎日を追うように「菅氏を小沢氏が猛追」と、「菅リード」と踏み切らないままに苦肉の策のような見出しをつけていた。勝負所では勝負しなければジャーナリズムとは言えない。
 ところで政局の展開は「何でもあり政局」となる。小沢は「一兵卒になる」と当分死んだふりをするだろうが、また血が騒いで動き出すに決まっている。3か月前にも辞任に際して「一兵卒」と言っており、小沢の「一兵卒」とは「また勝負する」の意味に違いない。とっかかりは予算編成だ。菅との間でマニフェスト完全実施問題と消費税をめぐり抜き差しならぬ対立の構図が生じている。小沢は年末までの予算編成の過程で、折に触れてクレームをつけるだろう。これが党分裂の引き金となることはじゅうぶんあり得る。場合によっては「小沢離党・菅政権と自民党の大連立」へと発展しうる要素もある。菅にしてみれば逆風の中で小沢支持の結束を見せた「党内野党」を、いかに結束させないかが当面最大のテーマだ。
 もちろん人事でいかに取り込むかが焦点だが、まず小沢の幹事長など要職への起用はないだろう。支持基盤を失いかねないからだ。党最高顧問とか代表代行など名誉職を持ちかけた場合、小沢が受けるかどうかだ。官房長官・仙谷由人は留任だろうが、他の重要ポスト説もある。幹事長候補には岡田克也が適任と思うが、外相も「ころころ」代えない方がいいポジションであり微妙だ。
 野党は自民党総裁・谷垣禎一が「一刻も早く解散・総選挙に追い込む。民主党とは対峙してゆく」と述べており、基本は対決姿勢を維持するだろう。「政治とカネ」を筆頭に材料には事欠かない。国会における“ねじれ”は過去3代の自民党首相が短命に終わった事が物語るように、菅の政権維持を容易でないものにし続けるだろう。谷垣は「大連立はない」としているが、小沢が離党した民主党であれば「消費税増税」を軸にした連立はあり得ないとは言えない。来月には検察審査会の議決が予定され、小沢が強制起訴となれば、即国会審議へと波及する。政局は今後ダイナミックな展開があり得るとみておいた方がよい。
 


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◎「半数」が小沢支持という度し難さ 

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◎「半数」が小沢支持という度し難さ 
 小沢一郎の立候補を「開いた口がふさがらない」と社説で書いたのが朝日新聞だが、その口は依然開いたまま選挙当日を迎えた。なぜ開いたままかというと、小沢支持の議員が411人中半数に達するというアブノーマルが通用する政党の存在が立証されつつあるからだ。秋には刑事被告人になり得る候補を、こともあろうに「首相」としようというのだから、民意が唖然・呆然を通り越してりつ然の段階に入ったことは間違いない。
 あきれかえった事はまだある。民主党有志議員主催の討論会では、あらかじめ「政治とカネ」を議題から外したという問題意識の低さだ。3か月前に首相と共に「政治とカネ」でダブル辞任した候補を「まあまあいいじゃないか」と黙認しようというわけだ。「政治とカネ」では
“本家”筋に当たる自民党でもあり得なかったことだ。総合的には菅が有利で小沢が猛追するパターンだが、議員票では小沢が上回りかねないということ自体が、この政党の立ち位置を物語っている。
 代表選は「菅Vs小沢」の戦いに加えて「小沢Vsマスコミ」の側面が色濃く出た。全マスコミを敵に回したのが小沢立候補の実態であった。普通ならひとたまりもなく泡沫(ほうまつ)候補に押しやられるところだが、野党第1党である自民党議員数187人を上回る議員が小沢支持に回るという事態である。「政治とカネ党」でも結成すれば、選挙でゼロになるまでは国会で幅を利かせられる数だ。ある意味でマスコミの力の限界を見せつけているのが小沢支持勢力の姿だ。
 なぜこのように異常としかいいようがない潮流が生じたのだろうか。第一に挙げられるのが、虚構の「小沢神話」信奉者が多いと言うことだ。「選挙の神様」的なあがめ方だが、前回の参院選と衆院選に勝ったのは自民党の敵失にあることを理解していない。前回の参院選は「消えた年金」、衆院選は泥酔財務相が象徴する「自民党政権の末期症状」が民主党を勝たせたのであり、小沢の能力とは別次元の話だ。現に小沢は先の参院選で誰が見ても無謀な2人区に2人擁立をして、惨敗して馬脚を現している。それでも「神様」だろうか。とりわけ若い議員には「錯覚」があるのだ。
 政策についても小沢グループ幹部は何の批判もなく、小沢の発言のおうむ返しを繰り返す。しかし国有財産200兆円の証券化、補助金の一括交付金化にしても実現不可能とされており、最後には無利子国債の発行で高速道路を作ると言いだした。さすがに専門家の総スカンを食らったが、荒唐無稽(むけい)の奇策であろうとなんであろうと小沢の言うことはすべて正しいという、全体主義にも通ずる風潮が背景にある。
 なによりも問題なのは検察審査会の議決で「刑事被告人」となりうる候補を推すという、議員心理である。首相が刑事被告人となって裁判が展開されるという事態が意味することを理解していない。多くの議員が小沢のリーダーシップを賞賛するが、被告席に立った首相を国民が認めることはあり得ない。ましてや世界中の嘲笑の対象になって、外交も円滑に進展しない。したがってリーダーシップは発揮不能である。「民(たみ)信なくば立たず」とはこのことを言う。
 要するに民主党は国会議員の半数が小沢の立ち姿を是認するのであり、これは8割が「小沢首相」に反対する世論に逆行する。民意とかけ離れたというか、民主党に期待して投票した民意を裏切ったともいえる行動である。この民意と国会議員との“ねじれ”はいかんともしがたく、早期解散・総選挙で決着をつけるしかない。代表選の投票は無記名で行われるが、誰が誰に投票したかは100%近く分かるのが政界の常識だ。因果応報となることを肝に銘ずるべきだ。
 
 


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◎巨大党内野党の誕生で「脱小沢」は至難の業

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◎巨大党内野党の誕生で「脱小沢」は至難の業
 かねてから思っていたことだが、小沢は民主党代表選挙に負けても、目的を果たすことはできる。おそらく首相・菅直人に「脱小沢」を修正させることに成功するだろうからだ。なぜなら小沢の獲得する議員票が菅と伯仲するということは、巨大な「党内野党」としての小沢支持勢力が誇示されることに他ならないからだ。菅が人事や党運営で無視できるような勢力ではない。結果的に「脱小沢」の転換は余儀なくされるだろう。
 マスコミは朝日新聞などのほかは「菅優位」を打ち出し、大勢は決まりつつあるかのように見える。しかし衆参411人の議員票に関する見方は菅リードと小沢リードに割れ、筆者が最初に指摘した通り、菅は地方議員と党友・サポーター票で全体的に優位に立ったに過ぎない。そもそもこの議員勢力の誇示が小沢の狙いであるのだ。最初から狙いは「首相」になれなくても「脱小沢」の転換を図り、一定の主導権を確保すればよいというところにあったのだろう。少なくとも小沢支持勢力を誇示できる自信はあったのだろう。
 411人の半数が小沢支持という実態は、改めて小沢が政党史上珍しいほどの支持勢力を背景にしたことを物語る。それも世論の反小沢の大合唱の中での小沢支持だから、その“団結力”は固い。小沢軍団ともいえる勢力だ。一部に小沢は敗れれば「退場を決意する」とか「小沢神話が崩れて隠居する」とかいった見方が流されているが、数を背景にできた小沢がそのような弱気になることはまずあるまい。むしろ菅の出方によっては政界再編を視野に入れた「党内野党」に転じて、党内抗争を激化させ、政権揺さぶりに出る事も予想される。少なくとも代表選直後からその“脅し”が舞台裏で始まる。菅が国会では“ねじれ”で野党の攻勢を受け、党内からは小沢の攻勢を受けるという“挟撃の構図”となれば、ひとたまりもなく行き詰まるだろう。
 菅支持グループでは渡部恒三のように「小沢君も鳩山君もポストなんか求める必要はない」と早くもけん制の声があがっている。このうち鳩山由紀夫に関しては2度と要職に就けるべきでないというのが全国民的な合意といえるが、小沢については渡部の見方は甘い。好むと好まざるとにかかわらず内閣改造か党役員人事で、小沢本人か側近の要職起用を迫られることは確実だ。菅は最近側近に「カネと人事は渡さない」と漏らしているといわれる。これは幹事長を小沢に委ねることだけは何がなんでも避けたいという思いの吐露であろう。
 菅自身は去る6日に小沢処遇について「選挙の指導は非常に的確だ。得意な分野で活躍していただければありがたい」と選挙対策などを担当する要職に起用する方針を明らかにし、その後修正している。しかし本音は幹事長以外で総選挙のノウハウを生かしたポストなどに起用できればよいと考えているのだろう。
 こうみてくると、菅が勝っても議員数で伯仲の現実が重くのしかかって、菅の政権運営が極めて厳しいものになることは避けられまい。数を背景にまずは人事で待ったなしの対応を迫られるのだ。菅にしてみれば「脱小沢」色を鮮明にしなければ世論の総スカンを受け、「脱小沢」を「親小沢」か「従小沢」に転換しなければ挙党態勢を維持できないというジレンマに陥る。これほど難しい人事は珍しいといえる。


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◎自民、政権奪回に最後の切り札

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◎自民、政権奪回に最後の切り札
 自民党が総選挙向けに短期決戦態勢とも言える布陣を敷いた。3役が50代に若返り、民主党代表選挙後の激動期対応型シフトだ。新幹事長の石原伸晃は就任早々民主党への攻勢を強める姿勢を鮮明にさせた。自民党は解散・総選挙も視野に入れて、政局の常在戦場化を図ってゆくことになるだろう。人材枯渇の自民党最後の切り札執行部だ。
 新シフトの目玉は何と言っても石原幹事長だ。テレビでの論争を聞いても、二代目的な押しの弱さが欠点だが、論客としては現在の自民党ではトップクラスだろう。1998年の金融国会で民主党と金融再生法案の修正協議を進め、野党案をほぼ丸のみにして金融危機を回避するという荒技もこなしている。「政策新人類」の筆頭となった。総裁・谷垣禎一とは2000年の「加藤の乱」で行動を共にして以来の親密な関係にある。大島理森が副総裁に昇格したのが目の上のたんこぶだが、「院政」は甘んじて受けた方がよい。古い自民党の象徴のように批判されているが、大島の政局観はちょっとしたものだ。口から生まれてきたような小池百合子、留任の石破茂とともに「テレビ討論対応型人事」ともいえる。
 小池は海千山千の総務会をリードできるか危ぶまれる。従来ベテランが総務会長になるから意外な人事だが、最近の総務会は小粒になっており、運営はそれほど難しくもないかもしれない。谷垣は最初、政調会長に参院議員の林芳正を考慮したが、林が参院議員会長選で落選候補を応援したあつれきが残っていて断念したようだ。石破は若手に評判がよく、ネット上でも人気がある。やはり押しが弱い林よりは石破の方が激動期向けだろう。波乱不可避の国会の最重要ポストである国対委員長を、川崎二郎から逢沢一郎に交代させたのは賢明だった。川崎は自民党単独での審議拒否や「政治とカネ」の追及不足など拙劣きわまりない国会運営をしており、ブレーキ打者だった。
 新執行部は基本的には対決路線を選択せざるを得まい。谷垣は円高・株安に伴う景気悪化も踏まえ「戦うべきところは戦うが、国民生活のため協力すべきところは協力する」と述べ、景気対策や国民生活関連法案などへの柔軟姿勢を見せている。しかし民主党代表選は、菅が勝っても激動期の幕開けをもたらすだろう。「政治とカネ」を焦点にした対決姿勢が、政党の攻防のカギを握る。そのためには参院で達成した“ねじれ”をフル活用するしかない。政党の攻防に甘さが入り込む余地はない。責任政党論も床の間の飾りとしては大切だが、それにこだわっては政党は成り立たない。「敵失」などはフル活用して、隘路を抜け出すのが基本だ。通常国会における早期解散・総選挙の実現が新執行部最大の課題となるだろう。
 自民党は人材枯渇だ。幹事長に石原を据え、小池を総務会長に起用したらあとはろくな人材がいない。最後の切り札たるゆえんだ。総選挙向け短期決戦の布陣だが、長期戦略としては人材育成から始めなければ、豊富な中堅層を抱える民主党に対抗できまい。自民党の人材育成はこれまで派閥がその役割を果たしてきたが、派閥にはもうとっくにその機能を失った。党が機関として「2世」でない人材を育成してゆくべきだろう。それにつけても民主党代表選は8日に筆者が踏み切った「菅、サポーター票軸に逆転優勢の目」の流れが加速して、読売、NHKと産経が追随した。他紙や通信社は度胸がないのか洞察力・判断力・分析力がないのか、もたもたしている。


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◎菅でも小沢でも早期解散含み


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◎菅でも小沢でも早期解散含み
 民主党代表選挙と早期解散・総選挙の可能性をかねてから指摘してきたが、ようやく野党も分かって来たようだ。自民党が石原伸晃を幹事長に据えるのも紛れもなく総選挙シフトだし、みんなの党も100人以上の擁立準備に着手した。菅直人が勝つと思うが、小沢一郎がなっても解散・総選挙は早い。小沢なら秋の臨時国会、菅なら来年の通常国会に赤信号が灯る。
 首相・菅直人は多数派工作を意図して新人議員らに「衆院任期はあと3年あるが、3年間、しっかり腰を据えて改革を実行していきたい。3年後に(衆参)ダブル選挙でやればいい」「自分が首相でいる限り、3年間は解散しないし、するべきでない」と明言、早期解散を否定した。早速みんなの党代表の渡辺喜美が「『伝家の宝刀』(の衆院解散権)を封印するとは、何と愚かなことか。次に行き詰まった時は総辞職しかない、と宣言したようなものだ」とこき下ろしたが、その通りだ。解散権は首相の持つ大権であり、政局を動かす原点だ。いつでも伝家の宝刀を抜ける構えを維持するのが首相たるものの役目だ。また自党には常在戦場の危機感を持たせておくのが指導者の役目だ。
 民主党にしてみれば308議席は何としてでも維持せざるを得ないのだが、政局は「乱」の状態にあり3年後のダブル選挙まで見通せる安定感はない。参院が過半数割れでねじれたことが、解散・総選挙の導火線となるのだ。現に参院自民党の新幹事長になった小坂憲次は「参院自民党の使命は一日も早く衆院解散に追い込んで政権奪回の糸口をつかむことだ」と看破している。自民党はさすがの総裁・谷垣禎一もひしひしと異常政局を感じたのか、ここに来て急きょ執行部体制を解散・総選挙向けにシフトすることにした。谷垣は「次期衆院選への体制づくりなどを着実に進めようとするものだ」と解説している。
 それではまず小沢が代表になった場合の雲行きはどうか。まず自民、みんな両党は秋の臨時国会の冒頭から臨戦態勢で臨む。異例の「小沢首相」の証人喚問要求など連発「政治とカネ」をプレーアップする。場合によっては冒頭の首相指名から国会が動かない可能性すらある。参院では問責決議案が可決される可能性が高く、小坂の言う参院が衆院解散の導火線となり得るのだ。小沢は就任早々解散の決断を迫られる可能性が大きい。
 菅が続投なら当面野党は中期戦の構えを取るだろう。悪役小沢を負かした「クリーン菅」のイメージは突きにくい。しかし、菅の政権3か月を見ていると、解散・総選挙発言や消費税増税論議に象徴されるように荒っぽさが目立つ。秋の臨時国会は乗り切れても通常国会の予算審議を乗り切れるか疑問だ。小沢が「年度末に行き詰まる」と予言しているとおり、予算は通っても関連法案が通らないといった事態が生じうる。野党はねじれを最大限利用するだろう。
 自民党政権下で安倍晋三、福田康夫、麻生太郎がねじれが原因で1年しか持たなかったと同じ事態に直面することになる。年度末3月~4月にかけて最大の山場となるだろう。いずれにしても3年は解散がないなどと言う見通しは夢物語に過ぎないだろう。渡辺の「菅氏の無策路線が勝つか、小沢氏の暴走路線が勝つか。どっちが勝っても衆院解散は近い」という“読み”は当たる公算が高い。


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◎菅、サポーター票軸に逆転優勢の目

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◎菅、サポーター票軸に逆転優勢の目
 後半戦に突入した民主党代表選挙の動向は、国会議員票で小沢一郎が僅差でリードするものの、地方議員と党員・サポーター票で菅が優勢な状況にある。問題は菅が国会議員票の劣勢を補える票を地方議員、党員・サポーター票で獲得できるかどうかにかかっている構図だ。もし国会議員が現状のままの僅差で推移すれば、400ポイントある地方・サポーター票の6割を菅が取れば僅差で勝つ流れが生じてきた。
 各社の国会議員票分析によると411人の国会議員票は、毎日が小沢186人対菅175人,日経が小沢160人対菅150人、共同が小沢170人対菅160人と僅差だ。100人程度が態度を決めかねていると見られており、旧社会党グループ、旧民社党グループが割れているが民社党グループは菅が優勢になって来た。鳩山グループも一枚岩とは言えない。新人議員も40人程度が態度未定だ。
 終盤にかけてし烈な残票争奪戦が展開されるが、菅によほどの失言でもない限り大差は開かないものとみられる。現在の僅差の割合で推移した場合、国会議員票の822ポイントは30ポイントから60ポイント程度の差で小沢が有利とみられる。その最大60ポイントの差を菅が埋めるには、地方・サポーター票400ポイントの6割を取れば80ポイント分プラスとなり僅差で勝てることになる。問題はその地方議員と党員・サポーター票の動向だが、読売の分析では菅が6割~7割を取る勢いだという。6割取れば80ポイントの差が生じ、7割取れば160ポイントの差となる。地方議員についてだけの分析でも産経が菅5割、小沢が2割で40ポイント程度菅が有利だ。毎日によれば党員・サポーター票では、菅が113選挙区を押さえたとみられるのに対し、小沢は62選挙区にとどまる。時事の調査も地方議員は菅支持が16都県、小沢は6県となっている。
 こうみてくると国会議員票で菅陣営が僅差を維持できれば潮流は地方議員票と党員・サポーター票で菅が有利に立つことになる。朝日によれば菅陣営の幹部は「地元を回れば国民の声は相変わらず『小沢はダメ』もうヤマは越えた」と余裕の表情だというが、まだ甘い。小沢がどんな隠し球を握っているかは未知数だ。地方議員は人脈で、党員サポーターは国会議員の圧力でひっくり返そうとしているに違いない。党員・サポーター票は郵送によるため11日が締め切り。菅が逃げ切れるかどうか、ここ一両日がぎりぎりの勝負となっている。


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◎意気込み先行の「小沢財政」を危惧する

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◎意気込み先行の「小沢財政」を危惧する
 小沢一郎に財源案をささやいたという財務省幹部の顔が見たい。小沢が得々として打ち出した国有財産の証券化にしても、ひも付き補助金削除にしても実現不能がむしろ立証されており、逆にひいきの引き倒しになっているではないか。寡黙な小沢が代表選向けに語り始めたのはいいが、「はったり」と「強弁」ばかりが目立ち、「出てくる」という財源の根拠は全く示されていない。意気込みばかりが先行して、まるで自民党初期の総裁候補を見るようだ。
 官房長官・仙谷由人が「具体的に言わないと、説得力がないのではないか」と批判しているがその通りだ。例えば概算要求一律10%削減にしても小沢は「自民党政権と同じやり方では財源が出ない」と批判する。しかし一般歳出の要求額は73兆円に押さえ込まれてきており、目標の71兆円まであと一息の段階だ。一応政治主導がなければ達成できない数字だろう。小沢の言うマニフェスト完全実施は4兆から5兆の新規財源が必要だが、44兆円に抑制するはずの国債を増発しなければ不可能と言ってよい。国土交通相・前原誠司が「今までの(予算編成の)経緯をよくご存じではないのではないか」と述べているとおり、小沢発言は「政治主導・官僚排除」のキャッチフレーズ先行で、理論的根拠に欠ける。
 さらに小沢の主張は「国有財産600兆のうち200兆を証券化すれば3兆や4兆のカネは出てくる」というが、国有財産の証券化とは、より金利の高い国債を出すのと同じだ。国有財産の皇居を証券化しても、金利が高くて売れず世界中の笑いものになるのがオチだ。小沢はひも付きの補助金を地方自治体が自由に使える一括交付金へと改めるよう提案しているが、補助金21兆のうち15兆円が高齢者医療、国民健康保険、生活保護など切っても切れぬ経費であり、2,3割も削っては市民生活がパニックに陥る。早速、全国知事会長・麻生渡から「補助金は大部分は社会保障分野など削減が難しいもので実態に合わない」と反対の声があがった。地方が迷惑なのである。だいたい、事業仕分けに精を出した行政刷新担当相・蓮舫までが「補助金の大多数が社会保障関係だ。削るのは小泉純一郎元首相の時代以上に国民に痛みを押し付ける」と批判しているではないか。
 小沢は「代表に選出されればまだ間に合う」と首相の座に就けば予算編成をやり直すことを示唆しているが、現実からかけ離れている小沢の主張を見る限り、公約を転換しない限り予算編成は不可能だ。それともマニフェスト最大の目玉であった暫定税率撤廃方針を憶面もなく転換させたように、政権に就けば「政治主導」でマニフェスト断念を表明するのか。「政権を取れば20兆や30兆の財源などいくらでも出る」と豪語していた小沢が、政権の中枢の幹事長をやって、何か財源が出て来ただろうか。はっきり言って「小沢財政」では国の運営は不安だ。「官僚主導」批判は攻撃のためのレッテル貼りであり、いまや「難癖」の部類に入る。 

◎月に1度の俳句自慢
8月の入選句は10句。これで年間100句達成が見えてきた。

東京俳壇小澤實選1席
笠智衆ばかり集ひて新茶汲む
選者評
細身の年老いた男が集まっているのだが、それを「笠智衆ばかり」と表現したのが大胆。新茶が長寿の元。

64 毎日俳壇大峯あきら選
帽子屋を今も守りて生身魂
65東京俳壇鍵和田秞子選
箱眼鏡海の季節の去りてゆく
66毎日俳壇西村和子選
近づけば逃げるが去らぬ羽抜鳥
67毎日俳壇大峯あきら選
真夜中の天井裏に青大将
68産経俳壇寺井谷子選
甲虫異人貌より売れにけり
69月刊俳句西山睦選秀逸
笠智衆ばかり集まり新茶汲む
70月刊俳句大牧広し選
笠智衆ばかり集まり新茶汲む
71産経俳壇寺井谷子選
更衣母のつけたる貝釦
72東京俳壇小澤實選
泳ぎ初めパンツに縫ひし守り札
73東京俳壇小澤實選1席
笠智衆ばかり集ひて新茶汲む


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◎「小沢首相」のもたらす「日本の荒廃」

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◎「小沢首相」のもたらす「日本の荒廃」
「裁判を受け堂々と潔白を主張したい」と民主党代表選候補・小沢一郎は胸を張って開き直っている。しかし日本の首相が、強制起訴で法廷に立ち、疑惑の一つ一つを弁明する姿を想像できないのは筆者だけであろうか。国民は小学生に至るま凝視する。国民ばかりが世界中のメディアが報道する。この「首相イコール刑事被告人」の構図は日本人の精神構造にまで変化をもたらす危険をはらむ。そして国家の品格が問われて、外交にボディブローとなって利いてくる。
 中曽根康弘は「日本の総理学」の中で「政治家は歴史的法廷の被告席に立たされている」と看破しているが、小沢の場合それ以前に自らの資金管理団体の土地取引事件で、検察審査会が強制起訴を議決すれば「首相の犯罪」として現実に法廷に立つことになる。国民の手本となるべき首相が、日本人が人格形成の要諦として大切にしてきた「恥の精神構造」「潔癖感」「清潔感」などどこ吹く風と、法廷に片手を上げて現れ、笑顔で入廷するのだろうか。
 その前ぶれともなる風潮が民主党内で小沢を囲んで行われる「気合い」だ。利用されていることすら知らない女性柔道家が奇声をあげて、小沢を励ます。なにか重要な道徳律、倫理観が欠けているような気がしてならない。民主党内の空気は、あれよあれよというまにヒトラーを台頭させてしまったドイツをほうふつとさせる。小沢が検察審を「一般の素人がやる仕組みでいいのか」と不見識にも批判するのは、まるでヒトラーの闘争宣言のように聞こえる。ヒトラー・ユーゲントのような小沢チルドレンが数十人も出席して、その小沢を「ハイルオザワ」とやっているのだ。街頭演説では明らかに八百長と見られるエールの声が飛び交っている。6日付の全国紙世論調査では菅支持が朝日65%、読売66%、小沢支持が朝日17%、読売18%と民意は依然菅にある。小沢支持グループは、自らの行動がその民意と“ねじれ現象”を起こしていることに気づかないのだろうか。
 「小沢首相裁判」はまず外交に影響を及ぼす。ワシントンで「大統領の犯罪」が問われたウオーターゲート事件をカバーしたが、あれほど対ソ、対中外交で敏腕ぶりを見せたニクソンでさえ、事件が表面化した末期の1年は外交が手に付かなかった。諸外国もまともに相手をしなかった。まして政局は知っていても、外交は発言する度に音痴ぶりを露呈させる小沢が、サミットに出て対応できるのか。芸者スキャンダルの宇野宗佑が「サッチャーが不潔だと言って握手してくれないのではないか」と危惧したレベルの話が山積するだろう。
 内政はどうなる。一審の公判にはたとえ首相と言えども出席を義務づけられている。毎回裁判所は傍聴人の長蛇の列となる。「堂々と裁判を受ける」のは自分の勝手だが、首相の前提条件の最たるものは、裁判を受けるような刑事被告人になってはいけないといいうことではないのか。なったら自粛するのが「首相学」の基礎だ。被告席に立つ首相の姿は、ナイーブな日本の子弟に教育上の悪影響を及ぼさざるを得ないだろう。また裁判の度に国会審議が連動する。偽証罪が適用される証人喚問も開かれるだろう。国会は国政どころか「首相の犯罪」一色となる。
 危機管理はどうなる。首相たるもの内政・外交・安保上の危機には即時対応できる態勢になければならない。それが重大事件に際して「現在裁判中で動けません」で義務を果たせるのか。推定無罪を盾に開き直っているのが小沢の現状だが、検察の不起訴処分はあくまで証拠が足りなく嫌疑不十分がその理由だ。疑惑は残ったままだし、政治道徳上、倫理上の問題は全く解決されていないのだ。民主党議員に告げたい。刑事被告人となる日本の首相を、いかなることがあっても選出すべきではない。選出すれば次の総選挙で壊滅的な打撃を被るのは民主党だ。


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◎際立つ民主代表選の“異常性”

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◎際立つ民主代表選の“異常性”
 党首選挙の候補に対して「小沢さんご覚悟ください」と切り出す記者会見を始めて見た。仮にも首相になり得る候補が、「政治とカネ」の説明責任を問われているのである。強制起訴を「逃げません」と確約させられた事例も初めてだ。対立候補との激突は通常のことだが、メディアと一方の候補が激突する構図はかってないことだ。それだけ小沢一郎の立候補は民主党代表選挙の“異常性”を際立たせている。焦点が首相の資質に絞られ、本来あるべき政策論争をかすませてしまっているのだ。
 記者会見の中心は「政治とカネ」に絞られた。鳩山由紀夫が国会で「総理であっても処分は甘んじて受ける」と述べた点をただされて、小沢は「鳩山さんの言葉を引用されたが、私も逃げません」と明言した。検察審査会で起訴相当の議決がなされて、検察が強制起訴に踏み切る場合の対応についてである。「小沢首相」は起訴を受け入れることになるが、この刑事訴追を「逃げる逃げない」などという論議自体が荒唐無稽(むけい)だ。
 なぜならまず始めに、起訴を受け入れないとなれば、吉田内閣以来の指揮権発動となり、民主主義の根幹を揺るがす問題に発展するからだ。次に首相が起訴を受け入れれば、現職首相が刑事被告人となるのだ。刑事被告人が国の最高の政治をつかさどるという空前絶後の状況に陥るのである。政治は直ちにその機能を停止すると言っても過言ではない。少なくとも国会は動かなくなる。朝日新聞によると小沢側近は「検察審査会への覚悟も語り、これまで封印してきた考えや理念を解き放った」と喜んだというが、その倫理観欠如は度し難い。
 問題なのは検察審に関して小沢が「1年余りの検察による強制捜査で不正犯罪はなかった。審査会の皆さんも理解してくれると信ずる」と述べた点だ。現職首相がこの発言をすれば明らかに審査会への干渉となるが、首相候補の発言としても政治圧力にほかならない。小沢政治の危険な側面を垣間見せている。
 加えて国会での証人喚問などについて小沢は「国会に強制捜査権があるわけではない」と前日に続いて開き直った。検察の不起訴で法的に処理済みとの判断だが、これも問題の所在を理解していない。3人の秘書が起訴されたのは自らの私腹を肥やすためではなく、小沢のための資金収集が根底にあるのだ。問われているのは政治道徳と倫理であって、そのための証人喚問であり政治倫理審査会への出席要求であることが分かっていない。前日小沢が明言した「普天間腹案」なるものが、予想通りいい加減なものであることも明らかになった。「鳩山腹案」に匹敵する醜態である。総じて代表選の論争が候補の「政治とカネ」に絞られてきており、その次元をかってなく低いものとしている。 


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◎「菅、小沢対決」スタートは全くの伯仲

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◎「菅、小沢対決」スタートは全くの伯仲
 練りに練ったとみられる首相・菅直人のネガティブキャンペーンが図星を突いたのと、小沢一郎にトリッキーな発言が目立ち、両者の記者会見はを6対4で首相・菅直人の勝ちとみた。しかし記者団は突っ込み不足が目立った。今日2日午後の日本記者クラブの会見では「政治とカネ」でより突っ込んだ会見となろう。「菅Vs小沢」激突の構図に加えて「メデイアVs小沢」激突の構図が鮮明になろう。告示早々の票分析では議員票での劣勢を党員・サポーター票と地方議員票で菅が補い、全くの互角・伯仲の形勢である。
 菅陣営は「“菅”軍が“小沢隆盛”を駆逐する」のだそうだ。菅自身が1日夜の会合で「明治維新に西郷隆盛の力は必要だったが、西郷さんはあのような末路。西南戦争があって本格的な明治政府ができた」と息巻いた。確かに小沢隆盛は「自民党幕府」を倒し民主党政権作りには貢献したが、西南戦争で城山の切腹だ。乱時の英雄西鄕の平時の政治家としての器量には疑問があるが、小沢の記者会見もアバウトな政治論が目立った。
 一番それを象徴するのが普天間で新たな腹案があると述べた点だ。小沢は「沖縄も米国も納得できる案を見いださなければならない。県民、米政府と話をしなければならないので今自分の頭にあることは言えない」と述べた。菅がすかさず「日米合意を白紙に戻せば混迷を深める」と突いたが、小沢は普天間問題を分かっていない。腹案があれば幹事長時代に提示して鳩山由紀夫の失政・退陣をカバーできたはずであり、今になって沖縄と米国の双方が納得できる新提案などあり得ないと断言できる。小沢の普天間問題への理解度が分かる発言だ。
 財政・経済でも相変わらずの「財源は出てくる」論に徹して、マニフェスト回帰のばらまき路線だった。マニフェストの完全実施は新たに5兆円の財源が必要だが、鳩山・小沢体制下で行った事業仕分けでひねり出せた財源がたったの3000億であったことを忘れたのか。結局借金で公約を実現するしかないが、国債相場暴落の瀬戸際に追い込まれる危険を内包している。
 「政治とカネ」の問題も、検察の強制捜査で無罪が立証されたと強調したが、秘書3人の逮捕で小沢にかかった嫌疑はいまだに説明されていない。「すべてを公表した」と胸を張るが、公表当時の記者会見の資料が偽造されたのは定説ではないか。菅が「代表、首相になるならしっかりした説明が必要」と新たな説明責任の基準を設定したのはもっともだ。
 首相の資質問題で菅が「どういう総理になるのか示していただきたい。予算委に座っている姿を想像できない」と挑発したが「自分自身の持ち味で誠実に淡々とこなすのが総理の素質」と述べるにとどまった。小沢の持ち味となれば「政治とカネ」のイメージしかわかないではないか。
 そこで両陣営の多数派工作だが、総決起集会に集まった人数が気になる。小沢の120人を多いとみるか少ないとみるかだが、プロとしては少ないとみる。小沢はグループだけで150人を擁するのに、鳩山グループなどを入れて120人は勢いがない。逆に菅はよく110人を集めた。新人議員20人の出席がものを言ったようだ。新人議員156人のうち菅陣営が約50人、小沢陣営は約60人を固めた模様だ。残り約50人が草刈り場となっている。
 焦点は総数1224ポイントの中でで3割に達する党員・サポーター票と地方議員票だ。党員・サポーター票は世論の影響を一番受けやすく300ポイントのうち7,8割が菅に行くとの見方がある。100ポイントある地方議員票も来年の統一地方選挙を意識して7割が菅に流れると見られる。したがって菅陣営は国会議員票での劣勢を党員・サポーターと地方議員票で補える構図となりつつある。菅が世論重視の大網を掛ける作戦を取り、小沢が自民党総裁選を踏襲した個別撃破の作戦で好対照だが、告示早々の情勢は5分5分とみた。


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◎民主党早くも末期症状の分裂指向

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◎民主党早くも末期症状の分裂指向
 民主党分裂回避のための鳩山由紀夫の調停が失敗したのだから、代表選挙は分裂含みの激突段階に突入したということだろう。8割が首相になることを期待していない国民世論無視の「小沢暴走」が根底にある。壊し屋小沢一郎がその本領を発揮して民主党政権まで壊しかねない状況を作った。これほど国民不在の党首選挙を知らない。民主党政権は発足1年で末期症状とも言える状況に立ち至った。
 とにかく小沢はぶちこわす。政党組織も、人間関係も長続きさせない。新進党の解党、自民党時代の政権離脱などの例を挙げるまでもなく、小沢政治の歴史は壊し屋の姿そのままである。自ら作った民主党政権も政権交代の大目標を達成するやいなや、紛れもなき権力闘争で党分裂の危機を作っている。そこには異常なほどの“我執”だけが存在する。それもその立ち位置は大局を見ずに、凡夫の“小我”にとらわれている。検察審査会の強制起訴逃れで首相を目指すなどといううわさが絶えないことがそれを象徴している。
 その小沢を民主党議員が本気で選ぶのだろうか。数の論理でいえば小沢サイドのなりふり構わぬ多数派工作で、小沢が有利であるとされている。しかし代表選挙は首相を選ぶ選挙だ。自らの秘書が3人も逮捕され、「政治とカネ」で一切の説明責任を拒否し続け、嫌疑不十分で辛うじて起訴を免れた政治家を、民主党議員は首相候補としてふさわしいと思っているのだろうか。衆院308議席を民主党に与えた民意は8割が「小沢首相」を忌避している。小沢を選ぶということは、紛れもない民意無視であろう。一知半解の女性柔道家が繰り返す「小沢支持」発言が象徴していることは、投票行動のもたらす意味を知らない新人議員が多いことだ。小沢を選んだ議員は次の選挙で必ず手痛いしっぺ返しを食らうことが分からないのだ。説明責任を問われるのは小沢だけではない。有権者を抱えている議員一人一人が説明責任を果たさなければならないことになるのだ。
 代表選は菅と小沢の会談で選挙後の挙党態勢で一致したにもかかわらず、既に泥仕合の様相を濃くしている。菅サイドが「政治とカネ」の疑惑や小沢代表時代の組織対策費疑惑を突き始めている。菅自身が「政治とカネで混乱するようなことのない政治を作る」とあからさまに口火を切っている。選挙戦の白熱化は両陣営の“自制”を困難にしており、選挙後は大きなしこりを残して、党分裂指向を強めるだろう。小沢が敗れれば、菅にとっては「脱小沢」が完結したことになり、小沢は干される。小沢の行動パターンからすれば離党が選択肢に入るだろう。逆に小沢が勝てば「小沢首相」が国会審議に耐えられるとは思えない。首相指名選挙を契機として再編の動きが生ずる可能性が出てくる。
 代表選挙は世論の影響を受けやすい党員・サポーターで菅が有利と言われている。自民党が初の党員参加の代表選を実施したのは78年だが、現職首相の福田赳夫はその予備選に負けたと見るや、本選挙を辞退して退陣した。まさに民意を重視した政治家らしい行動だが、小沢が福田の轍(てつ)を踏むことはまずないだろう。鳩山は説得するなら小沢の“暴走”を戒めるべきだが、力量不足は立証済みなのに、党内外が「鳩山調停」に期待を抱いたのが間違いだった。読売が鳩山が「ボクは何だったんでしょう」と語ったと報じているとおり、愚昧さがまたまた露呈された。朝日が社説で「鳩山氏は身を慎むべきである」と強くたしなめ、読売が「調停役として不適格」と烙印を押しているとおり、茶番劇の主役を演じた。


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