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◎俳談

◎俳談
【類想句とは】
 よく似通った句を類想句という。有名な例では
山口誓子の
沖に出て木枯らし帰るところなし
が、池西言水の
凩の果てはありけり海の音
の類想であるというものである。
 言水の句は江戸時代の有名な句であり、言水は俗に「凩の言水」と言われた。誓子はそれを承知の上で作ったものとされている。誓子の句は特攻を暗喩で描いたものとされ、名句中の名句と言ってもよい。いまは特攻は忘れられ、時事詠と離れて解釈されるケースが多い。
 これについて故飯田龍太は「作品が前者をしのいだら問題はない。いわば相撲で兄弟子を負かすようなもの」と断定している。誓子は言水を大きくしのいでいるというのである。
 昔はおおらかだった、芥川龍之介は飯田蛇笏の句を真似たと言って
癆咳(ろうがい)の頬美しや冬帽子
を作ったが、そのモデルの句は
死病得て爪美しき火桶かな
だ。これを類想と言えば類想だらけになるが、むしろヒントにしたと言った方が適切だろう。芭蕉が和歌から「本歌取り」した俳句は数知れぬと言われているが、批判する者は居ない。龍太の言うとおり、モデルの句を越える力量があればよいということだ。
人口に膾炙した芭蕉の晩年の句
此道や行人なしに秋の暮 
を蕪村が  
門を出れば吾も行人秋の暮   
と詠み変えているが、これは類想というより、芭蕉への敬慕の念をあえて芭蕉の俳句を借りて現したものであろう。