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◎俳談

◎俳談
【季語はつけたりでは駄目】
例えば
縄跳びのひらりと着地今朝の冬
という俳句があったとしよう。新聞選者は100%採らないだろう。なぜなら季語が動くからだ。季語が動くということはどういうことかと言えば、今朝の冬でなくても、今朝の夏でもいいからだ。今朝の冬に必然性がないのだ。季語などどうでもいい俳句であるからだ。
 俳句の場合はこう考えた方がいい。すべては「季語様」のためにあるのだと。例えば
山茶花の白の浮き出る薄暮かな 毎日俳壇入選
山茶花という冬の季語のために中七も下五も下部(しもべ)となって働いているのだ。白の浮き出ると形容し、薄暮という白花の一番美しい環境を演出している。
 このように俳句は季語そのものを活かすために作るくらいに考えた方がよい。
スリッパに妻の体温日脚伸ぶ 毎日俳壇入選
掲句も冬至を過ぎればだんだん日脚が伸びることを、スリッパに残った妻の体温で言い表している。季語あっての俳句なのだ。