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再度=げに難解な「難波(なにわ)の選挙」 ② Name:浅野勝人 

再度=げに難解な「難波(なにわ)の選挙」 ② Name:浅野勝人 Date:2015/12/27(日) 17:47 
 
再度 = げに難解な「難波(なにわ)の選挙」- その②
安保研理事長  浅野勝人
 
その②については様々な反響がありました。実は、強い批判が集中すると思われた大阪では、近畿ネット主宰者の池尻一寛氏のもとに10件余の「納得できる見解」という評価が、直接、あったそうです。異論はなかったとのことでした。ところが、東京の何人かの知人から、☆分析の根拠が一方的で独断に過ぎる。☆有権者がテレビによく出ている人気者に弱いのは全国共通の社会現象で、大阪に限ったことではない。☆東京の有権者も青島幸男を大勝させた。など同じ趣旨の指摘をいただきました。
わたしの見解について、説明不足だったと自覚させられましたので、もう一度、真意を伝えたいと存じます。その上で、改めてご批判をいただきます。

<以下、その②>
もうひとつは、投票日が1995年(平成7年)4/23ですから、政界に転身してからの選挙です。
この折の大阪府知事選挙は、1993年7月の総選挙に敗北して野党に転落した自民党が、1年後に社会党々首・村山富市を担いで与党にカムバックしてから迎えた重大な試金石でした。自民党は、黒田知事が誕生して以来、大阪府政としっくりいってなかったので大阪奪回に懸命でした。  

幸い、相手は漫才師の横山ノックこと山田勇参議院議員です。横山エンタツの実子といっても、今の人はエンタツを知らなでしょう。大勢の中に混じっている異色の議員は、時に一服の清涼剤になりますが、行政官の大阪府知事には不適正と思われるに違いないと判断しました。
自民党は奪還の好機到来と捉えて、横山ノックと対比される候補者を、行政に精通した真面目な学者肌で、利権とは程遠い官庁のトップから選んで、大阪に送り込む算段をしました。大阪外大の卒業ですが、自然科学にも明るく堅物で知られる科学技術庁事務次官の平野拓也に白羽の矢を立てました。「わたしはおよそ選挙には不向き。ご勘弁願いたい」と固辞する平野を「だからあなたがベスト」と口説いて、「平野候補を全面支援。政府と一体となって大阪を再生」と発表して、「これで大阪はもらった」と安堵しました。中央官庁最高峰の行政官が、お笑いタレント出身候補に負けることは、よもやあるまいというのが東京人共通の思いでした。(註:著者がお笑いタレントを軽視して表現しているのではないことを書き添えます)

結果は、横山ノック 1,625,256票。 平野拓也 1,147,416票。
なんと477,840票の大差で横山ノックのぶっちぎりでした。
政府・与党の幹部はいち様に、神戸市立楠木高等小学校卒に高級官僚が敗北した現実をどう受け止めたらいいのか、ただ茫然自若とするのみで、「大阪人の考えることはわからない。大阪は怖い」と呻(うめ)きました。

 私にも、この結果について確信をもって解説する能力はありませんが、大阪の有権者は、東京の人が腰を抜かすようなヘンテコリンなことをしたとは思っていなかったのではないでしょうか。徳川幕府によって都は江戸に取って代わられ、明治維新によって御所も皇居に移されて、新政府が東京に開設されました。日本の中心は神代の昔から「ここだった」という潜在意識、ないしは無意識の意識が、江戸への反発、東京への対抗心、従って、東京に存在する権力の思い通りにはさせないという複雑な心理を誘発することから生じる半ば生理的な現象ではないかとさえ感じます。
 東京の有権者も「いじわるばあさん」を演じてキャラが当たり、有名人になったタレント青島幸男を都知事に当選させています。ですから、一概には言えませんが、どこにでも共通する一般的な大衆民主主義に反東京気質(かたぎ)が加重された絵模様と私は解釈しています。
 
もっとも、青島は早稲田大学第一商学部から大学院商学専攻修士課程に進学しており、処女作「人間万事塞翁が丙午(ひのえうま)」で直木賞を受賞しています。放送作家、作詞家(高度成長期を嗤(わら)った「スーダラ節」は大ヒット)俳優、小説家、なんでもござれの才能豊かなマルチタレントでした。
その意味では、横山とは同じ参議院議員から転向組のタレント同士とはいえ、青島は東京都民好みの色合いの濃い素地がありました。横山とは肌合いが違います。「難波(なにわ)人(びと)の選挙」いや「浪速人(なにわじん)の選挙」は、容易にバッサリとは切れません。

「今どき、アホな分析するな」と関西の方々からご忠告をいただきそうですが、実は、横山ノック知事が女子大生への執拗なセクハラで在宅起訴されて有罪となり、知事を辞職した折、大阪の親しい友人から「私もノックに1票投じた1人だが、こんなことになるのではないかという予感はあった。それでも東京にひと泡吹かせてやりたいという誘惑に負けた。深く反省している」と聞かされて、私はそれなりに得心するものがありました。

私の著書「日中秘話 融氷の旅」(青灯社) 3章、ネット随想:友とのメール、91ページ、「・・・私も橋下徹には、当初、日本の改革をやり遂げるかもしれない人材と期待していました。時が経過するに連れて、改革の内容よりも選挙に得か、損かを天秤にかけて判断する政治行動の原点が見えてきました。龍馬のごとく理想主義をかかげた船中八策もいつの間にか散り散りになって、挙句の果てに帝国主義時代を連想させる高齢者と野合して、乗っ取られてしまいました。「橋下劇場」も正体見たり枯れ尾花に終わりました。・・・」(2012/12月16日)があります。どうして初心を貫かなかったのか、期待を裏切られた私の恨み節です。

今回の選挙で橋下は、まるで「融氷の旅」を読んで気付いたかの如く原点に返りました。選挙を強行するための口実にした「都構想」を封印して、「おおさか維新の党」と「大阪」を前面に出して「難波(なにわ)の心」を捉えました。私どもには「難解な難波の選挙」も、政治姿勢を振り出しに戻した橋下には「戦い方の分かり易い選挙」だったのだろうと想像します。東京の理屈には反するが、大阪の理屈通りに振舞った。だから、大阪の有権者は、「純血路線」に回帰した橋下に、もう一度チャンスを与えようとしたのが今回のダブル選挙の深層だったと確信しています。難波の選挙はまことに「粋(いき)」です。


橋下徹が、一旦は引退の形をとっても、政治の磁場に止まるのか、きれいさっぱり去るのか、将来の政治行動について知る由もありませんが、仮に再起する場合、自民党政権を補完するためだけの影絵が映ったら、その時は終演です。何らかの形で政治の修羅に踏みとどまって、次の参議院、それに次ぐ衆議院選挙をどのように差配するか、ヤツの姿を見てみたい。そして、大阪の心を知り抜いた橋下と強か(したたか)な大阪の有権者との丁々発止が、難波の選挙に関する浅野流解明を裏付けるに違いないと思っています。(2015/12月27日、元内閣官房副長官)