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◎なぜここで橋下に“救いの手”なのか

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◎なぜここで橋下に“救いの手”なのか
  安倍官邸の「誤算」を分析する
 エンガチョは不浄のものを防ぐために囃したてる子供による口遊びのひとつである。参院選を前にして、その「橋下エンガチョ」とは一線を画さなければならない時に、どうして首相・安倍晋三があえて“感染”してしまったのだろうか。八尾空港でのオスプレイ訓練提唱は、その無責任さと実現性の無さにおいてまるでルーピー鳩山の「普天間基地は最低でも県外」発言に勝るとも劣らぬものがある。大阪市長・橋下徹のパフォーマンスは毎度のことだが、問題は首相官邸が受け入れたことにある。幹事長・石破茂は反対しており、与党一体となって参院選挙に当たらなければならないときに、維新と“同一視”されるリスクを負う必要は全くないのだ。
 「慰安婦発言」で生じた失地回復のための橋下の“悪あがき”は、ここに来て頂点に達した感がある。普天間基地以上の人口密集地にオスプレイの訓練を受け入れるというのだ。八尾空港周辺約1キロ以内には小中高校などが計11校もある。市民が危険極まりない状態に置かれるのは目に見えている。それを無視した上での独断専行だ。橋下は八尾市長でもなく大阪市長だ。八尾市長・田中誠太は「何の相談もない」と激怒して、反対をしているにもかかわらず、越権行為を断行したのだ。まさに自分が生き延びるためには、地域住民を犠牲にしてでも手当たり次第にパフォーマンスを繰り返す。橋下の本質がそこにある。しかし“がめつい奴”はもう大阪でも流行らないことを知らない。
 “橋下株”は「慰安婦・買春」発言で、10分の1の投げ売りでも誰も買わない事態に陥ったが、ここで安倍官邸があえて“買い”に転じた背景はなにか。まず第一に安倍には橋下とのしがらみがあり、いつかは救いの手をさしのべたいと考えていたフシがある。安倍は昨年春には橋下から維新の党首への就任を持ちかけられたほどであり、以後は腹心の菅に指示して、接触を維持してきた。今回も菅が動いたことは間違いない。首相という国のトップが橋下と会談することの意味は、単に会っただけでも地に落ちた政治家としての存在を再認知する性格を帯びる。それだけで維新内部でも“橋下復権”につながる政治性を持つ。参院選後の連携をにらんでいることも間違いない。
 橋下にしてみれば慰安婦発言は別として、村山談話や河野談話見直し論を首相になる前の安倍から吹き込まれていた経緯があり、その発言は安倍に強く影響されたものである。慰安婦発言で窮地に陥った橋下は度々自民党政権が歴史認識部分で何も同調しないことに不満を表明している。こうした事情を背景にする中で、橋下のもとでオスプレイの八尾引きうけの話が進展し始めた。総選挙で落選して、沖縄を拠点とする地域政党そうぞうの代表・下地幹郎が1か月前に橋下に働きかけたのがきっかけだ。下地は橋下が府知事時代から「普天間空港の大阪空港への移転」を主張していることを知っており、橋下なら引きうけると踏んだのだ。  案の定橋下は下地提案に飛び付いた。オスプレイを八尾で引きうけることの利点を橋下は、第一に慰安婦発言で生じた軽蔑と怨嗟の声をそらすことができると考えた。また米国に対しても維新の政党としての立ち位置を明示することが可能とみたのだ。こうした方針は大阪だけで唱えていても何の効果も生じ得ない。政府に申し入れることによって初めて動き出す。そこで府知事・松井一郎あたりが菅に接触して、事を運んだに違いない。菅にしてみれば何とか助け船を出したいと思っていた矢先のことでもある。安倍との会談まで設定したのはどちらが提案したか分からない。しかし鐘が鳴ったか撞木が鳴ったか、鐘と撞木の合いが鳴るである。双方の思惑が一致したのだ。
 こうして6日の会談が実現、安倍は防衛相・小野寺五典を呼んで、八尾でのオスプレー訓練を指示するにまでに至ったのだ。しかし官邸が事前に防衛省から可能性を聴取していないわけがない。防衛省の専門家筋は「地元の猛反対が予想される上に、人口密集地では無理がある」と漏らしており、小野寺も同日夜のテレビ番組で「所在地の市からは歓迎の話が出ていない」と浮かぬ顔であった。自民党からも反発の声が上がった。前副総裁・大島理森は「参院選前にどういう意図があるのだろうか。いささか違和感を率直に感ずる」と疑問を呈した。すでに石破は4日の段階で「軍事合理的にどうかという観点が全く抜けている」と指摘している。
 こう見てくるとなぜ安倍が「えんがちょ橋下」に会ったかがくっきりと見えてくる。八尾の実現性はともかくとして、橋下に会談することだけで“義理”を果たしたのだ。八尾の例を引き合いに、全国の自治体にオスプレイ引きうけの機運をみなぎらせるという判断などは“後付け講釈”そのものだ。しかし首相たるものは、内外から厳しい批判を受けたことを取り繕うための橋下のパフォーマンスに“加担”したと受け取られることは極力避けるべきであった。しかも、慰安婦発言はほとぼりが冷めるどころか、海外でも尾を引いているのだ。ただでさえ海外からは安倍と橋下は“同根”と見られている。参院選対策上も対外的印象の上でもマイナスとなることは否めない。安倍はこのところ働き過ぎで正常な判断が鈍ってきているとしか思えない。「殿ご乱心」に気をつけた方がよい。


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